プロローグ~封印王国の王子様と人形姫~
「うん、これで婚約解消の手続きは完了だ。今までありがとう。ご苦労だったね、アルナータ」
王城内の執務室。この国の第一王子であるカイル・エルガーナ殿下は書類に目を通し終わった後、私にそう言い微笑む。
カイル殿下と私の婚約関係は、元々殿下の側の都合による仮初めのものである。
その都合が整うまでの間、面倒が起きないようにとあてがわれた謂わば虫除け役が私。
アルナータ・チェスタロッド。
この国、エルガーナ王国を支える直系二十諸侯の内の一、チェスタロッド侯爵家令嬢だ。
何故私があてがわれたかは、私の側の事情によるのだが、
まあ、それはすでにどうでも良い事だな。
殿下が7歳、私が5歳の時に始まったこの関係から10年。
随分と時間が掛かってしまったが、それも今日で仕舞いになる。
「結局最後まで『人形姫』の笑顔を見れず仕舞いだったね」
「そうですね」
人形姫とは、私ことアルナータ・チェスタロッドが常に表情に乏しい事を周囲が揶揄した仇名である。
最初は口に出さなかったカイル殿下も、付き合いが長くなる内に私の事をそう呼ぶようになった。
しばしの沈黙が流れる。
「もう会うことも……いや、また別の形で会うかもしれないけど……元気で」
「はい、殿下もお健やかに」
淑女の礼をして退出しようとすると殿下からお声が掛かった。
「弟達には会っていかないのかい?」
弟達……現在、王家にはカイル殿下の下に今年10歳の第二王子と9歳の第一王女がいる。
婚約が成立して後は父であるチェスタロッド侯爵の供として度々登城していた私は、話し相手、遊び相手として同じ時を過ごした。
しばらくしてチェスタロッド家に男児が生まれ、分別が付くようになると姉弟揃っての付き合いになった。
私の弟の方はどうであったかは定かではないが、
少なくとも私の方は実の兄弟のように、とまではいかないまでも良好な関係であったと思う。
「名残惜しくなりますので、このまま会わずに立ち去ろうと思います」
「そうか……いや、引き留めてすまなかった」
「失礼致します」
部屋を退出し、扉の横に控えていたカイル殿下の侍従に会釈をすると、同じく控えていた私の侍女であるユーニスを伴ってこの場を辞した。
◆◆◆◆◆
城門を抜け城の前の広場まで出て、ふと後ろを振り返る。いくつもの尖塔を持つ白亜の城――この国の象徴たる王城が目に映る。
彼は彼の道を進み、私は目覚めることなく元の道へ戻る。もし目覚めていたらどうなっていただろうか。
15年。これまでのことが思い出される。私が、父が、母が、してきた事の大部分は徒労になってしまったし、
今後の事を考えると母が不憫ではあるが、致し方あるまい。既に決まったことだ。
「お嬢様、馬車が到着しました」
侍女のユーニスの声に現実に戻る。
「ありがとう………っ?!」
チェスタロッド家が有する馬車に乗ろうと足を掛けた時だった。突然の頭痛に私は思わず顔をしかめて硬直した。
「お嬢様! いかがなされました!?」
「だ、大丈夫……張っていた気が抜けて疲れが出てきたのかもしれない」
額を押さえながら座席に腰を下ろし、仰ぐように顔を上げて深く息を吐く。額から手を離すとその指には汗が付いていた。
もしかしたら、この後に来る未来の事で体が拒否反応を示したのか。
私は大丈夫でも体が恐怖したのか。
「すまなかった、出発してくれ」
私とユーニスを乗せた馬車は王都の南に位置するチェスタロッド侯爵領へと走り始める。
そして私は目を閉じ、馬車に揺られるがまま暫しの休息へと意識を落としていったのだった。
私達が城を発ってから数日後、王令として国王自らが発表を行った。
第一王子カイル・エルガーナと侯爵令嬢アルナータ・チェスタロッドの婚約解消、
第一王子カイル・エルガーナの廃嫡と王籍剥奪。
カイル・エルガーナの王籍剥奪に伴い、
第二王子アベルト・エルガーナを王位継承権第一位とし、第一王子とする。
そして、その翌日。
王城内の一室にてカイル・エルガーナは自決をし、この世から去った。
封印王国。この国は他国からそう呼ばれている。
交流はすれども婚姻はするな、縛られるぞ、と。
端的にこの国を表現している言だと思う。
この世界にはいくつか国があるがその中でもエルガーナ王国は少々特殊だ。
国の為に人がある。
この国に生まれたものは、平民であっても、貴族であっても、王でさえも国の為とあらばその命が使われる。
生も死も使われる。
エルガーナ王国の存続の為にアルナータ・チェスタロッドという個人の命も消える
……はずだった。
◆◆◆◆◆
ふぁあぁぁ~~
あ~いま何時だろ?ずいぶん部屋が明るいけど。
『ようやくのお目覚めか。寝坊するにも程があると思うが』
一部助詞の修正をしました(2019/05/27追記)