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22.臭い

「というわけでどうしたらいいんでしょうか」


『何をだ』


丸いちゃぶ台の上には4つの湯飲み。コポコポと急須からそれぞれにお茶をつぐ。

いつものように就寝前にやって来たアニに僕はそう切り出した。今日はストラグスとロベルスも一緒にやって来ている。


「僕ってそんなに臭いん?」


『何を根拠に言っているんだ』


ズズズ……とお茶をすする。

要領を得ないといった風に訝しがるアニに、僕は今日のお母様とユーニス、ルヴィアの謎行動をかくかくしかじかと話す。

うまく言葉では伝わりそうにない部分はこちらの考えていることは相手に筒抜けという、この心の中の世界の特性に任せてしまおう。


『『『あ~』』』


コト、コト、コト。お茶を飲み終えた湯飲みがちゃぶ台に置かれる。

話が終わると三者一斉に同じ感嘆を漏らした。何か思い至る部分があったのだろうか。


『なるほどなぁ、こう来るのか』とストラグス。

『ロベルスの血のせいにしては変だけどね、これ』とロベルス。

『たぶん、こいつの捻じ曲がった欲望の影響が強いな。あとはアレか』

とチェスタロッドことアニ。


3人で輪を作り頭を寄せ合ってあーだこーだと何やら話し合っている。

ここは僕の心の中なのに僕は放って置かれてしまっている。ひどい。

仕方がないので、空になった湯飲みにお茶を次々ついでゆく。


「さ、三人で話してないで僕にも説明してよ」


『あ、すまんすまん』


僕の抗議にアニが頭を掻きながら応える。それから、コホンと軽く咳払いをして話し始めた。


『ミルフィエラ、ユーニス、ルヴィアの行動の変化は、おそらくお前の持つ血統によって引き起こされたものだ』


「僕の? 血統?」


バリンッ、ボリボリボリ……。煎餅を食べる音が響く。


『あぁ。お前が持つ3つ目の血統がな』


「3つ目って、フォーオールが?」


バリンッ、ボリボリボリ……。ズズ~。


『ストラグス、少し食べるのを止めろ。音がうるさい』


『へい』


お米が調達出来てれば、現実の方でもこれを楽しめただろうに。まぁ、いまさら言っても仕方がない事か。

今目の前にある光景に少し懐かしみを感じながら、僕はアニの次の言葉を待った。


『んん。3つ目はフォーオールではない。あの血統は少々特殊だからな、一般的には数に含まない』


「ああ、ほとんどの国民が持っているから、だっけ」


ズズズ……。


『そうだ。それでお前の3つ目の血統だが……』


『やっほーっ! アルナータちゃん元気にしてたかなぁ? はじめましてっ! あなたのフォーオールがついにお披露目ですよぅ! 気軽に「フォーちゃま」って呼んでネ☆』


アニのセリフは突然現れた珍客によって遮られてしまった。



 ◆◆◆◆◆



突然現れたフォーオールを名乗る貧乳美少女……アニが以前言っていたドレスコードとやらが忠実に守られているらしい……が、目の前にいる。

明確な人型で現れた幽騎士マリオでは4人目になるのか。

つい昨日チェスタロッド家にやって来たイリーザ王室第7夫人を幼くした容姿に、何故か髪形がツインテールだ。いや、似合っているんだけどね金髪のツインテ。


あ、イリーザ様って元カイル様だっけ。てことは目の前の美少女は実は、美少年?


