第十四話
「なぁ……ノドグロの事なんだけどさ」
俺は、話題を変えるためにノドグロの話をすることにした。
「なんでしょうか?」
「肝心な事を聞いて無かったよ。ノドグロの尻尾ってどうやって封印するんだ?」
ずっと気にかかっている事ではあった。尻尾とは言え、あんなおぞましい怪物の一部なのだ。封印の方法だって、かなり手が込んでいる必要があるんじゃないだろうか。
「良い質問ですよ和成さん!」
ハキハキした口調で、エミリが言った。
「まず、封印に必要なのはあの巻物です。あの巻物が全ての要と言っても過言では有りません。そして、もう一つ必要な物があります。それは『水』です」
「水?」
「はい。ですが、一口に水とは言ってもカルシウムやマグネシウムを含んだ不純物混じりの水ではなく、電解質を含まない『純水』と呼ばれる水が必要なんです」
「ああ、それなら大丈夫だ。純水ならうちの研究室に嫌って程あるからな」
「本当ですか!?それは助かります!やっぱり、和成さんをパートナーに選んで正解でした」
「それで?どういう段取りで封印するんだ?」
「まず、純水を羽純さんにぶっかけます。すると、羽純さんの体に巣食っているノドグロの尻尾が体の中から外に飛び出してきます。それが好機です。呪文を唱えて巻物を起動させれば、自動的にノドグロの尻尾は巻物に封印されます。それで全ては完了します」
「随分と簡単なんだな……」
「いえ、そうでもありません」
そう言うと、エミリは少し伏し目がちになった。何か、言葉を発する事を遠慮しているような、そんな素振りだった。
「今お話したのは、寄生レベルが一から二の時の対処法です。今回のケースのように、寄生レベルが三にまで上昇している場合、最初の純水をかける所でノドグロが暴走を始めるでしょう」
「ぼ、暴走?」
「はい……私も詳しい原因までは深く理解していないのですが、純水というのはノドグロにとっては『毒』のような物なんです。レベル一や二の宿主に純水をかけると、ノドグロはまるで、マヨネーズをぶっかけられたヒルのように、新鮮な空気を求めて宿主の体からその本体を外に曝け出します。ですが、レベル三の宿主の場合はそうではありません。レベル三の宿主に純水をかけると、あろうことかノドグロは宿主を守る行動に出るんです。具体的には、宿主のありとあらゆる汗腺から黒い触手を伸ばして、それで宿主の体を、まるで織物でも織るかのように包み込み、巨大な化物になります。こういう場合、もう純水を掛けても効果はありません。暴走を止めるには、宿主の四肢を切断し、力を完全に奪った後で封印する必要があります」
まるで、御伽噺の設定を聞いているような感覚に襲われた。
だが、これは御伽噺でも何でもない。実際に、これから俺とエミリに起こる出来事なのだ。
空想でも、ましてや虚構でもない。
「四肢を切断するって言ったけど、それって、羽純を殺すって……事なのか?」
ゆっくり、しかしはっきりとした口調で俺はそう言った。暫しの沈黙が流れ、やがて、エミリが重い口を開いた。
「そういうことになります……すみません。私が読んだ古文書にはそれしか書いていませんでした……」