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35.戦い終わって

お話は、前半部分三人称、後半部分主人公視点となっています。

● 闘技場内のとある一室 ●


「それでは、ささやかではあるがここにカールエスト君の大会優勝を祝して……乾杯!」


「乾杯!」


闘技場内のとある一室。赤い鎧の男を囲むように貴族の子弟たちが祝杯を挙げていた。


王杯十五侯武闘大会はチェスタロッド侯爵家嫡男カールエスト・チェスタロッドの優勝で幕を閉じ、

国王直々に優勝の祝辞と賜杯を受けたカールエストは息をつく間もないまま他の同胞に連れられ、今この場で賛辞と共に取り囲まれていた。


「カール兄ィ、俺のカタキを取ってくれてありがとう! 俺、これからも兄ィに付いてくよ! ありがとうありがとう!」

「ルベスタ、別にお前の為にやった事じゃない。気にするな」

「……兄ィ、かっけー」


ルベスタ・ストラグスは泰然としたカールエストに尊敬の眼差しを向け少年らしい率直な言葉を漏らした。


コンコン、ガチャ


「お邪魔するよ」


貴族の子弟達の笑いや歓談の声が不意に現れた人物によって中断される。

その人物は豪奢な衣服に身を包み、少年のあどけなさが残る柔らかな笑みを浮かべていた。


「おぉ。これはアベルト殿下! わざわざお越し下さり恐縮に御座います」


祝杯の音頭を取った青年がその人物の前に進み出て、恭しく礼をする。それに続きこの場にいた全員が頭を垂れる。


「そう畏まらなくていいよ、アクガン。城へ戻る前に皆の顔を見たくて来ただけだから」


「はっ」


アベルト殿下と呼ばれた少年……王国の現第一王子アベルト・エルガーナはアクガンと呼んだ青年を軽く手で制すと、カツカツと軽い足取りでカールエストへと歩を進めた。

カールエストの周りにいた少年たちは、アベルトに道を譲る為か即座にその場を引く。


「優勝おめでとう、カール。幼馴染として僕も鼻が高いよ」


「アベルト殿下、ありがとうございます」


にこやかに祝いの言葉を述べ右手を差し出すアベルト。カールエストはその手を両の手で受けて礼を返す。


「皆も今大会はご苦労だったね。感謝祭が終わったら改めて祝勝会を開こうと思う。その時にはぜひ皆にも参加して欲しい」


「おぉ」


アベルトの宣言に少年たちは歓声を上げる。


「殿下、という事は許可が下りたので?」


歓声が上がる中、アクガンはアベルトに小声で耳打ちをした。


「うん。カールの優勝で父上もようやく許してくれたよ」


「おぉ、おめでとうございます殿下」


アクガンは喜色を浮かべ、アベルトに祝辞をささげる。


「祝勝会で発表できる段取りをこれから組むつもりだ。アクガン、早速ですまないが手伝ってくれないか」


「承知しました。……おい、バベル」

「はい、アクガン様」


「ここの仕切りは任せた。適当なところで解散させてくれ」

「承りました」


バベルと呼ばれた青年は前に出てアクガンに礼をする。


「それじゃあ、皆お邪魔したね。悪いけどここで失礼するよ。皆はゆっくり楽しんでくれ」


そう言ってアベルトはアクガンを伴ってこの部屋から出ていった。


扉がバタンと音を立てて閉まると、今まで黙っていた少年たちが口々に喋りだす。

話題はアベルトとアクガンが話していた内容に集中していた。


「兄ィは殿下が言ってたの、何か知ってる?」

「……いや、知らされてはいないな」


不意に質問してきたルベスタに、カールエストは思案気に返答する。


「……少し疲れたな。私はしばらく壁際で休む。ルベスタは他の皆と話してくれば良い」

「わかった。兄ィ無理すんなよ」


