46.新居への引っ越し ①
元の時間軸に戻りました。「44.王女の護衛として」に続くお話です
王都の中心部から少し外れた南側の一角、立派な柵に囲まれた庭付きの洋館。
流石にチェスタロッド邸(王都滞在用)と比べると小振りだなぁ。
最初にこのお宅を見た時の感想がそれである事に、僕も随分とこの社会に馴染んできたと思うのであった。
ここは僕が、新たに表向きアルノ・ケンプフ伯爵(非実在人物)として住む事になる邸宅である。
ウィゾルデ・エンパス公爵が王都内に持つ複数の物件の一つで、今回僕がミラニス・エルガーナ王女の護衛を務めるに当たっての拠点として借りたものだ。
そして今、ここでは僕の引っ越しが行なわれている最中である。
「おい、アルナータ。この荷物はどこへ持っていけばいい?」
「姉上。こちらはどこへ置きましょうか?」
何故かチェスタロッド家ご当主ギルエスト様とその息子で次期当主候補のカールエスト様が引っ越し業者の様に荷物持ってたりしていますが。
「ギルエスト様もカールエスト様も! そういう事は使用人にお任せすれば良い事ですから! ご当主自ら運んだりしないで下さい!」
二人は僕の訴えにわずかに顔を見合わせると、そのまま何事もなかったかのように荷物を持ったままズンズンと中に入っていく。
「ああああ! それ僕の私物しか入ってなくて恥ずかしいからホールで降ろしてそれ以上触らないで下さいいいっ」
あわてて追うと、こちらの叫びがちゃんと届いていたようでホールで荷物を降ろすのが確認できた。
「何なんですかもう……」
僕は今の状況に、困惑し溜息をつく事しかできない。
あの武闘大会以降、ギルエスト様とカールエスト様が僕に対し態度を変化させたのは何となくだが感じていた。
刺すような視線とか眉間にしわを寄せたりといったものが、全く無くなったからだ。
そうしていたら、今回の引っ越しで急に「手伝う」と言い出したのだ。二人そろって。
確かにお二人はガタイも良いし力もあるしで、女所帯のこちらにとっては荷物持ちとして有難い存在ではあるが、
引っ越し先の邸宅にすでに備え付けの家具や調度品がある関係で、こちらから持っていく物は衣類や私物などの細々としたものばかりなのだ。
ぶっちゃけ、僕のメイド達だけで事足りる。
「ふふ、ギル様もカールも今までの事取り戻そうと躍起なのね」
「サラディエ様」
ホールで二人の行動に呆れていた僕の隣に、いつの間にか並んでいたチェスタロッド侯爵第二夫人のサラディエ様が柔らかな笑みを浮かべている。
「今まで散々チェスタロッドには相応しくない、とか鼻息が荒かったのに、あの大会でアルナータさんの戦う姿を見たら、コロッと態度を変えるんですもの」
「さ、サラ。それは、だな……」
「母上。私はあの試合で姉上の偉大さを思い知ったのです。遅きに失してはおりますが関係を修復したいと思うのは当然でありましょう」
え、ナニこの親子。
ギルエスト様の方は何やら邪な思いがあるのか言葉に詰まり、カールエスト様の方はキチンとした理由があるようでスラスラと言葉が出てくる。
なんかこう、ギルエスト様の株が一気に下がった気がするのだが。
ギルエスト様は、今のラフな服装もあってか何だか小さく感じて、そこらへんに居そうなお父さんみたいになっているし、
カールエスト様は顔の険が取れて、ゴツイから年齢相応とは言えないけれど、何となく少年ぽくて随分と柔らかな印象を受ける。
「僕でもはっきりと分かる程の手のひら返しですねぇ。いいんですか? サラディエ様」
「いいんですのよ、アルナータさん。武門は「己の力」を示してこそ評価されるものですしね。それにこれ位単純な方が好感が持てます」
そう言い、若干呆れ気味に男性陣を見下ろすサラディエ様だが、その眼は慈しみに溢れていた。
サラディエ様がギルエスト様とカールエスト様の事をどれだけ愛しているか、それがよく分かる眼差しだ。
「それで、カールエスト様は良いとして……」
「姉上。私の事はどうか呼び捨てにお願いします」
「……カールエスト様は」
「姉上」
真剣な眼差しで僕の方を見るカールエスト様。一歩も引く事のない気迫を感じる。
「んぎぎ、ワカリマシタッ! カールエストはハッキリと理由を言いましたが、ギルエスト様はどういった理由なんですか?」
「ふふふ。ギル様はね、アルナータさんにどうしても「パパ」って呼んでほしいらしいのよ?」
