第二話
その日の夜。俺は古ぼけたアパートの自室の前で『奇妙な生物』と出会った。
「ああ、和成さん。お待ちしておりましたよ」
その『奇妙な生き物』はアパートに到着した俺に会うなり、そう言ってお辞儀をしてきた。
『奇妙な生き物』の見た目は十六、七歳程度の少女だった。
少女はセーラー服を着用しており、肩から大きめのショルダーバッグを下げていた。
黒髪のポニーテールが夜の風になびいている。ふと、視線を動かすと、少女の右手には細い縄状の何かで巻物が括りつけられていた。
ここまで話せば、『なんだ、ただの人間じゃないか』と思うだろう。
しかし、彼女を『奇妙な生物』たらしめているのは何を隠そう、彼女のこめかみ付近から生えている二本の小さな象牙色の『ツノ』であった。
まるで『小鬼』を彷彿とさせるその象牙色の角は水に濡れたかのようにツルツルに光っている。
「あの……君は……?」
俺が恐る恐る尋ねると、少女は朗らかな笑みを浮かべて答えた。
「初めまして和成さん。私は『鬼ヶ島』からやってきました、エミリと申します」
「……」
なんだこいつ。
どうして俺の名前を知ってるんだ?
あ、表札に書いてあるからそれでか。
いやまてよ?表札には名字しか書いてない筈だ。
なのに、なんでこいつ、下の名前で俺を呼んだんだ?
いや……いやいやいやいやいやいや!そうじゃないだろ俺!
重要なのはそこじゃないだろ!
突然目の前に現れた不審者にどう対応して良いか分からず、俺は思わず後ずさってしまう。
エミリと名乗ったその少女は、警戒心を隠そうともしない俺の心を解そうと、人懐っこい笑みを浮かべて近寄ってくる。
「大丈夫ですよぉ。私、怪しい者じゃありませんから」
めちゃくちゃ怪しいだろ。
もしかしてあれか?ちょっと頭のおかしな人なのか?
もしそうなら、尚のこと慎重に対応しなきゃいけないな。
下手に刺激して良からぬ面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「えー……っと、どちらさまでしょうか?」
慣れない愛想笑いを浮かべた俺は、なるべく相手を刺激しないよう下手に出る。
「ですから申し上げたはずです。『鬼ヶ島』からやってきました、エミリと言う者です」
「あっ……そ、そうすか」
「はい」
「……鬼が島って……あなた、鬼なんですか……?」
「あ、もしかして疑ってます?まぁ、無理もないかもしれませんね。でも、ほら、ここ。ここにちゃんと角が生えてますでしょ?これが、鬼である事の立派な証拠です」
そう言うと、エミリは自身のこめかみ付近から顔を出している象牙色の突起物を見せつけて来た。
思わずしげしげと眺めてしまう俺。
なんとはなしに、ちょんと角を小突いてみる。
「ひゃあ~~~~~~~~~!」
途端、エミリと名乗った少女はむず痒そうな嬌声を上げ、身悶える。
恥ずかしそうに俺から視線をそらすと、しおらしい様子で「すみません……」と口にする。
「と、殿方の前で、お恥ずかしい声を上げてしまいました……」
「は、はぁ」
「私、角を弄られると変な声が出ちゃうんですよ……へへ」
「あ、は、はぁ。そうすか」
「はい。そうなんです」
「……」
「……」
「…………あのー」
「はい?」
「鬼なんですよね?」
「はい」
「……鬼は黄色いパンツを履いているものだと聞いてますが……」
セーラー服に身を包んだ少女に向かい、俺は、日本人が抱く普遍的な『鬼』のイメージを口にする。
ところが、エミリは俺の言葉を変な意味で取り違えたのか、とんでもない事を口走った。
「あ、私のパンツ見たいんですか?」
「はぁ………………………って、は、はぁ!?な、なに言って……」
「うーん、しょうがないですねぇ。特別サービスですよ?」
エミリは少々困ったような照れ笑いを浮かべると、白く眩しい健康的な太ももを俺に見せつけつつ、勿体つけるかのようにゆっくりと、紺色のプリーツスカートをたくしあげていく。
こいつビッチか!?
いや馬鹿か!?
俺は慌てて彼女の愚行を止めようと必死になる。
「お、おいおいおいおいおい!待て待て待て待て待て待て待て!いい!そんなことしなくていい!」
「え?見たいんじゃないんですか?」
「そんなわけねーだろ!いや、ちょっとは興味あるけど……いやいやいやいや!駄目だそんな事!年頃の女の子が、むやみやたらにパンツを人前で見せちゃいけない!」
「そうですか……」
しょんぼりと肩を落とし、少女がスカートから手を放す。
全くなんて女だ。変な汗かいちまったじゃねーか……
「なんでそんな残念そうな顔になるんだよ……で?俺に何か用なの?」
「あ、そうですそうです。和成さん、貴方に大切なお話があるんです」
少女は一転して真面目な顔つきになると、そう口にしたのである。
これが、俺と、自身を『鬼』と名乗る少女・エミリの初邂逅となるのであった。




