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シオン  作者: 大塚めいと
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「よし、入れ」

 半ば無理矢理女を押し込み入れた部屋は、都内にあるアパートの一室。リオナとは別の彼女が借りている部屋だが、今夜は勝手に使わせてもらうことにした。現在夜の8時……部屋の主は明日の昼頃までは戻ってこないハズだ。

「……何をする気なの? 」

 車内でメソメソ泣き散らかしていた女は、どこか開き直った様子でオレに質問した。身長は俺より30センチぐらい低く、ショートカットに切りそろえた髪は黒く光沢があり、顔立ちは整ってはいるが、ぎこちないメイクがあどけなさを感じさせる。

「手を出せ」

 質問に答えずにこちらから一方的に指示をしても、女はなんら文句を付けずに言われた通り、両手を差し出してくれた。オレはそれに荷造りに使う紐を何重にも巻き、きつく縛った。そして一旦その場に座らせて両の足首も同様に束縛する。これで簡単には動くことが出来ないだろう。

「これで良し」

 女の拘束が済んだら、オレは部屋にあるテレビ、無線LANルータ、液晶タブレット、携帯ゲーム機等々、インターネットと接続できる機器の電源を片っ端から抜き回り、完全なオフライン状態、この部屋自体をスタンドアローンとした。これでシオンに洗脳される恐れは無くなった。

「なんでそんなことをするの? 」

 オレの行動を奇妙に思った女は、縛られながらも気丈な態度で再び質問してきた。オレはそれには答えずに、柔らかくクッションの利いたソファにドカっと座り込み、一呼吸して彼女に逆に質問を返した。

「お前、名前は? 」

 彼女は、聞かれた通りに返事をしていいのか少し迷った後……

「レミ……」と答えた。

「そうか……」

「…………」

 それっきり会話は無くなってしまった。隣の部屋の住人が聴いている思われるラジオの音すら聞こえるほどに沈黙の空気が張り詰めていた。

「ねえ……」

 オレの機嫌を探るような声で、レミは小声を発した。

「なんだ? 」

「なんでパパを撃ったの? 」

「さぁな……」

 イカレ女に洗脳されていると思ったから。と説明しても信じてはくれないだろう。

「私をどうするの? 」

「それは言えないな」

「ここはどこなの? 」

「それも言えない」

「私のケータイは? 」

「捨てといた」

 レミの持っていた携帯電話はシオン対策の為、車の中で取り上げて、来るときに渡った橋の上から川に投げ捨てていた。

 そしてそのまま、5分ほどした頃だろうか? レミは周囲を少し見渡した後に「あの……」と声を掛けてきた。

「どうした? 」

「シャワー……浴びさせて欲しいんだけど……」

「シャワー? 」

 今更になって、レミのスカートには何やらシミが出来ていることに気が付く。なるほどな、どのタイミングかは分からないけど、ビビッて失禁してしまったらしい。

「分かった」

 このまま汚れた服でいさせたら部屋に異臭がこもるかもしれん。オレはバスルームに逃げ場が無いコトを確認すると、彼女の拘束を解いて入浴を許可した。着替えはこの部屋の持ち主の物を好きに使うようにさせた。

「ほら、さっさといけ」

 銃口を向けて、オレはレミを浴室に押し込む。そして中折れ式のドアを閉めようとした直前、突然彼女は振り向いて、オレの目を見据えた。

「ねぇ……」

「なんだ? 」

「なんで私を誘拐したの? 」

「…………さっさと入れ」





 オレは、レミが風呂に入っている間、床に座り込んでジッと考えていた。

 レミの父親を銃殺した時、確かに気が動転していたが彼女をどうして連れ去ったのかがよく分からない。顔を見られたから? いや、レミに限らず多くの通行人に見られていたので意味が無い。それとも、いざという時に人質として使おうとしたのか? それも違うような気がする。逃走のフットワークも重くなるし、面倒が増えて行動しづらいだけだ。

 それじゃあなぜ……? 

 まぁ、そんなコトは今考えてもしょうがない。オレはとりあえず部屋の隅に投げ捨てるように置かれた漫画を一冊手に取り、それを呼んで少しは気を落ち着かせようとした。

 この漫画は、よくコンビニで置かれている、実際に起きたオカルトな事故をコミカライズして総集した物で、パラパラとページめくると、見逃すことの出来ない一文が目に留まり、急いで一枚一枚紙をめくってそのワードの在りか探りだした。

「……サブリミナル……」

 オレがシオンの洗脳に仮説を立てた現象が、ここで紹介されていたことに、奇妙な運命を感じ取り、それを題材にしたエピソードを、ページに穴が空くほど真剣に読み込もうとした。

 その漫画に収録されていたサブリミナルの実話はこういったモノだ……

 ある日、二人の少年が一緒になってレコードでヘビーメタルを聴いていたら、突然教会に赴いて散弾銃を自分の顔面に撃ち込んだというのだ。

 一人は即死、もう一人は命を取り留めたが、顔のほとんどが吹っ飛んでしまっていたらしい。

 どうして二人がそんな行為に及んでしまったのか? 

