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11.月日はこいつらも変える

『仕事の後の一杯は格別だな!』


今僕の目の前では日本だと飲酒制限に引っ掛かりそうな見た目の女の子()が缶ビールを手に枝豆をつまみに酒盛りをしていた。


幽騎士エクト・プラズ・マリオのアニとその同類約2名だ。


一日が終わって寝に入ったら少しの間も置かずにこいつらが頭の中にやってきた。


最近の幽騎士こいつらの言動には敬意を払って応対するようなものが全くない。

余りに自由過ぎて足蹴で追い出したいところだが、過去に一回追い出した時に面倒なことになったので今は我慢せざるを得ない。


諦めて目の前で酒盛りをしている美少女どもを眺める。

缶ビールなんて、この国には存在し得ない物をもってケラケラ笑いながら雑談をしている。


幽騎士マリオは取り憑いた相手の感覚を共有することが出来るらしい。


視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、第六感に第七感……こほん、と。あらゆる感覚を共有する頃が出来るので、

僕の時みたいに、魂が目覚めていない体の中に入り普通の人間の様に動く事が可能なのだ。


目の前の酒盛りで使用されている缶ビールも枝豆も僕の記憶の中から掘り出された視覚情報を元に創られた映像みたいなもので、

その味は同じく僕の味覚情報から仕入れた疑似的なものだ。


今の状況はぶっちゃけ、人の頭の中で人の記憶をネタにして好き勝手に他人が夢を見ているようなもんだ。


やられている方は迷惑極まりない。

プライバシーとか人権とか遥か遠く宇宙の彼方にまで投げ捨てられている。


『つれないなぁ、私とお前の中じゃないか』


アニは酔っ払った様には見えないが、酔っ払いのような台詞を吐いてきた。


あんた昔の威厳はどうしたよ。


『私にこのような素晴らしい味を教えたお前が悪い!』


そう言うと枝豆のさやから豆をピュッっと出して口に放り込む。

いや、当時のあんたがどんな味か知りたいっていうから、感覚を共有しただけだろ。


枝豆如きに堕ちたあんたが悪い。


アニは初めて会った時と全く変わらない姿だが、その中身はただの呑兵衛でしかない。

あの頃の気高い彼女は死んだのだ。もう二度と会えることは無いだろう……。



「それで? あんたら三人、何しに来たの?」


僕は大げさに呆れた態度でわざと声に出して訊く。


こいつらがいる此処は僕の心の中の世界だ。物理的には僕の脳味噌の中ともいえる。

こちらの考えていることは相手に筒抜けという、隠し事の出来ない世界だ。


だから、声に出すという意思表示をせずとも相手には伝わるのだが、何となく気持ちが落ち着かないのでわざわざ声に出している。


『いや、うん。また会議の後の懇親会を開こうと思ってな。その下見に……』


アニがちょっと申し訳なさそうに答える。

仕草自体は可愛い美少女のそれだが、ここまでの言動がそれを微塵も萌えないものにしている。


待てやコラ。


「あれキツいんだぞ?! 目玉が飛び出る位に激しい頭痛が襲ってくるんだぞ?!

