31.遭遇
「そこの三人、止まれ!」
ザッ
僕達の前を塞ぐように三人の男が現れた。
顔はいちいち覚えてはいないがその服装は覚えている。闘技場で何度か見たジャスティナ嬢の取り巻き達だ。
何とか先回りをしてようやく追いついた、って感じで少し息が荒い。
やっと現れたか。
僕としては、闘技場を出てすぐに接触してくるものだと身構えていたのだがそんなことは無く、後をつけてくるものの、一向にアクションが無い。
もしや滞在場所を探る為なのかもしれないと思い、相手をおちょくるようにウィンドウショッピングに興じたり、
カフェでちょっと休憩したり、ヘビがのたくるように関係ない道を歩いたりして、相手がじれて出てくるのを待っていたのだ。
もしこの手の輩にチェスタロッド邸へ帰るところを見られでもしたら、あとあと面倒な事にもなりかねないしね。
少し遅れて僕達の背後を複数人が取り囲む。
ひぃ、ふぅ、みぃ……5人。仮面をしているので上半身を巡らせないと周りを見れないのが面倒くさい。
「庶民風情が随分と余裕じゃないか。丸腰のくせに」
正面の、この中ではリーダー格らしき男がそんな僕を嘲笑する。
丸腰……。闘技場で試合に使用した木刀は置いてきたままだし、護身用にと王都に来た当初買い求めたステッキがあるものの、それは今回持って来てはいない。
……うん、持ってくるのを忘れたんです。ごめんなさい。
ま、まあいざとなったら取り巻き達が腰からぶら下げているモノを拝借すればいいし? 何とかなるんじゃないかな。
前に3人、後ろに5人。これだけの人数に囲まれていても、僕はそう思えた。
「我々をどうするつもりだ」
僕は努めて低く、男と相手が認識してくれるよう声色を作った。
「あ? どうするつもりだ? なに寝言いっている。お前こそまだバレてないと思ってんのか?」
リーダー格の言葉に僕の心臓が跳ね上がる。
正体バレてる?! こいつらザコっぽいのに意外と優秀だったのか?!
まずいな、どう対処するべきか。……取りあえずはトボけよう。
「何の事を言っているのか全く分からないな」
「はあ?! とぼけるな!! 自分が勝つために卑怯にもお嬢様に毒を盛った事、覚えがないとは言わせんぞ!」
は? どく?
僕がジャスティナ嬢に勝つために毒を盛った?? どこの誰よ、そんなアホな妄想したの。
一応弁解しておくが、僕がジャスティナ嬢に毒を盛ったという事実はどこにも存在しない。
自分の体臭で彼女の動揺を誘いはしたが、それ以外は彼女に対しては何もしていない。
まぁ、正体がバレたんじゃなくて良かった。
紛らわしいんだよ。主語はちゃんと言いましょうって習わなかったのか?
わざわざ言いがかりを用意してまで僕をボコりたかったのか、誰かの妄言をうのみにしてハタ迷惑な正義感を振りかざしに来たのか、
どちらでもいいが、取り巻き達にしてみれば「正義は我にあり」って感じなんだろう。
もうどうでもよくなったので、早めに切り上げて帰ろう。お風呂に入ってさっぱりしたい。
「覚えがないな」
「き、貴様ぁっ!!」
リーダー格の言葉尻をとらえて挑発をする。
相手の敵意が僕のみに向くし、うまい事逆上して襲い掛かってきてくれれば正当防衛が成立する。
ジャスティナ嬢との試合を経験した今なら、この取り巻き達くらいならうまくあしらえるだろう。
チャンスチャンス正当防衛チャンス!
