第10節 北部の村
翌朝、北部に救援に向かう面々が集められていた。
ロイス、ドラックイーン、それにドラックイーンの親衛隊員達。そこには、ジュリアスとリリィも居た。そのほかに、北部が出身の魔法使いも数人合わせた10人ほどの救援隊である。各自防寒着に身を纏っている。
ギギィ、と部屋の扉が開くと金色のローブを身につけた小柄な女性が現れた。後ろには2人の同じローブを着た男性が2人付いてきている。その小柄な女性は、すぐに駆け出して、ドラックイーンに抱きついた。
「お姉様!」
「ミリィ♡あーん今日も可愛いわぁ♡今回もお姉様がミリィとずっと一緒よぉ〜♡」
「お姉様ったら〜私頑張りますわっ」
ミリィこと、ミーティリア・エルフは、ドラックイーンの実の妹である。ドラックイーンの方が20センチほど背が高いのもあり、姉妹というよりは親子のようだが。しかし、ミリィとドラックイーンは瓜二つで、ドラックイーンを小さくしたのがミリィの様に見える。
ちなみに、白髪に白い瞳は古くにいたエルフ族の末裔の証であり、エルフ家は特にエルフの血が濃い。男も女もみんな真っ白である。フェリの容姿も、おそらく父方か母方がエルフの末裔だと考えてよい。
ミリィは王立治療院の院長、つまり最高位の治癒医師である。その類稀なる治癒力とドラックイーン同様の魔力量と薬学の知識は、過去最高の治癒医師の名に恥じないものだ。しかし、欠点としてノーマルと治癒魔法しか使えないのである。そのため学園に通う年齢ではあるが王立治療院に所属しているわけである。そして、その妹を守るためにドラックイーンはこうしたミリィ絡みの任務には必ず同行している。ボディーガードみたいなものである。
「ドラックイーンさん、行きましょう」
「あら、そうね、行きましょう!」
ジュリアスが苦笑しつつも、ドラックイーンに声をかけた。ドラックイーンは嘘の様に真顔になると、ミリィと手を繋ぎ、隊員達に声をかけた。
「北部の中心地、スノ洞窟に転移します。皆、いいですか。3、2、1…」
ドラックイーンによって転移して隊員達がまず思ったのは、寒いであった。スノ洞窟は北部の者達が生活している。洞窟なので暖かく、風もないはずだが。今はひんやりどころではなく寒い。洞窟でこれなら外はどれだけ寒いのだろうとロイスは小さくため息をついた。おまけに、普段は活気付く洞窟も人っ子一人居ない。
雪竜であるアンジェラは寒くなさそうだがジュニアは慌ててロイスのローブに潜り込んで暖をとる。
とにかく、対策を取るためにこの洞窟を基地とすることにし、北部出身の何人かに外の様子を見てきてもらうことにした。
「ジュニア、アンジェラ。これ、つけて」
「む?なんだこれは?」
「俺が作ってみた冷気遮断と体温調整機能のついたネックレス。一応一週間分程度は保つようにしてあるけど…試作品だからなぁ…」
とは言いつつ、まずジュニアにつけてみる。赤い炎がチラチラと揺れているようにみえるその石に穴を開け、紐を通しただけの質素なネックレスだ。
ジュニアはつけてもらった瞬間、暖かな空気に包まれた。アンジェラもびっくりしたように目を丸くしている。
ロイスはその膨大な魔力を何かの時に使うため、魔法を貯める魔法石や貴金属にその魔力をためている。その魔法石に冷気遮断と生命維持という禁呪をかけてみた。ただそれだけの代物ではあるが、おそらくロイスにしか作れないだろう。
「うむ!暖かいぞ!」
「うん。適当に作った割にうまくできてるね。俺たちも外に偵察に行くか?」
「ロ、イ、くぅ〜ん?私達にはそれくれないわけ〜?」
「…いや、救護者用に…」
「ミリィちゃんがいれば救護者は全員大丈夫なんだからミリィちゃんに渡しなさい。あと私にも。早く!」
