第十五話
「古文書?」
初めて出てくるワードだ。
エミリは、横に置いてあったショルダーバッグから、一冊のボロボロの本を取り出した。
それは辞書か何かの類のように見えた。
それぐらい分厚く、重そうな本だった。
少なくとも、二千ページはあるように見えた。
表紙には、金色の刺繍で解読不明な文字が刻まれている。
「これは、鬼ヶ島に代々伝わる古文書なんです。鬼ヶ島の成り立ちから、鬼ヶ島の歴史、それにノドグロとの戦いの歴史が書かれています。ノドグロや、ノドグロに寄生された宿主との戦いの対処法もここには示されています」
「君は、それを読んで、ノドグロとの対処法を見つけ出したのか?」
「ええ、そうです」
エミリは両手で古文書を抱えて、一枚一枚丁寧にページを捲っていった。中程までページを捲った所で、エミリが開いたページを俺に見せてきた。
「ここです。ここから約百ページ程が、ノドグロの対処法になります」
俺は古文書をエミリから受け取り、何気なくページを捲る。
筆で書かれた文字は達筆であるからか、それとも複雑な漢字が多いからか、何が書いてあるのかは全く分からなかった。
「あれ?」
違和感を感じたのは、八十ページ程捲った所だった。一枚だけ、他のページと比べて分厚いページがあった。
何度も何度も、そのページを手で触ってみる。やはり、ここだけが異様に分厚い。
「この部分、『袋閉じ』になってるんじゃないのか?」
直感ではあったが、確信に近いものがあった。袋とじの意味がよく分かっていないらしく、エミリは首をかしげるだけだった。
俺は素早くその場から立ち上がると、クローゼットの引き出しの奥からハサミを取り出す。
「な、何するんですか!」
ハサミの先端を袋とじのページにあてがおうとした時だった。エミリはこれまで聞いたこともないような大声を上げた。恐らく、大事な古文書がハサミでぐちゃぐちゃに切り裂かれると思ったのだろう。
俺は、至って落ち着いた声でエミリをなだめようとする。
「いや、だから袋とじだよ!まだ読んでいないページがここにあるんだ!」
「袋……なんですか?それ」
「袋閉じっていうのは……ああっもう!いいから開けるぞ!」
俺はエミリからの質問を投げっぱなしにすると、素早く、丁寧にハサミを滑らせた。
ハサミでページを切り終え、俺は慎重な手つきで袋とじのページを開けた。そこにはやはり、あの達筆な、解読不能の文字が並んでいた。八ページの袋とじだった。
「やっぱり!袋とじだった!まだ読んでいないページだ!」
俺は、興奮冷めやらぬ口調で古文書をエミリに手渡した。
「こんな所に仕掛けがあったなんて…………」
「早く読んでみてくれ。もしかしたらそこに、羽純を助けられる手掛かりがあるかもしれない」
エミリは答えず、真剣な目付きでページを読んでいた。一方、俺は空になった缶ビールを左手でギュッと握っていた。
――やがて、袋とじのページを読み終わったエミリが、驚きとも、感嘆とも付かない表情で、俺の目を真っ直ぐ見据えてこう言った。
「和成さん。もしかしたら、羽純さんを助けられるかもしれませんよ」