第9節 束の間の日常
王の話によれば、王立治療院の準備が整うのが明日になるとのことで、ロイスには束の間のゆったりとした時間が取れそうであった。
昼頃にじいやがフェリに会うと言いだしてから、任務のためフェリに会いに行くことになった。学園は休みで、フェリは学校の友人とチーズケーキの店に居る、とヘラから聞いた。
「…くれぐれも余計なことを言わないでくださいよ」
「ほっほっほっ」
控え室でロイスはじいやに釘を刺したが、じいやは取り合ってくれないようだった。ため息をついたあと、ロイスは瞬時に転移陣を展開し、次の瞬間には店の前にいた。
人気店ということもあり、入店を待つ列や持ち帰りの列など人で溢れていた。ロイスとしては、別にアンジェラを借りるだけだからサッと行ってアンジェラを預ろうと思っていたが、じいやはそうは思っていないようだった。チーズケーキの店、ではなく別の王族御用達の紅茶店に話をしに行った。
「ロイス君、雪竜の主人殿を迎えに行ってください。あちらの紅茶店で静かに話をしましょう。あ、そうそうお友達にこちらを渡してくださいね。食事代も私が払っておきましょう。さ、お行きなさい」
「…」
じいやから手紙を受け取ると、ロイスはあえてフェリの隣に転移した。
フェリと一緒にいる生徒は、ドラゴニスタ科のクラスメイトだ。カナン・アレクサンドリアといい、よく一緒に遊んでいるようだ。アレクサンドリア家は、最近魔法貴族となった家系である。アレクサンドリア家については、カナンの父が特級魔法使いであるためロイスはカナンの父の方に世話になっている。
急に現れたロイス、いや超級魔法使いに店内が騒つく。フェリ達以外にはフードを被っていて誰かわからないが、とにかく超級魔法使いが現れたと言うだけで驚きなのだ。
ロイスはフェリに体を寄せ、小声で耳許で囁いた。
「フェリ、ちょっと一緒に来て。あっカナンさん、これ。あげる」
「えっ?!ロ、ロイス!急に…」
「カナンでいいって。デート?じゃ、また明日ねーフェリ!」
「ちょ、カナ、待っ」
ロイスはフェリと転移し、カナンだけがテーブルに座っていた。実に1分ほどの時間だ。
フェリからロイスについては良く聞いているが、付き合っていないと聞く。しかし、どう考えても2人は友達とはいえない距離感なのである。
やっとカナンはロイスと直接話せたとフェリには悪いが、フェリを回収に来てくれて嬉しかったのである。
そして、ロイスから手紙を預かったので開けてみる。
中は、煌びやかな装飾をした魔法で書かれたチケットであった。カナン・アレクサンドリア御一行様とわざわざかかれている。
「キ、キングスティーの食事無料優待券?!やっば!」
キングスティーは、王族御用達の紅茶店のことである。レストランがあるがもちろん一部の名門貴族や王族しか利用できない上に、完全紹介制だ。誰かに紹介されて初めてキングスティーのメンバーになれるのだ。
ロイスがカナンからフェリをとったお詫びなのだろう。カナンは改めてフェリの彼氏(仮)のすごさを知った。
更に驚いたのは、会計を済ませようと店員を呼んだら「すでに頂戴しております」と言われたことだ。余りにも完璧すぎてカナンは引きつった顔で笑うことしかできない。
「フェリ、あんためちゃめちゃいい彼氏いるじゃん…最高かよ…あー!私もイケメンで強くてお金のある彼氏欲しい!」
そんなことを呟きながらも、カナンはさっそく家に帰って父に話そうと走り出した。
一方その頃、フェリは倒れそうだった。ロイスに無理矢理転移させられた先が、高級紅茶店だった。のはまだいい、目の前にはかの有名なじいや様が居たのである。
キングスティーのエントランスは広く絢爛で、メイドや燕尾服を着た給仕までずらりと並んで、フェリにこうべを垂れる。ロイスがさらりと、俺の大切な人だから、良くしてやってくれ、と言う。
それでなくても、フェリは店の上客として下にも置かない対応でさらに焦ってしまう。