僕は心の中でボクシングのようにファイティングポーズを取り、軽やかにステップを踏み始めた。
張り詰めた空気に耐え切れないのか、取り巻き達の何人かが腰に差した剣の柄を握る。
「抜くのか? 抜いたら懲罰ものだろう。いいのか?」
ルヴィアが僕と同じ様に低い声を作って取り巻き達に言った。変装している今は、見た目長身の男性だからだ。
その言葉に、取り巻き達はビクッと体を跳ね上げ狼狽する。
この国で貴族と貴族でない者を見分ける一つの指標が、帯剣しているかしていないか、である。
そして帯剣しているが故に、人の集まる都市部において好き勝手に剣を抜く事は禁止されている。
それも慣例による曖昧なものでは無く、法令として厳格に規定されているもので、
治安維持に従事している時の騎士など一部の許可されている場合を除き、違反をするとかなり重い刑罰が下される。
この法令があるおかげで貴族の理不尽な暴力が少なく、この国は治安が良い。
まぁ、いま僕達が遭遇しているこの状況はお世辞にも「治安が良い」とは言えるものでは無いけれど。
「う、うるさいっ! この庶民風情がっ!!」
顔を真っ赤にして吠えたリーダー格が僕に掴み掛かろうと迫る。
あまりに遅いモーションに僕は気が抜けていた。
ま、掴まれてからでもどうとでもなるしな、と眺めていたのは否めない。
その時、
リーダー格の僕を掴もうと伸びた手が、横から伸びた別の手によって僕に到達する前に止められる。
「お前たちのような者がこの方に触れて良いわけがありません」
えっ。
思いもかけぬ言葉が思いもかけぬ声によって発せられる。
僕は耳を疑った。
恐る恐る横を向くと、そこには眼光鋭くリーダー格を睨みつけているユーニスの顔が。
普段の彼女からは考えられない凛々しい横顔に思わず心が高鳴った。
キュン、って音が聞こえた気がする。
……待て自分! なに女の子みたいな反応してるんだよっっ!
白い仮面を付けたままだから絵面的におかしいから!
そんな僕の動揺をよそに、ユーニスはテコの原理でリーダー格の腕を掴んだまま豪快に引き倒す。
対人戦闘を知っている動きだ。
「ぐほぁっ?!」
「この女、よくもっ!!」
うめき声をあげてリーダー格が沈黙すると、取り巻き達の怒りの矛先が一斉にユーニスへと向けられる。
それに対し泰然と構えるユーニス。見るとルヴィアも、それがさも当然と言わんばかりに悠々と構えている。
もしかして、ルヴィアはユーニスが戦える女の子だって事を知っていた?
そうしている間にも取り巻き達は様子を伺いながらじりじりと包囲を狭めている。
一人倒されたとはいえ、まだ7人いる。3人の僕達とでは数的には優位だ。
だが、ユーニスが戦えると分かった今では、彼女を庇いながら相手をする必要がなくなったのでその差は無いと言っていい。
僕たち三人は示し合わせたようにお互いの背中を守り、取り囲んでいる取り巻き達へ睨みを利かす。
緊張が張り詰めていく。
「お前達ッ 何をしているか!!」
今まさに闘いが始まろうとしたその時、女の怒声によってその場の全員が瞬時に固まる。
ジャスティナ嬢だ。
彼女の後ろからアニエスタが警戒した面持ちで現れる。
リーダー格がユーニスによってノックアウトさせられた事に激高した取り巻き達だが、突然僕達を庇うように現れたジャスティナ嬢によってその気勢が削がれる。
動揺が拡がるのが見て取れる。
「お前達控えろ! この方をどなたと心得る!」
恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!
ええい、頭が高い! ひかえい! ひかえおろう!!
