16.血統
収穫祭への準備で屋敷でも慌ただしい中、その知らせは届いた。
「王室第7夫人のイリーザ・コペリオ様が我がチェスタロッドへお越しになられる。三日後、街まで移動し1泊。翌日当家へ、という予定との事だ」
本宅の居間に家族と主要な使用人を集め、当主のギルエスト様がその知らせを読む。
お母様と僕アルナータ、そのお付きのメイドもこの場に呼ばれた。
イリーザ・コペリオ王室第7夫人。
一年程前だったか国王が新しく迎えた側室で、当時はお披露目もやったんだったっけ。僕は参加していなかったから面識が全くない。
聞いた話によると、
この国の国教である『奉天教』を教導し国内の祭事を取り仕切る二つの公爵家の内の一、ペリエテス公爵家の一族コペリオ伯爵家のご令嬢で、
奉天教の敬虔な信徒であり物事に明るい聡明な女性だとか。
ちなみに今各地で準備が進められている収穫祭も『奉天教』の主導によるものだ。
いつもは普通に収穫祭と呼ばれるが、4年に一度の大規模なものは特別に
『奉天感謝祭』と呼ばれている。
「今回の訪問は『奉天感謝祭』の進捗を見るものであると通達が来ている。皆、粗相のない様に」
「以上だ」と言葉を締めくくりギルエスト様は席を立つ。
相変わらずの壮健ぶりだ。どうしても前世の自分と重ねてしまい、男として羨ましくなる。
そのあとに続き、サラディエ様とカールエスト様が移動する。
サラディエ様はほぼ毎日顔を合わせているからいいとして、目に留まったのはカールエスト様だった。
筋骨隆々の青年と見紛うほどに体が大きくなっていた。あれ? 確か今13歳だったよね?
三年前に初めて見た時も10歳という年齢に比べて大きかったけれど、成長期とはいえ三年でこんなにデカくなるもんなのか?! ってくらい大きくなった。
なんというかまぁ、
ずいぶん……鍛えなおしたな……
って感じだ。
『カールエストの場合は食事と鍛錬に加え、『血統』の影響もあるがな』
僕の疑問に答えたのはアニだった。『血統』って体にも変化を与えるものだったのか……って、『血統』イコール遺伝と考えるとまぁ、そうだよなって思う。
『血統』なんて仰々しい名称使ってるからちょっと勘違いしてたわ。
お母様と僕も自分の部屋がある離れへと戻る。
移動の途中、『血統』について自分なりにあれこれ考えていた。
『『血統』の影響って遺伝みたいに髪の質とか色とかそんな感じ?』
先程のアニのセリフに興味がそそられたので、心の中でアニにそう訊いてみる。
『あぁ。お前の考えている遺伝と大体は同じだ。ただ、我々はその『血統』を持つ者に共通して現れる、特に顕著なものを指して『血統の影響』と呼んでいるな』
『へ~。例えばどんなものがあるの?』
『例えば、か。そうだな。チェスタロッドの血統は『頑健な肉体』を得やすい。打たれ強い体、という事だな。
ストラグスの場合は『強靭な肉体』だったか。力強い筋肉に成長する。だからその二つの血統を持つカールエストはあれ程に成長出来たのだ』
『ほほぅ』
中々に興味深い。チェスタロッドは頑健な肉体。その血が流れている僕の身体もそうなのだろうか。いまいち実感が無いけれど。
となると残りの血統の影響が気になってくる。僕には三つ血統があるんだっけ。
『ねぇアニ。僕にはチェスタロッドの他にあと二つ血統があるって話だったよね? 残り二つの血統の影響ってどんなのがあるの?』
『あ? ああ……うむ……』
何か歯切れの悪い声が返って来たぞ? どうしたんだろうか。言い難い事なのか?
『どうしたの? 言い難い事?』
『ん……。まぁその内分かる事か。残り二つの内の一つ、ロベルスの血統は『豊満な肉体』だ。男子は恰幅の良い体になりやすく、女子は豊満で女性的な身体になりやすい』
は? いまなんつった?
『ミルフィエラとユーニスが良い例だな。ロベルスの血統を持つ女性はあんな感じに成長することが多い』
ちょっとマテや。それって大前提狂ってきたりしないか?
