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14.ねんがんの

「彼女は、ルヴィア・マグストラ。私の生家ストラグス侯爵家に連なるマグストラ男爵家の娘よ」


サラディエ様は入室してきた人物を僕達に紹介した。


おぉ、ルヴィア……。いい名前じゃないですか。

夢の中では名前分からなかったからなぁ……って、夢の中と目の前の人物が同じな訳無いじゃないか。


もしかしたらあの日の夢は予知夢だったのかもしれない。

中々に貴重な体験だ。


紹介されたルヴィアは少し居心地が悪そうにもじもじしている。

少々大柄な体型だが、メイド服姿と相まってその仕草はとても可愛い。


「娘だった、と言った方が正しいわね。彼女の父親、マグストラ男爵が不慮の事故で亡くなってね。つい最近の事よ」


ありゃ父親を亡くしたのか。


「それで、男爵の地位を継ぐ段階になって彼女の『血統』が継ぐに足るものでは無かった事が判って、男爵家は取り潰しが決定したの。

彼女はそのままだと平民として暮らしていくところだったのだけれど、彼女自身、剣術の才能があってね。

分家筋の方から本家へ埋もれさすのは勿体無いからどうにかならないかって話が来たのよ」


へ~ぇ。色々とまぁ難儀なことで。

ルヴィアを見ると、少し俯いて沈痛な面持ちに感じられた。ここに来るまでに色々とあったのだろう。


「それが何故、サラ様のところへ?」


お母様がそう訊く。


「本家から私へ話が回って来たの。実は……彼女の父親だったマグストラ男爵の醜聞を皆気にしていて、本家の方も扱いに困っていたところだったから。いい案が無いか、ってね」


「男爵の醜聞とは……聞いても?」


お母様の問いにサラディエ様は顎に手を当て逡巡した後、ルヴィアの方へちらっと視線を向けた。ルヴィアはそれに対し静かに頷く。


「一族の恥だからあまり多くは言いたくないのだけれど、一言で言って放蕩のドラ息子。金に困って犯罪紛いの事にも手を出していたという噂があったわ」


うわ、それは確かに言いたくはないだろうなぁ。

お母様も口に手を当て呆れの表情を隠しつつ聞いている。


「それでまぁ、本家で持て余していた彼女を私が引き取って連れてきたの。チェスタロッドにはアルナータさんがいますしね」


「え?」


思わず声が漏れた。どうしてそこで僕の名前が出てくるのか。


「アルナータさん、彼女……ルヴィアの事をどう思う?」


サラディエ様は射抜くような真剣な眼差しで僕を見据えた。

どう? って、何言えばいいんだ? とりあえず当たり障りのない範囲で言えばいいのかな。

ルヴィアを眺めると緊張した面持ちでこちらを見ていた。


「どう、と言われましても……普通に綺麗だと思いますよ。ただ、僕としてはもっと背筋を伸ばして胸を張った方が格好良くていいと思います……いたっ」


感想を言い終わった辺りで左右の脇腹につねられたような痛みが走った。

両隣を確認してもユーニスとお母様がいるだけで特に変わったところは無い。朝食がなんかあたったのかな……。


くすくすと上品に笑うサラディエ様の声が聞こえる。


「ね? そういうところ」


さっぱりわからん。


「だから、ルヴィアをアルナータさんの側仕えとして置いて欲しいのよ。頼めるかしら」


おぉ、何たる天の配剤! まさかサラディエ様自ら執り成して頂けていたとは。

これを断るという選択肢は存在しない。

あ、でも欲望そのままにがっつくのは行儀が悪いよね。ここは落ち着いて応対しよう。


「そういう事でしたら、僕としても断る理由はありません。是非ともお願い致したく思います」


「ありがとう。貴女ならそう言ってくれると思っていたわ」


サラディエ様に対し恭しく礼をし、承諾の意を表す。

ニュフフフフ。

頭の中はこれから来るであろうチョコレート色の幸せに思いを馳せていた。口元が自然と緩んでしまう。


「それじゃあね。ルヴィア、ちゃんとお務めを果たすのよ」


「はい。サラディエ様、ありがとうございます」


席を立ち食堂から去るサラディエ様に、ルヴィアはお辞儀をしその後ろ姿を見送る。

サラディエ様を見届けた後、お母様も席を立った。


「それでは、ゲミナ。私達も部屋へ戻りましょうか」


「はい、奥様」


僕に向かって「またね」と笑顔で手を振りお母様も食堂を去った。

あとには僕とユーニス、そしてルヴィアが残る。


「アルナータ様。不束者ではございますが、これより宜しくお願い致します」


ルヴィアは振り返り僕の顔を正面から見据え、深々とお辞儀をした。



ねんがんの かっしょくきょにゅうを てにいれたぞ!



