39.【小話】ルヴィアの苦悩
小話3つめになります。
木刀同士が打ち合う音が響く。
離れの裏手にあるいつもの鍛錬場所で僕は今、ルヴィアと実戦形式の稽古をしている。
日本の剣道の様に防具を身に着け竹刀を使い、怪我を気にせず叩けるものでは無いので、細心の注意を払いながらの稽古である。
互いに間合いを取り、構えたまま深呼吸をする。
「ここ迄にしようか、妹くん」
ルヴィアの言葉に構えを解き、大きく息を吐く。
「お疲れさま、姉さん」
傍らにあったタオルを取り、顔の汗をぬぐう。
武闘大会が終わってチェスタロッド領に戻ってからは、午後の鍛錬のうち半分くらいを対戦形式の稽古に当てている。
僕としては今までの鍛錬だけで十分なのだが、ルヴィアやジャスティナが是非とも、というので取り入れている。
剣を持って戦ったりするわけじゃないから僕には必要ないと思うのだけれど。
「そういえば姉さん。サラディエ様に聞いたんだけど、貴族に復帰できたんだって?」
「あ、うん。あたしには受ける資格なんてなかったんだけどね」
元マグストラ男爵家の娘であるルヴィアは、僕のメイドとしてやって来た時から貴族位を持たない平民となっている。
何故なら、父である男爵が罪を犯して極刑となり男爵家が取り潰されたからだ。
初めて紹介された時に『血統』が家を継ぐのに足りなかった、というのは真相を隠す為の建前だったようだ。
それで、これまでのチェスタロッド家における働きとサラディエ様の太鼓判その他諸々があって、
この度、ルヴィアは貴族に復帰出来ることとなった。
「それでもおめでとう。家名と爵位はどうなるの?」
「祖父筋のコスタルガ子爵家現当主の養女として入る事になってるよ」
「となると、ルヴィア・コスタルガ、になるのか。あ、子爵ってなると」
「うん、ユーニスやアニエスタと同じになるね」
淡々と受け答えをするルヴィアだが、その顔にはほのかに喜びの色が見える。
「やっぱ、嬉しい?」
「ああ。これで妹くんの伴侶としてユーニス達に気後れする事も無くなる……あ」
僕の、伴侶?
その言葉を発した途端、ルヴィアの顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。
「ちちち違うんだ! あ、いや嬉しいのは違わないんだけど、違うんだ! あの、これはその」
「姉さん、いまさら慌てる事でもないでしょ。もう何度も肌を重ねた仲なんだし」
「あぁうぅ……」
まるでゆでダコの様に真っ赤っかになり、頭から湯気まで出してルヴィアは沈黙する。
その様子があまりにも愛らしくて思わず笑みがこぼれる。と、同時にイタズラ心もわいてくる
僕はついっ、と距離を詰めルヴィアの顔を真下からのぞき込める位置まで近づく。
「ふふ、姉さん可愛い~」
ニヨニヨした顔でルヴィアの顔を見上げる。しかしルヴィアは僕の予想とは違った反応を見せた。
顔からさっと色が引き、眉を寄せ沈んだ表情が浮かぶ。
「あたしなんかが可愛いなんて……嘘だよ」
「え?」
見上げた状態のまま僕は固まる。
ルヴィアは一歩僕から離れて、俯く。
「あたしはユーニス達と違って、妹くんに可愛いって言ってもらえるような人間じゃないよ」
胸の前で祈る様に両手を組み、辛うじて漏れ聞こえた言葉はそんな感じだった。
目を伏せ、力無くたたずむルヴィア。
その様子に思わず僕は語気を強め、真顔になって訊ねた。
「姉さん、何でそんな事いうのさ」
「あ、あたしはその、他の皆と違って肌の色が違うし、背が高いし、ガサツだし、ゴツゴツしてて細かい仕事が苦手だし……おっぱい硬いし」
ルヴィアは背を丸めて自信なさげにボソボソと答えた。
確かにルヴィアは僕の傍にいる女の子達の中では目立って違うところが幾つもある。
だがそれはルヴィアが卑下する様なものでは無く、彼女のみが持つ魅力なのだ。
肌の色が違う? 褐色大好きな僕にはご褒美でしかないんですが。
背が高い? 頼れるお姉さんぽくて抱きつきたくなるんですが。
ガサツ? どこが? 僕の前じゃ可愛い女の子じゃないか。
ゴツゴツしてる? 筋肉質だから当然よ。むしろ褐色と合わさって最強なんだが。
まぁ、細かい仕事は諦めろ。他に出来る事を探せばいい。
それよりなにより、おっぱいが硬いと言うのは見当違いと言わざるを得ない。
ルヴィアのおっぱいは硬いのではない! 弾力に富んでいるのだッ!