僕は自分の身体と前を歩くお母様を見比べる。明らかな差が、持つ者と持たざる者の圧倒的な差が視界を覆いつくす。
『待て待て早まるな! お前は確かにロベルスの血統を持ち、正しくミルフィエラが生んだ子だ! 生き証人はいくらでもいるし公的な証明もある! その点は揺るがない事実だ!』
じゃあ……
『じゃあ、なんで僕のお胸は無いの? 生まれる時お母様の中に置いて来ちゃったりしたの?』
前々から時々悩んでたんだよね。体型の差が顕著なんで実の親子なのかどうか本当に悩んだ。
いまは実の親子である事がほぼ確定して、安堵半分落胆半分といったところか。
『それはまぁ……チェスタロッドの影響と私の努力の成果によるものだな』
待てやコルァ。
今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
『アニの努力の成果、ってどういうことかなぁああぁ?』
その時の僕はいまだかつてない程におかしい言動を繰り返していたと、あとからユーニスやルヴィアから憐みの眼差しで報告を受けた。
お母様も僕の奇行が余りにも心配でたまらなかったと言う。
おれじゃない、あいつのせいだ、しらない、すっぱいおもいでをわすれさせて。
◆◆◆◆◆
いよいよ明日はイリーザ王室第7夫人がチェスタロッド家に訪問する日だ。
「エエーーーーーーーーーーッッ!!」
ガガガッガガガッガガッッ
僕はその日も示現流の鍛錬を続けていた。日は西に傾き空も黄色味を帯びてくる。
昔と最近違う事と言えば、ルヴィアが鍛錬の邪魔にならないような位置で控えている事か。しかも僕と同じ木刀(成形されていない木の棒だけど)を持っている。
日が森の陰に隠れ涼しげな風が肌に感じられる頃になり、鍛錬を止める。
「お疲れ様です、お嬢様」
ルヴィアが僕にタオルを手渡してくれた。それを受け取り顔を拭い、首にかける。
「ありがとう。ここでは姉、妹で構わないよ、姉さん。訓練の一環だと思ってさ」
僕はにこやかにお願いをする。ルヴィアの調きょ……訓練はまだまだユーニスの域には達していない。
訓練が可能な場所ではなるべく訓練を課し、僕を『妹』と呼ぶ事が自然な状態へと持っていく。
それから、公の『お嬢様』呼びと私の『妹』呼びを状況に合わせて瞬時に切り替えられるよう訓練を……と、
ユーニスにも協力してもらって、なるべく早めに完成させたい。
あとはルヴィアのやる気次第だが、少し前から僕の前では「出来ません」みたいな泣き言を言わなくなった。
何か心境の変化があったのだろう。僕にとっては喜ばしい事だ。
「分かりまし……わ、分かった、妹くん。それでは一手ご教授お願いしたい」
ルヴィアは口調を改めると、僕と少しの距離を取り木刀を構える。
木刀を両手で持ち身体を少し斜めに、左足をやや前に出し腰を若干落とす。ルヴィア曰く、この国では一般的な構えらしい。
「一手ご教授って、姉さんの方が遥かに強いでしょ」
そう言いながら僕も示現流『トンボ』の構えを取る。
木刀を握った右手を顔の真横辺りに持っていき左手を下に添え、左足をやや前に出し頭の先から糸に釣られたように直立する。
暫しの静寂が二人の間に流れる。
剣術の才能があり、幼い頃から剣に親しんでいたルヴィアと、たかだか三年、しかも木に木刀を打ち付ける事しかせず剣術とは何ぞや状態の僕とでは、
ハッキリ言って話にならない程の差がある。
実はまぁ、最初の数回は勝ったりもしたんだけど、それは初めて見るものに対する戸惑いと主に剣を向けるという躊躇いに乗っかった形だったのだ。
ルヴィアが僕の動きに慣れたら、全然勝てなくなった。
これがここ一週間くらいの事なのだから本当に参ってしまう。
「じゃあ……行くね!」
僕は『トンボ』の構えのまま走り一気に距離を詰める。
一撃を繰り出す最後の一歩を跳ぶように大きく踏み出し、残った足を支点に体全体で木刀を相手目掛け落とす!
ボッッ!!!
剣圧で地面に土埃が舞う。
寸止めを意識したものの堪え切れず、僕の一撃は地面に達していた。
だがそこにルヴィアの姿はない。
自分の左に影が見えると意識した時にはすでに遅かった。その影から僕の首筋に木刀が伸びていたのだ。
「参りました」
僕はふっと息を吐き、降参する。
その言葉で僕の首筋に当てられていた木刀も外される。
「姉さん、毎回毎回結果は分かっているのにどうしてこんなことをするの?」
僕にはこの立ち合いの意味がいまいち分からない。その疑問をルヴィアにぶつけてみた。
「申し訳ありません、お嬢様。これは私の……」
「姉さん、違うでしょ」
「あ、ああ。妹くんすまない。これはあたしの心の問題なんだ」
僕の指摘に口調を直したルヴィアはそう答えた。
心の問題、ねぇ。僕を相手にしないと整理がつかない問題なのか。
「それ以上を聞いてもいい?」
一応聞いてみた。
正直詳しく知りたいとは思うがそれは好奇心からくるものなので、ルヴィア本人が言いたくないなら無理に聞こうとは思っていない。
ルヴィアは少し困り顔で考え込んだ後、
「かつてのアルナータ嬢と今の妹くん。別人であるとはっきり区別付けたいからだ」
まっすぐ僕の目を見てしっかりと答えた。
言葉から察するにアニが入ってた頃のアルナータとルヴィアに何らかの関係があったという事か。
侯爵家の令嬢であるアルナータと男爵家の令嬢だったルヴィア。同じ貴族とはいえそこそこに差がある。
チェスタロッド家とストラグス家の領地が隣同士とはいえ、頻繁にこの二人に接点があったとは考えづらい。
どういう繋がりだったんだろう? 人の縁とは不思議だ。
でもまぁ今はそれ以上聞くのは野暮ってものだろう。
ルヴィアの心の整理がついて、向こうから話してくれるのを待ちますか。
「ありがとう、姉さん。言いづらい事だったんでしょ? 本人だし?」
僕はにかっと歯を見せた笑い顔で、斜め下四五度の角度から見上げるようにルヴィアの顔を見る。
彼女はその様子に戸惑いながら顔を赤くし僕を見つめ、
「……はぁ」
そして目を伏せ溜息をついた。
む、呆れられたか?
「どうしたの? 姉さん」
「いや、うん。何でもない。さ、部屋へ戻ろうか妹くん。体が冷える」
少し寂しげに笑ってルヴィアはそう言い、僕達は連れ立ってその場を後にする。
「お嬢様!」
そこへユーニスが慌てた様子で駆けてきた。
「お嬢様、すみません! ただいま執事より連絡が! 旦那様の言伝で、服装を整えて本宅玄関まで来るようにと!」
「え?」
僕の頭によぎったのは「自分、何かやらかしたか?」という根拠のない不安だった。
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