32.女騎士の夢
チェスタロッド邸に戻った僕達は早々に髪染めを落とす為お風呂に入った。
僕が現在変装用に使用している髪染めは半永久的に色を変えるものでは無く、染めても洗髪一回で落ちるタイプのものだ。
毎回毎回染めては落としてと手間はかかるが、僕自身どうしても金髪は残したかったので、あえてこの染め方を取った。
ユーニスとルヴィアも同意し、毎回協力してくれているおかげでそれほど苦ではない。
湯上り後、ミルフィエラお母様が部屋に遊びにやってきて共にのんびり過ごしていた頃、アニエスタがジャスティナ嬢を伴って帰ってきた。
ギルエスト様は本日カールエスト様の試合がある関係かまだ戻ってきておらず、
ジュスティース侯爵からの親書もあるということでそのまま帰すわけにもいかず、とりあえずはと僕の部屋へ通された。
何故僕の部屋かというと、当主不在時の留守役で責任者のお母様が僕の部屋にいたからだ。
「おぉ、主殿、髪色を戻されたか。うむ、やはり主殿は金色の髪が一番良い。短くされたのは誠に残念だがこれはこれで良く似合っている」
「同意致します」
ジャスティナ嬢は開口一番、僕の容姿を捉えてそう評する。それを受けて部屋にいた皆も頷きあったり「やはり伸ばすべき……」などと呟いている。
短い方が自分一人で手入れするのに楽なんだよぅ。
それはそれとして、彼女たちを部屋へ招き入れ、適当な場所に座るよう促す。
ジャスティナ嬢の言葉に気になった部分があったが、それはまた後で訊くことにしよう。
お茶の準備をしている間にアニエスタは着替えを済ませ、全員揃ったところでささやかながらジャスティナ嬢の歓待を行なう。
ユーニス達はもちろんメイド服だが、僕とお母様は室内用の気軽な格好なので、貴族のお茶会というよりは仲の良い友達同士の女子会といった感じだ。
「それでは改めて自己紹介をしよう。我が名はジャスティナ・ジュスティース。ジュスティース侯爵家の一女にて、今回の不始末のお詫びとして無期限奉公しに参った。我が主よ、これからよろしく頼む」
女騎士ことジャスティナ嬢は、目を引くほど大きくはないが小さすぎでもない、普通巨乳の胸を張り我々に向け、そう挨拶をした。
普通巨乳ってなんだ。
いや、うん。一般的な人々からすれば十分大きいおっぱいの持ち主なのだが、如何せん僕の周囲にいる女子たちは全て規格外サイズの持ち主なのだ。
ミルフィエラお母様は人類最高峰(当社比)の超者であるし、ユーニスはスイカを彷彿とさせる大きさと良き張りを見せる。
ルヴィアはカップサイズとしては巨乳だが、長身と胸筋の発達により胸囲自体はメーターを超えているし、
アニエスタは逆に胸囲はギリギリ100未満だが、その低身長によりカップサイズはユーニスに迫る。
正にパラダイスッッッ!
