43.エンパス公爵
「初めまして、アルナータ嬢。ウィゾルデ・エンパスだ。以後よろしく頼むよ」
鮮やかな紅色のドレスに身を包んだ赤い髪の女性、ウィゾルデ・エンパス公爵が微笑むと、イリーザ様とエンパス公爵の背後に、例によって幽騎士がそれぞれ現れる。
イリーザ様の幽騎士フォーオールは白い仮面にボロボロ外套の姿で、こちらに向かって陽気に手を振っている。
エンパス公爵の幽騎士は、宝冠を頭にのせ目の部分だけを仮面で覆った、豪奢なドレスの女性貴族といった感じだ。
先端に飾りのついた杖を左手に携え、右手は飾り羽の付いた扇子で口元を覆っている。
「アルナータ嬢、どうかな? 私の幽騎士は」
「すごく……女王様です……」
「ぷっ」
僕が感想を述べたのに合わせてイリーザ様が噴き出す。
「あはは、中々に的確な表現だねアルナータ。ぷくく」
「イリーザ様、笑いの沸点低すぎません?」
ところどころ声を震わせながら喋るイリーザ様に僕は怪訝な表情を向ける。
「いやいや、アルナータが面白いのがいけないんだよ」
「特に変な事言った覚えはないんですケド」
あれか、箸が転がっても可笑しい(注:誤用)ってやつか。
「なあ、君たち。妙齢の女性を放って置いて二人でイチャイチャするのは止めてもらえないかな?」
一瞬空気が固まる。
ウィゾルデ様が腕組みをしながら、やれやれといった呆れた表情で僕らを見ていた。
「はは、これは失礼をし……」
「ぎゃー誤解です誤解っ!! 僕とイリーザ様は全く全然一切これっぽっちもイチャコラな関係ではゴザイマセンッッ!!!」
僕は両手で渾身の力を込めてバッテンをつくり、ウィゾルデ様の発言を即座に否定する。
さっきからこのお方は僕達の間を誤解しておられる。ひとかけらの誤解も生まぬ様きっぱりと否定しておかなければならない。
イリーザ様は見た目は女性だが、それは立場の都合上そうせざるを得ないだけであって、中身は普通に男性なのだ。
男とねんごろになるのは絶対に避けねばならない。
「アルナータ……何もそこまで否定しなくても……」
イリーザ様の哀しげな呟きが聞こえた気がしたが、まぁ、気のせいだろう。
「ぷ、あはははは! なるほどなるほど、確かにこれは面白いな! 普段澄ました顔のイリーザ殿がここまで豊かに表情が変わるのだからな」
ウィゾルデ様はその気品ある姿に似合わず、大きな口を開けて腹の底から笑いを表現している。
意外と豪快なお方のようだ。
「公爵様、と言うから少し近寄りがたい印象があったんですけれど」
「うん、普通はそうなんだけどね。見ての通り他の五公と比べても当代のエンパス公は気さくで良い方だよ」
僕がボソッと呟いた事に、イリーザ様は優しい口調で答えた。
「私とて、幽騎士の助言が無ければもう少し構えて接していたさ」
笑いが収まったらしいウィゾルデ様が目元の涙を指で拭いながらこちらに応える。
「それでは、落ち着いたところで話を進めさせてもらうね。アルナータは先日の、王都でアベルト王子主催の祝勝会が行なわれた事は知っているよね?」
「はい、僕は出席しませんでしたが」
アベルト王子主催の祝勝会。
過日の王杯十五侯武闘大会にて優勝したカールエスト様を祝う為に、現第一王子のアベルト殿下が多くの貴族を集め大々的に催した会だ。
僕やお母様、ユーニス達は出席しなかったが、ジュスティース侯爵家令嬢として出たジャスティナによれば、相当なお金がかけられた非常に豪勢なものだったらしい。
「うん。それで、その席でアベルト殿下が騎士団の新設を宣言してね。それがまあ、面白くない事になりそうなんだ」
「騎士団の新設? が面白くない事……ですか」
「アベルト殿下が幼少期から侍らせていた子飼いの貴族ばかりを集めた組織でね。一部を除いて思慮に欠ける、精神が未熟な者揃いだからこれからが心配なんだよ」
「……集団心理が存分に発揮されそうな感じですね」
赤信号 みんなで渡れば 怖くない、ってやつだな。
個人ではちゃんと周囲に気を使っていても、集団になると個の責任が希薄になり道理や法令といったものを集団の力でねじ伏せるような、モラルの低下が生まれやすくなる。
