44.王女の護衛として
「アルナータ。改めて言うまでもないだろうけど、私の事は基本他言無用だ。『直系』の当主以外はまず知らないと思っていた方がいい」
ミラニス王女殿下の部屋への道すがら、イリーザ様は念を押す様に僕に言った。僕はそれに緊張した面持ちで頷く。
僕の後ろにはウィゾルデ様が続く。ちらと見ると、微笑ましいものを見るような笑みでこちらを見ていた。
イリーザ様の正体は、これからお会いするミラニス殿下の前ではうっかり口を滑らさないよう注意しなければならないだろう。
かつて死んだと思われていた兄が生きていて、何故か女装して実の父親の側室に納まっているとか発狂ものだからね。
「さあ、着いた。アルナータ、くれぐれも気を付けてね」
イリーザ様は扉の前に立つと、コンコンとノックをする。
扉を開けて顔を覗かせたのはメイド服を着た女性だ。
「ミラニス殿下の護衛の件だ。取次ぎよろしく」
イリーザ様の言葉を聞いたメイドは、僕の方を一瞥すると「かしこまりました」と一言言って扉を閉めた。
イリーザ様の言葉使いもそうだけれど、僕を見ても表情を変えず淡々としていたのを見て、ひょっとして僕って自分が思っていた程有名人ではなかったんじゃないか、と首をひねった。
「ミラニス殿下の側仕えはフォーオールで固めてあるからね。アルナータの事は取り立てて大きく騒がないよ」
「でしたら、僕が護衛とか必要ないのでは」
フォーオールというのは王国内に相当多岐に渡って存在している。
ユーニスの例を見ても分かるように、重要人物の護衛としてメイドとかに扮している者もいる。
「まあ、そうなんだけどね。でも今は相手に対する牽制の意味でも、目に見える形での抑止力を置く段階に来ているんだ」
「あぁ」
「それにアルナータをこちらに置けば、アベルト殿下側にいるカールエスト君が自然と手綱役になってくれるだろうからね」
なるほど、と僕は心の中で思った。
よく考えているなぁ。周囲に流されて生きてきた僕では、そういう人の使い方は思い付かないだろうな。
「お待たせ致しました。どうぞ中へ」
再び扉が開かれ、メイドさんが僕達の入室を促した。
「失礼します」
ミラニス殿下の部屋へ入ると、一人の少女が立ってこちらを見ているのが目に入った。
豪華ではないが良い生地を使っているだろうドレスに身を包んだ栗毛色の髪の少女。顔は俯き加減ながら、目はこちらを不安げに見つめている。
「ミラニス殿下。こちらが新たに殿下の護衛となる者でございます」
イリーザ様はそう言うと、目で僕に挨拶を促した。
「あ、ミラニス殿下初めまして。アルナータ・ちぇちょわぁ?!?!」
僕は自分の名前を最後までしっかり言う事が出来なかった。
ミラニス殿下が達人の如き早業で、僕の胸(おっぱいと言えないところが無念である)を鷲掴みにしたからである。
「この胸の無さは……確かにアルナータ様」
そんな言葉が真剣な眼差しで僕の胸をぐにぐに揉んでいるミラニス殿下から発せられる。
美少女に体を撫でまわされるのは嫌いじゃない……むしろ好き……いやいや違う違う。このくすぐってる訳じゃない上に、こうも執拗に無い胸だけ揉まれるのは逆に恐怖が先に立ってしまう。
助けを求めようと周囲を見渡すが、イリーザ様もウィゾルデ様も笑いを堪えるのに必死になっていて助けてくれそうにない。
ミラニス殿下お付きのメイドさん達も笑いを噛み殺す事に必死で殿下を諫めようという気が見えない。
あ、あっちのメイドさん吹き出した。
「あ、あのイリーザ様助けて下さい……」
「そ、そうだね。あまりにも面白い絵面だったもんだから、つい」
僕の懇願にようやく反応してくれたイリーザ様がミラニス殿下の肩を揺する。
「ミラニス殿下、アルナータ嬢が困っております。そろそろお止め下さい」
「はっ」
我に返ったミラニス殿下が僕から離れる。
僕は二度と揉まれてはたまらないと、両手で自分の胸を隠した。
「し、失礼しましたアルナータ様。あまりに久しぶりにお会いするのでご本人かどうか確かめたかったのです」
ミラニス殿下は王女らしい丁寧な口調で顔を赤らめながら僕に言った。
うん、その理由は分からないでもないんだけど、確かめる手段が乳揉みって、それってどうなのかな? って思うんだ。うん。
