30.王杯十五侯武闘大会準決勝(とある観客視点)
いよいよ終盤、武闘大会も準決勝、決勝を残すのみとなった。
今日のは準決勝、飛び入り対ジュスティース、チェスタロッド対トウェルだ。
飛び入りの……ああ、アルノって名前だったな。アルノの評判は二日目の不戦勝でガクンっと盛り下げた。
今日の席を確保するまでの道すがら聞こえてきた声を拾っただけでも、初日の盛り上がりは何だったんだよってくらい否定的だ。
貴族に賄賂を贈って勝ちを譲ってもらっただの、『黒巫女』に毒を盛って棄権させただの、はては貴族の仕込みで有力な騎士が詐称しているとか、いろいろ言いたい放題だ。
白い仮面をつけて顔が分からないってのが、そういう噂の広がりに拍車をかけているしな。
まぁ、飛び入り参加の枠だけは当日に募る関係で年齢の制限がないからな。正体隠してこられた日にゃどうしようもない。
オレとしても初日のような高ぶりはもう感じていない。今回の試合でさすがに負けるだろう、とさえ思っている。
それくらい今日アルノが対戦するジュスティースの『白銀剣』は強い。
4年前の前回大会では並みいる選手をなぎ倒し決勝まで進んだ猛者だ。
女でありながら当時最強の一角といわれていたトウェルの『青巨人』を下しての決勝進出だ。弱いわけがない。
また、今日のもう一試合の方が楽しみな試合ってのもある。
チェスタロッド侯爵の嫡男、赤い鎧に身を包んだカールエスト・チェスタロッドと、
トウェル侯爵家一族で、あの『青巨人』の直弟子と名をはせているバベル・コトーは、
共に鎧を着込んでの重厚な戦闘スタイルで、どちらが勝ってもおかしくはない予測不可能な部分が試合の内容に期待をさせてくれる。
さらに、飛び入り以外の誰が決勝に残っても前回大会の因縁を彷彿とさせる組み合わせになるのが面白い。
ジュスティース対チェスタロッドなら、前回決勝の再演でジュスティースにとっては雪辱になるだろうし、
ジュスティース対トウェルなら、トウェルにとって前回準決勝で敗れた師匠の仇討ちとなる組み合わせだ。
そんな訳で、この準決勝最初の試合はジュスティースの消化試合のような目で観ている奴らが大半だろう。
『白銀剣』は女で見た目もいいし、な。
『……それでは準決勝、本日の第一試合を行ないます……』
お、いよいよ始まるか。ふと、手に握った賭け札を見る。
この賭け札は、例の大会前日にしか受け付けていない一攫千金のやつだ。戯れで一口、最低限度の賭け金で買った。
賭け札には決勝の組み合わせと勝利者の所属が書かれていて、公的な証明を示す印章が押されている。
まぁ、いい夢だったよな。
『飛び入り参加選手……アルノ!』
ブウウウウゥ
歓声とは呼べない罵倒じみたヤジが観客席のあちこちから飛び出してきた。
あいつも大変だよなぁ。まともに戦えてれば扱いもこうじゃなかったろうにな。
闘技場中央に進み出るアルノはそんな空気を気にしている風もなく、淡々と中央へ向かっていく。
実はその白い仮面の下では怯えているかもしれないがな。
『ジュスティース侯爵家選出……ジャスティナ・ジュスティース!』
会場から割れんばかりの歓声が上がる。
日の光にさらされ銀色に美しく輝く鎧と片腕に装着した盾、歓声に応えるように左手を上げながら『白銀剣』が入ってくる。
金色の髪をたなびかせる端正な容姿と相まって、その人気は留まるところを知らない。
威勢よく歩を進めた『白銀剣』が、そろそろ既定の立ち位置、というところで何故か急に立ち止まった。
その顔ははっきりとは見えないが、何かに驚いているように思える。
観客もそれに気づいたのか、歓声が鳴りを潜めザワザワとした音に変わる。
何が起こっているんだろうな。
『白銀剣』はそのうち口に手を当て、体を震わせて立ちすくむ。
審判役が異常に気付いたのか、『白銀剣』に駆け寄り何かを確かめる風に声をかけているようだ。
『白銀剣』は審判の声に二度三度うなずくと、深呼吸を何回かして既定の立ち位置まで進む。
今までの試合で一度も見たことが無い行動だ。観客席もどよめきが続いている。
飛び入りのアルノに何か関係があるのだろうか。
審判役による両選手への説明の間も『白銀剣』は胸に手を当て、心なしか俯いているように見える。
入場時の覇気に満ちた態度は何だったのかってくらい力が無い。
だがそれも審判役が「始め!」の合図をかけると共にすっと消え失せ、
己の今いる場所を思い出したのだろう、いつもの構えを取る。
『白銀剣』は左の剣を前にして斜に構えやや内股にして腰を落とす。右の盾は攻防自在に動かせるよう握り手をせずに有るがままになっている。
アルノは木の棒を握った右手を顔の真横辺りに持っていき左手を下に添え左足をやや前に出し直立する。他の選手と見比べても異彩を放つ、アルノ以外誰も使っていない独特の構えだ。
二人とも一歩も動かずにらみ合いが続く。さすがに試合となったら『白銀剣』も気負いがなくなったようだ。
観客も両者の動く瞬間を見逃すまいと息を呑む。不思議な静けさが漂う。
『オオオオオオオオォォォォォ』
アルノが先に仕掛けた! 男にしては高い声を上げ『白銀剣』めがけ突進する!
