10.月日は女を変える
僕がこの世界で目覚めてから2年の月日が経った。
僕は17歳ピチピチのJ……げふんげふん、乙女に成長した。
日々の鍛錬と良い食事のおかげだろう。
2年前初めて見た時と比べると、若干下半身が大きくなったくらいで基本的なシルエットは然程変わりが無いが、
しなやかさの中にも力強さを感じる筋肉を、なだらかに女性的な曲線になるよう覆った厚すぎない脂肪。
運動するのにより良く、かつ女性的なフォルムを崩さない肉体に仕上がっている。
自分の体ながら惚れ惚れする。種別:愉悦系。
特にお尻から太もも、ふくらはぎへと流れるラインは最高だ。
重りを付けたブーツを履いての走り込みをした成果が表れ、脚の筋肉が発達したのである。
自分好みの肉感的な下半身に育った。
姿見の前でパンツ一丁になり、お尻を向けて腰から太ももまで下半身のラインを手でなぞる。
パンストにタイトスカートを穿いたらたまらないだろうなぁ。
でゅふふふふ。
思わず笑みが零れてしまった。
「はぁ、妹ちゃん。お昼の時間ですから、いい加減服を着ましょうね」
「はぁい」
ユーニスに促され、僕は姿見の前から離れる。
用意されたズボンを穿き、シャツ着て、と。
最近は自分一人で衣服の脱着を行うようになった。それに伴って脱ぎ着のしやすい物を、なるべく一般の人々が着るような物を取り寄せ着ている。
もちろん、離れにいる時だけだけど。
シャツのボタンを留めていると否応なしに己の胸が目に入る。
2年経っても全く成長しなかった。胸筋の発達によりサイズ自体は大きくなってるんだけどね。
違うんだそうじゃないんだ
僕が欲しかったのはおっぱいなんだ、胸板じゃない。
僕は溜息をつきつつボタンを留め終えた。
「妹ちゃん? 服を着ながら溜息つく癖、やめた方がいいと思いますよ」
「じゃあお姉ちゃんのおっぱい頂戴? 半分でいいからさ」
「お嬢様、ミルフィエラ様達がお待ちです。ふざけたこと言ってないで参りましょう」
「はーい」
着替えを終え、変なところが無いかもう一度姿見で確認する。
目覚めた時にバッサリ切った髪の毛はそれ以来伸ばすことを止め、適時切り揃えるようにした。
伸ばさない事に当初は周囲から難色を示されたが、それもしばらくして止んだ。短い方が色々楽なんだよね。
同じ時に当主のギルエスト様に返納した剣はそのままにしてある。現在は腰には何も下げていない。
僕としては家は継ぎませんよー的な意思表示のつもりなので、今後も剣を持つつもりはない。
ユーニスの後について部屋を出る。
ユーニスとの関係もこの2年の間で随分と変化した。
僕はさん付けと丁寧な言葉遣いを止め、彼女は、
二人きりの時だけだが、僕の事を『妹ちゃん』と呼んでくれるようになった。
僕は同様にユーニスを『お姉ちゃん』と呼ぶ。
本当は『アルナータ』と甘い声で呼んで欲しかったのだが、使用人としての立場上、主人を敬称無しで呼ぶ事にものすごい抵抗があるとの事で、
協議の結果、一般的かつ特定の個人を指す言葉ではない『妹』という名称を用いることで妥協した。
そして、ちゃん付けで呼んでもらう事により破壊力の増大にも成功している。
初めて呼んでもらった時には余りの幸福感で心停止に陥ったものだ。ふっ。
これもたゆまぬ日々の洗の……説得と調きょ……訓練の賜物だ。
離れの食堂に着くと既に人が揃っていた。
遅れた詫びをして、自分の席に着く。
僕の隣にはお母様と後ろに控えているゲミナさん。僕の向かいにはサラディエ様とお付きのメイドさん。
料理人によって運ばれてきた昼食の匂いが空腹を刺激し、食欲が高まる。
「いただきます」
行き渡ったところで、両手を合わせて日本式の礼をして食事に入る。
前世からの習慣だったこれは最初は不思議がられたが、する理由を説明したら離れの皆は倣うようになった。
お母様と、今ではサラディエ様も僕に倣って同じ所作をする。
このお二人とも関係が大きく変わった。それも良い方向に。
お母様は心を病む前の、健康だった頃の状態にまでほぼ回復した。
栄養のある食品と、肉中心ではなく野菜中心の食生活、そして裁縫の指導を通じての僕との交流。
髪には艶が戻り、肌には張りが出て、目はキラキラと輝き生気が満ちていた。
最近は軽く冗談が言えるほどに心の距離は縮まっている。
その様子から「まるで姉妹みたいですね」なんて、微笑ましいものを見るような笑顔でゲミナさんに言われたこともある。
出会った頃とは大違いだ。
そしてお母様が復調したことで気付いた事もある。
デカいのだ。
何がって?
