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後編









俺は今、ニート派遣株式会社座敷童子の社員として働いている。やってることは家にいた時と同じだが。


派遣先は大きな屋敷で、与えられた部屋は構造としてはネット環境有りのワンルームマンション。風呂トイレ別。これはありがたい。鍵だってついてる。パソコンは会社からの支給品。そこで俺は、家主がいない間に掃除と洗濯をする。


食事だけは苦労した。家主の居ない間に巨大冷蔵庫に保存した食材で作るんだけど、最初は失敗続きで母さんの味が恋しくなった。何で料理を覚えておかなかったんだろうと何度も後悔した。それでも食べられないほどじゃなかったので、自分で作ったんだからと食べた。カップラーメンや袋ラーメンのストックがあったから耐えられた。


最近では、家主から食事の用意を依頼されることもある。もちろん、会話はない。用件はすべてメールだ。それも極力事務的なものと決まってるので安心だ。会社とのやり取りも当然メール・オンリー。それでも、やっていけてる。自宅警備員ぶりにますます拍車がかかるけど、需要があるんだから、もうこれでいい。


やってることはまるきり家政婦。だから、普通なら家政婦を雇うだろう。だけど、家主は普通じゃなかった。


俺がただのニートなら、家主は心の隠れニートだ。仕事から離れたら、誰ともつき合いたくないらしい。普通の家政婦を雇ったなら、指示だのなんだので顔を合わせないといけない。その際、もしかしたら私生活を詮索するようなことを言われるかもしれない。それが嫌だから、家主は<座敷童子>を飼うことにしたんだ。


<座敷童子>は恥ずかしがりで、人の目にふれない。知らない間に掃除をしたり洗濯をしたりしてくれる。頼めば拙いながらも食事を作ってくれる──前半はその通りだけど、後半は靴屋の小人と混じってるんじゃないかと思う。でも、これがニート派遣株式会社座敷童子のコンセプトだ。


住の部分で社員である俺が仕事をするから、衣食は会社が保証してくれる。靴下から上着まで、メールで注文すれば届けてくれる。食材も同様。他に欲しいものがあれば、それも届けてくれる。もちろんそれは自腹になる。俺は受け取りに出る必要は無い。届ける人も社員だから、そこは心得てる。メールで何時に届くか連絡があり、屋敷に到着すればまた連絡がある。俺はそれに応じて勝手口のオートロックを解除するだけ。


作業着として推奨されるのは「浴衣(冗談)」。冗談となってるから、これは本当に冗談だ。俺は普通に動きやすい格好をしている。中には気分を出して浴衣を愛用する<座敷童子>もいるらしいが、もちろん同僚には会ったことはない。


俺たちのような<座敷童子>を飼うには、金と環境が必要だ。それでも、そこそこ需要があるらしい。外に出ないし人に会うのも怖がるから、情報漏洩のたぐいの心配をしなくていいところが大きいという。会社の社員寮を管理したり、工場のリアル警備を担当する同僚<座敷童子>もいるという。どちらも中で他の人間と出くわしたりしないよう、色々工夫されてるらしい。


この屋敷での工夫は、誰かが入ってくるとき、俺の持つ端末に知らせが入るようにしてあること。門と玄関にセンサーがある。だから家主が帰ってきたらすぐに分かる。端末は腕時計を兼ねてるから、常に身に着けていることは苦ではない。


何だか007の小道具みたいだけど、すごく単純な造りらしい。ピーッという電子音が鳴るだけだし。ちなみに、家から人が出て行くときはピッピッピと鳴る。音を違えてくれてるのはありがたい。


さて、今日も家主が帰ってきたか。焦らなくても俺は既に自室の中だから大丈夫。掃除もしたし、洗濯もした。この屋敷では、贅沢にもサンルームを物干し場にしてくれてるから、干すのも気持ちがいい。雨の日だって気にしなくていいし、シーツなんかの大物も干せる。


自宅にいた時より掃除しなくちゃいけない範囲も増えたし、最初はこの屋敷の広さも怖かった。裸とは言わないが、いつも下着姿でいるような、そんな心もとなさを感じた。だけど、それにもすぐ慣れることが出来た。家主以外の誰も屋敷に来ないし、家主がいる間は自室に籠っていて良かったから。


ここは、綺麗好きなニートたる俺にとって、天国のような職場だ。自分の居場所を手入れして普通に生活していれば給料がもらえる。誰にも会わなくていい。ネットもし放題だし。


進学も就職も出来ず、何年も自宅に籠って母さんを心配させたけど、こんな俺でも月給取りになれた。毎月、給料の半分は母さん名義の口座に振り込んでもらってる。俺、生活費いらないからな。新しい服を買ったり、弟の学費の足しにでもしてくれたらいいと思ってる。


自宅からこの屋敷に移るときだけは死ぬほど怖かったけど……さすが、<座敷童子>を抱える会社。深夜、大きなトラックで迎えに来てくれた。箱型の荷台の後を開放して、俺が中に入るまでドライバーも息を潜めて静かに待っていてくれた。荷台の中はちゃんと客室になっていて、ポータブルトイレまで設えてあった。


行き先の屋敷については、メール越しだが既に打ち合わせが済んでいたので、到着してすぐ俺の籠るべき部屋に駆け込むことが出来た。


黙って家から消えた俺を、母さんは心配するに違いないと思ったから、事情を書いた書置きだけはしておいた。メールは……返信が怖いから書けずにいる。代わりに、手紙を出す。


──母さん、健二、お元気ですか。黙って出て行ってごめんなさい。俺は今、よその家で<座敷童子>をしています。やってることは家にいた時と変わりません。一室に引きこもる代わりに、その家の家事をしています。ちゃんとした会社からの派遣という形で、もちろん給料がもらえるんですよ。この俺が月給取りです。すごいでしょう。

給料が出たら、半分母さんの口座に振り込んでもらえるよう、会社に頼んであります。家からは出てしまったけど、俺は母さんと健二のことを忘れていません。俺のことで苦労を掛けた二人には、幸せになってほしい。だから、受け取ってください。

落ち込んだりもしたけど、俺は元気です。また手紙書きます。   

                         

                        座敷童子より愛をこめて  健一                                        

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