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38.【小話】ミルフィエラの告白

小話と銘打っておきながら、ちょっと長くなりました。ご了承下さい。

日課である、ミルフィエラお母様の部屋での裁縫の時間。

アニエスタが僕のメイドとして来てからは彼女も加わり、ユーニスやゲミナさんら経験者に手伝いをお願いしたりして試作品の縫製に精を出している。


まぁ、試作品とは言ってはいるけど、ようは個人的に楽しむ為のコスプレ衣装なんだよね。


王都初日にユーニス達を魅了した自作のミニスカがユーニス→アニエスタ→お母様と伝わって、僕が裁縫に手を出した大本の理由がお母様にバレたのだ。

お母様は笑って許してくれたが、代わりに自分にも手伝わせろという事で、今やこの時間は制作の時間となっている。


この時間、針糸に不慣れなルヴィアやジャスティナには、お茶の差し入れや掃除等をやってもらっている。



「奥様、お嬢様、そろそろお時間でございます」


いつものようにゲミナさんが時間の終了を告げる。


「もうそんな時間か。お母様、みんな。お疲れさま」


ササっと片づけをして部屋から出ていこうとすると、後ろから声がかかった。


「アルナータ、少しお話があるの。残ってもらえるかしら」


その言葉で全員の足がピタリと止まる。


「いいですけど……、僕ひとりですか?」

「ええ。今後の事でちょっと、ね」


「でしたら我々も同席した方が良いのでは」


その発言はユーニスからだった。少しお母様を睨んでいるようにも見える。


「ごめんなさいね。アルナータ以外にはあまり聞かれたくない事なのよ」


ざわっ、と僕のメイド達四人の顔が強張る。お母様と言えば可愛らしくウィンクをして、「内緒」といった風のジェスチャーをしていた。


「わかりました。皆、悪いけど外で待っててくれるかな」


僕のその言葉に、四人のメイド達は渋々ながらも頷く。


「ありがとう。ゲミナ、よろしくお願いね」

「はい、奥様。……では皆さん、出ましょう」


ゲミナさんに促され皆が出ていき、扉が閉じられた。

お母様はそれを確認すると、窓際に来るよう僕の手を引く。


「それで、お話とは」


僕に背を向け、窓の外を眺めているお母様。午後の日差しがこの部屋に差し込んでいる。


「アルナータ、チェスタロッドを出ていくのよね」


窓を眺めたまま、お母様が呟く。


「はい。詳細はまだ分かりませんが、イリーザ様からの結果報告次第では近いうちに、必ず」


お母様の頭が少し俯き加減になる。


「出ていかない、って選択肢は……」

「ありませんね。カールエスト様がほぼ確実に家を継ぐ事になりますから、それに……」


僕の言葉にお母様の顔が少しだけこちらに向けられる。だが、髪の毛のせいかその表情まではよく見えない。


「それに?」


「それに、いつまでもここにいたら、どこぞの顔も知らない男と結婚させられるかもしれませんので」


「……ぷ」


ぷ? お母様からそんな音が漏れた。ちょっと肩が震えている。あれか、笑いを堪えてるってやつか。

今の僕の言葉に笑える部分など無かったように思うのだが。


「ごめんなさい、そうだった。アルナータは女の子だもんね。すっかり忘れていたわ」


お母様は振り向き、わずかに目に涙を浮かべながら困ったような笑い顔を僕に見せた。

いやいや、お母様。いくら僕の胸が無いからって自分の子の性別忘れるとか、それはあんまりでしょうよ。


そんな僕の気持ちが顔に表れていたのだろう、お母様はすぐに笑い顔を止めた。


「あなたの何気ない仕草や時折見せる表情。女では出せない、男のような何かをいつも感じてた」


「あ、そ、それは……」

「気にしないで? あなたの事情は知ってるから」


「え?」


事情を知っている? どういう意味だろうか。生唾を飲み込み、ゴクッと喉が鳴る。


「感謝祭が始まる前、ロベルス侯爵家へ私が泊りで出かけたのを覚えているかしら。その時に、兄のロベルス侯爵から教えてもらったのよ」


あの時……。


「あなたが異世界の男性の生まれ変わりだ、ということをね」


頭をハンマーか何かで殴られたような重い衝撃が僕を襲った。知ってた? なんで? 知ってて僕に調子を合わせていた? なんで? 僕のお母様呼びも鼻で笑ってたりしたのかな? なんで? このひとぼくをどうしたいの? なんで?


