33.メイドの夢
「わたし、ユーニス・コロベルはロベルス侯爵家の分家コロベル子爵家の娘ではありますが、フォーオールの一員として幼い頃より訓練を積み、
アルナータ・チェスタロッド様が目覚めた時の護衛及び友人としてお仕えする為に存在しています」
「フォーオール、護衛、それで……」
「はい。今まで隠していて申し訳ありませんでした」
ユーニスは深々と僕に向かって頭を下げる。顔は見えないが声が震えている。
ただ理由が聞きたかっただけで、責めるつもりがなかった僕はあわてて彼女の顔を上げさせる。
「ちょっと待ってユーニス! ぼ、僕はそんなつもりじゃ。ただ、その……もっと早く知りたかったな、って」
「…………」
「だって、ほら! 戦うメイドさんだよ?! なんか格好イイじゃない! 二人で共闘して難事件を解決っ!!(ビシィ!)とかやってみたいじゃない!?」
僕は明るくポーズを決め、大丈夫だよー責めてるわけじゃないよーというのを必死にアピールした。
……
「「「はぁ」」」
……盛大に溜息をつかれてしまった。
「そうでした。お嬢様はこういう方でした」
「なんか、こう、暗い悩みが似合わない良い性格してるよな、妹くんて」
「ユーニス、ごめんなさいね。うちの娘がこんなので。とても悩んだでしょうに」
「ミルフィエラ様、お気になさらず。おかげで胸のつかえが取れました」
なんか諦め交じりで貶されている気がするのだが気のせいだろうか。
だが、ユーニスの気分が少しでも楽になったのなら、それで良しとしよう。気にしたらハゲるしね!
「そう言えば、お母様とルヴィアは普通に話してるけど、ユーニスが戦えるのって知ってたの?」
「知ってた」
「知ってた」
「知らなかったの僕だけ?!」
新たな事実が今ここに。
僕は思わず俯き、考え込んだ。
ふぅ、と息を吐き、お母様が僕を諭すように姿勢を正して語りかける。
「本来だったら、ちゃんと説明の場を設けて、ユーニスの事をあなたに教える予定だったのだけれど、ユーニスがそれを怖がるようになってしまってね。
それで、今の今までズルズルと先延ばしになってしまってたのよ」
お母様のその言葉に僕は顔を上げ、お母様とユーニスを交互に見やる。
ユーニスは口をつぐみ、暗い顔をしている。
「ユーニスが僕に知られるの怖がるようになった、って何があったの??」
思わず口に出た質問に反応したのはルヴィアだった。
「妹くんは一年くらい前の……あたしが妹くんに仕えるちょっと前の事、覚えているかい?」
「う~ん、ルヴィアが僕に仕える前?」
僕は頭の中の記憶を懸命に思い出そうとした。
ルヴィアを紹介されたのは確か朝食の時で、サラディエ様が連れて来たんだっけ。その前は、褐色巨乳の事ばかり考えていた気がする……なんでだっけ?
