42.動き出す時
前半部分三人称、後半部分主人公一人称です。
● 王国内のとある場所 ●
漆黒の闇の中浮かぶ水晶のような柱群。
それらは何かの周りを取り囲むように均等に規則正しく並び立ち、各々独自の色をたたえほのかに光を帯びている。
『奉天感謝祭も無事終わり、後は『終年の儀』を納めるだけだな』
黄金の柱から、人の言葉が発せられる。
『今年は感謝祭の年だったから、一年が過ぎるのが早く感じられるね』
それとは正反対の位置にある透き通った柱が同じように言葉を発する。
『しかし今回の武闘大会は中々に面白い趣向であったな』
ほのかに紫帯びた黒色の柱が言う。
『かの異物の適性試験も兼ねていたのであろ? 評価は定まったのかえ』
と、鮮やかな紅色の柱。
『それなんだけどねぇ。ちょっと思い掛けないところに影響が出ちゃってね、保留中なんだ』
透き通った柱が溜息交じりといった調子で答える。
『……ご報告させて頂きます』
待っていたかのように青紫色の柱から言葉が発せられた。
場に静寂が訪れる。
『数年前から封印の各所に見られていた綻びの件ですが、おそらく異物が原因である事が判明しました』
青紫色の柱が言葉を続ける。
『毎年の『終年の儀』で一旦は塞がるが、しばらくするとまた出てくるアレだな』
乳白色の柱が思案気に言った。
『あの綻び、経年による劣化かと思ったが、異物が関係しているというのか?』
夜空のような濃い紺色の柱が言う。
『だがあれが目覚めてより今日まで、封印には一切近づいてはおらんぞ』
夜空に輝く月のような淡い黄色の柱が言った。
『はい、その通りです。実は封印に関しては今年の感謝祭が始まる前辺りで一度大きな綻びの進行があり、それを境に断続的に拡大が観測されていました。
その時期と、監視から上がってきた異物の行動を照らし合わせましたところ、異物が行なった特定の行動と綻びの進行時期がほぼ一致しまして』
青紫色の柱の報告が続けられる。
『異物の特定の行動、とは?』
『それがですね、その……異物が、ですね、あの……』
『歯切れが悪いな。異物がどうした』
『コ、コホン……その、異物が他者との性行為を行なった時期と重なるのです』
『は?』
その声は複数の柱から漏れ出た。
『特に武闘大会の初日と決勝前日の2回、爆発的に拡がっています』
『『『あー』』』
緋色とくすんだ血のような赤色と赤紫色の三つの柱から、そろって思い当たる節があるような声が上がる。
『確かに封印に近い場所でいたしていたな』と緋色の柱。
『ああなるとは流石に予想できんだろ』とくすんだ血のような赤色の柱。
『妄想の爆発で一気に危険域突破、だもんねぇ』と赤紫色の柱。
『それと共に封印の綻び箇所から『力の漏れ』も検知されました』
青紫色の柱の言葉にその場が一斉にざわつく。
『……何……だと……?』
『久しくなかった事だな。いつ以来だ』
『今すぐに対処を迫られる、という量ではありませんが検知器が反応を示しております。それで、どうも漏れ出た力が異物に吸い寄せられているようなのです』
『異物が漏れ出た力を吸う。その事が綻びを拡大させている、と』
黄金の柱が静かに言った。
『はい。そう考えられます』
青紫色の柱がその言葉を肯定する。
『図式としては異物が引き寄せているんじゃなくて、力の方が異物を求めて封印を内側から押しているって感じかな』
透き通った柱が補足するように言う。
『封印を隔てていても異物を感じられるものなのか』
鮮やかな緑色の柱が呟く。
『あくまでも予想ですが、異物の感情が爆発的に膨れ上がる時に封印の壁を越えて力の側にその感情が届く、と考えられます』
青紫色の柱が、鮮やかな緑色の柱の呟きに反応し答える。
『あそこまで感情の力が強まるのは、今のところ異物だけだろうね』
透き通った柱が言った。
『ムッツリスケベだからな、あいつ』
緋色の柱が呟いた一言が静まり返った空間に響き渡る。
何とも居たたまれない雰囲気が辺りを漂った。
『こ、コホン。『終年の儀』でどこまで修復出来るかは?』
沈黙を破って、光に照らされたように白く輝く柱が問う。
『今回、綻びが大きくなった為ある程度は縮小出来ますが、封印を例年通りの『ほぼ完全』な状態に戻すのは難しいとの予測が出ています』
『倍に増やすのは?』
『負担が大き過ぎて、関係各所に問題が発生するでしょう』
『……ふむ』
光に照らされたように白く輝く柱が思案気に呟く。
