47.新居への引っ越し ②
「えー、それでは第一回ケンプフ伯爵家家族会議を開きたいと思います」
ワーーパチパチパチ
一つの長テーブルを囲み、女性達が拍手と歓声を上げる。
「……ねぇ、なんでこんなことになってるの」
上座で開会の宣言をした僕は、思わずそう呟いた。
ここは、僕達の引っ越しが完了したケンプフ伯爵邸一階の応接室。
ミルフィエラお母様とジャスティナの爆弾発言の真意を質そうとしたところ、
「それじゃ腰を据えて話し合いましょうか」とのお母様の一言により、この場が設けられたのだ。
ご丁寧にユーニスとアニエスタの手によって、紅茶とお茶請けのお菓子まで用意されている。さすがは骨の髄までメイドの二人だ。
席次は一番の上座が僕で、その左右がお母様とジャスティナ。次にユーニスとルヴィアが続き、アニエスタが下座だ。
「えー、それではお母様とジャスティナ様には今回の経緯をちゃんと説明して頂きたいと思います」
「待って頂けぬか主殿、「様」付けはあんまりな仕打ち。主殿に捨てられたら我は生きてはいけぬ」
「確かに私たちは浮かれ過ぎて配慮に欠けたわ。でも考え直して? 私もアルナータに捨てられたら、場末の娼館に落ちるしか生きる道は無いのよ? ヨヨヨ」
「何で説明を求めただけで捨てるって結論になるんですか。僕はイリーザ様とウィゾルデ様から、ミラニス王女護衛の拝命とアルノ・ケンプフ伯爵という偽装を与えてもらった事しか知らないんです」
コンコンコン、と人差し指でテーブルを叩く。
「それが何で、僕が第一夫人になってるんですか! お母様が第二夫人なんですか!! ジャスティナまでが第三夫人名乗ってるんですか!!!アルノさん爵位貰ったらいきなり三人の女性囲ったりして、どんだけ女好きなのよ! どんだけ絶倫なのよ?! 風評被害待ったなしじゃないですかヤダーーー!!!」
僕は立ち上がり、両手を広げ大仰に天を仰ぎ叫んだ。
正に今回の事は寝耳に水なのである。
「妹ちゃんの方が五人の女性を囲って毎夜毎夜お楽しみな絶倫さんなんですが、それは……」
「いやユーニス、さすがの妹くんでも毎夜毎夜はしてないぞ。二、三日に一回くらいだったと思うけど」
「最近はアルナータに負けてばかりだから、ちょっと意趣返しはしてみたいわねぇ」
「奥様、それは同意します。アルナータ様最近強過ぎです」
「うむ、的確に急所を狙ってくる主殿の業の前に、我も何度轟沈した事か」
「君らホント仲良いよね」
いつの間にか僕をネタに、話に花を咲かせている。
「我らは各々差異はあれど、皆一様に主殿に惹かれ、主殿を心の底から好ましいと感じているからな。当然であろ」
ジャスティナが誇らしげに僕に向かって胸を張る。
なんかこう真正面から真っ直ぐに好意を向けられると、背中がむずがゆくなるね。嬉し恥ずかしすぎて。
気付くと皆が微笑みながら僕を眺めている。その光景に胸が熱くなっていくのが分かった。
「さあ、あまり脇道に逸れても時間が過ぎるだけだから、アルナータの言う通りちゃんと説明を始めましょうか」
お母様がパンッと軽くテーブルを叩いて、皆の注意を引く。
「皆も良く知っていると思うけれど、この国において『血統』は非常に重要視されている。そして建国時より『血統』を繋いでいる『直系』の貴族は特別な地位にあり、その当主は絶大な権力を持っているの」
お母様の言葉を、皆固唾をのんで聞いている。
「それは幽騎士の存在が大きく関係している。彼らは国内で起こっている事は大体把握しているし、守護している『直系』の当主を通じてその意思を行使することが出来るから」
お母様の言葉に、僕はこれまでの事を思い返していた。
15年僕の身体を守り続けたアニ。お母様似のおっとりロベルスにサラディエ様似のおっさんストラグス。