『あはは、ちゃんとドレスコード守ってるからしっかり貧乳美少女だよ。ここではね』


屈託のない笑顔でフォーオールはそう答えた。そうしてクルっとアニの方に向くと腰に手を当て怒ったような表情を作る。


『チェスタロッド。アルちゃんに3つ目のこと話すのは時期尚早じゃないかな。まだまだ要素が足りてないと思うよ?』


あのタイミングで現れたのは、話をさせない為にワザとやった事のようだ。


『むぅ……。だが、今回の事を説明するとなるとなぁ』


アニはバツが悪そうに頭をかきながら反論する。

その後ろではストラグスとロベルスが「我関せず」といった感じで静かにお茶をすすっている。


『アルちゃんもすごく気にはなると思うけど、まだしばらくは我慢して欲しいかな。フォーオールでない事は確かだけどね』


またクルっと僕の方に向き直り、笑顔でフォーオールはそう告げた。有無を言わせない迫力がそこはかとなくにじみ出ている。


「……はぁ、わかりました。でも今回の原因と対処方法は教えてもらえるんだよね?」


無理に聞いても教えてはくれないだろうし、諦めて次へ進もう。早めに切り上げて寝ないと明日に響くかもしれない。


『うん』


僕の言葉にフォーオールは短く答えると、視線をアニに投げかけた。どうやら僕への説明はアニがするらしい。僕もアニへ視線を向ける。

やれやれと言った感じでアニは立ち上がり、僕を見据え説明を始めた。


『アルナータ・チェスタロッドという人間は人に好かれやすいという体質を持っている。男女問わず、な』


僕は正座をし黙ってアニの言葉を聞く。

話の中に出た「体質」というのが、先程アニが言いかけた「3つ目の血統」に関するものなのだろう。


好かれやすい、というのは対人関係においてかなり有利なものだ。前世では、無難ではあったが必ずしも良いとは言えない対人関係しかもっていなかった僕にとってはありがたい特性だ。


『今回のミルフィエラら3人の変化は、お前の持つその体質が、昨日も言ったお前の欲望……ぐちゃぐちゃに混ざり合った男女両方の濃すぎる欲望……によって捻じ曲げられた事が原因だと思われる』


目が点になった。どういう事なんだろう、言葉がうまく出てこない。


「僕の欲望が原因だっていうの? そんな事あるわけ」


『残念ながら事実よ、アルナータちゃん。あなたの欲望にあなたの肉体が応えた結果……、まるでそう、虫を誘引する臭いを発する食虫植物の様に』


「ロベルス、その例えはちょっとヤメテクダサイ」


ロベルスの表現は、ねちゃあ、といった擬音が似合いそうな、粘っこいというか湿気を含んだような、

そんな陰気な雰囲気を自分自身が出しているように感じてしまい、僕はすぐさま否定した。


『否定しても事実なのは変わらん。彼女たちの行動から察するに、おそらくはお前自身の体臭に表れているのではなかろうか。しかもそれが同性相手に発揮されているというのが、お前らしいというか何というか』


若干呆れた様子でアニが言葉を続ける。体臭……体臭ですか。そうですか。プンプン臭わせてますか。


そりゃまぁ僕からしたら男よりかは女の子の方がいいわけで。男はノーサンキューなわけで。

その思いが自身の体まで変えてしまうとは驚きだ。しかし体臭か……。


分かりやすく例えるなら、猫に対するマタタビみたいなものなのか。猫が女の子でマタタビが僕で。

それにしても体臭。他の方法は無かったのだろうか。


だけど体臭ってなるとちょっと不味くないか? 無差別に振り撒かれるわけだし。


「でも、食事の時のサラディエ様やゲミナさんとか、同性でも効いていない人もいたけど」


今日一日を振り返って、お母様たち三人以外の女性を思い浮かべる。特に変わったところは見受けられなかったように思う。


『たぶんそれはお前への好意の度合いによるものだと思う』


「僕への好意の度合い?」


『押し倒して子作りしたいか、そうでないかの違いだろ』


「ストラグス言い方ァ?!」


ストラグスの発言に僕は気恥ずかしさのあまり大きな声で反応してしまった。


『あはははは! ストラグスの例えは飛躍しすぎだけど、方向としては間違っちゃいないよ』


陽気に笑いながらフォーオールが話を続ける。


『君の匂いはね、アルちゃんのこと好き好きだぁ~い好きって思ってる女の子をメロメロにさせちゃうのさ☆』


きらり~ん、と擬音を響かせながら決めポーズを取るフォーオール。

頭が痛い。今の僕はものすごく(にが)い顔をしているのではなかろうか。幽騎士共こいつらの言葉に反応するのもイヤになってきた。

フォーオールが言った言葉の意味もよく理解が出来ない程に、頭が重い。誰が誰を好きだって?