「ほっほっほ、ティーマダム、彼女に着替えを。我々も着替えましょう。ここはドレスコードがありますからねぇ」
じいやが微笑みながら穏やかに言った。
ティーマダムとはこの店を仕切るおかみさんの様な存在だ。つまり店主である。キングスティーマダムと呼ばれ、数々の上客を相手にしているだけあって、礼儀正しく背筋もピンとしている。
「もちろんですわ!さぁさぁお嬢様!こちらにいらして!!」
ティーマダムはフェリをエントランスから別の部屋に案内した。そこには煌びやかなドレスがずらりと並んでいる。
すぐさまフェリはティーマダムによって美しいドレスを身につけさせられ、化粧や髪を整えられる。
「どうしてこんな…申し訳ないです!この店に入れるほどうちは貴族でもないし、お金もないんです。その、それに、私はロイス…君の友達なだけで…」
「うふふ、ロイス坊ちゃんが大切な人と仰ったならそれだけでお嬢様はうちの一番のお客様ですの。当主…いえ、若かりし頃のじいや様とロイス坊ちゃんの御生家カルディア家はキングスティーの創設に関わっておりますの。じいや様はこの店の主人なんですよ。ロイス坊ちゃんのお祖父様に当たる方が、うちに多額の費用を出資してくださっていたの。 ですから、そのお二人から紹介されたフェリ様はキングスティーの超超超最重要最高顧客なんですの。うふふ、ロイス坊ちゃんたら、外堀から埋めて行くタイプなんですね」
「…なんというか、ロイスには驚かされてばっかりだからもうむしろこれくらい当たり前じゃないかと思えてきた…あの、外堀ってどういう意味なんですか?」
「うふふ、うふふふふ♡秘密ですわ♡さぁさぁ!お食事会場に参りましょうね」
フェリが別の部屋に入って行くと、正装を着て座っている超級魔法使い2人が居た。じいやはそのまま燕尾服だが、ロイスは仕立てられた王国近衛服の上に超級魔法使いのローブの上部のみを肩に羽織っている。これが、超級魔法使いの正装である。超級魔法使いのローブはいくつかあり、ただのローブや上部に飾りのついたローブや短いローブ、片方の肩にかけるだけなど超級魔法使いの好みで身につけられる。ロイスは大体上部が背中程度で切れておりその下に別の生地が長く伸びた二段ローブを好んで着ている。ただ、白地に金刺繍だけは変えられない。
それはさておき、フェリは部屋の入り口でぼうっと突っ立っていた。普段見ているロイスとは違って、髪をオールバックにして、軍服を着た姿はあまりにも格好良くて、ドキドキした。
ロイスも、ロイスの瞳の色に良く似たドレスを着たフェリがあまりにも美しくていつになく興奮している。
「…俺の瞳の色に合わせるとは、ティーマダムもやってくれたな」
「ほっほっほっ。じいもなんだか感慨深いものがありますなぁ!ほっほっ、フェリ嬢、こちらにお座りください」
「はっ、はい!」
フェリが慌てて椅子に座ろうとすると、それを制して、給仕が椅子をそっと引いた。なんだかマナーを知らないことが無性に恥ずかしく感じた。
だが、ロイスもじいやも気にしていないようだった。
「食事が運ばれてくる間に、私から話をしようかの。フェリ殿、あなたのドラゴンを喚んでいただきたい」
「え?え、ええ。…アンジェラ!」
ドラゴンや使役する使い魔は、最初こそ魔方陣を使って喚び出すが、一度契約すると魔法回路が繋がって思考や位置、感覚などを知ることができる。そのため、大概使い魔の名を呼ぶことで喚び出すことが可能である。また、勝手に出てこれるのでジュニアがロイスの状況に合わせて出てきてしまうのも難点だ。
アンジェラが人型で現れると、何故かジュニアも一緒に現れた。
はぁ、とロイスは面倒そうにため息をついた。
「どうかしたの?フェリ」
「主人!!!我を捨てる気か!!??」
ジュニアがアンジェラを遮って吠えた。
「捨てるなんて言ってないだろう。お前も一緒に連れて行くと言っただろう?」
「だがアンジェラと仮契約を結ぶではないか!我とは仮契約すらしてくれぬのに!酷いではないか!!」
