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9.僕と木の棒とトンボ

鍛錬用の堅い木の棒が届くまでは少し日にちを要するというので、

その間、鍛錬に充てる予定の時間は体力づくりに励んだ。


腕立て伏せ、腹筋、背筋、離れの周りで走り込み。

男性と遜色無い体(涙)のおかげで前世の若い頃のように体を動かせたと思う。


おっぱいぽよんぽよん、体験したかったなぁ。


運動が終わったら、

屋敷の蔵書から借りてきた本を読んで、知識を深める。

動物図鑑、植物図鑑、他色々興味を惹かれた物はとりあえず片っ端から借りた。


本を眺めていて思ったことは、


どうやらこの世界、剣と魔法のファンタジーではないっぽい。ということだ。


魔物とか魔法ってのは、お伽話や比喩としての表現でしか見ることが出来ていない。

動物も植物も、名称や形状が違う場合はあるが大体は前世の記憶と似通ったもののようだ。


幽騎士エクト・プラズ・マリオなんて超常的なものはあるのにね。


あと特筆するようなのは、

建国神話? を子供にも分かるよう読み聞かせの為に作られたお伽話の絵本か。



わるいやつがいたので えいゆうがこらしめて じめんのしたにふういんしました

えいゆうは ひとびととまちをつくり わるいやつがおきないようにしました



その英雄が今の王家の、英雄と街を作った最初の人々が今の上流貴族の、

『直系』の祖先という事だ。


封印、ねぇ。


恐らくは何かの比喩なんだろう。自然災害を神様や怪物、異民族を妖怪とか魔物に、といった具合に。



午後になると、お母様のところへ裁縫を習いに行く。


まだ互いにぎこちないものの、親子と師弟を入り交ぜながら縫い方の基本から教わっている。


お母様は目に光があるが体は痩せていて、見ていて心配になる。

お付きのゲミナさんに訊くと、食事はするもののだいぶ食が細いらしい。


栄養があるものや体力が付くものを食べてもらいたい。

そう思った僕は図鑑で調べて、入手可能でこの近辺でも採取できる栄養のある物を集めることにした。


具体的には川でシジミ、森で自然薯だ。

この世界での正式な名称は全く別なのだが、頭が混乱するので僕の前世の知識に合わせる。

それらを離れの近くにある川と森へ出かけて探す。


屋敷の方へ無断で姿を現すようなことをしなければ当主のギルエスト様からのお咎めは無いようで、

ユーニスさんに一言言っておけば離れの外へも比較的自由に行動して良いようだ。


目的の物は思ったほど苦戦することなく見つけることが出来た。

シジミは砂抜きをしてから、味噌が存在しないので野菜と一緒に煮込んで出汁&スープの具に。味付けは塩胡椒のみ。

自然薯は擦ってとろろは難易度が高いので、一口サイズのスティック状に切って素揚げにしてみた。


図鑑には食用とは明確に書かれておらず、若干不安があったが毒味をしてみたところ全く問題が無かった。


ユーニスさんとゲミナさんにも試食をお願いし太鼓判をもらったので、

一日の食事のどこかでメニューの一つとして入れてもらい、お母様にも好評なようなら継続して出してもらう事になった。


「お嬢様が奥様の事を思ってお作りになられたのです。きっと喜ばれることでしょう」


とはゲミナさんの言だ。

喜んでもらえたなら嬉しいな。



 ◆◆◆◆◆



頼んでいた木の棒が来た。


木の種類としては『樫』になるらしい。

意外と真っ直ぐじゃないのな。太さもまちまちだし。

自分の手で握れる太さの物を何本か見繕って、両手で持ってみてちょっと重いかな? くらいの物を厳選する。


離れの裏手の、森に近く奥まった場所を選んで、木の棒と同じ種類の材木を地面に杭の様に打ち込み目標物とする。


「今から何が始まるのですか?」


「精神の鍛錬、かな」


傍で準備を手伝ってくれていたユーニスさんの疑問に僕はそう答えた。


確かこれは示現流の修行の一つだ。


ただ、それは前世で僕が見た漫画からの知識であり、実際の流派を見たり調べたりしたものでは無い。


なのでこれは剣術を習得するのではなく、習得の過程で得られる副次効果の方を狙ったものと僕は位置付けた。


本職に対して失礼だろうからね。世界の壁を越えて文句を言いには来ないだろうけど。


だから、もし仮にそれっぽい形になったとしても『我流』で通そうと思っている。

我流だから人に教えられるものは持ってません~、とシラを切り通す。


そういうのが悩みになるくらい本職に近づけたらいいな。



記憶を頼りに示現流の『トンボ』と言われる構えを取ってみる。


「奇妙な構えですね」


だろうね。この国には存在しないもののはずだし。


「うん」


トンボの構えから何度か棒を振ってみる。

左肘を切って捨てたように動かさない、とかあったけど、その辺りもさっぱり理解出来なかったんだよなぁ。

イメージ的にこんな感じかな? っていうのを頭で描きながら素振りを繰り返す。


素振りをしたことにより、少し体が温まる。


さて、ここからは自分との戦いだ。主に羞恥心との。


目標物の立木たてぎを見据え、呼吸を整える。

精神の鍛錬として、この方法を選んだ台詞を朧気ながらも思い出す。


何事にも動じない心……。


そして決心する!


「ヤーーーーーーーッ!!!」


一直線に立木たてぎに向かって走り寄り、構えから袈裟切りに打ち込む!


ゴッ


打ち込んだ棒が跳ね返り、反動で僕は尻餅をついてしまった。

手から離れた棒は明後日の方向へ転がる。


「いった~~~」


涙目になりながら僕は痺れた手を振った。

ダメダコリャ。


簡単に行けると思ったちょっと前の自分を後悔する。

これは腰を据えてやらないと何年経っても駄目だな。


「何だったんですか?今の」


ユーニスさんが驚いたような呆れたような表情で訊いてきた。


「見たままだよ。立木たてぎっていう目標に向かって声を出しながら走り、構えから左右に打ちつけるんだ」


「はぁ」


「で、それを一日の内、朝に三千回、夕方に八千回やって、さらに千日続けると完了? って感じ」


「はぁっ?!」


ユーニスさんは『何じゃそりゃ?!』って感じでこちらを覗き込むように全身で驚きを表現した。

普段それほど大きく感情を出さない彼女が珍しい。

気持ちは分かる。僕も本気で出来るとは思っていない。


でも、決心して始めたからには行けるところまでやり通したい。


「そんなわけで、しばらくは黙って見守ってくれると嬉しいな」


精一杯可愛いと思う笑顔を作り、僕はユーニスさんにお願いした。


「お嬢様……」


ユーニスさんは憐れむような、何とも言えない顔で僕を見下ろしていた。






しばらくして、この森に奇妙な鳴き声の怪鳥が住み着いた、と噂が立ったという。


ここまでお読み下さりありがとうございます。

評価、ブックマーク大変嬉しく思います。

次回より話を動かしていく予定です。

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