第11節 魔鳥
魔鳥は、はるか昔に雪山に生息していた白い鳥が魔力を帯びて魔獣化したものと考えられている。しかし、ドラゴン達しか知らないため、おそらく人間の言い伝えには残っていない。これは、人間がまだ文字という文明がない時代に起こったことではないかと考えられる。
ロイスは自分の瞳に禁呪を掛け、結界の解析を行っている。他の者達は、ジュニアから魔鳥について詳しく聞き出しているところだった。
「…結界の解析をしたけど、結界というよりは魔力を含んだブリザードによって円形に風を回しているみたいだね。壊せないものじゃないみたいだ」
「ですが、ブリザードが消せない限り、手が出せません」
「ま、それについては大丈夫だと思いますよ」
冷静なリリィの質問に、ロイスも穏やかに答える。既にロイスの中には作戦があるようにも見えた。
「アンジェラの力もそう長くはブリザードを止めていられない…今から俺が指揮をとります。これから言う作戦には全員の協力が欠かせません。いいですね」
『YES!Sir!』
「討伐要員として、俺とジュリアス、リリィさんの3人で行きます。ドラックイーン親衛隊のうち8人は、八角第一級広域防衛結界を作成し討伐時に発生する魔法の影響を最小限にしてください。残りの人達で魔獣及び民間人が来た場合の排除と誘導および魔力切れを起こした場合の交代要員。一名はドラックイーンさんのところに戻って状況を説明…ここまで、いいですか?」
ロイスも含め、全員軍人だ。無言で真剣に聞いている。そして、この中で一番偉いのはロイスである。いいですか、と言われても彼らに否やは許されない。
実際、ロイスが立てた戦略は一番”生きて帰れる”可能性が高く、かつそれぞれの実力をわかっている配置であった。超級魔法使いであるロイスとジュリアス。特級魔法使いでありながら後方からの援護、回復に長けているリリィは何度も一緒に修羅場を乗り越えて来たのだ。3人で討伐に向かうのが一番合理的だ。ドラックイーン隊が行う八角第一級広域防衛結界は、八角形の形になるように8人が並び、四角形を交差するように重ねて対象物を囲う結界だ。全員が第一級広域防衛結界を張れるかつ、維持できる魔力を持つからこそできる方法だ。
「では各自持ち場についてください。結界が張ったのを確認したら討伐を開始します」
イエッサー!と隊員達は各自走って行く。ロイスはそのうちの1人、アレクサンドリアを呼び止めた。アレクサンドリアは、フェリの友人カナンの父親である。ここ数年ですっかり白い髪になったが長年ドラックイーンの親衛隊副隊長を務め、周りから信頼されていた。また、ドラックイーンに認められた瞬時の判断力と団員を強制的に王城に帰す強制転移は戦闘において非常に役に立つ。ロイスも、アレクサンドリアを信頼していた。
「アレクサンドリアさん、ちょっといいですか」
「ん、なんだい?」
「俺たちが討伐している間指揮を頼みます。それと…万一、討伐に失敗したら…結界を維持して、ドラックイーンさんを待ってください。あと、アンジェラもあなたに預けます」
「わかっているよ。ロイス君、我々は君達が何も心配しないでいいようにするのが仕事さ。安心して戦ってくるといい。まぁ、君のことだからなんてことない顔をして戻って来るだろうからね、ははは!アンジェラちゃん、おいで」
アレクサンドリアは軽やかに手を振って、指示を待つ隊員達の元に歩いて行った。アンジェラはロイスと一緒に行きたいと鳴いた。しかし、曖昧に笑ったロイスにアレクサンドリアの所に投げられてしまった。フェリの大事な愛竜を一緒に連れてはいけないのだろう。仮契約を結んでいるアンジェラはロイスに逆らえず結局パタパタと飛んでアレクサンドリアの肩に止まった。
「さてと、準備はいい?二人とも」
「いいよぉ」
「もちろんです」
我も準備は万端だ!とジュニアはくるくると鳴いた。
キィン、と音がした。四角形の薄青い結界が張られた。次いで、八角形になるようにもう一つの四角形の結界が張られた。それらは融合すると円形になりすっぽりと魔鳥の周りを結界で覆った。これで思う存分魔法を使えるというものだ。
ロイスが、ジュニアにチラリと目配せした。
「ジュニア、ブリザードを止めろ」
「主人が望むなら…太陽神よ!我に力を!」
魔鳥は未だブリザードの結界の中。ジュニアは自らの魔力を掌に集め始め、西瓜ほどの大きさにするとブン、と空高く放り投げた。その玉は魔鳥の真上でピタリと止まると、カッと辺りをまぶしく照らした。
ジュワッと、魔鳥の周りの雪が水となり、風はすっかり凪いだ。
ジュニアの特性である太陽を作り出し、天候を無理やり日照りの様な暑さと陽射しにしたのである。ジュニアにかかれば擬似太陽を創り出すなどわけもなかった。
ギュオオオォォン!