「さ、サラッ!! わ、私はそんな事は言ってはおらんぞ! アルナータ、勘違いするなよ? 私はただ……」
それまで実直な武人の印象だったギルエスト様が、急に年頃の娘を持つお父さんに見えてきて、僕も思わず可笑しくなった。
判断基準が「己の力を示す」ってところに武門の家長らしさを残しつつも、より身近な、理想の虚像では無い等身大の人間らしさが見えてきて、人間的な魅力が感じられる人物に僕の中でなっていた。
ただまあ、「理想」の人物としての評価はダダ下がりしたけどね。
「ただ「父親」であると認識して欲しかったのよね」
「う、むぅ」
サラディエ様が続く言葉を言うと、ギルエスト様はバツが悪そうに頭をガリガリ掻きながら俯いた。
「家を出てからそういう事言われましてもねぇ。もう少し早くに言って頂ければこちらも考えたのですが」
「うぐおおおぉ」
ギルエスト様、頭抱えて呻かないで下さい。僕の中のカッコいいイメージがガラガラ崩れていきますから。
「どうしましょう、このご当主様」
「アルナータさんの好きになさって結構ですわよ? 流石の私も擁護のしようがありません」
僕の物言いを咎めることなくサラディエ様はそっけなく返す。カールエストはそんな父親を憐れむような、呆れたような、複雑な表情で苦笑いを浮かべて見ている。
「はぁ、分かりました。それではギルエスト様? 『父上』『お父様』『パパ』以上いずれかお好きなのを十数える内にお選び下さい。ではいきますよー、じゅう」
「は?! ま、待てアルナータ! そのような重要な問題はすぐには無理だ、時間をくれ!」
「受け付けませーん。さーん、にー、いーち」
「なんか数字が飛んだ気がするのだが?!」
「ぜろー。残念でした! 時間内に決められなかったギルエスト様の事は、今後とも「ギルエスト様」と敬意を以って呼ばせて頂きます」
「うぐおおおぉ」
頭を抱えてこの世の終わりのように呻き続けるギルエスト様に、サラディエ様、カールエストはじめ、荷物の整理が終わったであろう手伝いの使用人達もそろって憐みの視線を向ける。
あんまりにもの居たたまれない光景に、流石の僕も仏心を出さざるを得なくなる。
「はぁ、しょうがないですね。ギルエスト様にはいつまでも「理想の男性像」としていて欲しかったのですが……」
頭を抱えたギルエスト様がピクリと動く。
「父上。この呼び方で妥協して下さい。よろしいですか? 父上」
「おぉ、アルナータ! 父は嬉しいぞ!! 娘の理想たり得るようこの父も精進し続けようぞ! 娘の理想たり得る為にも!!」
僕の「父上」呼びに、全身で喜びを表すギルエスト様……いや、父上様。
いや、嬉しいのは分かるんだけどさ、もうちょっと周囲の目を気にしましょうよ父上様。
「サラディエ様。どうしましょう、このご当主様」
「流石に言葉が出ませんわ」
サラディエ様はそう言ったが、父上を見守るその眼差しはどこまでも慈しみに溢れていた。
「それでは、私達はこれで帰るが……、何か用があればいつでも帰ってくるがいい。チェスタロッドはお前の家だ、歓迎する」
「姉上もどうかお元気で。皆さんも姉上の事よろしくお願いします」
「アルナータさん。この男共が何か仕出かすようなら私に直接言ってくれれば対処しますから、遠慮なく言ってね」
サラディエ様がニコニコ顔で言うと、父上とカールエストの表情がちょっと強張る。
「あはは。サラディエ様、その時はよろしくお願いします」
明るく笑う僕に、男二人のすがるような視線が突き刺さる。
「そんな今生の別れでもないですし、会おうと思えばいつでも会える距離ではありませんか。父上、カールエスト。今日はお手伝いありがとうございました」
僕が挨拶を返すと、チェスタロッド家の皆々様は当主の父上を先頭にぞろぞろと帰っていった。
「皆さま、お元気で~」
僕の横からここにいるはずのない人物の声が聞こえる。
確か今日の引っ越しで僕と一緒に来たのは、ユーニス、ルヴィア、アニエスタの三人だ。
ジャスティナはまた呼び出されたとかで王都のジュスティース侯爵邸へ行っているし、ミルフィエラお母様も別の用事があるとかで、ここには来ていないはずだ。
そう、ここには来ていないはずなのだ。お母様は。
だが、しかし、
「何でお母様がここにいらっしゃるんですかね?」
僕の横には笑顔で手を振っているお母様がいた。
