第七話
あれは、俺が十九歳になったばかり。
即ち大学二年生の頃の出来事だった。
その頃、実家暮らしの妹は高校二年生になったばかりだった。当時――無論、今もなのだが――兄の俺から見ても、妹はひどく美しい顔立ちをしていた。その為、クラスはおろか、学校中の男子から注目の的になり、良くラブレターを貰っていたらしい。
妹は俺に似てあまり外向的な性格ではなかったから、どういう返事をすればよいか困り果て、母や仲の良い友人に相談していたらしい。
とにかく、妹はかなりモテたのだが、自分がモテる事を鼻にかけたりだとか、そういう生意気な態度は、家でも学校でも一切取らない人間だった。謙虚でおしとやかな性格の、自慢の妹だった。
だが、そんな控えめな性格が、必ずしも『いじめ』のターゲットにはならない等という保証には成りえない。
妹が経験した虐めは壮絶なものだった。
彼女が話した限りで言えば、いじめっ子達は妹の机の中にゴキブリの死骸を大量に忍ばせたり、トイレで用を足している所に、上からバケツ一杯の水をぶっかけてきたり、テストの時にカンニングの濡れ衣を掛けたり、やりたい放題だったらしい。
妹は堪えた。堪えて堪えて堪え続けた。
自分が苛められている事を、俺や、母さん達や、ましてや先生達にも相談しなかった。
責任感の強いあいつの事だ。きっと、周りに迷惑をかけたくないだとか、心配事を増やしてはいけないとか、そんな事を思っての事だろう。
だが、妹の様子が日に日におかしくなっていく事に気がつかないほど、俺は鈍感な兄ではない。
『俺に何か、隠し事をしているんじゃないのか?』
頑なに口を閉ざす妹に真実を問いただした所、彼女にしては珍しい程の大泣きをしながら、今までの経緯を洗いざらい話してくれた。
彼女が受けた虐めの陰惨な内容を聞いている内に、俺の心の中に、何か、どす黒い『憎しみ』にも似た、何かが湧き上がってきた。
こういったケースの場合、本来なら、先生や親に相談する所なのだろう。だが、俺はそうはしなかった。
俺の大切な家族を傷つける人間は、相手がどんな奴だろうが絶対に許せない。例え相手が女子高生であろうと、容赦はしない――――当時の俺の心境は、そんな暗い欲望に支配されていた。
いじめの事実を知った俺が取った行動――それは『暴力』だった。
妹から、彼女を虐めている主犯格の三人の名前を聞き出した俺は、下校中の彼女らを一人ずつ襲い、拉致した。
人気のないボロボロの空家だとか、今は取り壊れされるのを待つだけの廃虚だとか、そういったアングラな場所がどこにあるか。そういった場所を事前に調査した。
そうしたら、後は面白いくらいに、簡単に事が運んだ。
いじめっ子達を人気の無い場所へ誘拐し、拘束してから、彼女らの髪をライターで燃やしたり、木刀で何度も何度も彼女らを殴りつけたりした。無論、死なない程度にである。
彼女ら三人は少なくとも、全治二ヶ月以上の大怪我を負うことになったのだが、退院後、いじめっ子達は地元を離れて別の県へ引っ越していった。理由は、彼女らの入院中に、俺が町内に撒き散らした中傷ビラが原因なのだろう。
用心の為、襲う際に覆面をしていた事と、襲撃時に彼女らの携帯電話を壊していたためか、この一方的な復讐行為が警察や世間に露見する事はなかった。
だから、妹も、ましてや両親も、虐めが止んだ原因が、まさか身内が起こした復讐劇にあるとは到底思ってもいないだろう。
全てを終えた後、俺の心は晴れやかになる、はずだった。
だが違った。僅かばかりだが『しこり』が残った。
そのしこりの原因が『後悔』であることに、俺は薄々気がついていた。
気がつきながら、無視を決め込んだ。
自分は家族を守ったのだ。自分は正しいことをしたのだ。
必死に、必至に、そう言い聞かせた。そう信じる事にした。
だがそれでも、『やっぱり、間違っていたんじゃないのか?』という、自身を責める気持ちが消える事は無かった。