魔鳥が異変に気がついた様だ。魔鳥のその姿は、巨大な白い鳥と言えばそうだ。しかし、魔獣らしく異様な魔力と殺気を発していた。
「行くぞ」
「うん。行こう」
ロイスとジュリアスは互いの顔を見ながら言った。ゴゴゴ、と地響きの様な音がした。八角第一級広域防衛結界が完全に完成したようだ。これで魔鳥は逃げられない。正確に言えば、ロイス達もだが。
ロイスがフッと消える。次いで、ジュリアスは駆け出した。
ロイスは魔鳥の真上に転移していた。愛用のナイフを手にしている。そのナイフから焔が長く伸びている。魔鳥の頭にめがけて斬撃を行う。それとほぼ同時にジュリアスの雷撃が魔鳥の足元に放たれた。
バチィッッ
「…結界か」
「魔獣なのに結界張れるとかなんか興奮してきた!」
異常性愛をいきなり発揮しだしたジュリアスを完全に放置し、ロイスは一旦魔鳥と距離を取る。
魔鳥とて、ただやられているわけにもいかない。大きく鳴いたあと、翼を広げ、バサバサと風を巻き起こす。それは冷たく氷の柱を伴っており、3人に氷柱が縦横無尽に降ってくる。
3人は結界で身を守るしかなくなった。ジュニアが先ほど創り出した太陽の光を強くするが、中々気温が上がらない。
じっと動かなかったリリィはローブの内側から魔道書を取り出した。リリィのグリモワール『我が愛すべき精霊王』の出番だ。
「”火精霊の宴”」
「”王の御前”」
「”愛すべき愛玩植物”」
リリィは続けて3回言葉を紡いだ。魔道書は勝手にバラバラと捲れ、文字がふわりと浮いたかと思うと、それらは顕現した。
火精霊達が現れ結界の回りでふわふわと踊り始め、魔鳥がどれほど羽ばたこうとも風は起きない。
「ジュリアスさん、離れて!」
リリィがパタンと魔道書を閉じると、魔鳥の足元から巨大な蔦が現れ、魔鳥の脚に絡みつく。それはグングンと大きくなり、地面に脚を引きづり込もうとする。
魔鳥の結界は地面には張っていないことを見抜き、地面を利用した奇襲だ。
ロイスはこの機を逃すまいと雷魔法を数度魔鳥に放つ。結界を壊すためだ。ジュリアスも興奮しているが土魔法で内側から魔鳥を攻撃する。
魔鳥が悲鳴をあげる。怒ったぞと言いたげに鳴くと、魔鳥の身体は見る見る大きくなり、囲っている結界ギリギリまで大きくなった。蔦が絡まっていた脚も、足踏み一つで蔦を剥がしてしまう。
「まだ大きくなるのか!」
「主人!すまん、どうやら子供ではなく成体の魔鳥だったようだ」
「…」
それはどうでもいい、とロイスは突っ込みたくなったがあえて突っ込むのはやめた。結局、子供でも成体でも討伐はしなくてはならないからだ。
空中に浮遊したまま、魔鳥からの風攻撃を避けているロイスはすぐにジュリアスにテレパシーを送った。
<ジュリアス、ブルーローズを出す。時間を稼いでくれ>
<はいよ〜>
<私は結界を壊します。こちらも時間がかかるのでジュリアスさん、よろしくお願いします>
<ええっ…!?>
ロイスがその場から消えた。否、正確には見えなくなった。透過魔法を使い、自らの姿を見えないようにしている。案の定、魔鳥は狙いを定めていたロイスが消えてキョロキョロとしている。その視界に飛び込んできたのがジュリアスだ。わざと魔鳥に見えるようにロイスの側に転移し、魔鳥が嘴で攻撃して来ようとするのをひょいと避ける。それを繰り返し、時折攻撃をするふりをする。
