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20.幽騎士チェスタロッド

色々と衝撃的すぎる事実を知らされて混乱が収まらない夜が明けた翌日。


イリーザ・コペリオ王室第7夫人が『奉天感謝祭』の進捗を見る為にチェスタロッド家にやってきた。訂正、お見えになられた。


一応僕も列席させられたが特別な話題を振られることも無く、主に当主のギルエスト様と事務的な意見交換が続けられた。


昨晩自分が対した時はどちらかというとか気さくな青年ぽい口調だったが、

この時の様子は、しっかりとした淑女教育を受けた貴族の女性のそれであり、その違いの凄さに僕は只々驚いていた。


最後は家族一人一人と簡単な挨拶を交わし、お帰りになられた。


内容が淡々としているのは仕方がないだろう。その時の僕はそれどころではなかったのだから。


色々と聞かなければならない事がある。


僕はイリーザ様を見送ると、ユーニス、ルヴィアを連れて早々に離れの自分の部屋へと向かった。



 ◆◆◆◆◆



部屋に付くまでにアニに連絡を取りたかったのだが、そういえばこちらから幽騎士むこうを呼び出す手段が無い事に気づいた。

アニが僕に話しかけるのを大人しく待つしかない。

ユーニスとルヴィアに昨晩の事をどこまで話していいのか訊きたかったんだけれどなぁ。


仕方がないから4年前の武闘大会に関する僕の部分のみを訊くしかないだろう。


扉を閉め、僕の部屋の中に僕、ユーニス、ルヴィアしかいない事を確認すると意を決して話を切り出した。


「お姉ちゃ……あ、ごめん。ユーニス、ルヴィア、ちょっと真面目に聞きたい事があるからそのつもりでお願い」


二人は意外そうに眼を見開いた後お互いの顔を見やり、何かを確認すると揃って僕に向かって頷いた。


「ありがとう。じゃあユーニス、『奉天感謝祭』で行なわれる催し物に武闘大会なるものがあるって聞いたんだけれど、本当?」


「はい、最終週に1週間かけて王都で行なわれます」


澱みなく答えが返ってきた。


「うん。それじゃあ4年前のその大会でアルナータ・チェスタロッドが優勝したというのは事実?」


「はい、事実です」


「僕はその事を知らなかったんだけど」


「私はお嬢様が知らない事を知りませんでした。優勝したという事実を何かしらの手段で知っているものだと思い、言いませんでした」


若干憤っていた僕の頭からぷしゅっと空気が抜けたような感覚がした。こちらが知っている事を相手も知っているとは限らない。逆もしかりだ。

お互いがよく話し合っていないと、こういう相違が出てくる。


「あぁ、そっか。そうだよね、うん。ごめんユーニス、ありがとう」


「いえ」


少し申し訳なくなって僕はユーニスに対する質問を切り上げる。

今度はルヴィアに対してだ。


「次はルヴィアだね。いつだか聞いたルヴィアの心の問題って、この大会が関係してたりする?」


「あ……は、はい、お嬢様。そうです」


意外とすんなり肯定してくれた。繋がりがあるとしたら、この大会が最有力だよね。


「そう。じゃあルヴィアは当時のアルナータの事はどう思った? 強かった、とか単純なものでも構わないから」


「はい……。強かった、です。それも大人と子供というレベルでは無くて、もっと次元の違う差があったように感じました。

当時のあの大会に出場していた者の中で彼女・・のレベルに並べた者はいなかったはずです」


ルヴィアは明らかに4年前のアルナータと今の僕を別人として認識した言い方をした。


「そんなに凄かったの?」


「はい、彼女の試合の全てが一方的な力による圧倒では無く、まるで眼と技を駆使した演武のようでした。かなりの実力差が無ければそうはいかないでしょう」


どんな感じなんだろうか。時代劇のチャンバラみたいなもんだろうか?


「ルヴィアはその彼女・・とは対戦したの?」


「……しました」


「なるほどね。それでか」


昨日僕が理由を聞いた時に「別人であるとはっきり区別付けたいからだ」とルヴィアが言っていたのを思い出す。

どのような葛藤があるのかは僕には窺い知ることが出来ない。

もしかしたら「何でこんなエロオヤジがあの崇高な令嬢の中身な(中略)」とか思っているのかも。いやいや流石にそんな、だがしかし?