『それと漏れた力の行き先だけど、追っていったら異物以外にもいくつかあったんだ』
透き通った柱が言った。
『今後の予定に組み込まれている対象がほとんどです。対象外の者もいますが、影響が微小なのでそちらは無視して良いかと思います』
青紫色の柱が続けて言う。
『力の性質を考えると妥当、か。異物以外は』
黄金の柱が誰に言うともなしに呟いた。
『そうだねー。異物に流れるのを見て『浄化』が終わったのかと思ったんだけどねー』
透き通った柱が溜息交じりに言う。
『漏れた力を視ましたが、『浄化』は進んではいますが終わってはいませんでしたね』
鮮やかな青色の柱が言った。
『漏れた力の消去はどうする? 久方ぶりだから上手く行くか保証は出来ぬが』
鮮やかな緑色の柱が問う。
『消去はしなくていいよ。予定を少し修正してそのまま進めよう。アルちゃ……ごめん、異物には良い影響を与えているようだし』
透き通った柱が答え、
『その方が面白い事になりそうであるし、の』
鮮やかな紅色の柱がほのかに笑いを含ませながらそれに続く。
『わかった。各自これまでの予定に従って進めてくれ。異物に関する一切はフォーオールに一任する。では、解散』
黄金の柱がそう言って締めくくると、
全ての柱から色が消え、漆黒の闇は静寂に包まれた。
◆◆◆◆◆
● 王城内のとある場所(アルナータ視点) ●
僕ことアルナータ・チェスタロッドはこの日、チェスタロッド家の正装で王城内のとある部屋、とある人物の前にいた。
「やあ、よく来てくれたねアルナータ。久しぶりの王城はどうだい? 迷わなかったかな?」
そうにこやかに僕を迎えたのは、イリーザ・コペリオ王室第7夫人。
その正体は、元王子で国を裏から支えるフォーオール家の当主、カイル・フォーオールだ。
「あ、はい。案内役の方に誘導されてきましたので、問題なく。それと久しぶりと言われましても、僕にしてみたら初めての場所ですので、何と言いますか」
僕は頭をかきながらイリーザ様に応える。
「うん、そうだよね。ごめんごめん」
イリーザ様は苦笑すると、僕の頭からつま先までをじーっと微笑みを崩さないまま見つめる。
「久しぶりに見させてもらったけど、その髪型にもよく似合っているね。綺麗だよアルナータ」
「あ、ありがとうございます」
イリーザ様の率直な誉め言葉に、僕は思わず顔を赤くしてしまった。
今の僕は、緋色のジャケットに白のパンツスーツ。左肩には緋色地に二頭の獅子と弓矢の、チェスタロッド家の紋章が記された布で飾られた肩鎧。左の腰には銀の装飾が施された鞘に納められた剣を下げている。
金色の髪をなびかせたその姿は、漫画に出てくるような男装の麗人を彷彿とさせる。
花の背景がジャストフィットしそうなお似合いの二人である。
待て。お、落ち着け自分。綺麗な女性の姿をしてはいるが、相手は男だ。アレが付いているんだ。心を許して体まで許してしまったら、アッー! な未来が待っているんだ。流されてはいけない。
今の僕は女だけどそんな事は関係ない。心の問題なのだ。
「イリーザ殿。まだかな? 仲睦まじい雰囲気を見せつけられるこちらの気持ちも考えてほしいものだ」
不意に女性の声が聞こえ、僕は声のした方を思わず注視した。
待って下さい。仲睦まじいとか勘違いですから。僕はイリーザ様の事とか何とも思ってませんから。
「いやいや公爵様。久しぶりの婚約者との逢瀬なのです。今しばらく空気を読んで頂いた方が有難かったのですが」
「アルナータ嬢はそうは思っておらぬようだが?」
公爵様と呼ばれた女性は僕をチラッと見て、鼻で笑うように言う。
それにつられてイリーザ様も僕を見ると、苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「アルナータは初めてだろう。紹介するよ」
女性はイリーザ様の横に立ち、僕と正対する。
その女性から発せられる雰囲気がピリピリと僕の肌を刺すように感じた。
「ウィゾルデ・エンパス公爵。五つある公爵家の内の一つ、エンパス公爵家の当主だ」
鮮やかな紅色のドレスに身を包んだ赤い髪の女性が、気品ある雰囲気を纏わせ微笑む。
「初めまして、アルナータ嬢。ウィゾルデ・エンパスだ。以後よろしく頼むよ」
投稿間隔が開いてしまいすみませんでした。
評価、ブックマークありがとうございます。
これより、終盤に向けてお話を動かしていく予定です。
時々小話を挟んだりするかもしれませんが、よろしくお願いします。