あとはあれか。アベルト殿下の権威を笠に着た、いわゆる「虎の威を借る狐」が増産されるという懸念もあるか。
「あ、でも聞いた話ですと、確か初代騎士団長にはカールエスト様が内定しているとか。彼なら団を纏められそうな気もしますが」
「……実の弟を「様」付けとは、彼も報われないね」
「はい?」
「いや、何でもないよ。確かに、カールエスト君が初代騎士団長だ。だけど彼はまだ成人前だからそれまではただのお飾りでしかない。実力があってもね」
「そうなんですか」
あぁ、そういえばカールエスト様は今年で13歳だったっけ。あんな三国志の武将のようなゴツイ体格してるから、いまいち信じられないけれど。
「新設される騎士団の名前は『黄剣親衛騎士団』 祝勝会の場では、王家の子女の安全を守る為の騎士集団と謳ってはいたが、その実はアベルト殿下の私兵集団だ」
「私兵……」
イリーザ様は淡々と言葉をつづっていく。
「私兵だから、アベルト殿下の意向が最大限に発揮される事が予想される。そこで懸念されるのがミラニス王女殿下の安全だ」
ミラニス王女殿下。
この国、エルガーナ王国の現第一王女にて、アベルト殿下の妹君に当たるミラニス・エルガーナ王女の事である。
確かアベルト殿下とは一歳違いだったはず。幽騎士アニに知識として教えてもらった当時から三年は経っているし、今まで一度も会った事が無いから今はどう成長しているかは分からないが。
ちょうど成長期だよね、この年齢って。
……大丈夫。僕はロリコンではないからたぶん大丈夫のはずだ。ボンキュッボンのグラマラス美少女でない限りは大丈夫なはずだ。おっぱい大きくなければロイヤル不敬するような事は無いはずだ。だいじょぶだいじょぶ、ひっひっふーひっひっふー。
「イリーザ殿。アルナータ嬢がなんか俯いてブツブツ言いだしたぞ?」
「いつもの癖です。奇妙なだけで特に害は無いので、気にしないで下さい」
「お、おう」
あれ? アニから聞いた話だと兄妹仲は悪くはないんじゃなかったか? イリーザ様の話からすると仲が悪いように聞こえるけど。時間が経って変わったのかな。
「イリーザ様。今のお話ですと、アベルト殿下とミラニス殿下の仲が悪い様に思われますが」
「うん。表立って対立はしてはいないけれど、王子と王女の仲が良くないのは王城内では公然の噂として拡まっている」
「どうして仲が悪くなったのでしょうか?」
「これに関しては、私達にも関係している事なんだ」
イリーザ様は肩をすくめ、少し悲しげな表情で言った。
私達が関係している? という事は僕も含まれるという事か? 心当たりが全く思い浮かばないんだけれど。
「三年前のあの時、私はフォーオールを継ぐ為に表の王子としての自分を、自害という形で消した。そして、アルナータ。君は目覚めた直後の自分の身を守る為に、婚約者の死に気がふれたとして屋敷に籠って世間から身を隠した」
「そう、ですね」
「その一連の出来事が、アベルトとミラニスの心を変えた。アベルトは私の死をひどく悲しみ、王家ひいてはこの国に対して不信感を持つようになった。そして、私の死から逃げたアルナータに悪感情を抱くようになったんだ」
僕はイリーザ様の言葉を黙って聞いていたが、このアベルト殿下の部分には心の中で思わず唸ってしまった。
もし今後殿下と会った時はどんな非難の言葉が飛び出すのだろうか。
「ミラニスは逆にアルナータには同情を寄せ、兄である私の死にも理由があるはずだと、より王家に強い関心を持つようになった。かつては自由闊達だったあの娘が勉学に勤しむ様になったんだよ」
グルグルのビン底眼鏡をかけて鉢巻をして、受験勉強さながらに机に向かって勉強している女の子を思い浮かべる。
笑いを吹き出しそうになるが流石に不謹慎なので、口元に握りこぶしを当てて考え込んでいるようなポーズをとって誤魔化す。
「私達の起こした行動の結果から、アベルトは力を求め、ミラニスは知識を求めるようになっていった。対立は必然だったよ」
イリーザ様は哀しげな表情のまま、僕を見つめた。
「もしかして、僕が今回呼ばれたのは」