「…………」


僕がそんな考えに沈んでいると、ルヴィアもまた俯いて何か考え込むようにしていた。少し悲しげな表情で。


「あ、姉さん無神経でごめんなさい!」


「いえ、お気になさらず」


「そ、そぉ?」


それに気づいて謝罪をするも、帰ってきたのは困ったような顔での返事だった。

うぅむ、今のルヴィアの中ではどのような感情が巡っているのだろうか。

ちょっと深く訊いてみたい気もするけど傷付けて距離を取られてしまいそうな不安を感じるし、ここは切り上げて最後のお願いに移ろう。


「それじゃあ、ここからはお願いになるんだけど。ルヴィア、僕に剣の稽古をつけてくれないかな?」


「え? ……あ……」


何をいまさら、と思われたかもしれない。自分でも泥縄だと思っているし。

でも、イリーザ様から提示された試験内容が「大会に出場しろ」なので、なるべくならそれなりに結果を残したい。

付け焼刃でもいいから、武器を手にして人と対戦するという経験をしておきたいのだ。


「旦那様か、もしくはイリーザ様から大会に出場するよう要請がありましたか?」


「お姉ちゃんなんで分かったの?!」


ユーニスの指摘に僕は思わず声を上げてしまった。


「……昨晩、ルヴィアと共にイリーザ様が滞在されていた施設までご一緒したのを忘れましたか?」


「でも、中に入ってその二人に会ったのは僕だけだったよね?」


「事前にどなたと会うかは執事より知らされていました。そして内密の話を行なうからその場には立ち会うな、と。故に私たちは入り口で妹ちゃんと一時お別れしたんです」


おぅショック。一応、僕も誰と会うかは類推する事が出来てたけれど、出来れば会う前に教えて欲しかったな。


「むむむ。で、でも僕はその時知らなかったよ? なんで教えてくれなかったの?」


「人の胸を掴もうとしたり『夜遊び』とかたわけた事言ってたから、お伝えするのをちょっと忘れただけですよ」


「ぬぬぬ」


こちらの言い方にトゲがあったのを受けての事だろう、ユーニスは僕を突き放すような物言いをした。それも鼻をふんっと鳴らし顔を逸らす仕草付きで。

その際におっぱいがたゆんと跳ねる。


「あ、ああ! ほら、妹くんの剣の稽古をつけるという話だろう? あたしで良ければ付き合うからさ、それでいいだろう?」


僕とユーニスの間に漂った険悪な空気を感じ取ったルヴィアが慌てて言葉を切り出す。


「うん、ありがとう姉さん。あー、姉さんは優しいなぁ、それに比べてお姉ちゃんはイジワルだよねぇ」


僕はそれに乗っかる形でルヴィア上げユーニス下げの嫌味なセリフを吐く。しかもチラチラと視線をユーニスに送る。

傍目からすればウザいことこの上ない。


「妹ちゃんが女の人にだらしないのがいけないんですよ」


それはわずかに聞こえた彼女の本心なのだろうか。僕は僕の望むユーニスの反応を引き出そうと、斜め下四五度の角度からえぐるように覗き込む。

ちょっと嫌らしい表情をしていたのかもしれない


「お姉ちゃん、もしかして妬いてる?」


「は?」


しかし僕のその試みはユーニスの怒気をはらんだ威圧によって一瞬で粉砕された。


「イエ、ナンデモアリマセン」


その後はさらに慌てたルヴィアが「剣の稽古は翌日以降にしよう」とその場をお開きにして取り敢えずは終わったんだけれど、

ユーニスは就寝時に退室するまで一言も口をきいてくれなかった。


これが意外と応えた。



 ◆◆◆◆◆



ずびーーー。


日本風の敷布団に枕に掛布団、枕の傍にはよく見る絵柄のティッシュ箱。ついでに近くにポリ袋を被せた簡易なくずかご。


布団にくるまり、大仰な音を立てて鼻をかむのは金髪美少女。

言わずと知れた僕、アルナータである。


『お前は何をやっているんだ』


僕と同じ金髪美少女が現れて腰に手を当て仁王立ちで呆れる。

幽騎士エクト・プラズ・マリオチェスタロッドこと、アニである。


髪の長い方がアニ、髪の短い方が僕だ。


「ちょっとお姉ちゃんを怒らせちゃって後悔しているところ」


ずびーーーーー。


ここは僕の心の中の世界だ。いま僕が生きて生活している現実世界には“日本風”の物は存在しない。

まるで夢を見るかのように、僕は自分の蓄えた知識の中からここにある映像を作り出しているのだ。


時々現実逃避をしたくなった時や前世の漫画やゲームを懐かしみたい時、このような感じで内に籠って夢想する。


『今のお前なら、「お姉ちゃんごめんなさい。大好きだよ」で一発だろう?』


「お姉ちゃんごめんなさいは言えるけど、大好きだよは無理だよ。難易度が高すぎる」


プシッ


『根性無し』


アニはいつもの如く僕の記憶から拝借してきた缶ビールのタブを開け、直に飲み始める。


「一度も女性と付き合ったことが無い童貞の僕を舐めるな。筋金入りだぞ」


『だからか』


グビッとビールを飲み進めるアニ。


かみ過ぎて鼻の頭が赤くなった顔だけを布団から出し僕はアニの言葉に訝しむ。


「なにが」


つい声に出すという表現をする。

ここは僕の心の中の世界だ。声に出さずとも、思っただけで相手には伝わってしまう厄介な場所だ。


だから前世の記憶を使って自家発電の最中に幽騎士マリオ共に来られたりすると阿鼻叫喚の地獄絵図になる。主に僕の精神が。SAN値直葬ってやつだ。


……また脇道に逸れた。


とにかく、僕のみだが声に出してこちらの意思を伝えずとも相手には伝わるのだ。


『……進めていいか?』


どうぞ。


『だから、今のお前の頭の中は男の欲望と女の欲望がぐちゃぐちゃに渦巻いて物凄い濃度になっているのだな、と』


その言葉に僕は被っていた掛布団を引っぺがし立ち尽くした。口は開き切り目が点になる。


「そんなに物凄いんですか」


『うむ』


自分の顔の熱がドンドン上がってくる。あわわわわ。


『具体的に言うと《規約に抵触する可能性のある表現の羅列が続く予定》で尚且つ《ガイドラインから外れ警告を受けるような表現が幾つも並んでいる》といった感じか。

事実、現実世界では実現不可能な願望だからな。妄想するしか慰めようが無い、というのも分からないでもないが』


ぬわーーーーーーーーーーっ!!!


分かってるなら “具体的に” 言うなぁ!!!!!


『はっはっはっ悪い悪い。だが元気は出ただろう?』


アニは顔を上気させながらケラケラ笑う。


あぁ、そういや幽騎士こいつらにとっちゃ僕はいい玩具おもちゃ扱いなんだっけな。

僕は盛大に溜息をつくと色々と諦めた。羞恥心はまだ残っているけれど。





上機嫌に缶ビールを空け続けるアニをぼーっと眺める。

あれがかつては『人形姫』と呼ばれていた中身だとはとても思えない。


「アニはさ」


『ん?』


「そんなによく笑うのになんで『人形姫』なんて呼ばれてたの?」


ふと浮かんだ疑問が口を突いて出ていた。


『ん~』


口元に指を当て、思案する様に上を見上げるアニ。


『まぁ、単純な話さ』


手に持った缶ビールに目を移し、そう呟く。


「単純な話?」


『お前が目覚めた時、誰が見ても目覚めたとすぐに判る様に、な。感情を一切出さないようにしていただけだよ』


アニは自嘲気味に笑うとビールを飲み干した。


『赤子が産声を上げ誕生する様に、お前の目覚めの第一声を今か今かと待ち侘びてたんだがなぁ……。15年は流石に長かったぞ』


あぁ。なるほどなぁ。






『お前は本当ひどい奴だ』


うん、僕は本当ひどい奴だね。


評価、ブックマークありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。


SAN値……「クトゥルフの呼び声」というテーブルトークRPG内で使われるパラメータの一つで、英単語のSanity(正気)に由来するものです。

今話の後半にある《》で囲まれた部分は「自主規制を表現」するものであり、ルビの振り間違いではない事をあらかじめここに記しておきます。

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