第一話
本作は、2012年8月26日に小説投稿サイト「のべぷろ」様に投稿した作品を、一部改訂した作品になります。
村田 和成樣
拝啓 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
先日はお忙しいところ弊社の最終選考試験にご来社いただきまして、ありがとうございました。
応募者多数のため慎重に選考を重ねた結果、まことに残念ながらこの度はご遠慮いただくことになりました。せっかくのご希望ではございましたが、何卒ご了承下さいますようお願い申し上げます。
末筆ながら今後の貴殿のご健闘をお祈り申し上げます。
敬具
「……またかよ」
ノートパソコンの画面に映る無機質な文字を見た俺は力無く呟くと、鋭く舌打ちをした。
時刻は昼の十二時を回っている。週末だからだろうか、研究室には俺以外誰も残っていない。
俺の名前は村田和成。北陸地方にある、とある国立大学大学院に通う二年生だ。世間で言う所の『修士二年生』という奴だ。専攻科目は有機化学。多くの有機化学を専攻している数多の学生に洩れず、将来は化学系の会社で働くことが夢だ。
そして、俺はその夢を叶える為に就職活動に明け暮れている真っ最中なわけだが……状況は芳しくないと言って良い。
今は五月の中旬。
この時期は大部分の就活生にとって、将来の明暗がくっきり分かってくる時期でもある。ゴールデンウィークはとっくに終わり、内定通知書を片手に舞い上がる学生達が現れるその一方で、内定を掴めなかった者達は周りから置いてけぼりにされていく。
孤独感に苛まれ、焦りが心の中を支配し始めていく。
もちろん俺はと言うと、華々しく就職活動のゴールテープを切って内定を獲得……なんてことはまるでなく、未だに先の見えない暗闇の中を必死にもがき続けている始末だ。
具体的に言おう。
現時点で貰った内定の数はゼロ。連戦連敗といった状況が続いている。
だが俺の場合、連戦連敗とは言いつつも、他の学生とは少々様相が異なっていた。
「おー和成。今日も研究室にいたのか」
研究室のドアを開け、見知った顔の男が瞼を擦りながらこちらに近づいてきた。
まるで岩陰に生えているワカメのような、癖っ毛の強い髪をくしゃくしゃと右手で掻きながら、眠そうな目で語りかけてきた。
彼の名は支倉と言った。俺と同じ修士二年生であるが、彼は博士課程への進学を決めている為に、就職活動は行なっていない。
就活の重圧など微塵も感じていないその姿を多少ではあるが憎らしく思いつつも、俺には彼が少し羨ましくも思えた。
だが、自分は研究者には向いていないという事をこの二年間で痛いほど知った俺は、間違っても博士課程だけには進学しまいと心に決めていた。
自分が選んだ道なのだ。今更、逃げ出すなどと言う格好悪い事はしたくない。
「どうよ就活。もう決まったか?」
「いや、また最終面接で落とされた」
「またぁ!?お前これで何社目だよ。二十社目?」
「いや、二十一……もうさ、俺、就職出来ない気がしてきた。このままじゃフリーター街道まっしぐらだ」
自然と、溜息が出る。
去年の暮れから就職活動を始めて、これまで二十一社にエントリーシートを提出し、その全てが最終面接まで駒を進めた。悪くない結果だと、事情を知らない人達は言うだろう。
しかし、現実とは非情なものである。どれだけ多くの化学会社を受けても、必ず最終面接まで進み、そして必ず最終面接で落とされてしまうのだ。二十一社、全てがそんな結果だった。
最近は範囲を広げて、食品会社や香料会社にもエントリーシートを送ったが、結果は同じだった。
ここまでくると、もはやある種の『呪い』なんじゃないかと思ってしまう。
そして、この『呪い』が続く限り、自分はこれから先、どんな企業を受けても必ず最終面接で落とされてしまうんじゃないかという『恐怖』を最近は抱いてしまっている。
そのせいか、ここのところ寝不足が続き、ストレスのせいで六年振りに顔に吹き出物が出来てしまった。
「でもある意味スゲーよな。受けた企業全部が最終面接まで行って、そんでもって最終面接で全部落とされるってのも。レジェンドだぜ、レジェンド」
此方の気持ちなどまるで意に介さない様子の支倉が、僕の肩を小突いた。口調からして、俺の現状を少し楽しんでいるみたいだ。
「不名誉極まりないよ……はぁぁ……面接なんて無くなっちまえばいいのに」
「……まぁ、頑張れよ。俺はほら、ドクターコースに進学するから就職は関係ないけどよ。でも応援してるぜ」
そういうと支倉はそそくさとその場を後にした。足取りが軽い様子を見ると、このあと彼女とデートに出かけるだろうというのは想像に難くなかった。