おっぱいがだ!!!
お母様のおっぱいは、自然の状態で人類が成長出来る最高到達点ではなかろうか。
ユーニスもデカいデカいと思っていたが、それを軽く凌駕する超者がまさか身内にいるとは思わなんだ。
だからと言って、ユーニスにするようなスキンシップ(自称)はお母様にはしたいとは思っていない。
親子の情、というものが僕にもあったのだろう。しばらくは今の均衡を保ち続けたい。
サラディエ様とは、お母様が回復した事が切っ掛けで関係が良好になっていった。
本宅の方では、数年前から大柄なギルエスト様と育ち盛りのカールエスト様に合わせた、肉マシマシの料理になっているという。
ご実家の方でもそれなりに食されていたサラディエ様でも、この家の肉マシマシメニューはきつかったらしく、
胃もたれと肌荒れに悩んでいたところ、お母様の見違えるような回復ぶりに思わず縋り付いてしまったとの事。
それ以来、昼食の時だけこちらの離れに食事に来るようになり、食と体調に関してはかなりまともになったらしい。
今では互いに尊重しあい、良い友人関係を築いているようだ。僕に対しても娘の様に親しく接して下さっている。
目下の悩みは、カールエスト様が以前ほど自分と接しなくなった事と零している。
今は12歳だっけ。
反抗期が来てるのかな~と漠然と思う。
年齢的に中二病を発症してたりしてもおかしくはないな。
過去の自分はどうだったっけ……。
食事が終わったら、小休止を挟んでお母様の部屋で裁縫の練習だ。
お付きのメイドに見守られながら、ちくちくちく……と針糸を動かす。
無心になれる事と集中力が鍛えられるので、精神の鍛錬としても重宝するようになったのは意外だった。
お母様が息を吐くのを合図に僕も一旦手を留めて、その出来を確認してもらう。
ここで雑念が入ってたりすると、糸の運びにそれが出るらしく、お母様から指摘される事もある。
最初は邪な動機で選んだ裁縫だったけれど中々に面白く、お母様とこうやって毎日穏やかに過ごせるのも楽しみの一つだ。
邪な動機自体は実現に向けて今も鋭意製作中だけどね。
「奥様、お嬢様、そろそろお時間でございます」
ゲミナさんが時間の終了を告げる。
「あ、そうね。それじゃ……」
お母様は縫いかけの布を脇に置くと、僕に向かって両手を広げ、
「アルナータ、さぁ」
優しい笑みを浮かべてハグを要求してくる。
お母様はしばらく前から、裁縫の時間の終了時にこうやってハグを要求してくるようになった。
何故だかは知らない。
最初の頃は僕も、海外ドラマの一場面を思い出したりして、親子だしなーって感じで何も考えずハグしてたな。
お母様の温かさや匂いに心が安らいだものだ。
だけど、最近は……。
僕は苦笑しながらも、心の中では試合前に緊張する選手の様に神経を張り詰めて、お母様の要求に従いハグをする。
お母様の人類最高峰のおっぱいが僕の胸板……いやいや、胸に押し潰されて包み込むように変形する。
その柔らかくて人を駄目にするような感触と少し高めの人肌の温かさに加え、より際立った芳香が僕の中のマグマを刺激する!
だが! 今ここで!! 親子の垣根をマグマの熱流で灼き尽くすわけにはいかない!!!
僕は自分の内に残った理性をフルドライブし己の欲望を押さえ付ける!!!