こないだやられた時なんか、頭の血管が切れてて枕に血がついててお姉ちゃんに心配かけちゃったんだぞ?! 分かってんのか、あぁ?!」


『まままま、アルちゃんや。そのくらいにしといてあげて』


しゅんと肩を落としたアニの右側で茶色の髪の貧乳美少女が僕を宥めようとする。

ストラグス侯爵家の幽騎士マリオだ。顔の雰囲気はサラディエ様に似ている。


誰がアルちゃんか。


『ごめんね、アルナータちゃん。用事が終わったら帰るから』


申し訳無さそうに僕に謝る金髪の貧乳美少女。だが手には缶ビールが抱えられている。

ロベルス侯爵家の幽騎士マリオだ。顔の雰囲気はミルフィエラ母様に似ている。


なんでみんな僕をちゃん付けで呼ぶのさ。


『可愛いだろ?』


はい、可愛いです。

自分自身、ユーニスにちゃん付けで呼ばせているので反論出来ない。


何か気が削がれてしまった。


「はぁ。ほんとに懇親会するん?」


『『『うん』』』


即答かよ。

早くも頭痛がしてきた。


こいつらの言う懇親会というのは、20名近い幽騎士マリオが僕の狭い頭の中に集まって酒盛りをする事を指す。

個々の都合で来ない場合や乗り気でない者もいたりして全員が集まることはほとんどないが、それでもきつい。


以前、なんでそんな人の迷惑を考えないことをするのか訊いてみたところ、


『久しく生まれなかった、直系当主以外で我々との結びつきが作られた人物である上に、我々の知らない知識を持つ非常に興味深い異世界人だから』


との返答が返ってきた。要するに玩具なのだ。


気持ちは分かるが、人の脳みそにわざわざ集まらなくてもいいと思うんですが。

あんたら仮にもこの国の最高峰に位置するような存在だろ。そんな自堕落でいいのか。


じっと目の前の飲んだくれ(の様に見える)3人を見つめる。


そういえば、ふと疑問に思ったことがある。

いままで集まった幽騎士マリオの中で、具体的に人の姿でいるのは目の前の3人だけ。

しかも揃って貧乳美少女。

他は色のついた光の球だ。何でだろう。


『私は元々お前の姿だったからいいとして。他の二人はお前がストラグス、ロベルス、と聞いて思い浮かべた人物を元に見せかけの姿を作っている。

少女なのは、思い浮かべた人物そのままだと現実と夢が混線して現実の認識に支障が出る事が予想されるのと、男は気持ち悪いと言ったお前に配慮しての事だ』


ふむ。そういう配慮はしてくれるのな。


『他の者がそういう姿を取っていないのは、現実においてその直系がお前と接点をまだ持っていないからだな。家名を名乗られてもさっぱり分からないだろう? 

だからこちらも現実の認識に支障が出る事が予想されるので、敢えて明確な姿を取っていない』


やたら長いがアニが丁寧に教えてくれた。

なるほどなー。だからストラグスはサラディエ様っぽい、ロベルスはお母様っぽいのか。ぽいぽい。


じゃあ、みんな揃って貧乳なのは?


『この場所に入る為のドレスコードだ』


そんなドレスコードがあってたまるかーーー!!!


『だってお前、大きい胸だとノータイムで襲い掛かってくるじゃないか』


してませんしてません断じて襲ってません!

偶然であり不可抗力でありラッキースケベであります!!!


仁王立ちのアニの後ろでストラグスとロベルスが顔を突き合わせ、視線をこちらに向けながら口元を手で隠しヒソヒソと囁きあっている。

その瞳には疑いの色がみえる。


いや、僕は人一倍世間体を気にする方だから!

そんな自分の人生終わらすような事軽々しくするわけないでしょ!

ムッツリスケベ歴40年をなめんな!


『なるほど、確かにそれは尤もだ』


3人とも納得したように頷かないで。自分で自分の心抉っといてなんだけどキツイから。


飲んだくれ共はケラケラ笑いながら、項垂れている僕を叩いたりつついたりする。

今後、他の幽騎士マリオが人の姿を取るようになったら、こんな飲んだくれが増えるのか……。


せめておっぱいおっきなお姉様方だったらなぁ。

憂鬱だ。



『それじゃお前の楽しい顔も見れたし、そろそろお暇するか』


「はいは~い。オツカレサマデシタ。僕は明日も早いからさっさと寝かせてもらうよ」


アニはこちらに背を向けたが、すぐに顔だけ振り向いた


『あぁ、忘れていた。お前が今住んでいる離れの近くの森な。ストラグス侯爵家が調査とかで立ち入るそうだ』


ユーニスから聞いたやつかな?正式に通達があったっていう。


『あぁ、そいつだ。くれぐれもストラグス側の人間と鉢合わせするような事はするなよ?』


何か不味いことあるの?


『お前、今の自分の立場忘れているだろ。元婚約者の死を嘆いて屋敷に籠っている侯爵令嬢っていう立場を!』


ずいっと、僕に顔を近づけて睨みつける様にアニは言った。


あ、そうだった。対外的にはそういう建前だった。

すっかり忘れてました。ゴメンナサイ。


女なのはそれなりに自覚してたけど、自分が貴族のご令嬢ってのは頭の中からすっぽり抜け落ちてましたわ。


『お前なぁ……。まぁ、そういう地位に無頓着なのが良い影響を与えているのかもな』


アニは腕組みをしながら呆れたような感心したような顔をしながら呟いた。


いまいち褒められたような気がしない。


『それは当然だろう。褒めてなどいないからな』


左様で。


『分かったな。変な噂が立たないよう暫くは森には入るなよ』


念を押す様に僕に言うと、アニは去っていった。

ストラグスとロベルスもこちらに別れの挨拶をして後を追うように去っていく。


彼女らの姿が消えると、打ち捨てられたビールの空き缶やら空の皿なども消失する。

ここには僕だけがいた。



さ~、やっと静かになったぞ。寝るべ寝るべ。


僕は照明を落とす様にこの世界を閉じ、深い眠りに就くのだった。


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