バァーーーン(続くお馴染みのBGM)
ジャスティナ嬢の台詞から芋づる式に過去の記憶が蘇った。
うっわ、懐かしい。
若い頃は全く興味が無かったのに、年食ってからよく見るようになったんだよな時代劇。
現実に戻ると、時代劇のように叱責された取り巻き達が土下座するような事は全く無いわけで。
「お嬢様! なぜこの者を庇うのですか?!」
「この者はお嬢様に毒を盛り、不当にお嬢様を辱めた痴れ者ですぞ!」
彼らはジャスティナ嬢の行動が信じられないといった風に口々に騒いでいる。
「毒を、盛る……? 誰だ! そんな根も葉もない妄言を言った奴は!」
ジャスティナ嬢の否定に取り巻き達が一斉に黙り込む。
そしてぼそぼそと「だって……」「しかし」「……殿が」といった呟きが漏れ始める。
「我は正々堂々と戦い、この方に実力で敗れたのだ! 正当なる勝者を貶める事はそれ以上に敗者を貶めると知れっ!」
その言葉に取り巻き達も一様に黙り込み、ジャスティナ嬢を見つめる。
負けた事を改めて自身の口から宣言するのは、結構心に痛みが来るものだと思う。
僕は策を弄した自分を恥ずかしく思い、心の中でジャスティナ嬢に謝罪した。
取り巻き達から戦意が喪失した事を一通り確認すると、ジャスティナ嬢はおもむろに僕の方へと向き直る。
「この度は誠に申し訳なかった、アルナ……」
僕はとっさにジャスティナ嬢の口をふさぎ、彼女の言葉を最後まで言わせなかった。
仮面の上から口の辺りに人差し指を当て、しーっ、とジェスチャーをする。
「いまはまだ正体を知られるわけにはいきませんので、内緒にして頂けると助かります」
「……」
「この騒動から我が侯爵家に問題が波及すると今後にも支障が出ますので、ここはお互い無かった事に致しましょう。構いませんか?」
ジャスティナ嬢にだけ聞こえるように小声で、普段の声でお願いをする。
もし事が明るみになった場合、お互いの侯爵家の間に軋轢が生まれるかもしれない。
今回は言いがかりをつけられただけで特に被害を被った訳でもないので、無かった事にしておいた方が良いだろう。なによりめんどくさい。
彼女は僕を見据え一回頷くと、すっと離れた。
「さあ、お前達。引き揚げるぞ」
ジャスティナ嬢の言葉に取り巻き達はざわざわと戸惑いを見せた。
「この方は寛大にも不問に致すと仰って下さった。この方の気分が変わらぬうちにさっさと引き揚げよ」
取り巻き達は唯一伸びているリーダー格を急いで担ぎ上げると、そそくさと僕達から離れていった。
「それでは我もこれで。ジュスティース侯爵に事の顛末を報告したら、またお詫びに参上致したいのだが」
「それでしたら、私が同道し案内致しましょう。お嬢様よろしいでしょうか?」
「うん、わかった。アニエスタよろしくね。僕達はこのまま邸宅に戻って待っているよ」
ジャスティナ嬢は軽く会釈をし、アニエスタは恭しく礼をして、取り巻き達の後を追うように去っていった。
「それじゃあ、お姉ちゃん、姉さん。僕達も帰ろうか」
「…………」
ユーニスは僕の呼び掛けにいつものように応えなかった。沈痛な面持ちで俯いている。
ルヴィアはそんなユーニスを気遣うように寄り添う。
「どうしたのお姉ちゃん。早く帰ろ?」
おそらくは先程のリーダー格を倒した時の事を考えているのだろう。
ユーニスは、自身が戦えるという事を今まで僕に隠してきたのだ。それがあの時は思わず手が出てしまった。僕を守る為に。
僕は驚きはしたが、隠し事をされてた事に対する憤りは無く、むしろとても嬉しかった。
ユーニスが僕を大切に思っているという事を、態度で示してくれたからだ。
まぁ、自分の心が女の性に浸食されてきているのを自覚して複雑ではあるけれど。
「お嬢様、わたしは」
「その事は後からいくらでも聞く! 僕はお姉ちゃんに守ってもらえて逆に嬉しかったんだから!」
ユーニスの言葉を遮り僕は強く彼女の行動を肯定する。
「お、お嬢様……」
「あぁ、そうだな。幸い明日はまた休みだ。話す時間はいくらでもある」
「そうそう! こんな道端で話したってしょうがないよ。早く帰ろ!」
こんな薄ら寒い路地で話し込みたくはなかった。何より、今はお互い変装中だ。
出来ればそんな重要な話は、普段の、いつものユーニスから聞きたかった。
「わかりました。まずは邸宅に帰りましょう」
少し申し訳無さそうな、困ったような笑みを浮かべてユーニスはそう答えた。
僕は笑顔でうなずき歩き始める。
どのような事実がユーニスから語られるかは分からない。でも僕はユーニスのすべてを肯定しよう。
僕が3年前この世界で目覚めた時、初めて会った人物がユーニスだった。
彼女に出会っていなければ、僕は今もチェスタロッドにはいなかっただろう。
どんな事があってもユーニスを信じる。
固く決心し、僕は帰り道を笑顔で歩き続けた。
なお、ユーニスが男をのした時、頭の中に「対〇忍」という文字が浮かび上がったのはここだけの秘密だ。
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ジャスティナ嬢の呼称に一部誤りがありました(私>我)ので訂正しました(2018/01/10追記)




