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おっさんギルマスの徒然日記  作者: のたくま
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誰かの悲報はよく聞く

 儂は、いつにもない神妙な面持ちの秘書から「ギルドマスター個人へのお手紙が来ています」と手紙を受け取る。朝一の仕事は、儂個人宛ての手紙をみることだった。


 何も言わず受け取り、封を切る。

 至急を伴うものなら手紙なんかでは来ない。封筒なんざには入れない。

 さっと目を通そうと途中まで見たところで、一番最初からじっくりと読み、目頭を抑えてからため息をつく。

「……はあぁ~~、カンナ……エリックが死んだ」


 儂は、手紙をそのまま秘書のカンナへ渡す。

「やはりそうですか。いつも来る手紙の封筒でしたが、差出人が違いましたので……」


 だからか、手紙を差し出す時の表情は。


「こんな世の中だ、誰だって死ぬ。だが、あいつがなぁ……言ったか、あいつにはいつか帰ってきたら、このギルドマスターの椅子を譲りたかったんだ」


 儂の憔悴しきった表情と違い、すでにいつもの無表情に戻ったカンナ。

「何度も……とは言いませんが、フラムの深酒に付き合わされた際に」


 儂は酒に強い……が、どうしても呑みたいときはある。そうそう記憶を無くすことはないが、絡み酒になった時に言ってたんだな。

 確かに、言われてみれば言った記憶が蘇る。エリックが、《聖職者》のジョブから上級職の《ビショップ》になり、修行のために他の大陸のダンジョンへ旅立った時だ。あぁ、あの時は呑み過ぎたな。


「そうか……絡んどったんだろうな、すまん。……なぁ、今日の仕事は、辞めにして呑んでええか?」


「いいわけないでしょう、フラム。……といっても、すべきことはいつもとさほど変わりません。緊急のものはありませんし、今日の面会などの予定はありません。代わりに、鍛冶仕事をしてください。前々からの依頼であった装備品を仕上げてください」


 まずは注意を飛ばすカンナだが、考え直してくれたようだ。ただ、儂が考え直したくなった。

「……あぁ、わかった。なら、できるだけ依頼料をふんだくってくれ」


 いつもなら見世物用の装備品、ダンジョン攻略には必要のないものは気が乗らない。

 が、今日は過去の思い出を浸りながら、鍛冶仕事をしよう。




 儂はフラム・スミス。名前の通り、代々の《鍛冶師》の家系だ。

 先祖から繋がれてきた技術で、ダンジョンでも活躍できた。そして、ギルド『(はやて)なる翼』のギルドマスターの椅子を譲られ、今に至る。ギルドマスターの仕事をしながら、儂自身も鍛冶仕事に関する依頼も受け持つ。まぁ、ギルマスになってから長い時間が経つ。うちのギルドは安定したギルドになっている。




 昼には、いつもよりも丹念に仕上げた依頼品を最終確認をしてから、工房から出る。

 執務室では、カンナがサインすればいいだけになっている書類を広げている。


「仕上がりましたか、フラム? ではこちらにサインをお願いします」


 言われるままにサインをする。一応、目を軽く通す……じゃねえと、サインする責任がなくなるからな。

 まぁ、カンナを信頼しているから、安心してサインをする。


「依頼品は仕上げて、工房に置いたままだ。装飾の甘いところに関して、メモを書いて置いてある。そこさえ修正すれば、問題ない。ユージムのやつにメモを見るように言っといてくれ。これでサインするのは全てか?」


「その程度、自分で言ってください。サインはそれで問題ありません」


 カンナは冷たい。それを言うと、ギルマスとしての仕事が増えるので、いつも言葉を飲み込んでいる。


 さりとて、今日のすべき仕事は全て終わった。

 儂は、昼からの予定を詰めようとカンナの表情を伺う。

「言いたいことがあるなら、さっさと言ってください」


 そんな仕草が読まれたようだ。

「あ、いや、だいぶ気が晴れた。昼からは、この時間までギルドに居るやつをダンジョンまで引っ張っていって、尻を叩いてこようかと思っとるんだが……いいか?」


 儂の焦る物言いをゆっくりと観察してから、カンナが口を開く。

「……今日は仕事を頑張ってもらえるようですね。では、ダンジョンからお帰りになるまでお待ちしています」


 お許しが貰えた。カンナの気配を背に感じながら、執務室から出ていく。

「では、行ってきます」




 儂はギルドの一階に行き、併設されている定食屋兼酒場に向かう。うちのギルドは昼から酒は基本的に出してないので、昼間は飯を食うか、談笑しているパーティーがほとんだだ。