「………はぁ…まぁ、いいですけど…一応ジュリアスとリリィさんの分もたくさん作ってあったし…」
ロイスはざっと知り合いにそれを配った。皆どこかホッとしたような雰囲気に変わり、偵察組を待つ。
30分程して先に外の様子を見に行った北部出身の何人が戻ってきた。その髪やまつげ果ては鼻水まで白く凍り、ブルブルと震えている。すぐにロイスは自作のネックレスを渡した。
「外の様子はどお〜?」
「すごいブリザードです。目的の地域に行くにはブリザードが止まない限り行くのは不可能です。その村に近づくに連れてどんどんブリザードが強くなって…まるで村がブリザードを起こしているみたいです」
「あらそうなのぉ…でもなんとかして村に行かなきゃ行けないのよねぇ。ロイ君、どうする?」
「そうですね…アンジェラの力を借りましょう。ブリザードを止めること、できる?」
ロイスが肩に乗った仔竜姿のアンジェラに聞いた。ピャーッと元気よく鳴いたので大丈夫のようだ。ジュニアの実力はロイスもよくわかっているので今更聞く必要もないだろう。
天竜はドラゴンの中でも、天気や空気を操ることに長けたドラゴンを指す。そんな天竜の頂点に立つのが竜皇、と言いたい所だが頂点に立つのはジュニアである。ジュニアは天を操る属性として”太陽”を司っている。つまり天候を夜から昼に変える事も、日を沈め夜に変える事も、天気を晴天に変える事もできる。それに伴い、寒暖のコントロールや雨量や積雪量の調整もお手の物だ。
それ以外にも空気中の水分や、真空化など空気中の成分もジュニアは操ることができる。
一方、同じ天竜でも”雪”を司るドラゴンであるアンジェラは、ジュニアとは違い雪を降らせたり冷気を調整したり、はたまた雪を溶かしたりできる。氷、雪属性のドラゴンと考えてよい。
同じ天気、天候、空気を操るドラゴンに変わりはないが、より強大な力を持つ銀河系天竜と特定の天気のみ操ることのできる天竜とでは違いがある。
大きい天竜という括りでも数10頭程度の数だが、銀河系天竜は竜皇の一族と稀に産まれてくる個体程度しかいない。希少な存在だ。
ロイスは隊員達を集めて、言った。
「ドラックイーンさんと医師達はここで待機してください。他の隊員達と救出に向かいます。救護者がいる場合は、メタスターの誰かに運ばせるつもりです。それでいいですか?」
「いいわ。こちらでも簡易の診療所を用意して待っているわ。みんなテレパシーの使える隊員達だから何かあったらすぐに連絡してちょうだい。くれぐれも無理はしないで」
「わかっています。行ってきます!」
一行は防寒ローブを纏い、ロイスのネックレスをつける。北部出身の道案内を先頭に、救出に向かうことになった。それをドラックイーン達4人が見送った。
一行が外への出口に着くと辺りの視界は真っ白だった。ネックレスのおかげで寒さは感じないものの、歩く事もままならない風が吹きすさんでいる。
ロイスは肩に乗るアンジェラを人型にし、このブリザードを止めるように頼んだ。
アンジェラが頷き、手のひらに光の玉のようなものを集めるとそれを空に放つ。光はぱあっと広がり、雪は徐々に止み風もおさまった。
「村の場所はここからどの方角ですか?」
「北の山の麓です。あちらですね」
ロイスは道案内に確認する。超級魔法使いとして先に行きたい所だが、そうもいかない。
「…ジュリアス、道を作るから道案内と一緒に先に行ってくれ。魔獣の排除と視察を頼む。俺たちも後から向かう。ジュニア、雪が邪魔だ。溶かせ」
「了解だよ〜!めんどくさいから道案内君抱えて走るよ!」
「うむ。主人、行くぞ」
ジュニアは口から炎をゴオ、と吐き出した。小さな身体からは想像出来ないほどの大きさで村のある方角の雪を溶かして蒸発させた。