そう言ってルベスタは他の少年たちの輪へを入っていく。それを見届けたカールエストは壁にもたれて体を預けると、ふぅ、と息を吐いた。


「やはり左が痛みますか?」


代わりにカールエストの側にやって来たのはバベル・コトーだ。準決勝で敗退したバベルはこの日、普段使いの礼装でこの場にいる。

カールエストはバベルに見抜かれた事を内心不快に思いながらも、努めて冷静に受け流す。


「そう大したものじゃない」

「そうは仰っても、この場では一度も笑ってはいませんでしたよ」


「…………」


やりにくい。カールエストはそう思っていた。バベルはカールエストより年上でありながら、敬意を以って接している。

侯爵家と子爵家という貴族間での身分の差はあれど、それだけでは説明できない何かがあると感じていた。


カールエストは自分がまだまだ若輩である事を認識している。

以前、不思議に思って訊いた時には「我が師と同じ様に敬意を払うべき方であるとこちらが勝手に思っているだけですよ」と返された事があった。


カールエストはバベルの眼を見た。濁った色のない透き通った瞳がそこにある。

少しだけ、弱音を吐きたい気持ちが起こった。


「左の痛みは本当に大したことがない。ただ……」


「ただ?」


「……ただ、試合に勝って勝負に負けた、という思いが強くあって、な。素直に勝てた事を喜べないだけだ」


カールエストは、ぽつりと本音を吐露した。


「それ程にあのアルノ、とかいう相手が」


「横の薙ぎ払いが当たったと思った瞬間、相手の姿がブレて視えてな。驚いた時には左に強烈な痛みが走っていたよ」

「なんと……」


「バベル。お前との準決勝がなければ、もしかしたら最初の一撃で私は倒れていたかもしれない」


バベルはカールエストの言葉に、自身が本気を出して戦ったカールエストとの準決勝の攻防を思い出していた。


「ありがとう、バベル。お前のおかげで勝ちを得る事が出来た」


「な、あ、いえ。お、お役に立てたなら光栄です」


不意に飛び出たカールエストの感謝の言葉に、バベルは戸惑いながらも返事をした。


部屋の中ほどでは少年たちの笑い声が続いている。

カールエストが彼らを羨ましそうに眺めているのをバベルは感じ取っていた。



 ◆◆◆◆◆



● 戦い終わって(アルナータ視点) ●


「うわああぁぁぁん、アルちゃん生きてたよぅ、ミィ死んじゃったと思ったんだからぁ良かったよぅ」


ベッドに上半身を起こした状態の僕に、ミルフィエラお母様が泣いてすがり付いていた。


ここは闘技場内にある救護室。

決勝戦が終わった後、念の為にと僕はここに連れてこられた。


ユーニス達四人のメイドに見守られながら救護係の医師に検査を受けていた時に、少し遅れてミルフィエラお母様がゲミナさんを伴って入ってきた。

僕が上半身を起こして手を振ると、お母様は顔をぐしゃぐしゃに歪め涙と鼻水をまき散らしながら僕に突進してきたのだ。


「おかあさまー、だいじょうぶですよー。僕はちゃんと生きていますよー」


僕の胸に抱き着き、わんわん泣いているお母様の頭を優しく撫でながら、僕は諭すように安心させるようにささやく。


見ると他のメイド達ももらい泣きみたいな表情になっていた。なので笑顔で大丈夫である事をアピールしておく。


「ところで、『ミィ』って何ですか」

「奥様が幼い頃にご自身をそう呼んでいたのです。小さい頃はお名前が少々長くてうまく仰ることが出来ませんでしたから」


「そうですか、子供返りさせちゃうほど心配かけたんですね」

「えぇ」


ゲミナさんはそう言って、慈しむような眼差しでお母様を眺めていた。


「あぁ、ちゃんと心臓の音が聞こえるぅ。えへへ、アルちゃんの平たいお胸温かいなりぃ……」


あ、この母親! 言うに事欠いて何ちゅう事のたまいやがるっ!