 談笑しているパーティーの一つに近づき、声を掛ける。

「打ち合わせでなければ、儂も席に入れてくれ。最近の調子はどうだ?」


 近づく儂に気付いていたようで、席を用意してくれる。

「いいですよ、ギルマス。最近は普通ですね」


 こいつらはまだまだ青二才の6人パーティーだが、リーダーの《魔法使い》のザールはしっかりものだ。

 そのザールが、パーティーメンバーの言葉を注意する。

「普通じゃないだろ? 今日だって、昼からここにいるんだから」


 少々険悪になりそうな雰囲気だが、儂は無視をした発言をする。

「いやいや、普通じゃわからん。良いか悪いかで言ってくれ。じゃないとわからん」


「普通」と言ったやつもザールも口ごもる。

 代わりに、《レンジャー》レステアの明るい声が響く。

「注意の仕方がおじさん臭いですよ、ギルマス?」


「おじさんなのは認める。だが、普通じゃわかんねぇじゃねぇか。ちゃんと教えてくれ」

 儂はレステアに合わして、明るく答える。


「普通」と応えた《ファイター》のブラハルトが、口ごもっていた口を開く。

「……普通とは応えたんですがね。ちょっと行き詰まってんですよ、実は」


 儂も、攻略者とギルマスの時間を合わせると長い。

 行き詰まったやつの表情は分かる。

「じゃねぇかと思ったんだ。ちょうどいい。儂が飯を軽く食ったら、一緒にダンジョンに行くか!」


 その言葉に一様に驚くパーティー。

「良いんですか、ギルマス? 執務室からカンナさんが見てらっしゃいますよ」


 儂を心配してくれたのは、《ソルジャー》のクトリアだ。

 というのも、ギルドの一階は二階にある執務室から見渡せるようになっている。執務室の一階側の壁が透明になっているのだ。


「大丈夫だ。カンナから許可は貰っとる。あいつは昔っからあんな目なんだ。気にするな」


 言った後で、儂も執務室を見やる。

 執務室からはカンナが見下ろしている……いや、見下しているようにも見える。

 儂は「あんな目」という発言を少々後悔する……気付かれてないよな?


 少し心配顔をしながらカンナを見る儂に、レステアがウキウキと聞いてくる。

「『昔っから』って、カンナさんとは長いんですか? っていうか、ギルマスって何歳なんですか?」




 カンナは最初からあんな目だった気がする。

 《鍛冶師》の儂が仕上げた武器や防具を買いに来た時に知り合った。儂の武器が気にいり、話しかけてきたのだ。

 それで、話も盛り上がり……一方的に儂が鍛冶のうんちくを話していた気がするが……その時もあんな目だった。


 カンナも儂と同じようで、代々の《武士》の家系だそうだ。

 遠いところから来たのばかりだったから、なんだかんだと世話を焼き、ギルマスになる時に秘書に任命した。

 だから、カンナがまだ攻略者の初心者のときからだから長い付き合いだ。




「儂は今年で40だ。カンナとはあいつが攻略者なりたての時からだからな、かれこれ15年になるんじゃねぇのか」


 儂の歳を聞いて、一同が絶句する。

 絶句する理由は知っている。儂はかなり老けて見える。

 口火を切ったのは、《パフォーマー》のローデルだ。

「だから、独身なんですね!」

一足飛びのツッコミというか、心の底から納得したらしい言葉がローデルから出る。


 儂は苦笑いを浮かべる。リーダーのザールがローデルを(はた)く。

「すいません! ギルマス! こいつにはしっかり言っておきます!」


 ザールにローデルが(はた)かれる様を見ながら、謝罪を受け入れる。

 この年になれば、結婚に関して言われることにはもう慣れっこだ。

「大丈夫だ、ザール。事実、独身だしな。だから、そんなにローデルを叩いてやるな。ちゃんと女の子として扱いな。儂は怒っとらんけぇな」


 周りが落ち着いたローデルは椅子に座り直し、儂を見て言ってくる。

「ギルマスはその口調とヒゲモジャで損をしていますよ。50には見えます!」


 一言多いローデルは、今度は《聖職者》のオーギーに無言で叩かれる。

「もうそんなに叩かないでよ、オーギー。いつも言っている『樽体型』とか『頭ツルツル』は言ってないじゃん」


 心の中で、「いやいや言ってるよ、それは」と呟く。

「まぁ、この年だから筋肉が脂肪に変わるし、最初は剃っていた頭もいつの間にか剃る必要はなくなってきたから、50に見えてもしゃあないな、ワッハッハッハ」


 実は、既にその辺のことは気にしてないので、笑い飛ばす。

 上級の攻略者なんか、人間の見た目に収まらないやつもいるからな。


 空気は硬いままだが、いくらか和んだところで、加えて言う。

「ただし、独身とかなんとかは、絶対にカンナには言うなよ! 殺されるぞ! 本当に!」


 その言葉を受けて、全員がカンナを方を見る……見てしまった。

 ……確実に、今度のカンナの目は俺たちを見下すように睨んでいた。


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