第十七話
今回の話は時系列的には十六話よりも前の話。つまり支倉が倒れる前の日の晩になります。
「この文章を読む限り、レベル三の宿主からノドグロだけを完全に除去する鍵となるのは『爆発』のようですね」
昨晩、エミリの静止を振り切って古文書の『袋閉じ』を開けた俺は、そこに書かれてあった内容をエミリに解読させた。
彼女によると、その頁には『レベル3の宿主を殺さず、且つノドグロを封印する手段』が記されているらしい。
「爆発?」
「ええ。どうやら爆発による爆風を利用して、宿主の体に巻き付いたノドグロの触手を剥ぎ取り、ノドグロの力を奪うのだそうです。このやり方は宿主の細胞にかかる負担を最小限に抑えることが出来、上手くやれば宿主を助ける事も可能なのだと書かれています」
「じゃあ、それを使えば羽純は助かるんだな!?」
「ええ、そういうことになりますね。ですが」
そこで、エミリは言葉を濁した。
「爆竹程度のしょっぱい爆発なんかではなく、激しい爆発が必要だとも此処には書かれています。ダイナマイトまではいきませんが、少なくともそれに近い位の爆発は必要でしょう」
「だ、ダイナマイトって……」
想像出来ない。
ダイナイマイトクラスの爆発なんてどう考えても一般人の俺が用意するのは無理なことだ。
「ダイナマイトって言えば、建築現場での解体工事なんかでよく使われるけど、さすがに盗めないだろうしなぁ……エミリ」
「なんでしょう」
「お前、爆発を起こす能力とか、そういう力はないのか?」
我ながら無茶なことを要求しているのは分かっていた。しかし、それでも僅かな可能性に賭けてみたいと思った。
エミリが黙って頭を振る。
「残念ながら、私には爆発を起こす力は備わっていません。念動能力なら鬼ヶ島の誰もが持っているんですけど」
「念動ね。サイコキネシスとか、そういう奴か」
「はい。物体を動かしたり壊したり、そういった力です。でも大したもんじゃありません。重量制限がありましてね。八キロ以上の物は持ち上げられないんです」
そう、申し訳なさそうにエミリは告げた。
俺は腕組みをして、なんとか策はないだろうかと思案した。暫く考えている内に、一つだけ案が浮かんだ。
「なぁ。ガソリンを撒くのはどうだ?ガソリンを羽純に向かって撒いて、そこに火を付けるんだ」
「ガソリンですか。それは知ってます。確か石油を精製して作られる燃料の事ですよね?」
「ああ。ガソリンなら簡単に手に入るし、扱いも容易だ。なんとかなると思うんだが」
我ながら中々の名案だと思った。しかし、エミリは再び頭を振って、俺の案をあっけなく却下した。
「和成さん。貴方の案では『爆発』ではなく『燃焼』です。只、火炎が轟々と立ち昇るだけです。それでは羽純さんを助ける事はできません」
「一緒なもんだろ。爆発と燃焼なんて」
「全く違います。目玉焼きとオムレツくらい異なります」
どっちも卵を使っている点では同じじゃないかと反論しようとしたが、やめた。不毛な論争に時間を割いている暇はないのだ。
「にしてもさ。何で君のご先祖樣はこんな事をしたのかな」
「こんな事?」
「ああ。助ける方法があるんだったら、わざわざ袋閉じにする必要なんてないだろ?普通にしていればよかったのに」
俺の素朴な疑問に、エミリは直ぐには答えなかった。
温くなった残りのサイダーを飲み干し、可愛らしいゲップをすると、彼女はまじまじと俺の顔を見つめてこう言った。
「多分、和成さんに知って欲しかったんだと思います」
「何?」
エミリは、もう一度ゲップをすると、再び口を動かした。
「私はここにやってくる前に、この古文書を少なくとも十回は繰り返し読みました。その私の意見ですがこの古文書に袋閉じの仕掛けなんて、されていませんでした」
「な、何言ってるんだよ。現に、こうして袋閉じが仕掛けられてたじゃないか!お前が見落としていただけなんじゃないのか?」
「そんな筈はありません」
「じゃあ、どういうことなんだよ……」
到底信じられない話だ。
エミリの言葉から考えるに、彼女が古文書を読んだ時に袋閉じはなくて、俺が読んだ時には袋とじがあったと言うことになる。
そんな手品のような、マジックのような不可思議な現象が、果たして起こるものなのだろうか。