「お久しぶりでございます、アルナータ様。ミラニス・エルガーナ、お会いしとうございました」
まるで何事もなかったかのように、ミラニス殿下が僕に対して丁寧な礼をした。
年齢の割に意外と太い神経しているようだ。さすがは王族、といったところか。
「いやいや、イリーザ殿の言う通り、アルナータ嬢の近くにいると退屈しないで済むな。ミラニス殿下をこうも動かすとは」
「あまり笑わないで下さいませ、ウィゾルデ様」
ククク、と声を殺して笑いながら言うウィゾルデ様に、ミラニス殿下は再び顔を赤らめて僅かばかりの抗議をする。
「ミラニス殿下はまだ何も知らない純粋な方だ。間違っても君たちのような色に染めてくれるなよ?」
ボソボソと僕にだけ聞こえる様にイリーザ様が釘を刺してきた。
「えぇ? 今のをご覧になってそういう事仰るんですか? 大丈夫ですよ」
僕はミラニス殿下をチラと眺めた。ドレスを着ていても分かる僕と共通した部分を認めるとイリーザ様に言葉を返す。
「僕から手を出す事は考えられませんから」
「その判断基準はどうかと思うのだけど、それが一番信頼性が高いというのも何だかねぇ」
イリーザ様が半ば呆れ気味に溜息をつく。
「何をお二人でコソコソされているのですか?」
声に気が付くと、ミラニス殿下が僕をのぞき込むように見ていた。
サラサラな栗毛色の髪に、くりくりとしたグレーの瞳が愛らしい。百人中、百人が美少女だと認めるだろう容姿だ。
だが、これほどまでの美少女ぶりを見せつけられても僕の食指が全く動かない事実に、己のおっぱいに対する業の深さを改めて思い知る。
「あ、いえ。僕は……あ、私は三年ほど屋敷に引き籠っておりましたので、王女殿下の護衛が務まるのか、と」
「アルナータ様、ご自身を偽らなくても大丈夫でございますよ」
「はい?」
「アルナータ様がお強いのは、先の武闘大会にて私も再確認させて頂きましたので」
ミラニス殿下は可愛らしい所作を交え僕に微笑む。
僕はその微笑みに言い知れぬ怖さを感じた。あの大会での僕の変装を、アニエスタやジャスティナの様に見破ったというのか。
この王女さま、実は切れ者?
「殿下はこう仰ってはいるが、大会後にイリーザ殿からその正体を教えられるまでは、ひとかけらも気づいてはおられなかったよ」
「あっあっ、駄目ですウィゾルデ様! アルナータ様の前でばらさないで下さいっ」
違ってた。
腕を組んで朗らかに笑うウィゾルデ様を、ぽかぽかと可愛らしく叩きながら抗議するミラニス殿下。
愛らしい姿と少女らしい動作が相まって、微笑ましさMAXの最強美少女がそこにいた。
「まもりたい、この笑顔」
「アルナータなら大丈夫さ。よろしく頼むよ」
イリーザ様のその眼差しは、最愛の妹を見守る兄の様に優しかった。
その後、僕達は互いに今後の予定を確認し合った後、ミラニス殿下の部屋を辞した。
王女の護衛というから休みなしで張り付くのかと思いきやそうではなく、どちらかというと昼間の話し相手っぽい感じで週のうち決められた日に出て来れば良いらしいのだ。
給金やもろもろの活動費用もフォーオールから支給されるらしく、チェスタロッド家にいた時の様にお金に困る事はよほどのことが無い限りは大丈夫と思われる。
「それでまぁ、アルナータの身分の事なんだけれどね」
再びイリーザ様の部屋に戻った僕達は、ここで僕の方の今後の支度について話し合っていた。
「身分、ですか?」
「うん。侯爵家の子女のままでも良いんだけれど、そうすると君の場合、求婚者がすごい事になると思うんだ」
「はぁ」
何がどうなってどうすごい事になるのか、いまいちピンとこないのだけれど。
「ククク、自覚が無いというのも厄介だな? イリーザ殿」
「何故、そこで私に言うのですかね。ウィゾルデ様」
若干笑顔がヒクついている様に見えるイリーザ様と、少しいたずらじみた笑顔のウィゾルデ様が言葉を交わす。
まぁ、僕には関係ない事を話しているのだろうな。割り込むわけにもいかないから黙って待とう。
「いいかいアルナータ。前にも言ったと思うけど、この国において『直系』というのは特別なんだ。
より良い『血統』と権威に近づく足場を得ようと、伯爵以下の貴族や爵位を持たない富裕層からの婚姻攻勢が激しいんだよ」
あぁ。いままで気がふれたって事で屋敷に引き籠っていたから、そういう事には全く無頓着でいられたんだった。
