第九話
翌日の朝は雲一つない快晴だった。今日は日曜日で研究室はお休みだ。就活の予定も入っていない。その事をエミリに伝えると、彼女は両手をぶんぶんと回して元気よく口にした。
「でしたら、早速宿主の所に行きましょう!」
「宿主?」
「やですねぇ和成さん。ノドグロの尻尾の宿主ですよ。もうすでに特定出来ている事は昨晩話しましたよね?」
「ああ……」
そうだ。そうだった。
俺は、このエミリとか言う鬼ヶ島からやってきた少女に協力して、ノドグロを完全に封印する役目を請け負ったのだ。
そして、ノドグロの尻尾が宿っている人間も既に特定出来ているとエミリは言っていた。
その人間は、俺に近しい人間だというのだが……
「で、その宿主っていうのは誰なんだ?」
「ああ、この人ですよ」
エミリはショルダーバッグから一枚の写真を取り出して、和成に手渡した。
写真には一人の女性が映っていた。淡い水色のワンピースを着ており、うずらのような丸っこい顔が印象的な、黒髪の女性だ。
その女性に、俺は見覚えがあった。
「これ……羽純か?」
大原羽純。
俺と同じ大学院に通っている同い年の女の子だ。
「はい。彼女の名前は大原羽純。貴方の中学高校時代の同級生で、貴方と同じ大学院に通っている女性です」
「まさか……羽純にノドグロの尻尾が宿っているっていうのか?嘘だろ?」
驚きの声を上げ、エミリの方を見る。エミリは真剣な目付きで、首を縦に振った。
全身から、力が抜けるような感覚に襲われた。頭がぐらぐらする。まさかといった感じだ。
まさか、羽純が……彼女が、ノドグロの尻尾の宿主だなんて。
悪い冗談であって欲しいと、心の底からそう念じた。
俺とエミリは最寄りの電車に乗って三十分ほどかけ、巨大なショッピングモールに足を運んでいた。ノドグロの居場所を察知するエミリのレーダーによって、羽純がそのショッピングモールに居る事を突き止めたのだ。
電車に乗っている最中。俺とエミリは他愛も無い話をしていた。例えば、鬼ヶ島という島は何処にあるんだ?と、俺が質問したところ、彼女はこう答えた。
「鬼ヶ島は瀬戸内海の何処かにありますよ。ですが、残念ながら人間は辿り着く事はできません。島全体に特殊な結界が張られていますからね。目には見えないんです。『カイジョーホアンチョー』のレーダーにも映りません。それに万が一、人間が紛れ込んできても、彼らは鬼ヶ島の情報を外界に持ち運ぶ事はできません。実は鬼ヶ島全体には特殊な磁場が働いていて、電子機器の類は一切使えないようになっているんです。ですから、写真を撮ったり、写メを送ることも不可能です」
どうしてセーラー服を着ているんだ?という質問には、こう答えた。
「これはセーラー服ではありません。似ていますが全く別の物です。これは鬼ヶ島の若い女鬼なら皆着ているオーソドックスな服です」
「女鬼?」
「女性の鬼という意味の言葉です。因みに、男性の場合は『男鬼』となります」
ガタンゴトンと電車に揺られ、俺達はそんな話をしていた。まぁ、俺が一方的にエミリに質問していただけなのだが。
ショッピングモールは日曜日だからか、大勢の人だかりで賑わっていた。主にカップルや家族連れが殆どで、商品をあっちこっちで漁っている。
「どうやら、羽純さんは三階の小物売り場に居るみたいですよ」
エミリは足早にエスカレーターに乗ると、三階に向かった。ノドグロを探索するレーダーが反応したのだろう。慌てて俺も後を追う。
三階へと続くエスカレーターを登りきり、左手にある小物屋に何気なく目を向けた。一人の女性が、小洒落たネックレスが飾れたショーウィンドウの前で小首を傾げながら、あーでもないこーでもないとブツブツ独り言を呟いていた。
紺色のスエットシャツに、白いコットンパンツというルックス。本来なら肩まであるだろう黒い髪を、後ろに上げてまとめていた。
俺は、柱の陰に隠れて、その様子を暫く伺っていた。
間違いない、彼女は羽純だ。
「あの人ですよ、和成さん」
何時の間にか、エミリが俺のシャツの裾を引っ張って、小声で語り掛けてきた。彼女の話によれば、ノドグロの尻尾は羽純に宿っているという事だが……見たところ、特に変わった様子は見られない。




