17.当主の呼び出し
僕は今、馬車に揺られて街へ向かっている。
僕の向かいにはユーニスとルヴィアが同じように揺られている。
ユーニスのおっぱいも同じように揺れている。ルヴィアは傍目で分かるほどの揺れは見られない。柔らかさの違いがそうさせるのだろう。
僕? ハハハ、揺れるほどのものは持ってねぇよっちくしょう! ……ハァ。
僕がいまいち女を自覚できないのも、おっぱいが無いせいかもしれない。
下半身は前世の記憶と己の妄想力により脳内での再現が出来ているというのに、おっぱいの再現は出来ていない。
無いものは生み出せないという事か。
わきわき。
「お嬢様」
「何でしょう、ユーニス」
不意にユーニスがこちらを呼んだ。
「その手の動きはいったい何をなさるおつもりですか」
「え」
言われて自分を見ると、何かを掴もうと手をワキワキさせていた。
その何かはおそらく向かいにあるスイカとメロン……。
「あ、何でもないです何でも」
僕は慌てて両手を引っ込め後ろ手に隠す。目の前の二人からは同時に呆れの溜息が漏れた。
「そ、それで、なんでギルエスト様は街まで来いなんて言ったのかな? 明日は王家の人が来るんでしょ? 夜遊びする余裕とか無いと思うんだけど」
何とか話題を変えてこの(僕にとって)重苦しい雰囲気をやわらげねば。
「お呼びになられた理由は私も聞かされてはおりませんので」
「まぁ、少なくとも『夜遊び』目的で無い事は確かでしょうが」
ユーニスとルヴィアから素っ気ない台詞が返ってきた。目を閉じながらでこっちすら見ていない。
重苦しさがさっぱり解消されないまま、馬車は街へと入っていった。
◆◆◆◆◆
馬車が着いた先はこの街で賓客を迎える時に使う上級宿泊施設の一つだった。
ここに来させるって事は、ここにいる相手に僕を会わせるという事。
今ここにいるであろう相手というと、明日屋敷で正式に出迎える予定のあの相手だという事。
ちょっと待って。
今このタイミングで僕をその人に会わせる理由が解らない。
もしかしてあれか?
『こいつ今まで引き籠ってて王家に対する行儀作法とか全く駄目なんでちょっと大目に見て下さいよへっへっへ』
とかそんな感じの根回しの為に呼ばれたとかか?!
いや、流石にそれは無いよねぇ。
まぁ来てしまったのは仕方がない。ハラを括ってお会い致しましょうか!
ユーニスやルヴィアもいるし気を楽にして行こう……、
「では、わたしとルヴィアは外にてお待ちしています。どうぞごゆっくり」
施設の入り口でお別れしましたとさ。あふぅ。
施設内は、専用の案内役の人が丁寧に目的の場所まで案内してくれた。
まぁ、賓客を相手にする施設だから従業員にもそれなりの質が求められる訳で。
案内役がとある扉の前で止まる。
扉には何かの紋章みたいなのが付いていた。
あ、これうちの家の紋章だ。
紋章とは王家と直系の二十諸侯にしか許されていないもので、
チェスタロッド家のは、この国で炎の赤と言われる赤色を地に二頭の獅子と弓矢を組み合わせたものだ。
どういう経緯でそのモチーフを選んだのかはわからないが、まあそうなっている。
この部屋はチェスタロッド家の人間が賓客をもてなす時に使う部屋なのだろう。
「お連れの方がご到着されました」
扉をノックし、案内役の人が扉越しにそう伝える。
あれ、僕がアルナータ・チェスタロッドだっての判らないのかな。知ってて違う言い回しにしたのかな。
それとも知らされてないのか。
まぁいいか。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
しばらく待つと内側から扉が開かれ、中へ案内された。
部屋の中は屋敷の応接間と比べると、いや比べること自体が失礼だけど、まぁ、そこそこの広さで、調度品はそれなりにしっかりしたものが置かれている。
目の前のテーブルのおそらく上座に座っている女性……女性? なんか違和感があるけどいいか。が、今回来賓されたイリーザ王室第7夫人その人なのだろう。
当主のギルエスト様はイリーザ様の左手側の席にいる。
あ、幽騎士のアニもしっかりいるわ。当然だけど。
「それでは、ごゆるりと。何かありましたらお呼び下さい」
部屋の扉を開けた施設の人が恭しく礼をして扉を閉めて去っていく。
足音が遠ざかり少し間が空いた後、上座のイリーザ様が口を開いた。
「初めまして、アルナータ嬢。エルガーナ王室第7夫人のイリーザ・コペリオです」
金髪碧眼の気品ある女性からは、少し特徴的な、ハスキーな声で自己紹介を受けた。
直後、ギルエスト様から僕に向かって睨みが飛んでくる。
「あ、申し遅れました、アルナータです。お初にお目にかかり、光栄です」
ギルエスト様からの睨みが鋭さを増した。
え? なんか挨拶間違えました??
さすがに声には出さなかったが表情や仕草に表れていたようで、僕のその様子にイリーザ様がくすくすと上品に笑う。
「アルナータ・チェスタロッド、ではなくて?」
少し挑発的な表情のイリーザ様からはそんな言葉が投げられた。
「あ、それはさすがに……居候の身分でそんな、家名を名乗るのはおこがましいかな、と思う次第でございまして、その……」
右手で頭の後ろを掻きながら、へこへこと答える僕。
後々侯爵家を追い出された時用に家名を忘れる練習をしているとは言えないからなぁ。
建前、とても大事だね。
「ぷっ」
それは目の前のイリーザ様から発せられた、いや漏れた声だ。
やがて「ククク…」となり、最後には大きな笑い声となって部屋に響いた。
え~、そんな爆笑されるような事言ったかなぁ。
ちょっと気分が悪くなるが、相手は王家の人間なのでその気持ちをグッと飲み込む。
「殿下、殿下! 笑い過ぎです」
ギルエスト様がその笑いを諫めようとするが、中々にイリーザ様の笑いは収まる気配が無い。
ん? 『殿下』って今言った? なんで『殿下』なんだ?
「い、いやギル殿、これは報告以上だ! 生まれて初めてかもしれないよ。私がこんなに笑ったのは」
目に涙を浮かべながらイリーザ様はギルエスト様に向かってそう答える。いまだ笑いが収まらないのか、口元が緩んでいる。
「……アルナータ、この御方はな」
「あぁ、待った。それは私から」
ギルエスト様は言いかけた言葉を飲み込み、静かに腕を組んだ。
ようやく笑いが収まったイリーザ様は、軽く咳をして仕切り直し、僕の目をまっすぐに射貫くように見据え言葉を放つ。
「イリーザ・コペリオ王室第7夫人というのは仮の姿なんだ」
展開に追いついていけず呆けた僕を余所にそのまま言葉を続ける。
「今の私は、カイル・フォーオール。エルガーナ王国を陰から支えるフォーオール家の当主だ」
その言葉の価値が全く分からない僕は、ただその場に立っているしかなかった。
え、あれ? カイル、って、あのカイル様?
死んだはずだよ? カイルさま。
評価、ブックマークありがとうございます。
書き溜めた分が心許なくなっておりますので、毎日更新を一旦中断させて頂いております。
大変申し訳ありませんが、ご理解頂ければと思います。