「あ、思い出した! ルヴィアがサラディエ様に紹介されてくる前ルヴィア似の褐色巨乳美女の夢を見て、予知夢ってホントにあるんだとびっくりしたんだっけ」
「「「ゆめ?!」」」
「う、うん、夢。他には特にないけど……それがどうかしたの?」
目を点にしてぽかんと口を開け、全く同じ呆けた顔で固まる三人の美女たち。
……
「「「はぁぁぁぁ」」」
……またまた盛大に思いっきり力の限り溜息をつかれてしまった。
いったい僕が何をしたというのだろうか。
「どおりで何も言ってこないわけだ……」
「あの出来事を夢で済ませるなんて、この娘は神経が太いのか無頓着なのか……」
「わ、わたしのこれまでの苦悩はいったい……」
「え? え? あの出来事って何??」
お母様はことさら大きくため息をつくと、憐れむような眼で僕を見つめた
「アルナータ。あなたはね、一度殺されかけたのよ」
お母様のこの言葉を皮切りに、お母様、ユーニス、ルヴィアによって語られた当時の出来事は、僕には思いもよらないものだった。
◆◆◆◆◆
一年前の当時、僕ことアルナータ・チェスタロッドの殺害計画があったらしい。
首謀者はマグストラ男爵。
お忘れかもしれないが、マグストラと言えばルヴィアの元家名。マグストラ男爵は、不慮の事故で死亡したと聞かされたルヴィアの父親なのだ。
ストラグス一族の中でも放蕩のドラ息子として有名だったマグストラ男爵はいずこかよりアルナータ・チェスタロッドの拉致殺害を依頼される。
常に金に困っていた彼は提示された法外な金額に二つ返事で引き受け、それを悪い仲間二人とあろうことか娘のルヴィアの三人に実行させたのだ。
だが、その計画は失敗に終わる。
攫うまでは出来たものの、殺害に移る前に僕の反撃にあい無力化されてしまったのだ。
「あ~、僕が夢で見たと思っていた光景はこの時のものだったんだね」
はっきりと当時見た夢を思い出したわけではないが、しみじみと僕はそう呟く。
しかしその直後、ユーニスは衝撃的な発言を繰り出すのだった。
「そして、わたしが駆け付けた時見たものは、ベッドに縛り付けられたルヴィアの上に跨り今まさに襲わんとするお嬢様の姿でした」
「え」
一瞬にして静寂が辺りを包み込む。ものすごく居たたまれない。
ユーニスは「しまった」という表情で口元を押さえているし、ルヴィアは当時を思い出したのか顔を赤くして俯いている。
お母様は目つき鋭く羨ましそうにルヴィアを睨んでいる。
「そ、それで間に合わないと判断したわたしは、咄嗟に脚を出してお嬢様を止めたのです」
「あ、あし?」
「は、はい。延髄に蹴りを一発、こう、スパーン! と」
オーマイガッ。
「も、申し訳ございません! 当時はお嬢様が凶行に及んでいると勘違いして、絶対に止めないと、と思い込んでいましたので」
そうして、結局あらゆる物事が未遂に終わり、この事件は収束する。
実行犯の男二人は処分され、首謀者のマグストラ男爵はそれまでの悪行と合わせての極刑。
ルヴィアはフォーオールの一員になる事と僕のメイドとして仕える事を条件に、助命された。
全ての処分は、幽騎士の判断によりチェスタロッド、ストラグス両侯爵の手で秘密裏に行われた為、
マグストラ男爵は不慮の事故で死亡、男爵家は取り潰し。家を失ったルヴィアはサラディエ様が保護をして僕の元へ、と表向きはそうなった。
「なるほど、それでルヴィアは来た当初は怯えたような居心地が悪そうな、そんな感じだったんだね」
「はい」
実は今でもアルナータ殺害計画の依頼人は分かっていないそうだ。
たぶん、幽騎士達なら知っているだろうけれど、もうすでにこの件は終わったことだ。
どうでも良い事に心を割くべきではないだろう。
「それで……これのどこに、ユーニスが僕に戦える事知られるのを怖がるようになった部分があるの?」
「……アルナータ。さすがにそれは無神経すぎるわよ?」
「?」
うん、僕の頭ではどこに問題があるのかが分からない。
お母様は少し怒ったように僕を見つめる。
「分かりました、お答えします」
ユーニスは神妙な面持ちで僕を見据えた。
「私はお嬢様に危害を加えました、それも脚で。己の主人を足蹴にするなど、従者として許される行為ではありません」
お母様もルヴィアもユーニスの告白を黙って聞いている。
「で、それのどこが怖いの? 僕が悪い事しようとしたから止めただけでしょ? たまたま間に合わなかったから脚が出ただけでしょ? 主人を諫める従者のどこが悪いの?」
僕は矢継ぎ早にユーニスの言葉を正当であると、仕方がなかった事であると、ユーニスは正しい事をしたと肯定する。
その時悪かったのは僕の方だ。必要以上にユーニスが気に病む事は無い。何よりユーニスには悲しんでほしくはなかった。いや、ちょっとその表情がそそるなぁとは思ったけれど。ちょっと、うん。ちょっとだけね?