魔鳥の興味は完全にジュリアスに移った。
ロイスは魔鳥の背後に回り込み、”ロード・ブルーローズ”を展開する。ブルーローズは、幾重にも魔術式を織り込んで展開していくため、多少発動まで時間がかかる。ジュニアも、攻撃を代わりに受けたり風を操り魔鳥の攻撃を反らしたりとジュリアスのフォローをしてくれている。
一方、未だ地面にいるリリィも、魔術式を展開していく。魔鳥からすると、地面は小さ過ぎて見えていないのだろう。ロイスから見ても豆粒くらいにしか見えない。
リリィの魔法は全て精霊から力を得て行うものだ。リリィは精霊王に気に入られており、魔力は全て精霊から受け取り放出する。今回は、大精霊の力を借りるらしい。
「…ロード・ブルーローズ…」
「闇の大精霊よ!私に力を!ーー闇への誘い」
リリィが叫ぶと同時に、黒い靄が辺りを覆った。この精霊魔法は、闇の大精霊が対象者に悪戯を仕掛ける時に行うものだ。闇精霊は悪戯をするのが好きな精霊で、対象者に結界を貼られると悪戯を仕掛けられないため結界を無効化して連れ去るという趣旨のものだ。しかし、現在闇精霊も昔ほど悪戯をしなくなり、廃れていった文化ではあるがこういう場合には有効な魔法だ。難点は、敵味方関係なく結界を壊すところだ。
慌ててロイスはジュリアスのローブを引っ掴んでリリィのそばまで降りてきた。ブルーローズがひらひらと周りに漂っている。
「リリィさん…これ使うときは言ってくださいよ」
「…攻撃するなら今です!」
「お前、さては身内の結界も壊れるの忘れてたな、あははは!」
笑い事ではない。魔鳥の鋭利な嘴がまるで天から降り注ぐように、三人めがけて突き刺さる。巨体から繰り出される地面を突く攻撃は、恐ろしいものだった。三人は別方向にそれぞれ跳びのき、三人とも瞬時にアンチ闇魔法を自らにかけながら攻撃に転じた。
アンチ闇魔法をかければ、少なくとも自らの結界を無効化することはなくなった。急いで弱らせ、討伐しなければ!
だが、魔鳥から次々に繰り出される翼や嘴、脚を使っての攻撃は止まない。当然だ。魔鳥とて、むざむざ殺されたくはないだろう。
翼攻撃による風圧で中々思うように動けない三人を、ジュニアがフォローする。
「我は宇宙に連なるものなり。太陽よ、輝け!風よ、穏やかたれ!」
ジュニアが天候を操作したようだ。段々と効果が薄まってきた擬似太陽をまた輝かせ、風を凪いだ状態に整えた。
三人とも選んだ得物は一緒だった。ジュリアスは腰元にあった長剣、リリィはレイピアに似た細剣、ロイスは愛用のナイフ。皆、剣を握っている。
得物の形は違えども、彼らにとってそんなことは些細な問題だった。
超級魔法使いガーゴイルが編み出した、剣に魔力を纏わせて攻撃する”魔法剣技”は遣い手の意図に合わせて纏わせる長さや形、属性などを変えることができるからだ。
そして彼らは、魔鳥の胴体めがけて剣を振るう!
ザクリ、と肉が切れる音がした。三人とも、確かな魔鳥の肉を割いた感触があった。
ギュオォッ!グゴォオッ!!
魔鳥が叫ぶ。魔鳥は死んだかのように動かなくなった。
その時だった。
魔鳥のイメージはライチョウ(冬の白いバージョン)です。