 ◆◆◆◆◆



「そう かんけいないね」


「なにブツブツ言っているんです、妹ちゃん?」


「んー何でもないよ」


まさか前世で遊んだゲームのネタをモジったものだよ。とは言えず適当に返す。



今は僕達も食堂を後にして、僕の部屋に至る廊下を三人で歩いている。


僕の後ろでは、ユーニスがルヴィアに対しあれこれと業務連絡っぽい事を話していた。

しばらくの間ルヴィアはユーニスに付いてメイドの仕事とかを覚えるようだ。


そのうちお互いに交代で僕に付くようになるのかな?それはちょっと勿体ない。

僕としては二人一緒にいてくれた方が有難いんだけどね。主に目の保養その他色々な理由で。


「と、まぁこのような感じで、お嬢様は時折意味不明な呟きや行動をしますので、なるべく早く奇行に慣れて下さい」


おおよそ主人に対する使用人の言葉とは思えないものがユーニスから発せられる。

だがこの程度の辛口な言葉は普段からよく耳に刺さっているものだ。

僕にとっては、ユーニスとの心の距離が縮まっている事を実感できる指標の一つに過ぎない。

……縮まってる、よね? 勘違いじゃないよね?


とりあえず、気にしてない風を装い軽口で返す。


「お姉ちゃん辛辣ぅ」


「このように多少の暴言でしたら気に留めませんから、もし間違った行動をしていると感じたら遠慮なく鉄拳制裁して(しかって)下さい」


「ちょっと待って下さいお姉ちゃん。今の『叱って』の部分微妙に語気が重かった気がするんですが」


「お嬢様の気のせいでございますよ」


心の距離、縮まってるよね? 大丈夫だよ……ね?



部屋に入り、大きく伸びをする。

食後の小休止をしたら、今日は何しようかなぁ。


「夢にまで見た褐色巨乳のお姉様とお近づきになれるとは、こんな奇跡もあるもんだねぇ」


僕は感慨深げに呟いた。

本当に夢に見たからねぇ。服装は違うけど、髪の色も肌の色も瞳の色も声の色もそのままの……。あれ?


「はいはい妹ちゃん。たわ言はそれくらいにしましょうね」


ユーニスがトゲの付いた言葉を吐き出す。呆れているような、怒っているような、そんな雰囲気だ。


「お姉ちゃんさっきから機嫌悪い?」


「お嬢様の気のせいでございますよ」


さっきとおんなじ言葉が返ってきた。だ、大丈夫だよね? 離れていってないよね?

だが、そんな動揺もルヴィアを視界に納めた途端に霧消する。


「そう? ま、いいか。それじゃルヴィアお姉様、あらためてよろしく!