「で、ですがわたしはお嬢様を足蹴に」
「え? だって僕に延髄蹴りでしょ? 対〇忍みたいにぴっちりスーツ着ていないと服が邪魔して出来ない芸当でしょ?! バルンバルンのギュインギュインでヒャッハーーーでしょ!!!」
「え、た、タイ〇ニン??」
「ぴっちりすーつ??」
「バル……って、何だそりゃ?!」
僕は勢いのまま言葉をぶつけた。皆の反応などお構い無しだ。
体に吸い付くぴっちりスーツがこの国にあるかもしれない可能性と、ユーニスとキャットファイトよろしく、くんずほぐれつでムフフな絡み合いが出来る希望をユーニスの中に見出し、
主人に危害を加える暴力従者などという事柄はすでに問題ではなかった。というかむしろ体と体が密着する理由が増えた分ご褒美と言えるかもしれない。
ぴっちりスーツ……あれはイイモノだ。
僕が裁縫を始めた究極にして最終目標である。可能性の光が僕の全身を照らしていた。
「おぉ! 我が主がまた滾っておるな!」
「これは今夜期待が持てそうですね」
いつの間にかジャスティナとアニエスタが戻ってきていた。
何を言っているのかその意味は量りかねるが、喜びに顔を染めている。
ユーニス、ルヴィア、ミルフィエラお母様も顔を赤らめモジモジし始めた。
それまでの張りつめたような重い空気が一気に和らいでいく。
もしかしたらユーニスは今まさにぴっちりスーツをそのメイド服の下に隠しているのかもしれない。
その考えが僕の妄想を加速させた。
目の前の五人の美女たちの服がみるみる透けていく。
ククク、すでに何度か肌を重ねた経験から、彼女たちの体型はアニエスタほど正確ではないがある程度想像することが出来るのだ。
ジャスティナはまだその経験がないから理想を押し付ける事しかできないが、ほか同様に剥いていく。
そして彼女たちの柔肌に沿うようにぴっちりスーツを脳内で描いていく。色も性格に合わせたコレと思われるものを足していく。
ヤヴぁい……想像イジョウの破壊力ダ。
あまりにもの力の奔流に僕の意識が混濁していく。だがしかし、僕のおなかの辺りに熱が集中していくのはハッキリと感じ取れた。
「え、あの妹ちゃん?!」
「ま、待って! ここここ心の準備がまだっ」
「あ、アルナータ! ぁ、やぁ、あふ、ひ、久しぶりだから、コレだけでい、いヒッ」
「アルナータ様、若輩ですがぁ、誠心誠意お勤め致しますふ。ぁは」
「おほぉぉ! ここれがアニエスタから聞いた主殿のきょ(じょばーーーー)」
雌の匂いが鼻腔を満たす。わずかに漏れ聞こえる嬌声が耳を満たす。止めどなく溢れる唾液が血の味をまとい口を満たす。
ねっとりとした湿気を含んだ空気が肌にまとわりついてくる。視界が女の蕩けた顔で真っ赤に染まる!
ゴッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ
チェスタロッド邸を中心に巨大な魔法陣が出現し、地の底から獄炎と化した灼熱のマグマが吹き上がる!
そのマグマの柱を割って現れ出でたるは目も眩むばかりに白く輝く巨大な槍ッ!!
一国をもたやすく滅ぼす力を秘めた魔神の光槍が今ッここにッッ!!!
ワレこそは全てを破壊するマジンの使徒なりッッッ!!!!!
ッピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして唐突に世界はブラックアウトしたのだった。
評価、ブックマークありがとうございます。
今回の話の中に出てくる主人公に関する事件の部分は、
「12.新たなる出会い」と「13.チョコレート色の夢」あたりのお話になります。




