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リオナが使っていたワゴンタイプの軽自動車を拝借し、オレは当てもない逃走を続けていた。
シオンの意志はインターネットを介し、どこにいてもオレの前に現れる。その方法は多分、サブリミナル効果というモノを利用したのだとオレは仮定した。
オレがよく読んでいるサイコホラー系漫画で知った知識なのだが、昔映画やアニメ等で実際に使われていたらしい方法で、肉眼ではとらえきれない程の一瞬に、人の深層心理に働きかける画像(主に性的な画像が多かったという)を見せつけ、感情をコントロールするってモノらしい。
それを応用して、モバイル端末等の液晶から深層心理に働きかける映像を映し出し、見た者の思考を洗脳してシオンとして行動させているのではないか?
シオンの洗脳方法にはある程度自分の中で結論付けることが出来て、その点においては、少しスッキリしたところがあるが、謎はまだ残っている。
どうしてシオンはオレの目の前にだけ現れるのか? という点だ。
シオンがインターネットを介して拡散しているというのなら、もうとっくに世界中の人間がシオンになっていてもおかしくない。にも拘わらず、ラジオのニュースを聞く限り、世界にそんなパニックが起きている様子は皆無だ。
やっぱりトモヒロの時に何度もパイプ椅子で叩き付けたコトを根に持っていて、復讐しようとしているのか? 本人が言っていた「恐怖という感情を知りたい」という言葉がキーになっているような気もするが……
なんにせよ、とにかく……オレはシオンに因縁を持たれていることは確かだ。油断をすることは出来ない。
リオナの車には液晶タッチパネル式のカーナビが取り付けられていたが、それは無理矢理引き抜いて捨てた。そして、携帯電話の類が車の中に残されていないかもチェックした。
車内にネットの情報を受信して映像として映し出すものは完全に無くなったことを確認し、ようやくオレは車を走らせることが出来た。
一切のネットワークの庇護を断ち切ったことで不安が募る。情報源が限られてしまい、得られるのは新聞や雑誌、そしてラジオのみ。ひょっとして自分は今、殺人犯としてテレビを介して茶の間で顔写真が晒されているのかもしれない。そんな不安を少しでも和らげたく、100円均一ストアで買った携帯ラジオの音にくぎ付けになった。こんなにも真剣にラジオを聞いたのは久しぶり……いや、人生で初めてかもしれない。
しばらく車を走らせ続けていると、長い信号待ちに引っかかってしまった。できるだけ液晶を目にする機会を少なくするため、常に走り続けていたいのだが……そう思い通りにはなかなかことは進まない。
歩道を行き交う人々の手の多くにはモバイル端末が握られている。その数といったら、石を投げれば必ずそいつに当たるってぐらいで、この世の中には液晶画面が溢れかえっていることを改めて実感した。シオンはその気になれば、その全員の意識を自由自在に操れるのだ。覚醒剤を提供して、間接的に彼女の誕生に一役買ってしまったことが悔やまれる。
畜生! そもそもあんな胡散臭い男に覚醒剤なんて売るんじゃなかったぜ!
今、時刻は午後6時。帰宅ラッシュの真っただ中で歩道には歩行者がギュウギュウにひしめき合っている。サラリーマン、学生、カップル、OL、若い奴、若くない奴、痩せた奴、太った奴……二人として同じ人間はいないハズなのに、なんでオレだけがこんな目に遭わなきゃならないんだという気持ちが沸々と湧いてくる。
今は、車のウィンドー越しに見える人間達全てがうらやましい。誰でもいいから今すぐ体と心を入れ替えて別の人生を歩みたいという、バカらしい考えまで浮かんでくる。
オレはこれからどうなるのだろうか? 組織にも戻れず、最愛の人を自ら殺め、警察にも追われ、イカれた電子女にも追われ……もうオレはこれからずっと、心が休まる日など永遠にこないんじゃないか?
しかし、そんな風に長々と自分を憂いても、オレは危険な薬物を取り扱って大勢の人生を狂わせた実績のあるクズ野郎なのだから、こんな目に遭うのも因果応報だ。という結論に至ってしまい、怒りの矛先を失ってしまう。
こうしてロクでもない思考を促進させる渋滞は、ようやく緩和されてきたようで、前方の車がどんどん動き出していく様子が見て取れた。
「チクショウ、待たせやがって」
ギアをドライブに入れ、アクセルをゆっくり踏み込み、車を発進させる。ノロノロノロノロと進んでいくが、わずか50mほど走ったところスグに停止。しかし、信号待ちの先頭に位置していた為、そこまでイラつきは募らなかった。あともう少し待てば、この長い待ち時間から解放される……
「おーい……」
緩んだ空気を見透かしていたかのように、突然誰かの声が聞こえた? 男の声だ。慌てて助手席側に目をやると、携帯電話を片手にもった中年の男が、オレの車の窓をノックしている。一体なぜ?
「おーい! 」
あの携帯電話……まさか?
いやな汗が脇から滲む……
嘘だろ……せっかく少しくらいはゆっくりできるかと思ったのに……
「おーい! 」
中年男は容赦なく窓を叩き続ける。その音の一つ一つがオレの心に一本一本釘を刺していく……ヤバイ……頭が……どんどん……
「うるせぇええええ!! 」
オレはウィンドウ越しに、隠し持っていた拳銃を3発ブチ込み、中年を血まみれにした。
「シオン! シオン! シオン! シオン! 」
銃声に驚き、パニックにある群衆を尻目に、オレは車から飛び出して中年男がしっかり絶命したか確認する。
「ハァ……ハァ……なんだ……はは……」
助手席側に立って、オレは初めて気が付いた。
ドアに小さなショルダーバッグが挟まっていて、外でプラプラ揺れていたのだ。おそらくこれはリオナのバッグ……あいつ、おっちょこちょいだからしょっちゅうこんなコトしてたっけな……つまり、この中年男性は、それを教える為にこの車に近寄ってきただけだったのだ……
「キャァァァァ! パパァァァァ!! 」
そして傍らには中学生くらいの女が尻もちついて絶叫している。多分オレが撃っちまった親父の娘なのだろう。
「うるせぇ! 黙れ、このガキ! 」
オレはそいつがあまりにも耳障りな声を出すので、しょうがなく助手席に押し込み、そのまま車を走らせてその場から一目散に逃げ去った。大勢の人間が見ていたのにも関わらず、オレは女児の誘拐までやらかしちまった。もう捕まったら死刑は確定だろうな……
「降ろして! 降ろしてよ! 」
俺が運転する隣で女は泣き叫び、ドアを開けて飛び降りようとしたので、オレは拳銃を突きつけてそれを制止させた。
「次に目障りな声を出したり、勝手に飛び降りようとしたら容赦なくぶっ放すぞ! お前のパパのいるところに送ってやる」
そう言うと女は騒ぐことをやめ、その後はうずくまってひたすら静かに泣き続けていた。
「よし、それでいい」
オレはその女を乗せたまま、とある目的地に向かってアクセルを吹かす。そして20分程してその場所に到着したその時になって、初めて自分は気が付いた。
オレ……なんでこの子を誘拐したんだろう? と。




