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ノドグロの尻尾  作者: 浦切三語
第一章 鬼ヶ島のエミリ
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第五話

「えっと、君は何処から来たって言ってたっけ?」

「鬼ヶ島です」

「そう、鬼ヶ島だ。その鬼ヶ島に住む人達は、ノドグロの気配を探る事が出来るのか?」


 俺の質問に、エミリは右手の拳を顎に当てて『う~ん』と唸り、暫くの逡巡の後に答えた。


「そうですね、鬼ヶ島の三割近くの鬼は、奴の気配を探る事は可能です。しかし、残りの七割はそうではありません。百年近く前は鬼ヶ島の鬼はノドグロを感知する事が当たり前のように出来たようなのですが、今では私を含め、ごく一部の鬼にしか、ノドグロの気配を探れません。」

「私を含めってことは、君、まさかあの怪物を実際に目にした事があるのか!?」

「ええ。去年の丁度今ぐらいの時期に。一度だけですが」


 ケロッとした口調で答えるエミリに、俺は少し戸惑いを感じた。


 あの身の毛もよだつほどの化け物を目にしたにも関わらず、この目の前にいる少女からはノドグロに対する恐怖が微塵も感じられなかったからである。


 それが、何だかとても頼りに見える一方で、いくばくかの危うさも感じた。

 鬼とはいえ、こんな十代そこらの少女が立ち向かわなければならないほど、事態は切迫しているというのか?


 そんな馬鹿な。有り得ないだろう。普通に考えても。


 疑問と疑念が頭の中をぐるぐる回っている。それでも、俺は自分でも不思議に思うのだが、エミリの話を「ただの作り話」とは断じれなかった。

 あんな恐怖映像を見せられれば、それも当然かもしれない。


「和成さん、あり得ない話だと思うかもしれませんが、ノドグロは昔から姿形を変えて『現象』としてこの世界に現れ、災厄と混乱を撒き散らしているのです。そして、その周期は、おおよそ十年に一度であります」

「十年に一度?」

「はい、最近で言えば、一九八一年のアメリカ合衆国で起こった、レーガン大統領狙撃事件。一九九一年のソ連崩壊。二〇〇一年のアメリカ同時多発テロ。そして、二〇一一年の東日本大震災といった具合です」


 エミリの口から出てきたのは、いずれもその時代時代で話題になった事件や災害の事であった。


 現に、東日本大震災で発生した原発事故を巡る問題が、日本はおろか、世界で話題になっている。だが、非常にタイムリーな話題までもがノドグロの仕業と説明されても、俺にはピンと来なかった。


 納得がいかなかった。

 そんな都合の良い事が果たして本当にあるのだろうか?

 思わず、諦めにも似た嘆息が漏れる。


「それ、全部ノドグロが関係しているのか?嘘だろ?」

「嘘ではありません」


 エミリはきっぱりと言い切った。

 大きなアーモンド型の双眸でそう言い切られると、なんとも反論しにくい。


「ノドグロは人間を、そして世界を混乱させ、破滅させる為に生まれた化け物です。人類社会を破壊する為にこの惑星に生まれ落ちたのです。人類を絶滅させるためだったら、奴は躊躇わず、迷わず、真っ直ぐに殺戮を行う。そんな生き物です。そして、私たち鬼ヶ島の鬼達は古来からノドグロと戦い、奴を滅する使命を背負ってきました。奴が十年に一度の周期でしか災厄をもたらせないのは、我々、鬼ヶ島の鬼達が必死になってノドグロの力を押さえ込んできた為です。言うなれば、鬼ヶ島がノドグロの侵略から人類を守る最後の砦となっているのです。ですが、倒せども倒せども、その度にノドグロは復活してきました。奴は不死身の化け物だったんです」

「不死身だと?じゃあ、君たち鬼ヶ島の鬼達は未来永劫、ずーっとノドグロと戦わなきゃいけないのか?」


 俺は絵本の続きを必死になって聞きたがる子供のように、興味津々にエミリに質問した。


 もう彼女を警察に突き出そうなど、そんな野暮な考えは無くなっていた。

 今はただ、エミリの話を聞きたいのだ。


 俺の質問が的を射た質問だったのか、エミリは体を乗り出すと左手の人差し指を立ててニコリと笑みを浮かべると、一際大きな声で喋り始めた。


「良い質問ですね。未来永劫と和成さんは言いましたが、しかしやり方によっては直ぐに終わらせる事もできます」

「どういう事だよ」

「私たち鬼ヶ島の鬼は、永きに渡るノドグロとの戦いに疲弊しきっていました。そして、去年の秋頃でしょうか。私の祖父が自身の持ちえる叡智を全て結集し、一つの秘伝書を完成させました。ノドグロを完全に闇の中に屠り去る為の我々に残された最後の手段です。祖父が、生涯の大半を費やして完成させた、最終兵器と言っても過言ではありません」

「秘伝書だって?」

「はい。祖父は、自らが作ったこの秘伝書を使ってノドグロを永遠の闇の中へ。即ち、この巻物の中に封じ込めようとしたのです。この巻物を発動するには、術者の生命エネルギーの大部分を注がなくてはなりません。文字通り、私の祖父は一世一代の大博打に打って出たのです」


 そう言って、エミリは先程見せた巻物を大事そうに両手で包むと、静かにバッグの中に戻しつつ、話を進める。


「結論から話せば、ノドグロの封印は半分成功、半分失敗でした。奴は自らが完全に封印される直前に、己の『尻尾』だけを切り離して、そこに自分の魂の欠片を宿したのです。奴の肉体と魂の大部分は秘伝書に封印されましたが、尻尾だけが封印される事無く、難を逃れたのです。封印を逃れた『ノドグロの尻尾』は、私の祖父との戦いで受けたダメージを緩和する為に、何処かへ去っていきました。戦いを終えた私の祖父は高齢だったこともあり、秘術を使い果たすとそのまま亡くなりました。私は、亡くなった祖父の為にも、かつてのノドグロとの戦いで散っていった同胞達の為にも、そして、何よりこの地球に住む生きとし生ける生命の為にも、何としてでも『ノドグロの尻尾』を、祖父の遺した巻物に封印しなければならないのです」

「と言う事は、その『ノドグロの尻尾』さえ完全に封印出来れば、もうノドグロによって、世界に災いが起こる事は無くなるってことか?」

「そういう事です」


 なるほど、どうやらあの巻物こそが彼女の祖父が命を懸けて創造した秘伝書であり、且つノドグロの尻尾以外の部位が封印されている巻物でもあるようだ。


 それで、さっき俺の額に巻物を押し当てた時にノドグロのビジョンが視界に流れ込んで来たという訳か。


 だが、ちょっと待って欲しい。


 エミリは先程、ノドグロは尻尾だけを切り離して何処かに去っていったと言っていた。


 なら、その『ノドグロの尻尾』が力を蓄え、完全に力を取り戻した時、何かとてつもない災いが起こってしまうのだろうか?


 そこが気になるところだが――


 しかし、今はそれよりも聞きたい事があった。

 俺は、胡座の体勢のまま前のめりになると、一番気にかかっていた事を彼女に尋ねた。


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