引きはがしてペシペシ叩きたくなったが、さすがに今の状況でそこまではする気にはなれない。


はいはい、あたたかいデスネーと背中をさすりながらお母様を宥めつつ、僕は自分の気持ちを落ち着かせていく。


「アルナータ様。一つお聞きしたい事が」

「うん、何だい? アニエスタ」


「先程の試合で相当派手に弾き飛ばされていましたが、何故、かすり傷程度で済んでいるのでしょうか?」


「うむ。検査中にあるじを見たが斬撃による傷も見当たらない。我も不思議に思っていたところだ」


「わたしはお嬢様がご無事であればそれで良いとは思いますが」


「これも剣士としての性というものかな。あたしもどうしても気になるんだよな」


アニエスタが切り出した質問を皮切りに、他のメイド達も口々に意見を言い出す。

まぁ、疑問に思うのも当然だろうなぁ。それじゃ、種明かしをするとしますか。


「それじゃ皆の疑問に答えるね。最後のカールエスト様の攻撃で僕は派手に吹き飛ばされたでしょう? あれはね、攻撃から逃れる為に自分から跳んだんだよ。攻撃してきた剣を足場にしてね」


これはかつて読んだ事のある漫画からの知識だ。

相手の攻撃に逆らわず、タイミングよく同じ方向に跳べば衝撃を少なく出来るというもの。

元ネタの方は何回も繰り返し衝撃を吸収していてキャラの凄さに拍車をかけていたなぁ。


あれ? みんな口を開けて固まっているね。まぁいいや、続けよう。


「あの時、カールエスト様の剣に思いっきり木刀を叩きつけちゃって、木刀バラバラになっちゃったでしょう? その時点で僕の勝ちは無くなっちゃったから一旦距離を取ろうとしたんだけど、すぐ次の攻撃が来ちゃってね」


まだ、口開けたままだな。


「幸い彼の攻撃は視えていたから、それを利用して遠くへ逃げたんだ。ただ、ちょっと跳びすぎちゃったよね。あ、ちゃんと跳んだ後もしっかり受け身は取って頭へのダメージとかはないからその点は心配しなくても大丈夫だよ」