……ところで一応聞くけど、どこかでお会いしたことあります?」


僕は元気良くルヴィアに挨拶をし、ちょっと疑問に思ったことをぶつけてみた。


「え? あ……きょ、今日が初めてだと、その、お、思いますけど……」


「ん~~?」


目を伏せ否定するルヴィア。う~む、その言葉は本当だろうか。


「その前にお嬢様? ご自身の使用人に『様』付けはあり得ません。下の者に示しが付きませんし、周囲に対して要らぬ憶測を与えかねません。ルヴィアも戸惑っています」


わざわざユーニスは『お嬢様』という呼称で僕に注意する。僕とユーニスしかいないところでそういう言い回しになる注意は、

大抵の場合において「真面目な話してんだよ。このクソが(意訳)」になる。

時々怒気もはらんでいたりすることもあり中々に怖い。


今のルヴィアの動揺は『様』付けに対するものだったのか。

だが、今回はこちらも『姉』と呼ぶ事を譲るつもりはない。新たな生を受けたこの僕は姉に飢えているのだ。姉を増やすこの機会、逃してなるものか。


しかし、一定の譲歩はするべきだ。ユーニスの言う事は尤もであるから。


「ん~お姉様が駄目だとなると……お姉、姉さん、姉上、姉君、姉貴、姉御、姉川、姉ヶ崎……」


「妹ちゃん? 姉から離れるという選択肢はないのですか」


「あり得ません」


ありえません。あってはならないのです。


「…………」


ルヴィアは何とも言えない表情で立ち尽くしていた。

そこまで変なことは言っていないつもりだけど。


「はぁ。そういう訳ですルヴィア。お嬢様の奇行にお付き合いするのも使用人の務めです。自分が許容できる呼称を自ら選んで下さい」


ユーニスは殊更大きくため息をついてそう言葉を続けた。


「え……え?……」


ルヴィアは僕とユーニスを交互に見やった後、ユーニスに救いを求めるような眼差しを向けるが、

ユーニスはただ、首を横に振るだけだった。



 ◆◆◆◆◆



『何だ、もう寝るのか? 今日は随分と早いじゃないか』


本日ルヴィアという新しい姉を迎え入れ、新たな妄想と共にいい夢を見ようとベッドに潜った僕に、冷や水を浴びせるが如くアニが脳内に乱入してきた。


何で、どうして、よりによって何故このタイミングで現れるのか。

ここ一週間ばかり全く音沙汰がなかったくせに。空気が読めなさ過ぎにも程があると思う。


「今日ははしゃぎ過ぎて疲れたから、早めに休みたかっただけだよ」


ジト目で。努めてジト目でアニを牽制しつつ、早よ去れオーラを出す。


『ねんがんの かっしょくきょにゅう だったか? まぁ、今までのお前を見てればはしゃぐのも無理はないよな』


うぇ、なんで分かるの。


『私が幽騎士エクト・プラズ・マリオだというのを忘れたか? チェスタロッド侯爵家の人事は当主のギルエストから逐次上がってくる。

お前がルヴィアという使用人を新たに置いたのも伝わっている』


そうだったね。アニは幽騎士マリオだったね。


この国の最高峰に位置する存在の一人であるはずなのに、僕の脳内で見る事の出来るアニにはそう言った威厳のカケラも無い。

あまりにラフすぎる格好が、アニをオッサンくさい残念な人物に見せている。


『ようやく詰めていた仕事が終わったのでな。息抜きがてら顔を見に来たのだ』


プシッと小気味良い音を立てて缶ビールのタブを開け、直に飲む。

酒類ならこの国にも色々とあるだろうに、アニは何故か缶ビールの表現を好む。


「はいはいお仕事おつかれさま。じゃあ僕はもう寝るよ」


追い出す口実ではなく、普通に眠気が襲ってきた。


『あ、待て待て。ユーニスから聞いてるか? ストラグス侯爵家が行なっていた調査の件』


「あ~、一週間くらい前に言ってたやつだね。聞いてないけどどうかしたの?」


僕がそう返すとアニはちょっと意外そうな顔をしたが、すぐに缶ビールをあおり言葉を続けた。


『では、行き違いか。また先方からの通達という形でユーニスから伝わると思うが、例の森の調査の件、中止になるそうだ』


「目的の鳥、見つからなかったの?」


確か奇妙な鳴き声の鳥だったっけ。そこそこ広そうだもんなあの森。


『いや、見つけたことは見つけたらしいが、少々手が届かないところにいるらしく、それ以上の調査が難しいと判断したらしい』


へ~え。どんな鳥だったんだろう?


『さてな。まぁ、そういう事だからもう森に入っても大丈夫だぞ』


缶ビールを飲み干しアニは僕にそう告げた。

あ、こら二本目に手を掛けるんじゃない。まだ居座る気か。


『ははは。これはすまない。では、お前のいい顔も見れたし私はこれで帰るとするよ』


うん、お疲れアニ。あんまり根詰めないようにね。


『あぁ、ありがとう。おやすみ』



アニの乱入により、褐色巨乳の夢を見る気が削がれてしまった僕はそのまま普通に眠りについたのだった。




翌日、ユーニスより森の調査終了の連絡を受け取った。

内容はアニから聞いていた事と同じだった。


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