『はああああっ!』
『白銀剣』はわずかに怯むもののアルノの突進に合わせ剣で突きを繰り出す!
突きが刺さると思った瞬間、アルノの身体がブレた!
ガキィッ!!
「あ?!」
気が付くと、アルノはこちらに背を向けて立っていた。あの独特の構えのまま。
『白銀剣』は突きの体勢のまま固まったように動かない。そして……そして、その左手は開かれ、何も持っていなかった。
「な、何が起こったんだよ」
オレは思わず呟いた。
なんでアルノはこっちに背を向けている?
なんで『白銀剣』は剣をもっていない?
そうだ剣! 『白銀剣』の剣はどこいった?!
オレは立ち上がり、剣を探して闘技場の地面を見回した。
……あった!
オレのところからちょうど中央を挟んで向こう側、地面を囲んだ壁の近くに目当ての剣は転がっていた。
…………
得物同士がぶつかった音はオレにも聞こえた。
…………
ちょっと待て。
それじゃあ何か? アルノは『白銀剣』が後出しで放った突きをかわして、木の棒で剣を弾き飛ばしたってのか?
突きをかわすだけなら出来るのも分かる。突き出された剣を手に持った得物で叩き落とすだけなら出来るだろうさ。
だけどよ、
だけど、あんなわずかな一瞬でその両方をやるなんてのは、出来る事なのか??
気が付くと、闘技場では『白銀剣』が左腕を右手で押さえて膝をついていた。明らかな戦意喪失状態だ。
それを見てアルノも構えを解き、『白銀剣』の様子を見る為か近寄って膝をつく。
観客席は、しん、と静まり返っている。今ここで起こったことが信じられないかのように。
審判役が二人に駆け寄り何か言葉を交わして頷くと、すっと立ち上がり左手を高々と掲げて、
『勝者……アルノッ!!』
アルノの勝利を高らかに宣言した。
ウオオオオオオォォォォォ
呼応するように割れんばかりの歓声が上がる。
アルノは宣言を受けたあと立ち上がると、『白銀剣』に手を差し出し彼女が立つのを手伝った。
そして握手を交わしたまま何かを呟くと、一礼をし入場口へと去っていく。
こんな結果になるとは思ってもみなかった。
奴は……アルノは、本当に強かったんだ。
もしかしたら『白銀剣』は本調子ではなかったかもしれないが、それでも、
それでもあの一瞬のうちに見せた目にも止まらない速さの動きは、アルノの持つ力が本物であると思わせるに十分だった。
少なくともオレはそう思っている。
闘技場では、いつの間にか『白銀剣』の取り巻き達が彼女を囲んで何やら言葉をかけていた。様子から察するに慰めの言葉をかけているのだろう。
その中の一人は彼女の手から弾き飛ばされていた剣をしっかり回収している。
オレはふと、手に握った賭け札を見た。
この賭け札は、例の大会前日にしか受け付けていない一攫千金のやつだ。戯れで一口、最低限度の賭け金で買った。
賭け札には決勝の組み合わせと勝利者の所属が書かれていて、公的な証明を示す印章が押されている。
そこに書かれている組み合わせの片方には「飛び入り参加者」という文字が刻まれていた。
◆◆◆◆◆
● 武闘大会準決勝試合後(アルナータ視点) ●
「見事な勝利だったな、妹くん」
「おめでとうございます、妹ちゃん」
控室に戻った僕をユーニスとルヴィアがお祝いの言葉で迎えてくれた。
「ありがとう、二人共。でもまあ、今回はアニエスタの作戦勝ちかな」
僕は付けていた仮面を取り、二人に礼を返す。
アニエスタの作戦。
作戦内容は単純だ。「昨日はお風呂に入らない」これだけである。
今回僕が対戦したジュスティース侯爵家のジャスティナ嬢とアニエスタは、前回大会以降交流を深め懇意な関係だという。
そのアニエスタから聞いたジャスティナ嬢の最も顕著な特徴は「ニオイに敏感」な事。
ジャスティナ嬢はおとといのアルノとして遭遇した時の反応を見るに、