国の為だと僕を勝手に操って初体験を強行した金髪ツインテフォーオール、子作り催促じーちゃんディースと娘の変態加減に頭を抱えるお父さんジュスティース。
……国のトップに位置する幽騎士達がこんなだって知ったらみんなどう思うのかな。
「当然、私達の関係も幽騎士に筒抜けになっているようよ。だから私は兄のロベルス侯爵に頼んで、ギルエスト様と離縁しアルナータの側で生きていけるよう交渉してもらったの」
「父上はお母様との離縁、渋らなかったんですか?」
下世話だとは思うが、この部分はどうしても気になって思わず訊いてしまった。
「難色は示したけれど、兄とサラ様の説得のおかげで何とか了承してもらえたわ。まぁ、彼の興味がアルナータに向いてたのもあったけど」
「あー」
「やはり『娘』っていうのは男親にとっては特別みたいなのよね。それだけはちょっとアルナータに妬いちゃった」
僕は、今日の引っ越しでの顛末を思い出していた。
父上はお母様の事、どう思っていたんだろうな。今日見た感じではお母様との離縁はそんなに気にしてない風だったけれど。
それともカラ元気だったのかな。
「籍の上では、ケンプフ伯爵の正妻としてアルナータがいる事になっているの。これは確か、アルナータへの求婚殺到を回避する目的らしいわね。
だから私はそのまま側室として「第二夫人」という事にしたの。書類上の偽装ではあるけれど、ケンプフ伯の側室はそのままアルナータの、になるからね。うふふふふ」
お母様は恍惚とした笑いを浮かべ、説明を締めくくった。
ヨダレ、垂れてますよ? お母様。
そしてお母様のこの言葉で、僕はイリーザ様達との王城でのやり取りをようやく思い出した。
今回の伯爵家新設は、僕の「男と結婚したくない」って要望と、王女護衛に際して余計な邪魔をされない為の「求婚回避」を無理矢理両立させた結果である事を。
となると、ジャスティナの事もおのずと予想できる。
「我の第三夫人も主殿と大体同じであるな。我の場合は「我と剣を交えて勝てば婚姻を考える」と条件を作ったが故、気楽ではあったがな」
「まぁ、剣士ならよくある話だよね」
漫画とか小説では、だけど。
「これでも、最初の頃はそれなりに挑戦者がおったのだぞ? だが、4年前の武闘大会以降ぷっつりと挑戦する者がいなくなったな」
顎に手を当て、当時を思い起こすかの様に上を見上げるジャスティナ。
この場の皆は一斉に「あー」と納得がいったような声を漏らした。
十五歳の成人を迎えた辺りのうら若き乙女が、並み居る同世代の男共をなぎ倒し武闘大会の決勝まで進んでいれば、そら挑戦者がいなくなるのも当然でしょうよ。
「それで再び主殿と出会えて主殿の寵愛を賜り、このまま主殿の僕として最期まで供をするのだと決めたのだが、父のジュスティース侯爵から「待った」がかかってな」
「へ~。「待った」がかかったって、いつ頃?」
「確か、大会決勝前日であったか。チェスタロッド侯爵に無理を言って主殿の元に留まったが、一夜を明かして後すぐに呼び出された時であるな」
「最初からかい! じゃあ僕のところにメイドとして来てたけど、実は……」
「うむ。籍自体はジュスティース侯爵家のままであった」
その辺りの事をジャスティナは全く口に出さなかったからなぁ。僕はてっきり、ユーニス達と同じ立場になっていたものとばかり思っていたのだ。
そういえばと思い返してみれば、何回かジュスティース侯爵に呼ばれて外出していたっけな。
「おそらく父は事前に幽騎士より、主殿がこうなる事を知らされていたのであろう。そうして我の婚姻に関する諸々を解消する為に、ケンプフ伯爵の第三夫人という立場をねじ込んだものと思われる」
ジャスティナの場合は、自分の意思ではなくジュスティース侯爵が気を利かせた結果だったのか。
だとしたら気を利かせすぎではないでしょうかね?