「うん、もういい、わかった。じゃあどうすれば三人の行動は収まるの?」


『筆下ろししてもらえれば一発で解決するよ☆』


「下ろしてもらう『筆』自体がねぇんだよコンチクショウ!!!」


瞬間沸騰して女子にあるまじき声で激昂する。

女の身体に転生して、僕が唯一残念に思っているモノ。前の人生ではついぞ使う機会の無かったモノ。無念ゆえの妄念だ。


コノヤロウ分かってて煽ってきやがる。

下品なハンドサインを僕の方に突き出しながらフォーオールは満面の笑みを浮かべている。


『アルちゃんは本当、面白いねぇ。ちゃんと反応を返してくれる』


あぁこれ、僕がルヴィアをからかうのと同じなんだ。他人の振り見て我が振り直せ、ってやつなんだな。


『まぁ、真面目に答えを言っちゃうと、臭いってのは元から断つのが基本なんだよね』


「それ暗に僕が死ねば解決するって言ってるよね」


『うん。もしアルちゃんが本気を出して悪用すれば、国が傾くからね』


国が傾く……。思ってもみなかった言葉が出てきて一気に頭が冷えていく。

フォーオールの言葉、僕からすれば突飛も無い言葉に他の幽騎士マリオ達もうんうんと頷いている。


「そこまでのコトなの……」


『そこまでの事なんだよ。このまま欲望を押さえ続けてドンドン濃くしていくと遠からずそうなるだろうね』

『日頃から監視を続けていて良かったな。初期の段階で我々が関知出来たのは幸いだ』

『願望が体質を変えるとは思わなかったぞ』

『異世界人の性の知識と探求心って凄いのねぇ』


にわかには信じがたい事だけれど、信じざるを得ない雰囲気が目の前の貧乳美少女達から漂っている。

そういや、こんな姿だけどこれでもこの国を動かしている存在なんだよな、このひと達。にわかには信じがたい事だけれど。


『だからアルちゃん! 幽騎士エクト・プラズ・マリオとして命令しますっ!』


ビシィっと僕を指差し仁王立ちするフォーオール。こちらを差している指先の指紋が見える程に近い。刺さる刺さる。


『殺されたくなければ、好き者…あ、いやいや。好き合ってる者同士今すぐレェ~ッツベッドイ~ンッ! して来なさいっ!』


「は?」


いきなり何を言っているんだ? このツインテールさまは。


『適度に性交渉をして内に溜まるものを吐き出しておけ、ということだ』


僕が固まっているのを見て、真顔でアニが解説をする。


「で」


『で?』


「できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


僕は叫び、そして逃げた。

しかし まわりこまれてしまった!


ではなく、自分の心の中のどこに、自分が逃げ込む場所があるのだろうか? 既に逃げ込んでいるのに。


「きょ、強制は良くないと思います。もっとこうお互いの気持ちとか、ふいんき(正:ふんいき)とか、シチュエーションとか大事だと思うんですヨ」


『だいじょうぶだいじょうぶ☆ 天井のシミを数えているうちに終わるって!』


「ちょっと待って下さい。僕が食べられちゃう側なんデス?」


4体の貧乳美少女が無言でじりじりと距離を詰めてくる。僕に逃げ場は無い。

だがユーニスやルヴィアと にゃんにゃん できるとしてもそのタイミングは僕が選ぶ! ミルフィエラお母様とは色々と倫理的にゴニョゴニョなので、ちょっとそれは先送りで。


ここで権力に屈するわけにはいかない!


毅然とした態度で拒否の意思を示そうとした時だった。


『くくく、アルちゃん。君は一つ大事なことを忘れてはいないかね?』


フォーオールが口が三日月形に笑う。恐怖を想起させる笑い方だ。


『我ら幽騎士エクト・プラズ・マリオは、人の身体を操れるという事を!』


「!!!」


ババァーーン!!!


轟く効果音と共に世界が揺れた気がした。

緩やかに照明が落ちるが如く、世界が暗くなっていく。


『すまん、国の為だ。お前の尊い犠牲を無駄にはしない。あとユーニスには優しくな?』

『おぅ、ルヴィアはあれで奥手だからな? ちゃんとリードしてやるんだぞ』

『ミルフィエラちゃんを幸せにしてあげてね。ギルなんかに任せちゃダメよ?』


幽騎士マリオ達の言葉が暗くなっていく世界に響いている。


それぞれに推しがいるのか……。

そんな見当違いの事を考えながら、僕の意識は薄れていく。


『それじゃアルちゃん行こうか』


真っ暗な世界でフォーオールの声が聞こえた気がした。


評価、ブックマークありがとうございます。

ペース配分が難しいと感じていますが、なるべく大きく間を置かず次のお話を仕上げたいと思っています。

今後ともよろしくお願いします。

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