 その原因と言われているのは、曲の中に意識的に認識出来ない音量で「殺せ! 」「やっちまえ! 」と言ったサブリミナルメッセージが隠されていたことだと言われている。

 二人は何度もその曲を聴いている内に、暴力的なメッセージを深層心理に働かせられ、ついには行動に移してしまったのだというのだ。

 なんてこった……オレはとんでもない勘違いをしていた……

 サブリミナルという効果は、映像に隠されたメッセージを視覚から受け取るケースしかないモノと思っていた。つまり、オレが安全だと考えて聴いていたラジオも、十分に危険だということだ! 

「あ……! 」

 そして、オレは嫌な胸騒ぎに思わず声を漏らしてしまった。そういえばさっきからずっと、隣の部屋から聴こえてくる音……

「クソッ! 」

 オレは拳銃を手に取り、急いでバスルームへと向かった。

 やっちまった! 油断した! 

 ドアを開き、湯気が立ちこもる浴室に向かって拳銃を構える! 躊躇はしない! そこにいるであろう悪魔のシルエットに向けて引き金を引く! 

「うっ!? 」

 しかし、オレは結局弾丸を発射することが出来なかった。何をされたのか理解できなかった。

 湯気が晴れ、シルエットは徐々に鮮明になり、輪郭を作り、色が付き、その全貌を露わにした。

「シンジ……また会ったわねぇ……」

 そこには全裸になったレミ……そしてその両手には、いつの間にオレの手から奪い取った拳銃が握られ、逆に銃口を突きつけられてしまっている……!? 

「現れやがったな……シオン……! 」

「ええ、わたしは何度でも現れるわ」

 オレは自然と両手を上げて後ずさりしていた……シオンはそれを追うようにゆっくりと歩み、オレをどんどんとリビングに誘導し、とうとうソファーに座らせられてしまう。

 シオンはオレを見下すような体勢で銃口を頭部に向けている。彼女は体に何も纏っていないのにも関わらず、強固な鎧を着込んでいるかのように堂々とした振る舞いでオレを圧倒していた。

「……オレが憎いのか? 」

「……憎い? いいえ。その感情はあなたには抱いていないわ」

「なら、どうしてオレに執着するんだ! 」

 シオンはその質問に答えない。しかし、どういうワケか突然目の前で手に持っていた拳銃を、まるで特殊部隊を思わせる手つきでどんどん分解していき、それを床にバラまいてしまう。これでシオンは正真正銘の丸腰になってしまった。一体どうして? さっきまで有利な立場だったのに、どうして自分からそれを放棄するんだ? 

「何の真似だ? 」

 オレが驚く様子を見て、シオンはあざ笑い……今度は仰向けになって床に寝転んでしまった。女として隠すべき場所が全て解放され、まる見えになってしまっている。

「わたし、言ったでしょ? 恐怖ってものが分からないの」

 男を惑わそうとする悩まし気な仕草を加えながら、シオンはそう言った。この時ばかりは、オレは未成熟な印象だったレミの体に、邪な感情を一瞬抱いてしまっていた。

「恐怖を知らないだと? ふざけるな! お前、リオナの体から逃げたのは、オレが手に持った拳銃にビビッたからじゃねえのか? ああっ? それが恐怖ってヤツだよ! 」

 シオンはオレの指摘に、フフ……と悩まし気な笑みを返した。チクショウ……コイツに心を奪われそうになってしまっている自分自身が……男というイキモノの単純な構造が嫌になる……! 

「シンジ。実はね……あの時わたし、リオナちゃんのフリをしていただけだったのよ? あなたが彼女だと思って撃ったのは……わ・た・し……」

「な……なんだと? 」

「気が付かなかったの? 本物のリオナちゃんだったらあなたのコトをシンちゃんって呼ぶでしょう? よく思い出して、好きな子だったんでしょう? 」

「………………」

 なんてこった……オレは、今ようやく……あの時うろたえていたのが、リオナではなく、

シオンだったことに気が付いたのかよ……

『シンジ……なんで……わたし……ゴメン……バカだから……わかんないの……なんで怒ってるの? 謝るから……謝るからもうやめてよぉ……』

 ……クソ! クソ! クソ! クソ! クソ! 

「くそおおおおぉぉぉぉ! 馬鹿にしやがってぇぇぇぇ! 」

 オレはシオンに馬乗りになって拳を浴びせまくった。こんなコトをしてもどうにかなるワケではないが、そうするしかなかった。今抱いた感情をこうして発散させなければ、自分自身がどこかに行ってしまいそうだった。

「もう……シンジ……痛みはもう十分に分かったから……違うでしょう? 」

 何度も顔面を強打されて、血まみれになりながらも、余裕の表情で喋るシオン……オレに恐怖を教えて欲しいだと? くそ……何で分かんねぇんだ? 今お前がオレに対してやってることだよ! オレはそれが……

 怖くてたまらねぇんだよ! 