頭の中から黒い感情が湧いて出てくる。僕はいつの間にか俯いて床を凝視していた。


「待ってアルナータ! 私はあなたを責めるつもりはないの! 逆に感謝しているの! あなたは私を救ってくれたから!」


「救った?」


僕はミルフィエラの言葉に思わず顔を上げた。彼女の顔は悲し気に僕を見つめていた。

僕と目が合うと、ミルフィエラは僕の両手を取り自分の胸の前へ持ってくる。彼女の手によって包まれた僕の手が温かい。


「あなたは私を暗い闇の底から救い出してくれた。あなたの温かさや優しさが私の冷えた心を溶かしてくれた!」


暗い闇の底、冷えた心。おそらくは、僕を産んでから魂が目覚めるまでの間に病んでしまったことを指しているのだろう。

どれだけの苦しみがあったかは窺い知る事は出来ない。


「あなたは覚えているかな。あなたが目覚めて初めて、裁縫を教えてって来た時の事」


もちろん覚えている。

最初はよこしまな動機で思い付いた事だったが、ミルフィエラのあまりにもの憔悴した姿に、何とか元気になって欲しいと心を決めたのだ。


「あなたに握ってもらった手の温もり、あなたから掛けられた言葉の優しさ。そして抱きしめられて撫でられた手の感触……。あの時私は確かにあなたに助けられた」


「お母様……」


「それからあなたは私を気遣って、自分で食材を採ってきて調理して振舞ってくれた。

あなたはその場にいなかったから知らないだろうけど、その思いやりの温かさに思わず泣きだしちゃったのよ? 私」


そうか、喜んでもらえてたんだな。あれから離れのメニューの一つとして継続して出るようになったから好評だったとは思ってはいたのだが、

こうして本人の口から直接言われると、また違った感慨がわく。思わず顔に笑みが浮かぶ。


「私は、あなたと触れ合える裁縫の時間が待ち遠しくなった。あなたと一緒にとれる食事の時間が楽しみになった。気付けば、いつもあなたの姿を追うようになってた」


ミルフィエラは当時を懐かしむように言葉を紡いでいく。


「あ、あの……笑わないで聞いてね? わ、私……子供の頃、恋愛に憧れていたんだ。素敵な男性と恋に落ちて、結ばれて……その人の子を産んで、一緒に育てる。そういう夢に憧れてた」


意外な事がミルフィエラの口から出てきた。僕の感覚からすれば、一般的な女性が抱く願望の一つであろう。だが、彼女はこの世界では上流貴族の一員だ。


「でも、私は直系のロベルスの娘。所詮夢物語でしかない。チェスタロッドに嫁いだのも政略の一つだった」


「……」


「だから、その感覚は初め何なのかが分からなかった。そうしたらゲミナが教えてくれたの」


ミルフィエラの目に熱がこもる。顔に朱が差し、僕の手を握る力が増す。


「それが『恋をする』って事ですよ、って」


彼女の瞳が潤んでくる。


「そうしたらもう、私はあなたへの想いが止まらなくなった。食事をちゃんととって体を整えて、元気だった頃の私を見てもらいたかった。

綺麗だねって言って欲しくて毎日体を磨いた。運動もして体がたるまない様に頑張ったし、裁縫の時間を無くしたくないから針糸の練習もたくさんした。それから、それから……」


今まで貯めに貯めてた想いをぶちまける様にミルフィエラはまくし立てる。


「それから、女と意識してもらえるように裁縫の時間の終わりに抱きしめる事も始めた」


「え、あれ、そういう意図があって……」


ミルフィエラが、こくんと頷く。

顔を真っ赤に染めて上目使いでこちらを見るその仕草に僕の心臓が鼓動を早くする。


「自分の息女むすめに、女の子相手に何やってるんだろうって嫌悪した事もあったけど、でもやっぱり止められなかった。

母という立場が、あなたに一線を引かせている事も分かってた。だからこそより止まらなかった」


目を逸らし、苦悩を滲ませながらもミルフィエラの独白は続く。

そしておもむろに手が離される。


「そんな時だった、ロベルス侯爵家から呼び出しがあったのは。そして聞かされたの、あなたの事」


ミルフィエラは少し目線を落として言った。


「色々な事がすとんと腑に落ちたわ。そして私があなたに恋をしたのもごくごく自然な事だと思えるようになった」


それからはにかむ様に目を逸らす。そして、ちらと目線だけ向けて、


「この事を教えてくれた兄は最後にこう言ったの、『後の事は心配するな。お前の思う通りに生きればいい』って」


その言葉を吐くとミルフィエラは目を閉じ一度深呼吸をした。

そして目を開けると力強い意志をその瞳に宿し、僕を真っ直ぐに見つめる。


「私、ミルフィエラ・ロベルスは、あなたを愛しています。母と娘の情ではなく一人の人間として。私はあなたの望むすべてに応え、あなたの願うすべてを成してみせます。ですから、いつまでも共にある事をお許し下さい」


ミルフィエラの顔が近づき、重ねられる唇。


…………


「ん」


どのくらいそうしていただろうか。

唇を離したミルフィエラは、少女の様に可愛らしかった。

だが、僕は……。


「お母様、そりゃ僕も嬉しいよ。お母様みたいな素敵な女性から愛してるって言われてさ。自分の母親でなければすぐにでも抱きしめたいよ、でもさ!」


僕は自分でも泣きそうになっているのが分かるくらい顔を歪めて声が震えていた。


「でも貴女は僕の母親で、人の妻なんだ! 今までだったら母娘おやこの親愛とかで誤魔化せてたけど、その想いを聞いちゃったらもう無理だよ!」


目を見開いて僕の叫びを聞いていたお母様だったが、喜色を浮かべるといきなり僕に抱き着いてきた。


「やっぱりあなたも私の事ちゃんと想っててくれてたのね! 泣かなくてもいいわ、大丈夫よ!」


「へ?」


ちょっと間抜けな声が漏れた。


「あなたの母親で、人の妻でなければいいのよね! ミィに任せて! あなたが大手を振って私を愛してるって言えるよう根回し頑張るわ!」


どんっと自分の胸を叩き、得意げに宣言するミィ……いや、ミルフィエラお母様。

自慢のドデカいおっぱいが、ばるんっと揺れる。


「え?……あ、あの……」


「もうね、遠慮してたら若い娘たちにとられるからね! これからは母という優位性を存分に利用してあなたの一番になってみせるから!」


あぁ、やっぱり気にしていたのね年齢差。

僕はそんな事を思いながら、元気になった、いや、なり過ぎたお母様を眺めていた。


お読み下さりありがとうございました。

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