これでまぁ、僕のお胸にも豊かなおっぱいがあればね。うん、色々とね。うん、バラ色だったんだけどね。
「主殿? いかがなされた?」
「ジャスティナ様、申し訳ございません。今のお嬢様は大きな胸を持つ女性に出会うと、このように深く考え込む癖が出ます。再起動するまでしばしのご辛抱を」
「うん、3年前のあの事件以前とは全くの別人になっているから、当時のお嬢様と同等とお考えなら色々覚悟をした方が良いかと。主に性格的な面で」
「不可解な発言や怪しげな行動など色々困惑する事がございますが、お嬢様は我々を大切に扱って下さいますので、そこはご安心を」
「我が娘ながら、胸に執心し過ぎるのが悩みの種なのよね」
「お、おう」
ジャスティナ嬢にとってみれば居心地が悪いかもしれない(主に胸囲の格差的に)がそこは僕がなんとかフォローするべきだろう。
それよりも、彼女の挨拶の中に色々と問い質したい単語があったのだ。
「えと、ジャスティナ様? 今回はお詫びとご報告に参られたのですよね? 先程のご挨拶の中に『無期限奉公』と『我が主』とありましたが、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味であるな! 主殿に絡んできたあの者達の不始末は監督不行き届きという事で、我がその責を負う事になった。チェスタロッド侯爵家への『無期限奉公』としてな。つまり我自身がお詫びの品という事になる」
言葉の重大さとは裏腹にジャスティナ嬢は喜色を浮かべてハキハキと答える。
「何故そんなに嬉しそうなのですか?」
「決まっておる。我が最愛の主の僕となれるのだ。正に夢にまで見た事が現実となる、これが喜ばずにいられようか!」
「あぁ、だから僕の呼び名が『我が主』なんですね、ジャスティナ様」
「うむ。あぁ、それと我に敬称と敬語は不要だ。是非ともジャスティナ、と呼び捨てて欲しい。我が主よ」
当初想像していたジャスティナ嬢のイメージがわずかな応答で瓦礫の山と化した。
花の背景が似合う男装の麗人が一転、ドヤ顔の残念美女に取って代わられてしまった。
「どうしよう、これ」
「妹ちゃん、人様を指でさしてはいけませんよ」
僕達の呆然とした空気をよそに、ジャスティナ(もう「嬢」は付けなくても良いよね)は得意げに仁王立ちをするのであった。
そんな中、ジャスティナから預かった封書をいつの間にか開き、中身を眺めていたお母様がジャスティナを見上げた。
「ところでジャスティナ様? こちらのジュスティース侯爵様からの親書には今仰られた事は何一つ書かれてはおりませんが、これはどういう事でしょうか?」
「うぐ」
お母様の問いかけにジャスティナは体を強張らせる。
「お母様、信書の秘密……」
「ギルエスト様が不在の今、この邸宅の責任者は私ですよ。当主にお見せする前に内容を精査するのは当然です」
まぁ、そうなんだけれど。見るとジャスティナは唇を噛み「ぐぬぬ」と呻いている。
「またなんでそんなウソを……」
「今日の主殿との試合で我は悟ったのだ。主殿こそ我の求めていた御旗である事を。そして羨ましかったのだ。アニエスタやルヴィアが主殿に仕えている事を」
ルヴィアとアニエスタを見るとジャスティナに同情しているのか、彼女の一言一言に頷きを返している。
戦う者同士、何か通じ合うものがあるのだろうか。僕にはいまいちよく分からないけれど。
「そ、それにな? 使用人の服を着て主殿に仕えている皆を見てな? わ、我もその……主殿の寵愛を賜りたくなってしまってな?」
モジモジと恥ずかし気に言葉を口にするジャスティナ。その様子からはそれまでの毅然とした騎士の姿とは似ても似つかない、ただただ可愛いだけの女の子がそこにいた。
その仕草に僕の心臓も高鳴る。
「だ、だからって、そんなあっさり侯爵令嬢の立場を捨てるような事言わなくても」
「主殿によって『女の悦び』を知った今、かような立場などむしろ邪魔というもの。捨てても惜しくはない」
ギッッッッ
ジャスティナを除く4人全員の視線が鋭く僕に突き刺さり、冷たい汗が僕の背中を伝う。
「妹ちゃん? 『女の悦び』とは一体どういう事でしょうか?」
「アルナータ? お母さん言いましたよね? お母さんに内緒でよそ様のお嬢さんに手を出すな、って」
ルヴィアとアニエスタも言葉こそ発しないものの、ものすごい目力で僕を睨んでいる。
「我を組み伏せる雄々しき力、我の股を濡らすその凛々しき眼、そして、我を骨の髄から蕩かす神酒の如き芳香!
