第1節 始動
この世界には魔法というものが存在する。
魔法は体内、外界、物質など様々なものにあると言われている。その概念を確立し誰でも簡単に魔法を使えるようにした偉大なる魔法使いがいた。
その名は大賢者 ”マーリン”
この世界で一二を争う国、ウィテカー王国はそのマーリンの直系の子孫が代々治める国であった。魔法魔術魔導の祖マーリンの知識と心を受け継いでいるため、どの代の王も領民に対しても常に良い施政者である。マーリンを輩出した国だけあり魔法に対する熱意や教育も盛んだ。故に、常に敵国に狙われることもなくまた己も他国にちょっかいを出すこともない平和で安全な国だ。
平和で安全なのはそれだけではない。目に見えぬバリアが国全体に張り巡らされているのである。
魔法教育が盛んなため、魔法使いになるための門戸も広くなっており簡単な試験はあるものの王国民ならば誰でも魔法使いとして生きていくことが可能だ。
それを実現するのが、”王立魔術学園”である。王城の後ろの山を越えた、王城の真裏に位置するこの学園は18歳から24歳までの6年間を魔術について学ぶことができる唯一の学園だ。
「ロイス・カルディア君」
そんな学園の、小さな講義室に先生らしき人の穏やかな声が聞こえた。先生は何度もその名を呼んだが、反応はない。そんな中静かな講義室には、僅かな嘲りの声がこそりと聞こえた。
「またカルディアの奴休みだぜ」
「今度こそついに落第させられるんじゃねーの?」
「先生も甘いよなぁ〜羨ましいぜ」
このロイスと言う生徒は、毎日のように講義を休み授業をサボるがなんと補講でいつも退学を免れていた。同じ講義を受けている生徒も実は彼のことはよく知らない。交流しようにも講義に来ないし、いつでもフードを目深に被っていて話しているところも見たことがないほどだった。しかし、なんだかんだ補講すれば合格点に届くのだからそこそこ頭もよく魔法のセンスもあるのだろう。
居ないのかね、と先生が出席簿にバツをつけようとした時、バタバタと緑のローブを着た者が講義室に走って入ってきた。フードを目深に被って居て顔まではわからないが、呼ばれていた生徒に間違いないだろう。どうやら遅刻で済んだようだ。一番後ろのはじの席に慌てて座った。
「…ロイス君、君は今日授業が終わったあと補講だよ。僕の授業ばっかり休んで…甘やかしすぎたのかなぁ?まぁいいや、これからの話をしよう。みんな、静粛に!」
シン、と一瞬にしてざわついた講義室は静かになった。
「今日は全学年合同でドラゴニスタ科の実習をするのは知っているね。召喚できていないものは第2講義室でドラゴン召喚をやってもらうよ。自分のドラゴンもしくは使い魔がいるものは竜舎に集まるように。あとはそこで詳しくきいてね」
ドラゴニスタはその名の通りドラゴンを使役する方法に長けたものあるいは使い魔召喚を得意とする生徒の学科である。この学園では、千人前後の生徒が入学するうち50人程度が適正があるものとして選ばれるが、ドラゴンを召喚し契約する魔法使いは多い。だが、だからといってドラゴンと交流できるかは別の問題だ。
ザワザワと生徒達が湧き立つ。ドラゴニスタ科は女生徒の割合がとても多いのである。一般的に女性の方がドラゴンとの相性が良くドラゴンを育成するのも長けたものが多いと言われている。つまり、女生徒を見たいのである。
この学園では四年生までは自分の学科のみならず別の学科の勉強をする。その授業の一環だろう。
あっ、と先生はごそごそとローブの懐を探ると小さな紙切れを取り出した。
「今週末に第3王子レオナルド殿下が学園に視察に来ることになっているんだけど…なんと!王子が同い年の第2学年の生徒とお茶会をしたいんだって!すごいよねぇ」
こともなげにさらりと先生は告げた。一気にドッと生徒たちが盛り上がった。第3王子はウィテカー王国の防衛と魔法騎士団や軍隊の指揮を担う王子である。王位継承権こそないものの、マーリンの叡智と魔力を受け継ぎ、国のアイドルの様に奉られている。
それでね、とまた先生は話し始めた。
「うちの学科から誰かお茶会に行く人を決めるんだけど、ランドシュタイナー君にお任せすることでいいよね、みんな?」
『賛成です!』
ランドシュタイナーくんとはこの学年のこの学科の首席の生徒である。ランドシュタイナーはふんぞり返って当然です!と言わんばかりにしている。
先生は大して興味もなさそうに、よろしく〜などと言っている。
「じゃあ、グリモワール科の諸君。授業をはじめよう。えー教科書の124pを開いて……」
緑のローブを着た生徒達は興奮を隠しきれないようだったが、授業が始まったため慌てて教科書を開いた。
皆が集中する中、ただ一人ロイスと呼ばれた生徒だけは見事に机に突っ伏して眠っていた。そこに先生からの分厚いグリモワールが投げられたのは言うまでもない。