大図書館前で会った僕とアルノを別人と認識しているし、アルノに対して不快感を持っている。
あの時、香水をたっぷり使っていた事が、思わぬ結果を招いたようだ。
なので、お風呂に入らず香水を使わない事で僕自身のニオイを強め、
試合開始直前にアルノ イコール 大図書館前で会った僕であると認識させ、動揺を誘う。
あとはその動揺から立ち直らないうちにこっちから攻めて、攻め切ってしまおう、というものだ。
効果はテキメンだった。
動揺したジャスティナ嬢は僕の先手に反応が遅れ、結果武器をはじかれ戦意を喪失した。
ただまぁ、闘技場で対峙した時のジャスティナ嬢がさ、
顔を赤らめ瞳を潤ませて、長年探し求めていた想い人を見つけたような雰囲気でさ、
なんかこう、申し訳なくなっちゃってね、ええ。
あの反応はちょっと想定外だった。
「ですが、妹ちゃんが正面から挑み勝ちを得たのは紛れもない事実です。もっと誇っても良いのでは」
ユーニスの言葉が僕の心境を見透かしたように聞こえてくる。
「そうだぞ、妹くんは強い。もっと自信を持て」
ルヴィアも僕を励ましてくれる。
「うん、ありがとう。お姉ちゃん、姉さん」
僕は二人の励ましに笑顔で応えた。
「そう言えば、アニエスタはどこに?」
今日、試合前に入った時は一緒に来たはずのアニエスタが、今ここにはいない。
おトイレにいってるのかな?
「彼女ならジャスティナ様のお見舞いに行くとかで少し前にここを出ましたが」
「ふむ」
行き先が分かっているなら心配する事も無いだろう。
それよりも僕はいま気になる事を口に出す。
「外で見張っている奴ら、どうしようか」
試合終了後、控室に戻るところを僕は尾行をされていたのだ。
はっきり言って雑な尾行だった。
試合直後にあわてて思い立った為だろう、所属が丸わかりの服装だわ、ドタドタと足音がうるさいわ、見るからに怪しげな行動だったので周囲の視線を集めまくりだわで、
いかに鈍感な僕でも察知できるどころか、逆にその存在を無視する方に気を使う羽目になった。
僕を尾行してたのはジャスティナ嬢の取り巻きだ。
「闘技場内はまだ試合をしているから、人目に付く可能性が高い。さすがに主人の評判を下げると分かる真似はしないだろう」
「となると、闘技場から出たところを取り囲んで誘導してくるか……」
僕はちらっとユーニスを見る。
仮に複数人に取り囲まれたとしても、僕とルヴィアなら取り巻きレベルの相手に後れは取らないだろう。
だが、ユーニスはそうではない。得物を手に持って戦う事の無い普通のメイドだ。あ、おっぱいはスペシャルで至高だけどね。
非戦闘員の彼女を巻き込むわけにはいかない。どうするべきか。
「妹ちゃん、わたしの事は気にしないで下さい」
「ここで別行動をとって、あたしらの目が届かないところで何かに巻き込まれる方が大変だろ?」
ルヴィアのいう事も一理ある。取り巻き達が悪知恵を働かせて、ユーニスが一人のところを襲う可能性も考えられる。
だったら一緒にいて側で守りながら相手をした方がいくらかは楽だ。
「わかった、お姉ちゃんは僕とルヴィアで何とか守ってみせるから」
「はい、頼りにしてますね。妹ちゃん」
「ま、そんなに心配しなくても大丈夫さ」
「それじゃ、このまま着替えはせずに仮面を付けて、っと」
取り巻き達が用があるのは、ジャスティナ嬢を負かしたアルノの方だ。余計な情報は与えずこのまま出ていく。
ユーニスとルヴィアもいつもの変装済の姿なので、アニエスタじゃないし彼女らから僕の正体がバレる事も無いだろう。
アニエスタは……まぁ、何とか面倒に巻き込まれず無事でいてくれる事を願うしかない。戦える娘だから大丈夫だとは思うけど。
「お姉ちゃん、姉さん。行くよ!」
僕は覚悟を決めて控室の扉を開けた。
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