「本来であれば、段階を踏んで場を整えてから、アルナータとミラニスを引き合わせたかったんだけどね」
「アベルト殿下側の行動が早まったのと、少し上の方で想定外の事態に見舞われたことで悠長に構えていられなくなってな」
それまで黙っていたウィゾルデ様も、補足する様にイリーザ様に続いた。
「アルナータ・チェスタロッド。君の身柄は私、ウィゾルデ・エンパスが預かる。今後は王都に居を構え、フォーオールの長たるイリーザ殿の指示に従え」
「は、はい!」
いきなりの命令に僕は思わず体を硬直させた。
「まぁ、そう構える必要はないさ。預かると言っても養女に据えるとかではなく、身元の保証人とか後見人みたいなものだ」
「はぁ」
「時々話し相手になって、面白い話を聞かせてもらえばいい。……何だったら、その先に進んでも良いんだぞ?」
なんか空恐ろしい言葉が出てきた気がする。
ウィゾルデ様は確かに綺麗な女性で誘われたら断れないだろうが、如何せん身分が高くて手を出しづらいのと、若干トウが立っていてストライクゾーンを外れているのと、なによりおっぱいが僕並みに残念なのだ。食指は当然ながら動かない。
ただ、その胸の無さがウィゾルデ様を、すっきりとした体形の痩せ型美人に魅せている。ある意味僕の将来の理想形である。
「あの、ウィゾルデ様。大変に光栄ですが、ご冗談はそこまででお願いします」
恐る恐る僕は拒否の意向を示す。たぶん冗談だと思うから大丈夫だと思うんだけれど。
「何だつまらん。実の母親には手を出したくせに、さほど歳が変わらん私は駄目なのか」
「ぐほぁ?!」
僕は喀血しその場に崩れ落ちた(比喩的表現)
「ウィゾルデ様、10年近い差はさほど、では無いと思いますよ」
「イリーザ殿、覚えておくがよい。女は何時までも若く美しくありたいのだ」
その言葉には全面同意しますウィゾルデ様。
「それで、どうでしたか? 何か変化を感じましたか?」
「いや、特には何も感じないな。私程度の思慕では影響は無い様だ」
「?」
意味不明な言葉が目の前の二人から発せられた。
僕の表情を見て取ったのだろう、イリーザ様が僕に向けて言った。
「アルナータがその特殊な体質で次々と女の子を誑し込んでいるのは、幽騎士を通じてこちらも把握しているからね。今ウィゾルデ様が試した冗談はその確認の為なんだ」
「半分くらいは期待を込めたのだがな」
イリーザ様の言葉に思わず僕は赤面する。
いや、まあ僕の体質というか体臭の件は、幽騎士達が全面的に関わっているから、直系の当主の皆様にもその事実が知れ渡っているのは当然なんだけれど、
実際に人の言葉として指摘されると、ものすごい恥ずかしく感じてしまう。
「だから、これからミラニス殿下に引き合わせるに当たって、殿下の体調が急変しないかどうか知りたかったんだ」
「殿下がどれ程の認識をアルナータ嬢に持っているかは不明だが、まあ、大丈夫であろう」
あぁ、そうだよね。かつて幽騎士フォーオールも言ってたけど、王女誑し込まれて国傾けさせる訳にはいかないもんね。
僕は頭を掻き、大きく息を吐く。
「アルナータ。試験の結果により、君は王女の護衛として十分であるとこちらは判断した。幸いにもアルナータの側仕えには実力のある女性が揃っている」
「皆で力を合わせ、ミラニス殿下の平穏を護って貰いたい。よろしく頼む」
イリーザ様とウィゾルデ様が共に真剣な表情で僕に宣言する。
王女の護衛。
責任の重さとこれから来るであろう環境の変化に、僕は身震いをした。
「不肖アルナータ、微力ながら力を尽くします」
僕の決意に、目の前の美女二人は優しく微笑むとわずかに頷いた。
「それではミラニス殿下に引き合わせよう。付いて来て、アルナータ」
前半部分の「箸が転がっても可笑しい(注:誤用)」ですが、慣用表現として「箸が転んでもおかしい年頃」があります。
なんでもないことでもおかしくてよく笑う年頃。10代後半あたりの女性の事を指す言葉のようです。
このお話では、そこから「ちょっとしたことにも笑うほど、笑いの沸点が低い」という意味合いで主人公が使っています。ご了承下さいませ。
お読み頂きありがとうございます。