でも、僕みたいな貧乳に求婚するようなモノ好きなどいるとは思えないのだが。
「そういう者達にとって侯爵家の息女というのは格好の的でね。いつまでも独り身でいたら所かまわず求婚者が押し寄せて来るぞ?」
ウィゾルデ様の言葉に思わず、ぞわっと虫が張った様な不快感を覚えた。
群がるオッサンの集団を思い浮かべ、一瞬気持ち悪くなってしまう。
「特にアルナータは王家の元婚約者という事で貴族連中には広く顔が知れているから、復帰したと分かればそれこそ明日からでも押し寄せてくるだろうね」
「イリーザ様、それはいくらなんでも大げさでは……」
僕のその言葉に、イリーザ様の顔が険しくなる。
「アルナータ、君は自分の事をもっとちゃんと自覚した方がいい」
「自覚、ですか」
はぁ、と大きく溜息をついて顔を伏せるイリーザ様。
代わりにウィゾルデ様が僕に向かって言う。
「アルナータ嬢。王女の護衛を行なうに当たって、君に求婚者が押し寄せてくるのは時間の無駄と任務の邪魔でしかない。君に自覚があろうとなかろうと、これは確実に起こりうる事態だ」
「だから、私達でアルナータに婚家を用意する事にした。アベルト殿下の騎士団創設のどさくさに紛れて小さくだが公表もする」
「え゛?」
いきなり飛び出た言葉に僕は思わず変な声が出た。婚家ってあれか、僕に男をあてがうってか?
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんないきなり……」
「君の相手となる人物は、アルノ・ケンプフ」
僕の抗議を遮る様にイリーザ様は男の名を告げた。
……アレ?
どっかで聞いたような名前だゾ?
「あの、イリーザ様その名前は」
ニッと口の端を曲げてイリーザ様は笑う。
「武闘大会の決勝において惜しくもカールエストに敗れたアルノであったが、その実力を試合を見ていたエンパス公爵に認められ、養子として公爵家に迎えられる」
ウィゾルデ様が芝居がかった口調で身振り手振りを交えながら語りだす。
「だが、養子となった後で行なわれた『血統の検査』において、彼の血統は公爵家に相応しいものでは無かった。エンパス公の落ち度ではあるが、既に養子として世間に公表してしまった手前、すぐの放逐は外聞が悪い」
「そこで、私イリーザがエンパス公に助言をするのだ。伯爵家を新設し、そこの当主に据えてしまえば良い、と」
その結果導き出される答えを想像し、僕は唖然とするしかなかった。
だって、それって、
「僕、自分の嫁になるんですかっ?!」
僕は大きく声を張り上げてイリーザ様達に叫んだ。
それをお二人は得意げな顔で受け止める。
「『直系』の数は変えることが出来ないから家格が落ちる伯爵家になってしまうけれど、待遇自体は今までと同等と思ってくれていいよ」
「家名はケンプフ。エンパス公爵家の分家扱いだからこの名となった」
えぇ……。ちょっと急展開過ぎて頭の中の整理が追い付かないんですけれど。
エンパス公爵の分家として伯爵になって、それが大会で正体隠してた時の偽名で、その偽名と僕がケッコンして……あれ?
なんかもう言葉が出てこない。
よくもまぁ、そんな事を思いつけるものだと逆に感心してしまう。
「アルナータ嬢が気がふれている、というのはいまだ世間一般の認識として存在する。だから婚姻の発表も祝賀会もせずに済むし、折を見て回復した事にすれば、王女の護衛としても問題はないだろう」
「はっきり言って、アルノ・ケンプフは名前だけの実在しない人物だ。アルナータには、アルナータとして今後も生活してもらうよ」
僕の戸惑いをよそに、ウィゾルデ様とイリーザ様は説明を続けている。
「は、はぁ」
僕はそう呟く事しかできなかった。
「男と結婚したくない、というアルナータの意思を今の国内情勢下で最大限尊重した結果さ。君に拒否権は無い。甘受したまえ」
そうおっしゃるイリーザ様の顔は、どこかで見たような悪役の女幹部の様に、凄みのある笑顔をしていた。
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次回は丁度良いタイミングなので、バレンタインネタに挑戦しようかと思っています。
小話としてねじ込む予定ですのでご了承下さいませ。