あの揉んだ時に心地良く跳ね返ってくる感触はルヴィアにしか持ち得ないモノだ!
自分が異性をオトす時に使える武器を誇らんでどうするッッ!!!
……おっぱいに貴賤は無いのだ。
みんな違ってみんないい。これは至言である。
「い、妹くん……そんなこと言われたらあたし、う、嬉しくてどうしたらいいのか分からないじゃないかぁ」
気が付くと、ルヴィアは涙をボロボロこぼしながら顔を真っ赤にしてこちらを熱っぽく見つめている。
…………これはアレですか。心の声が駄々洩れてたってやつですか。
まぁ、漏れてしまったものはしょうがない。
僕がルヴィアをそう思っているのは確かなのだから。
僕は離れていたルヴィアに再び近づき、彼女の頬を濡らしていた涙を自分の唇でぬぐう。
「!! ……い、妹くん」
「姉さん。いや、ルヴィア。僕が夢の中で初めてあなたに出会った時、どんなことを思ったか知ってる?」
ルヴィアは、ふるふると首を横に振った。
「幻と思い諦めていた宝石を探し当てた、そう思ったんだよ?」
「……あ、美しく輝く……宝石……」
何かを呟き、ルヴィアの瞳がさらに涙で歪む。
「僕にとってルヴィアは、とても大切で手放したくない人。夢にまで見たんだ、そう易々と離しはしないよ」
「で、でも、あたし、アルナータ様を殺そうと……んっ」
ルヴィアの言葉を遮る様に僕は彼女口を自分の唇で塞ぐ。
……
塞いでいた唇を離すと、ルヴィアの眼はとろとろに蕩けていた。
「あれは、僕が見ていた夢の中の出来事、だよ」
その言葉にルヴィアの顔が、くしゃっと歪む。今にも大声をあげて泣き出しそうなのを懸命に堪えている。
「だから、気にしないで」
「だ、だけどっ」
今度は指でその涙をぬぐう。どうしても心の整理がつかないのか、ルヴィアの顔は歪んだままだ。
「それじゃあ、これからもずっと僕の側で僕を守ってよ。どんなことがあっても一緒に生きてよ」
ルヴィアの顔から険が取れていき、自然と僕と見つめ合う。
「そして、僕より先に死なないでよ。あぁ、これが一番難しいかな? だって、ルヴィアは僕よりお姉さんだからね」
自分でもちょっとキザだったかな、と思う。僕は少しはにかみながらルヴィアの眼を見続けた。
ルヴィアはぎゅっと真一文字に口を閉め手で涙の跡をぬぐうと握った右手を左胸に置き、決意の炎を宿した瞳を真っ直ぐ僕に向けた。
「あたし、ルヴィア・コスタルガは、アルナータ様の剣として、盾として、一生涯を共にする事を誓います。愛する我が主君の為、一命を賭してその主命を守り通す所存でございます」
僕の顔に自然と笑みが浮かぶ。今のルヴィアは大きく、頼もしく見えた。
だから、僕は自然と行動に移した。
左胸に置かれたルヴィアの右手に自分の右手を重ね、ちょっと背伸びをする。
「ん……!?」
深い深いキス。時が止まった様に辺りを静寂が包む。
…………
ゆっくりと唇を離す。
二人の唇の間を細く白く輝く糸が繋いでいた。
「誓いのキス。忘れちゃダメだよ、ルヴィア」
僕はイタズラっぽく笑うと自分の唇に人差し指を当て、チュッと音を立てる。
「ほああああ!! 妹くんのばかぁ! 大好き!!!」
ルヴィアは両手で顔を覆い、涙声で叫んだ。
空は茜色に染まり始め、遠くから僕達を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がした。
お読み下さりありがとうございました。
後半部分の誤変換を修正しました:涙の後>涙の跡(2019/01/30追記)