あぁ、もう。我は主殿なしでは生きられぬ肉体となってしまったのだ」
そんな周囲の状況などお構いなしに、スポットライトを浴びた舞台女優よろしく身振り手振りを交え陶然と言葉を発するジャスティナ。
バリバリと周りの空気ごと体が引き裂かれる様な感覚が僕を襲う。
「し、試合試合! 今日の試合の事ですよね?! そうですよねジャスティナ様! そうだと言ってぇぇ!」
ジャスティナに僕の声は届かなかった。僕は怨嗟響く地獄の底から伸びてきた4対の手によって、閻魔様の御前へと引き出されるのであった。
キャスト。閻魔様(ミルフィエラお母様)書記官(ユーニス)
獄吏その1(ルヴィア)獄吏その2(アニエスタ)
◆◆◆◆◆
その後、何とかその場の収拾(僕の完全敗北という形だが)を付けた僕達は、ギルエスト様の帰宅後ジャスティナを引き合わせ、親書の手渡しを行なった。
無事役目を終えたジャスティナを見送って、やれやれ終わったな、という予定だったのだが……。
「ど、どうだろう主殿。おかしくはないだろうか?」
うちのメイド服を着たジャスティナが今目の前にいる。
ジャスティナはギルエスト様に僕のメイドとして置いてくれるよう、その場で直談判したのだ。
その様子はまるで「お宅の娘さんを私に下さい(土下座)」ってな感じで、側で聞いてたこちらが恥ずかしくなるくらいの勢いと熱意だった。
それに対しギルエスト様は「うん、いいよ。好きにすれば?(超意訳)」と淡々としたもので、
返書をしたためて使用人に届けるよう指示した後、さっさと自室へ引き上げてしまったのだ。
で、ジャスティナに予備のメイド服を貸し与えて、今に至る。
僕と似たような背丈で、僕と似たような金髪で、僕と違って普通に巨乳の彼女はメイド服がとてもよく似合っていた。
モジモジしてこちらをうかがう仕草がとても可愛らしく、僕は思わずムラっときてしまった。
「うん、よく似合ってるよ、ジャスティナ」
「主殿……」
あまりの可愛さに、つい敬称と敬語が吹っ飛んだ。
ジャスティナの瞳が潤んで顔にみるみる朱が差す。その瞬間、彼女の身体が寒さで縮こまるようにブルッと震えた。
「あ」
ジャスティナは途端にスカートを押さえ縮こまり、顔をさらに真っ赤に染め上げ俯いてしまう。
「どうしたの? 急に俯いて」
「い、いや何でもない。そ、そうだ手洗い! 手洗いはどこだろうか?」
「でしたら私が案内致します」
「す、すまないアニエスタ。お願いする!」
ジャスティナはアニエスタに導かれてバタバタとお手洗いへ駆けだす。何がどうしたというのだろうか?
「あれはもしや……」
「知っているのかユーニス!?」
「あ、いえ。勘違いだと困りますから、ご本人の口から確認されるのがよろしいかと」
ユーニスは困ったような笑顔で思っていることを口には出さなかった。
「あっ」
その表情で思い出した。
今日取り巻き達に絡まれた時のユーニスのあの行動。何故その実力を隠していたのか訊きたかったんだ。
ジャスティナが予想外に騒がしかったので、すっかり忘れていた。
「? 妹ちゃん、どうしました?」
「うん、ごめんねユーニス。蒸し返すようで悪いけど、今日の事」
「あ」
僕とユーニスの間に流れた気まずい雰囲気を察したのだろう、お母様とルヴィアもいつの間にか真剣な表情で僕達を見ている。
アニエスタとジャスティナはまだ戻って来てはいない。が、あの二人はこの件には関わりがないので、話を進めてしまって構わないだろう。
僕は意を決し、ユーニスの真意を問うべく言葉を発した。
「なぜあれ程の実力を隠していたのか、理由を聞かせてもらえるかな、ユーニス」
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