41.【小話】ジャスティナのきもち
小話5つ目、これで今回の小話は一区切りです。
サブタイトルを一部編集しました。ご了承下さいませ(2018/02/03追記)
暖かな日差しの大草原で僕は寝そべっていた。
ずしん
急に何かが載せられたような感覚があって、目を開けてみると僕のおなかがポッコリ膨らんでいた。
「?!」
食事で満腹になったような張り方ではないそれは、明らかに妊娠していると分かる大きさだった。
しかももうすぐ産まれそうな程の。
いつの間にかマタニティドレスになった僕は、女の子座りで張ったおなかをさする。
気持ち良さそうにおなかの中の赤ちゃんがもだえた。
プシャ
すると太ももの辺りに少し暖かい水のような感覚が生まれた。
まさか、破水?
うまれるの?
ちょちょっと待って! こんな誰もいないところで破水とかどうしたらいいの?!
スマホ持ってないから救急車呼べないし、ここどこだか分かんないし!
どうしようどうしよう赤ちゃん産まれちゃうよ! 助けてママこわいよこわいよ僕どうしたらいいの?!
う、うまれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!
「はっ?!」
目が覚めると、見慣れた天井が視界に入った。
空が明るくなり始め、小鳥のさえずる声が外から聞こえる。
「……ゆめ、か」
僕は額の汗をぬぐい、とりあえずは安堵した。
「そうだよね、僕が妊娠なんてするわけ……ん?!」
起きようとしたのだが、身体の上に何か重いものが乗っかっていて動こうにも動けない。
まさか金縛り?! じゃ、無いよな。これはどうも人が乗っかっている感覚だ。
恐る恐るシーツをめくってみると……、
「んあ?」
ジャスティナが はだかでぼくに のっていた
「お、おお、主殿! お目覚めであるか」
半分眠っていたであろうジャスティナは、僕を見ると笑みを浮かべる。
全裸なので色々と丸見えなのだが、それよりも先に問い質したい事が僕にはあるのだ。
「ジャスティナさん? なんで僕のベッドにもぐり込んでるのかな?」
昨夜寝た時には確かに一人だったのだ。
女の子たちと肌を重ねたことは何度もあるのだが、個別に一人と、という事案は残念ながら今のところ一度もない。
だから、僕がジャスティナを自分の寝室に招き入れた、という事実はない。はず。
ということは、僕が寝た後ジャスティナがベッドに侵入してきたという可能性が高い。
「うむ。最近肌寒い日が続いているのでな。主殿の体を温めて差し上げようと思ったのだ」
「……じゃあ、何でハダカで抱きついているの?」
「それはだな、こうする事でより効率よく温める事が出来るからだ」
頭痛が痛い。
思わず変な語彙になってしまったが、それくらいジャスティナのこの行動には頭痛がした。
「はぁ。とりあえず僕起きるから、ベッドから出て」
「む? これから劣情を滾らせた主殿が我を襲う予定のはずなのだが……」
「で・な・さ・い」
「ハイ」
残念だが、女の子と関係を持った今でも、僕は全裸よりは着衣エロの方にとても興奮するのだ。
前世で童貞として蓄積された記憶がそうさせるのかもしれない。
ではなく。
ジャスティナの行動に非常識さを感じているから、気持ちが乗ってこないのだろう。
「まずは服を着て」
「自室に置いたままであるな」
「……せめて下着くらいは」
「ここへ来る途中で洗濯篭へ放り込んだままであるな」
「じゃあ、僕の下着貸すから」
「うむ。是非ともお願いしたい」
…………
「…………ねぇ、ジャスティナ」
「何であろう?」
「僕の下着が欲しくて全裸、なわけないよね?」
「当然である! それは降って湧いた幸運であって、我が全裸なのは主殿の熱を直接感じたかったからである!」
全裸で誇らしげに胸を張るジャスティナに、さすがの僕もツッコミを放棄した。
僕の身体を温める、って方便だったのかよ。
ジャスティナは僕付きのメイドになって以降こんな感じで、僕の事になると躊躇いも臆面もなく真っ直ぐ突っ込んでくる。
彼女を見てると『愛とはためらわない事』というフレーズを思い出すんだよな。
はぁ。
全裸のジャスティナを残して、僕は下着を取りに行く為タンスへ向かう。
「つめた!」
ももの内側に水が触れたような冷たさを感じた。
何事かと思ってみると、寝間着の該当の部分に何やらシミのような跡を見つけた。
あわてて寝間着のズボンに手を突っ込み、自分の股間を確かめる。
……よかった。僕がおねしょした訳ではなかったようだ。
となると、
「ジャスティナ! もしかしてコレ!」
「あ、す、すまぬ。主殿に抱きついた時に優しく体を撫でられて、その……あまりの心地良さに高ぶってしまって、な?」
顔を赤らめモジモジと言い訳をするのだが、全裸なのがシュール過ぎてやっぱり気持ちが乗ってこない。
ジャスティナが初めてうちのメイド服を着た時もそうだったが、どうも彼女は僕の事で感情が高ぶるとおもらしをしてしまうらしい。
当時何かに気づいたユーニスにしつこく訊いてみたら、犬の行動の一つに似たようなものがあるらしい、との情報を得た。
それで僕も何とか思い出したのだ。
『うれション』