道案内をガッと肩に抱えたジュリアスは飛び出す。うわぁと悲鳴をあげる道案内はお構い無しで突き進む。
ジュリアスが走り出したあと、ロイス達も歩き出した。
最初にロイス、後ろにはリリィがいて警戒を続けながらの旅だ。
「アンジェラ、雪はどのくらい止めていられる?」
「そうね、三時間は持つと思う。また雪がちらついてきたら止めるけど…魔力がどれだけ持つかわからないわ。一度に結構魔力を使うの」
「そうか…次はジュニアにやってもらうから、休んでいて。ジュニアと交互に広域魔法を使おう」
「わかったわ。…そうそうロイス、一箇所だけブリザードを止められなかった所があるわ。何か変よ。私の魔法が効かないなんて…そこがブリザードの原因かも?」
「ふーん…ジュリアスに伝えておくよ。村人の救出が終わったら見に行ってみよう」
ロイスはアンジェラの情報をジュリアスにテレパシーで伝えた。ジュリアスからは了解と返事が来たが、ロイスとしては心配だ。
北の村はスノ洞窟からそう遠くはない。今見えている針葉樹林を抜ければすぐに見えると道案内は言った。
一方、ジュリアスと道案内は村を目前に控えていた。
「な、なんですか!?あれ!!」
道案内は驚いたように言った。村がある場所がすっぽりとブリザードで覆われていた。これ以上は近づけないと、ジュリアスは先に進めなかった。しかし、ジュリアスも無能ではない。浮遊魔法を使い、ブリザードに巻き込まれないように距離を取りながら上空からその規模を把握することにした。結界のようにドーム状のブリザードに村が包まれている。いや、中心部に何かある。いや、何か巨大なモノが居る!
まずい、と感じたジュリアスはすぐに道案内を抱えると元来た道へ戻る。近づくのは危険だ。
後から来たロイス達もジュリアスに合流した。
「ジュリアス!どうしたんだ?」
「ブリザードの原因がわかったよ、ロイス…村だ。村自体がブリザードを起こしていたんだ。正確には、村に居るナニかがね!!」
「!!」
アンジェラが言っていたブリザードを消せない部分は村そのものだったようだ。
ジュリアスはすぐに隊員達に自分が見たものを説明した。
「中心部に居たのは、白い大きな鳥のようだった。遠くから見たけど、かなりでかい。羽を伸ばしたらこのブリザードの結界くらいはあると思うよ」
「新種の生物か…?中の状況が知りたいが…村人達は…?」
「………主人よ。我らに心当たりがあるぞ」
「…ええ…多分、ですけど…」
ロイスの肩に乗る二頭のドラゴンが二頭して顔を見合わせて言った。
「我らドラゴンの一族に伝わる話であるが、その昔大陸が氷河期を迎えたことがあった。その氷河期を起こしたものの名は”魔鳥”。魔鳥はその莫大な魔力で大陸を支配し、ドラゴンの王、まぁ昔の我の先祖が食ったと言われている」
「話によれば、ドラゴンの完全体と同じ大きさと言われて居ますのでそこにいる魔鳥はまだ子供なのでしょうね…」
「…子供であのサイズなの?!ロイス、僕ら死ぬ?ねえこれヤバくない?竜皇じゃなきゃ倒せないとか死ぬ???やばくない???」
ロイスは超級魔法使いのくせに何言ってんだとジュリアスを蹴っ飛ばしたくなった。
ドラゴンの国では、ドラゴンは完全体として巨大な姿で存在している。ざっとウィテカー城くらいだ。
それはともかく、ジュニア達の話を総合しても、村に魔鳥がいることに間違いはなさそうだ。しかも、魔鳥ということは魔獣の仲間である。すでに村人たちは…いや、どちらにしろこのままにはしておけない。
ふぅ、とロイスはため息をついた。一同も若干げんなりしているのがわかる。しかし、ロイスは真剣な顔つきで言った。
「魔鳥狩りだ」