「仮契約だから任務が終わったら契約を破棄する。それでいいだろ?大体、俺は昔からジュニア以外のドラゴンと契約するって言ってるのに、お前が勝手に無理矢理俺と魔法回路を繋げたんだからもういいじゃないか。何が不満なんだ」
「だから我も昔から本契約しろと言うておる!!我以外に主人のドラゴンが務まるものか!」
ロイスとジュニアの喧嘩が始まった。
ロイスは幼い頃に召喚ではなくジュニアと出会い、ジュニアに気に入られ、なんとジュニアはロイスが寝てる間に魔法回路を勝手に繋げてしまったのである。それ以来、ドラゴン召喚陣を出しても出るのはジュニアで、じゃあ他の種族の使い魔を出そうとしても何故かジュニアが出てくるのである。
ロイスがジュニアと契約しないのは、ジュニアを嫌ってではない。むしろ出来るものならしたい。だが、ジュニアは竜の国の次世代を担う皇子としての側面もある上、竜皇からジュニアを次の竜皇にすると明言されている。竜皇を使役することは国王ですら不可能である。人間が使役し、ドラゴンという種族を滅亡、悪用されないためだ。
しかし、ジュニアはロイスがドラゴンを滅亡に追い込むように使役するなどするはずもない(現在のロイス1人でほぼ壊滅状態にできる)とわかっている。ジュニアを一番理解し、またロイスを一番理解しているのがジュニアである。何度もジュニアは竜皇にロイスと契約したいと言っているが竜皇は首を縦にふらない。おそらく一生振ることはないだろう。
「フェリ殿、アンジェラ殿。我ら超級魔法使いに課せられた任務に天竜が必要なのです。仔細は言えませんが、極秘任務とだけお伝えします。それで…アンジェラ殿をロイス君にお貸し願いたいのです」
「ご、極秘任務!………アンジェラ、どうしたい?アンジェラが決めていいのよ。危険かもしれないし…」
「…行くわ。人間界の問題はいずれ竜界にも影響が出ます。それに…あの状態のシャルンを1人にする方が極秘任務より危険ですから」
ロイスとジュニアは未だに言い争っていた。契約するしないの堂々巡りである。
はぁ、とアンジェラはため息をついてジュニアの醜態を眺めているが、段々とイライラしてきたようだ。
フェリはキングスティーの料理を堪能して居てそれどころではない。
「シャルン!いい加減にして!主人にふさわしいと思うならその主人の意思や決定に従うことよ!!あまり駄々を捏ねるとロイスに魔法回路を切られるわよ!!!」
「えっ魔法回路切れるの?やり方おし…」
「あーるじ!!我は寛容だから此度は許そう!!!主人がドラゴンを二頭従えているのも悪くない!!!な??!!」
「………まぁ、いいや。じゃあ、とりあえず決まりだね!」
回路を切る気はないがいざという時に切れないと困るので聞いておきたかったのだ。だがジュニアが慌てて文句を言うのをやめた。よほど切られたくなかったらしい。
じいやもおかしげに笑っている。
ロイスはやっと料理に手をつけ、いつもの無表情に戻った。
「明日は早いですから、早めに出ましょう」
「まだ俺前菜なんだけど…」
「ほっほっほ。それはロイス君が食べ始めるのが遅かったからですよ。大丈夫です、マダムに持ち帰りできる食事をいただいていますよ」
「ふーん…」
では、とじいやはフェリに向かって微笑んだ。ロイスもフェリに笑いかけながら手を振った。フェリが瞬きをした後、そこにはフェリしか残されていなかった。
せっかくだからとフェリは1人で残りのメニューをいただいて行くことになった。
「うふふ♡フェリお嬢様、週に一度うちにおいで下さいな。お作法やマナーを教えるようにじいや様から言付けがありましたの」
「えっ」
「そうですわ!うちで週に一度働きにいらして下さいな。働きながらマナーも学べて一石二鳥ですわ!うふふ♡ロイス様の婚約者ですもの♡一流のレディにして差し上げますわ!」
え、え、えええ〜っ!と、どこから突っ込めばいいかわからないフェリが、目を丸くして叫んだことは言うまでもない。
かくして、ロイスとフェリの日常は過ぎて行くのであった。