嬉しさのあまり漏らしてしまうおしっこの事を言うようだ。あくまで「犬の場合」だが。
また、飼い主に対する服従行動の一つで、本能的なものであるようだ。あ・く・ま・で「犬の場合」だが。
ただまぁ、指摘を受けてからジャスティナ自身も気を付けてはいるようで、今回の被害が僕の寝間着だけに収まったのは彼女の努力の結果だろう。
僕は濡れた寝間着を脱ぎ、下着姿でタンスを物色する。
ジャスティナに履かせるパンツの方はどれでもいいのだが、問題は上の方だ。
ここには僕の胸に合わせたものしかない為、そこそこ巨乳のジャスティナが付けられるものが無いのだ。
流石に今回のような事態は想定していないので、フォローしようにもしようがない。
「やはり主殿のお尻は最高だな! 一度でいいから乗られてみたいものだ」
コラ待て。
確かに僕のお尻は、僕の身体でも数少ない誇れる部位だ。
最高と評されるのは嬉しいけど、乗られてみたいとか仮にも侯爵令嬢が軽々しく言っちゃダメだと思うの。
無いものは仕方がないので、部屋着としてあつらえたTシャツを引っ張り出してパンツと一緒にジャスティナへ渡す。
「主殿の使用済みがいいのだが」
「さすがにそれは女の子同士でもダメだよ。ほら、これで濡れた所ふいて」
努めて、努めて冷静に、僕はついでに引っ張り出したタオルをジャスティナに投げつけた。
なんだろうな、この、ガリガリ心が削られる気分は。
ジャスティナは外見は申し分ないし、騎士としても十二分に強い。貴族の令嬢としてもしっかりとした品格と教養があり、他者からの評判も悪くはない。
なのに、なんで僕の前でだけこんなポンコツ残念美人になってしまうのだろうか。
幽騎士のジュスティースが気に病むのも仕方がないポンコツぶりである。
「主殿、これで良いか?」
僕が思案している間に着替え終わったらしいジャスティナが僕を呼ぶ。
かつて思い描いた、大きなおっぱいを手に入れたある意味理想の僕がそこにいた。
「ジャスティナ、こっちに来て並んでみてよ」
僕は手招きをし、ジャスティナと二人、姿見の前で並んだ。
同じ金色の髪。ジャスティナは長く、僕は短い。
瞳の色は流石に違っている。ジャスティナは青色、僕は琥珀色。
身長は若干彼女の方が高いが、それほど大きな差ではない。
大きな差があるのはおっぱいだ。いうまでもないだろう。
「こうして並ぶとまるで姉妹みたいだよね」
「うむ、であるな」
僕の言葉にジャスティナも満更でもないといった風に相槌を打つ。
「ジャスティナの事、姉と呼びたいんだけど……」
「それは慎んで断らせて頂こう。我は主と対等か下でいたいのだ」
お互いに姿見に映る相手を見ながら話す。
「どうして?」
「……うむ、そうであるな」
ジャスティナは顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
「おそらくは」
「おそらくは?」
「主殿がユーニスやルヴィアを『姉』と呼ぶ理由に近いかと思う」
「あ……」
ジャスティナは鏡の中のではなく、横にいる僕の方を向いて言った。
「我は主殿に頼りたいのだ。主殿に寄りかかって抱きしめて欲しいのだ。そして……」
僕は黙って彼女を見守る。
「そして、頭を撫でて褒めて欲しいと思っている。温かい、幸せを感じられるアルナータ殿のその手で」
僕は思わず目を見開いた。
あぁ、それは前世で僕が切望したものだ。
たった一回でいい。母親に頭を撫でてもらって「えらいね、よくがんばったね」と言ってもらいたかった。
それだけで僕は満足できたかもしれない。親を信じることができたかも知れない。
今となっては、もう意味を成さない思いだけれど。
「アルナータ殿?」
ジャスティナが訝しげに僕を見る。
僕は自然と彼女の肩を抱いて自分の胸に引き寄せ、彼女の頭を優しく撫でた。
「偉いね。今までよく、頑張ったね」
「!!」
自分でも驚くくらい言葉がすっと流れ出た。
「あ、あ、ある……」
嗚咽交じりでジャスティナが肩を震わせていた。僕はゆっくり優しく彼女の頭を撫で続ける。
どのくらいそうしていたであろうか。
ジャスティナはすっかり落ち着いていた。
「すまなかった、主殿。我の我儘を聞いて頂いて」
「ううん。気にしないで」
彼女は晴れ晴れとした表情で、真っ直ぐに僕を見つめた。
ゆっくり、ゆっくり、ジャスティナの顔が近づいてくる。
そして、
重ねられる唇と唇。
…………
離すと同時に、二つの唇の間を光る小さな珠が舞った。
「やはり主殿は素晴らしい。我は幸せ者だな」
「いつもそうしてれば、かっこいいのに」
僕はちょっと拗ねた様子でジャスティナをにらむ。
「うむ、今後はそう見てもらえるよう努めてみよう。……おぉ、もうこんな時間か! それでは主殿、この下着はありがたく頂戴する! 主殿と我の今日の良き記念にな!」
ジャスティナは芝居がかったような台詞を吐くと、しゅたっと手を振り上げ、足早に僕の部屋から去っていった。
「あ……ぼくの……」
手持ち無沙汰になってしまった僕は、結局下着姿のまま二度寝したのであった。
お読み下さりありがとうございます。
次話より、ようやくお話を動かす予定です。今しばらくお待ち下さいませ。