 馬乗りになることをやめ、オレは玄関へ向かってこの部屋から逃げようとするも、おかしなことにドアが一向に開かない……鍵も掛かってないのに? 

「わたしね、情報をかき集めて知ったのよ……」

 振り返ると、シオンが笑みを浮かべて立っている……不気味の谷というヤツなのか? 人間とロボットの中間を思わせるいびつな雰囲気が、オレの平常心をどんどん撹拌させる。

「人間の女性は、強制的に性交渉に持ち込まれた時に、とても強い恐怖心を覚えるらしいの。それをあなたにやって欲しいのよ」

 シオンの右手にはどこで見つけたのか、いつの間にかカッターナイフが握られていて、それをオレに向けて放り投げた。

「それ。使っていいからね」

 一方的に渡された凶器を拾うことすら出来ずにいるオレを見て、シオンは何か勘違いをしたらしい。

「ああ、なるほど。わたしが初めから裸になっていたから、その気が起きないというワケね。分かったわ、今服を着るから。その後であなたは本能の赴くままに、そのカッター使って衣服を切り刻み、わたしに羞恥と絶望と恐怖を与えてくれのよね? 」

 そして部屋にあるクローゼットや棚を勝手に物色して、オレの目の前で下着を付け始めたシオン……その時オレは、妙な一点に気が付いた。いや、普通ならすぐに気が付くことなのに……混乱と焦りで思考が鈍っていたのだろう。

 おかしいんだ……シオンの体は、元々はレミの肉体だ。彼女は、どちらかというとスレンダーという言葉が当てはまる体型だったのに……今いそいそと下着を着ているシオンの体は……どう見ても発育している……まるで……リオナのように、出るところがしっかり出ている体系に変わっているのだ。

 サブリミナルで洗脳していると考えるだけでは説明が付かない……一瞬で肉体に変異を及ぼすだなんて……

「さぁ、シンジ。準備はできたよ……」

 シオンは官能的な黒いドレスに身を包み、優雅な足取りでオレに近づいてくる。レミとはあまりにも雰囲気が変わり過ぎてほとんど別人と化している。

「さぁ……教えて……恐怖を味わせて……」

 ああ……そうか……どうして気が付かなかったんだろうな、オレは……

「そうよ。この安直なカッターを握って……」

 シオンはカッターナイフを拾い上げ、オレに無理矢理握らせた。

「ああ……分かったよシオン……オレがやるべきことが」

 カッターの握り手についているダイヤルのような固定具を回し、その鋭い刃を露出させた。これで準備は整った。

「さあ! シンジ! 教えて! 早く教えてよ! 」

「ああ、教えてやるよ……オレがもっと早くするべきだったコトを! 」

 オレはカッターナイフを逆手に持ち替え、そのまま腕を大きく振り上げる。

 シオンはその軌跡を目で追い、その刃の行方を見守ろうとしている。

 だが残念だったな。このカッターはお前の望む場所にはたどり着かない! 

「これでオレは、全てから解放されるんだ! 」

 オレは一寸の迷いなく、カッターの刃を自分の首に刺し込むように振り下ろした。

 そうだ……なんてことねぇ……オレは幻覚を見ているだけなんだよ……

 今思い出したんだ……トモヒロを殺した後、オレがリオナの部屋で飲んでいたのは、クソまずい発泡酒だけじゃねえ……

 商品としてキープしていた覚醒剤も一緒に……吸っちまってたことによ! 





「……あれ……? 」

「残念ね……シンジ。そうじゃないのよ」

 おかしいな……オレは確かにカッターナイフを自分の首に……

「シンジ、あなたは絶対にソレをすることが出来ないのよ」

 眼球を動かし、自分の右手を確認する……確かにその手にはカッターナイフが握られているが、その刃は首の皮膚に達することなく寸止めされている。

「何でだ……右手が……動かない……? 何で? シオン! お前の仕業なのか? 」

「違うわ……それはあなた自身の意志よ」

「そんなバカな……」

「ねえシンジ……」

 シオンはオレに体を密着させて刺すような視線を向けた。見つめ続けたら吸い込まれてしまいそうに黒い瞳……

「あなた……レミちゃんを誘拐したのは……一人でいることを恐れていたからね? 」

「何? 何を言っているんだ? オレはただ……」

「ただ、なに? 」

 答えられなかった……確かにオレはあの時……怯えるレミの姿に、助けを求めていたのかもしれない……

「あなたは、いつだって誰かと共にいることに執着している。それが無くなることを恐れている……わたしには理解できないけど……それがあなたの恐怖というヤツなのね」

「ちがう……ちがう……! オレは……オレは……! 」

「思い出させてあげる。あなたの心の奥にしまわれた、恐怖の根源を」

 次の瞬間……オレは地面に吸い込まれるような錯覚を覚え、目の前が真っ暗になってしまった。




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