ジャスティナが不意に、ふっと自嘲する様に溜息を短く漏らした。
「以前の我であったら父のなさり様に眉をひそめたであろうが……ふふ、主殿によって我もまたひとりの女であると自覚させられてしまった今では、此度の事は父に感謝してもしきれぬ程の悦びを感じている」
とても幸せそうな、そうまるで結婚式を前に控室でウェディングドレスに包まれた新婦のような、そんな笑みを浮かべるジャスティナに、僕達も思わず笑みを浮かべた。
とりあえずは、今回の騒動の説明は受けられたと思う。
お母様は僕と共に居たくて行動した結果で、ジャスティナは娘可愛さに父親が行動した結果だったのだ。
ジャスティナが今日、父親に呼び出された理由もこれで分かったのだが、ひとつ、お母様が何の用事で今日の引っ越しに最初から参加しなかったのかが分からない。
「そういえばお母様」
「なにかしら、アルナータ」
「今日お母様は引っ越しがほぼ終わってからこちらに見えられたようでしたが、何の用事だったんですか?」
「あ……うん。そう、ね」
僕の質問にすぐには答えず、お母様は少し俯いた。
それまで和気あいあいとしていた雰囲気もこれにより収まり、皆の視線がお母様に集中する。
「あとでちゃんと話そうと思ってたんだけどね」
お母様は俯いたままそう言葉を切り出すと、一呼吸おいてから意を決したように顔を上げた。
「ゲミナをね、故郷のロベルス領へ送り届ける予定だったの」
それは予想外の人物の名前だった。
そういえば、今日は一度も彼女の姿を見てはいない。
「ゲミナさんを、送り届ける?」
「ゲミナね、使用人を引退するんですって。それで、故郷で静かに余生を過ごすんですって」
場に動揺が走る。
僕も突然の事に言葉が出せないでいた。
ゲミナさんには、お母様の事に関して最初から本当にお世話になりっぱなしだった。
常に寡黙で、必要以外の事はあまり話さない人だったけれど、いつも優しく支えてくれた人だった。
わずか三年しか付き合いのなかった僕ですらそう思うのだ。
長年、実際いつごろからの付き合いかは分からないけれど、いつも共に過ごしていたお母様にとってはどれ程のものであろうか。
「せっかくのアルナータの門出に水を差しちゃいけないからって、黙って出ていこうとしたのを私が見つけて、無理矢理付いていこうとしたんだけどね」
また俯き加減でお母様は言葉を続けた。
「王都を出る辺りで、ゲミナに諫められちゃってね。そこで別れたの」
「でもゲミナさん、何で急に引退だなんて」
僕の呟きにお母様が反応する。
「急に、じゃなく結構前から考えていたみたいよ? 年齢的な事もあったようだし。自分にはもう出来る事は無い、私の事はアルナータに任せた方が良い、とも言っていたわね」
「だとしても、せめて別れの挨拶くらいはさせて欲しかったな」
「うん、私もそう言った。そうしたら、さっきのギルエスト様に言ったアルナータの台詞じゃないけど、「今生の別れでもないし、暇な時にでも遊びに来てくれればそれで良い」って言ってね……」
しんみりとした雰囲気が漂う。
ぱん、っと僕は手を叩いた。
「それじゃあさ、今度皆でゲミナさんのところへ遊びに行こうよ。今までお世話になりました、お疲れさまでした、みたいな感謝の気持ちを伝えにさ」
「そうですね、せめて一言お礼を言わせて頂きたいですしね」
ユーニスが同意を示すと、皆口々に思いを吐き出す。
「お母様、構いませんよね?」
「ええ、もちろんよ」
僕の言葉にお母様も笑顔で応えた。
ブックマークが200件を超えました。皆様ありがとうございます。
少々息切れしつつありますが、書き続けていられるのも、拙作を読んで下さる読者の皆様のおかげです。