ふふー。お母様ーダメですよー。あなたの娘はおっぱいに目が無いのですからそう無自覚に煽るのはー。
…………っふぅ。
多少の分別が戻ってきたところで、少々強めにハグから逃れる。
名残惜しそうにこちらを見るお母様に「また明日よろしくお願いします」とにこやかに別れの挨拶をして、
僕は次の目的へと部屋を後にした。
最近はこのハグがちょっと苦手になってきている。
次は畑の確認と、精神の鍛錬の時間だ。
畑は結局、大豆を育てるのみとなっていた。
米はこの国では栽培していなかった。
南方に足を延ばせば、もしかしたらあるかもしれないが、とてもそこまでの自由はない。
チェスタロッド領はこの国の南の玄関口でもある為比較的他国からの交易商人が多いが、交易品の中でも米は扱っていなかった。
望みは絶たれた。無念である。
離れに住んでいる者の食卓に上る食材は、本宅での必要分と合わせて市場で購入しているのでこの畑で賄う必要が無い。
シジミや自然薯は今も取り続けているが、専用の人員を雇い入れそちらに任せてしまっている。
当初の目的と比べるとだいぶ縮小してほぼ趣味レベルだ。
上手く行かないものだ。
参考にした資料や、経験者からの助言によると、大豆は連作障害が起きやすいから注意、らしい。
別の作物を植えるのがいいらしいが、目下検討中である。
味噌、醤油用の麹は見つけることが出来なかった。
麦酒はこの国にもあったので、酵母で代用できないかと思って試したが不発に終わってしまった。
非常に残念である。
豆腐は、にがりにちょうど良い物を探しているところかな。中々思う通りにならず苦戦している。
せめて海が近くにあればなぁ。内陸国だからしょうがないけどね。
今大豆で出来ているのは、もやし、枝豆、豆乳あたりか。
納豆は麦わらを代わりに使って何とかなりそうだったが、人を選ぶ食べ物なのでこの世界の為にも封印することにした。
さようなら納豆。
畑の確認が終われば、最後は精神鍛錬の名目で続けている示現流の立木打ちの稽古だ。
示現流って名称は他人には言ってないけどね。
この2年の内に何とか朝の三千回は出来るようになったが、夕方はせいぜい五千回くらいに留まっている。八千回は中々に厳しい。
構えは相変わらず『トンボ』のみだが、打撃は結構いい線行ってると思う。
途中で思い出した『胸で振って腹へ落とす』というのを意識してやってみたら、加速度的に強烈になったのを覚えている。
だが、肝心の目標である『何事にも動じない心』の会得にはまだまだ遠いと感じている。
千日続けていないしね。
ユーニスとは畑の確認が終わったところで別行動になっている。
流石に、ただ突っ立て何時間も待たせ続けるのは時間の無駄だ。彼女にも色々と仕事がある。
「ヤァーーーーーーーーーーーーッ!!!」
ガガガガガガガガッッ
始めた時の無様な姿からはだいぶマシにはなったが立木と木刀の摩擦で煙が立つまでにはいかない。
木刀代わりの木の棒はそこそこの数を駄目にしたし立木も削れ過ぎて何回か交換はしたけれどまだまだ足りない。
大きく息を吐いて構えを取る。
不意に先程のお母様とのハグを思い出した。大部分の柔らかすぎる感触と共に感じた僅かな堅い感触……。
全身の血液が一気に沸騰したように体が熱くなり鼻血が出そうなほどに顔面が真っ赤に染まる。
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
己の煩悩を滅殺しようと内に滾る青い衝動を目の前の立木に叩きつける!!!
ガガガガガガガガガガッッガガガガガガガガガガガガガッッガガガッッ
煩悩退散! 煩悩退散!!
◆◆◆◆◆◆
「お嬢様。そろそろお戻り下さいませ」
ユーニスの呼び掛けに気づいて手を止める。
ぐぅ~
振り向くと同時におなかが鳴った。
「ふふっ。お疲れ様です、妹ちゃん」
「笑うなんてひどいよお姉ちゃん」
僕はユーニスの横に並び、共に離れへと戻る。
「そういえば、この森で『奇妙な鳴き声の怪鳥が住み着いた』っていう噂がだいぶ前からあるんですけど、妹ちゃんは知ってます?」
道すがらユーニスはそう訊いてきた。
「あ~なんか聞いたことがあるかも。市場でだっけかな」
「何でも隣のストラグス領でも話題になっていて、近く実態の調査が入るらしいですよ」
「へ~ぇ」
まぁ、僕にはあまり関係ないよね。
「それで、ストラグス侯爵家から正式に通達がありまして。迷惑かけるかもしれないので、暫く森には入らないで欲しいそうです」
「ほぅ」
僕が鍛錬で使っている場所は森には近いけど入ってはいないし、いつも通りで大丈夫だろう。
「妹ちゃんも気を付けて下さいね。不用意に森に入らないように」
「はぁ~い」
辺りはすっかり暗くなって空に星が瞬き始めていた。