「なんでって、これから私の住む場所もここになるからだけど?」
「へ?」
「あれ? 言ってなかったかしら」
お母様はそう言うとユーニス達に視線を送る。三人はそろって首を横に振りまくった。
「あ、ごめんなさい! 当日にアルナータを驚かせようと、それまで秘密にしていたんだったわ」
パンっと手を叩き、思い出したように言うお母様。その眼は虚空を泳ぎ、顔には汗がにじむ。
その様子に、若干嫌な予感がしつつも僕は訊かざるを得ない質問を口に出した。
「それでお母様? どうしてこちらにお母様も住む事になったんですか?」
「よくぞ聞いてくれました」
ウフフ、と笑ってお母様は数歩前に出て、クルっと向きを変え僕達の正面に相対する。
「我が名は、ミルフィエラ・ロベルス・ケンプフ! アルノ・ケンプフ伯爵第二夫人にして、第一夫人アルナータの元母!」
バァァァァァァンッッッ
衝撃的告白を表す効果音が邸宅を揺らす。
「な、なんだってーーっ?!」と叫ぶのが定番だが、生憎とこの場の誰もが言葉を発せずにいた。
僕もお母様の発した超展開に付いていけずに、ただ立ち尽くすのみであった。
「あ、あら? なんか反応が無いんだけど?」
お母様も思ったようなリアクションが得られなかったのが不思議だったようで、少しオロオロしだした。
「いや、お母様。あまりにも斜め上の理由だったので、みな頭の処理が追い付かないのですよ。なんですか、伯爵第二夫人って」
「そのままの意味よ? アルナータが第一夫人だから、私が第二夫人」
「お母様、問題はそこじゃないんです。お母様、侯爵夫人でしょう? チェスタロッドはどうなさったんですか」
「正式な手順を踏んで円満に離縁したわよ? 少々強引な手段を使ったけれど、最終的にみんな了承してくれたから問題は無いはずね」
あたま痛くなってきた。
根回し云々のセリフとか、頻繁に外出が増えていたのは、多分これに帰結するのだろう。いつの間に離縁までこぎつけていたのだろうか、その行動力には脱帽するしかない。
正直ここまでするとは思っていなかった。
僕としては遠距離恋愛みたいに、甘くも切ない関係が続くのかと思っていたのだ。
「アルノ・ケンプフはアルナータ・チェスタロッド・ケンプフと同じ。アルノ伯爵の夫人って事は、アルナータの奥さんって事。うふふふふ」
「「「あぁっ」」」
上気し熱に浮かされたように笑うお母様。
お母様が発したその言葉に、ユーニス達はようやく事態が飲み込めたのか、驚愕を露わにする。
「ミルフィエラ様、さすがにそれは許容範囲を超えています! おいしすぎますっ! ズルいですっっ!」
「これが奥様の本気だというのか。己の持つ力を十二分に理解し、目的のためには手段を選ばないっ! 我々はとんでもない人を相手にしていたようだ」
「汚いなさすが奥様きたない」
「ふっふっふ。私には貴女達のような若さはないけれど、年齢で培った知識と経験とコネがあるのよ。まずは一歩、先に行かせてもらうわ」
うん。みんな僕を蚊帳の外に放り出して盛り上がらないで欲しいなァ。
どうしよう、コレ。
「何だ、主殿の引っ越しは終わったのか。皆、ここで何をしているのだ?」
タイミングが良いのか悪いのか、ジャスティナが僕達の前にやって来た。
お母様対、ユーニス、ルヴィア、アニエスタ連合の構図に首をかしげる。
「いらっしゃい、ジャスティナ。ジュスティース侯爵様の用事は終わったの?」
「うむ。これで我も胸を張って主殿と共にいられる」
ジャスティナの言葉に、ピタリと止まるお母様達。
皆の視線がジャスティナに集まる。
「我が名は、ジャスティナ・ジュスティース・ケンプフ! アルノ・ケンプフ伯爵第三夫人にして、第一夫人アルナータ殿の僕!」
バァァァァァァンッッッ
「「「な、なんだってーーっ?!」」」
本日二度目の衝撃的告白を表す効果音が邸宅を揺らした。
間が空いてしまい、すみませんでした。
また今回、入れたいお話を入れたら長くなってしまいましたので、久々の2話構成となっています。
後半部分は2~3日後辺りに投稿予定です。
申し訳ございませんがご了承下さいませ。
お読み下さりありがとうございます。
最後の方の誤字の修正を行ないました:主にいられる>共にいられる(2019/02/18追記)
細々のルビ表記ミスを修正しました(2019/03/13追記)




