第十一話
正直本気でこのとき頭にきた。
俺の師匠である寺井さんを刺し、さらに裕貴の兄貴である秋仁さんを死に追いやった黒い月への入団を進めているのだ。
「……けんな」
「なんか言ったか?」
「ふざけんなっつったんだよクソ野郎!」
もはや亮介には恐怖や不安はなく、このふざけた野郎に対しての怒りがどんどんこみ上げてきた。
「てめぇら何人の命を奪ってきてんだよ!」
「ふん、覚えてないなぁ?」
そうすっとぼける吉澤にたいしてさらに怒りが膨れ上がる。
「だめ…だ、りょうすけ…耳を貸すな…」
しかし寺井さんの言葉を無視して俺は吉澤に言う。
「俺は守るために四元教会に入ったんだ。あんたみたいなクズを捕まえるために、PSIを使った犯罪をなくすために訓練をしてんだ」
「面白いなぁお前。その体でなにができる?現にお前の師匠が死にかけてるんだ。弟子のお前がかなうはずないだろ?」
「聞くなりょうすけ、話術は…こいつの…専売と…っきょだ…」
「なにいってるかわからねぇんだよ、もうお前に用はない。どいてろ寺井」
そう言って寺井さんに刺さっているナイフを水で濡らし、握って引き抜いた。
「ゔぁっ……」
「黒い月に入らないお前にも用はない。ただの危険分子だ。さっさとしね、及川亮介」
吉澤はナイフを向けてくる。先生も一人助けに走っているが間に合わない。
くそっ、こんなところで死ねるか…
ドスッ…
鈍い音がして、硬くつむった目を開ける。しかしと俺にナイフは届いていなかった。そして目の前には寺井さんがいた。
「弟子を…まも…ること……も、ししょ…の使命だ…ろ……?」
「寺井さん!!寺井さん!!」
今度は急所を刺されている。
嘘だ…やめてくれ…なんで、なんでまた?
なんでまた大切な人を奪われる?俺に力がないからか?
「ねぇ、寺井さん、寺井さん!」
「おま…えはい…きろ…」
力のあまり入っていない言葉を言い残して、寺井さんは亮介の上にのらぬよう、よけながら倒れた。
仰向けになった寺井さんの目にもう光は宿っていない。
うゔっ……また守れなかった…
また………
ふとこの1ヶ月の出来事が蘇る。
寺井さんに初めてあったときのこと、指導してもらったこと、寺井さんのPSIで火傷してしまったこと、寺井さんに裕貴のことを話したらかなりおちょくられたこと。
一つ一つ鮮明に覚えている。
時間は短くても関係ない。寺井さんはたいせつな師匠だ。
気づけば涙が止まらなかった。頬を伝っていく涙が熱い。
「おいおい、男がなくなんて情けねぇな。
師匠を失って悲しいか?じゃあお前が仇を取るか? どうすればお前の本気を見れる、国本裕貴を連れて目の前で殺してやろうか?」
は?
「なんで裕貴を知ってんだよ」
「知ってるもなにも、あいつの兄貴を殺したのは俺だからなