18.王室第7夫人という人物
「今の私は、カイル・フォーオール。エルガーナ王国を陰から支えるフォーオール家の当主だ」
上座に座るイリーザ・コペリオ王室第7夫人から発せられた台詞は予想だにしないものだった。
声色がハスキーなのは変わらないが、そう名乗った彼女(?)からは何となく男性的な感じを受ける。仕草か?
『フォーオール』という家名は初めて聞く。アニからも教えられていない名だ。
それが『陰から支える』……。
ニンジャ?
あ、いやいや。日本的な名称で言うと隠密とか御庭番になるのだろうか。
まぁその辺りは今は後回しにしよう。
それよりも目の前の女性(?)が名乗った『カイル』という人名の方が問題だ。
アニから教えられた知識の内、僕が覚えているこの国の人物の中で『カイル』と名が付く人物は一人しかいない。
カイル・エルガーナ。
エルガーナ王国の元第一王子で、僕が目覚める前のアルナータ・チェスタロッドの元婚約者。
先程ギルエスト様も『殿下』と呼んでいたから、おそらくはこの『カイル』様が該当するのだろう。
だがそれは僕の持っている知識の中では、どうしても目の前の人物とイコールにはならない。
何故なら、
カイル・エルガーナは3年前、僕が目覚めたとほぼ同時期に亡くなっているからだ。
「ねぇギル殿? お宅の娘さん少々薄情ではないかな? 元が付くとはいえ婚約者だった人物が生きていたんだよ? もう少しこう、驚いてくれても良い様に思うのだけれど」
「……『人形姫』と呼ばれる程ですから」
イリーザ様は、思い描いていた反応を僕がしなかった事に不満だったようでギルエスト様にぶちぶちと文句をぶつけていた。
対するギルエスト様は、やれやれと言った感じで右から左へ流している。
「まぁ、冗談はこの位にしておいて」
居住まいを正し、イリーザ様は僕を見据えた。ギルエスト様もそれを合図に軽く咳払いをした後、僕を見る。
「今回のチェスタロッド領への訪問はアルナータ、君に会う事が目的なんだ」
「え?」
「君は随分と面白い存在になっているようだね」
僕は、イリーザ様のその言葉に眉をひそめた。幽騎士共にとって珍しい玩具になっている現状を思い出し、頭痛が襲ってきたからだ。
「はあ」
相手に対して失礼だと思うが、そう返すくらいしか出来なかった
「そうだ、話を始める前に確認したい事がある。少し良いかな?」
「何でしょうか」
一呼吸置いてからイリーザ様の左肩辺りに、目と口が笑った様に黒く塗り潰され、のっぺりとした白っぽい仮面を着け、世紀末の旅人の様なフード付きの外套を纏った、
いうなれば『冒険者』といった感じの人物が浮かび上がってきた。もちろん半透明で。
その人物は右手を左胸に当て丁寧に礼をする。対象は、僕?
「あ、ご丁寧にどうも」
ついつられて僕も挨拶を返した。
僕のその様子にイリーザ様はちょっと驚いた後、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「こちらも報告通りか。素晴らしいね。『直系の当主』ではないのに幽騎士を視る事が出来るなんて」
「はい。自分もチェスタロッドより報告を受けた時は驚きを隠せませんでした」
他者の幽騎士を視認出来るのは珍しい事のようだ。まぁ、霊感の有る無しみたいなものだろう。
ギルエスト様といくつか言葉を交わした後、イリーザ様は僕に着席を促した。
「ありがとう。それでは改めて話をしようか」
僕は思わず「あっ」と声を漏らした。こちらの疑問に答えて欲しいとか、話を聞く心の準備がとか、その前にお花を摘みに行っていいですか? とか、
色々言いたい事があったのだけれど、
有無を言わせない雰囲気とすぐさま続けられたイリーザ様の言葉に僕は押し黙るしかなかった。
「何故カイル・エルガーナが生きていて、何故素性を偽って己の父親の側室に納まっていて、何故今頃元婚約者に会い来たのか、とか色々とね」
◆◆◆◆◆
一言で言い表すと『血統』
で終わってしまうのだが、ここは自分の理解を深める為にも今一度情報を整理してみよう。
何故カイル・エルガーナが生きているのか。
これは、そもそも死んではいなかったからだ。3年前の王城内における廃嫡と王籍剥奪を苦にしての自決は偽装だったのだ。
何故そこまでして自身を消さなければならなかったのか? もし生きていると将来的に担がれる可能性があるから、との事。
幽騎士が介在している『直系』貴族以外の貴族、具体的には伯爵以下の貴族には、この国の実情を『直系』貴族並みに知っている者はほぼいないようで、
時として分不相応な欲を出す者がいるとか。
そういう輩に反体制の旗頭として担がれる可能性を危惧して、わざわざ死体まで見せつけて死んだと思わせたらしい。
そうまでして自身を王家から消した理由というのが、フォーオール家を継ぐ為。
実はフォーオール家も歴とした『直系』で、
王家の1、公爵家の5、侯爵家の15と、一般に知られている直系の血統は21家だが、
フォーオールを加えた、『22』家がこの国の血統の正しい数のようだ。
貴族の義務である『血統の検査』では秘匿扱いになっている為、この事実を知る者は極一部でしかない。
僕も今回初めて知った事実だ。
カイル王子の誕生直後に行われた血統の検査において、フォーオールの濃い血統……エルガーナ王家より濃い血統が確認されたのが全ての始まりだった。
ちなみにこの『血統の検査』、『直系』の貴族では誕生直後の赤子の段階で行なうのが通例らしい。
満5歳時という条件は、法令設立当時の乳幼児の生存率を鑑みて規定されたもののようだ。
『直系』の貴族でそれが無視されているのは、役割に合った教育を早めに施したいという意向と、乳幼児の生存率がかなり高めな事、
そして幽騎士による容認がなされているから。
フォーオールの後継として育てられる事が決定したカイル王子だが、彼は現国王の第一子。すでに誕生は公表されてしまっていた。
王家の跡継ぎがいない段階で王子が秘匿されるのは不味かろうとの事で、
王家に次の子が生まれるまでは王子として表面上は生きる事になった。
その間、現国王は世継ぎを産ませる為に頑張るのだけれど、第2夫人第3夫人、途中で迎え入れた第4夫人とも子を授かることは無かった。
何とか次の子が授かったのが王子が7歳の時。その1年程前に迎え入れた二人の側室の内、第5夫人が男児を産む。
翌年には第6夫人も女児を産むのだが、大体これで王家の後継も何とか片が付いたようだった。
ただここで、血統の検査の満5歳時という条件が引っ掛かる。
次子誕生、即長子排除では要らぬ疑念を直系ではない他の貴族に抱かせる可能性があったからだ。国の規定した法令を国王自ら無視しているのでは、と。
となると、この段階であと最低5年は現状を維持しなければならない。
カイル王子は7歳。そろそろ婚約者話が貴族間から持ち上がり始める頃だ。
だが、将来廃嫡が決まっているカイル王子に、事情を知らない貴族からの婚約者押し付けは迷惑以外の何物でもない。
下手に婚約関係を結ぼうものなら、廃嫡の段階になった時恨みを買うのは目に見えており、
かといって何時までも決まった相手を持たなければ、公務などに支障が出る程に貴族の押し付けが続くのも容易に想像できる。
そこで出てくるのがアルナータ・チェスタロッド侯爵令嬢だ。
すぐさまアルナータとの婚約が決定される。
これはチェスタロッド家が迎え入れた第2夫人の妊娠が安定した状態で後期に入り、次子の出産が確実になった為、
特殊な事情を抱えたアルナータを婚約者に据えても問題は無いと判断が下ったからだ。
王家と比べて貴族の側は直系の血統を維持さえすればいいので、他家からは五月蝿く言われる事は少ない。
何故なら自分の子が後継に選ばれるかもしれない可能性が存在するから。
そうして何だかんだで10年。
カイル王子17歳の時、フォーオールの当主となる為に表の王子としての自分を消した。
そして2年かけて当主となった後、イリーザ・コペリオ伯爵令嬢と立場を変え、王家に第7夫人として舞い戻ってきた、と。
なぜ現国王の側室になったのか。
それは代々のフォーオールの当主は国王の近侍として、政務の補助や護衛としての役割を担っているからだ。
今回のカイル王子の場合は王子として生活していた期間が長い為、外見上の性別を偽る事により周囲に気付かれにくくする苦肉の策だという。
「私が王家の長子でなければ、こんな回りくどい事をせずに済んだのにね」とは本人の弁だ。
当時の国王の胸中や如何に。
ちなみにこのフォーオール家。
陰から王家を支える、というだけあって存在自体は多くの国民に隠されているものの、その規模は国中に網の目のように広がっているという。
具体的にはすべての貴族の家には何人か入り込んでおり、中にはフォーオールの人員だけで構成されている貴族家もいるとの事。
また、一般国民の内、一部の有力な商家や組織の長を務めるような人物の家にも入っているらしい。
これだけの規模の人員がいるという事は、フォーオールは血統に拘らない特殊な形態なのかと思えばそうではなく、
全員がフォーオールの血統を持っている。
というか、全国民のほとんどが持っている血統らしい。フォーオールの血統が秘匿されているのにはこの辺りも関係しているようだ。
その中で有用で有能な人員をピックアップして組織を構成しているらしい。
それでどうもその事がアルナータ・チェスタロッドに、今この時会いに来る事に繋がるようだ。
「アルナータ。君をフォーオールの一員として迎え入れたい。君にとっても悪い話では無いと思うよ?」
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