ただまぁ、剣を足場にして跳んだ時にどうも足首をひねったみたいなんだよね。ちょっと痛い。


「あの、それ……人が出来る事なんでしょうか?」


「ジャスティナみたいに鎧着てたら無理だけど、僕はこの通り防具無しの普段着だったからね」


アニエスタが辛うじて呟いた質問に僕は答える。


「いやいや、だとしてもあの斬撃に合わせて剣を足場にするとか、どれだけ凄いのさ?!」


「視えてるって言っても流石に僕だって空中で移行中の剣は無理だよ。地面に叩きつけられる瞬間を狙ったから、そんなに凄いモノじゃないよ」


続くルヴィアの質問にも僕は答えた。


「主はカールエスト殿の最後の攻撃はまともに喰らってはいない、というのか」


「うん。もしまともに喰らってたら弾き飛ばされずにその場で倒れてる。そっちの方が大惨事になってるよね」


ジャスティナは腕を組み、う~ん、と唸っている。


「みんな、そんな事どうだっていいじゃないの! アルナータが無事でここにいるんだからっ!」


相変わらず僕に抱き着いたままのミルフィエラお母様が、困惑しているメイド達に向かって言い放つ。

アルちゃん呼びから普通の名前呼びに戻ったって事は、落ち着いたって事でいいのだろう。


「そうだね。アルナータが無事ならそれが万事だと思うよ」


その声は救護室の入り口から聞こえてきた。

皆の視線が一斉にそちらへと向く。


「やぁ、アルナータ。決勝は残念だったけど、君が無事で何よりだよ」


そう言って入ってきたのは、イリーザ・コペリオ王室第7夫人その人だ。

だが、いまは一般市民の女性に変装をしている。


本来であれば、フォーオール当主カイル・フォーオール様と言うべきなのだが、世間一般には知らされていないのでこちらから積極的に紹介する訳にもいかない。

なので、表向きの人物であるイリーザ様と今後も呼ぶ事とする。


「あ、ありがとうございます。あ、えと……」


僕は、ちら、と救護室スタッフの方へ目を向ける。


「あぁ、その心配はしなくても良いよ。闘技場の運営員は全てフォーオールが賄っているから」


「そうなんですか。分かりましたイリーザ様」


見るとメイド達は皆一様に姿勢を正し失礼の無い様に控えている。

ユーニス、ルヴィアは当然として、つい最近来たばかりのアニエスタやジャスティナまで、だ。

いつのまに情報の共有がなされていたのか、驚くばかりである。


お母様もさすがに僕から離れてちゃんと立っていた。ゲミナさんもお母様の後ろに控えている。


だがその空気を作り出しているのが傍目には一般市民にしか見えないイリーザ様なので、僕から見るこの光景はとても異様なものに映った。


「皆、そんなに畏まらなくて良いよ。今の私は普通の庶民だからね」


それはちょっと無理な注文だと思いますイリーザ様。

僕は心の中でそう呟いた。周りの皆も同じ思いなのか、微動だにしてはいないがその顔には汗がにじんでいる。


「まぁ、しょうがないか。じゃあ要件だけ伝えておくとしよう」

「要件、ですか」


「うん、アルナータ。試験はこれでお仕舞いだ。結果と今後の事についてはまた改めて連絡させてもらう事にする」


そう、僕がこの武闘大会にアルノとして出たのには、イリーザ様から試験として提示されたからだ。

どういう評価になって、どういう未来になるのか。僕の中で少し不安が渦巻いていた。


「一週間位を目処に連絡をするつもりでいるから、それまではゆっくり羽を休めておくといい」


「はい、分かりました」


「それじゃ、邪魔したね。私はここで失礼するよ。ちゃんとアルナータをいたわってあげてね?」


イリーザ様は「バイバ~イ」と手を振り、何か意味深な言葉を残して救護室から去っていった。

つい僕も手を振り返す。


お母様と四人のメイド達の視線が僕へと戻ってきた。

なんとな~く熱っぽいモノが見え隠れしている気がするのだが、指摘したら負けなのだろう。


「そ、それじゃ、いつまでも救護室ここにお世話になってる訳にもいかないし。と、とりあえずは僕達も帰ろうか」


「その前に妹ちゃん! その涙と鼻水とヨダレでベトベトの服を着替えましょう」

「そうだな、ちゃんと女の子に変装してないとまた妹くんが絡まれるかもしれないしな!」

「アルナータ様、こちらにお召し物を用意しました。ささ、私めが懇切丁寧にお手伝いいたします故」

「それは却下だアニエスタ。我が主のお着替えは我が執り行う。そんな美味しい役目をアニエスタだけには任せてはおけぬ!」


「……奥様、よろしいので?」

「うふふ、さっきアルナータ分をたっぷり補給しておいたから、邸宅に戻るまでは大丈夫よ」


僕は四人の美少女達にもみくちゃにされながら今後の事に頭を巡らせていた。


どんな評価になって、どんな未来になろうとも、みんなとはずっと一緒に生きていきたいと思う。

チェスタロッド侯爵家を最終的には出るからお母様とずっと一緒は無理だけど、出来る限り絆を保ち続けたい。


その為にはどうすればいいか考えよう。一人で思い浮かなければみんなと相談しよう。

いずれ叶えたい夢はあるけれど、それは本当に夢のお話だ。だから今はまず……、


おうふっ!


急に四つの柔らかな感触がほぼ同時に僕に襲い掛かってきた。


見ると僕は何故か下着姿になって、四人の美少女メイド達が各々のおっぱいを僕に押し付けていたのだ!


彼女達は無言で僕の奪い合いをしているし、唯一傍観しているお母様は「あらあらうふふ」って感じで仲裁に入ろうともしない。


「ちょっと待って! みんなこのままじゃヤバいってば! ちょっ、あっ、やっ……」



アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ


ここまでお読み下さりありがとうございます。

今回のお話で武闘大会編(?)終了。全体では中盤くらいまでが消化されました。

ちょっと詰め込みまして、いつもより文字数が多くなっています。ご了承下さいませ。


評価、ブックマークありがとうございます。

もし、未評価の方でこの作品を面白いと思って下さったのでしたら、

ここより下の評価欄より評価していただけると、作者の励みになります。

よろしくお願いします。

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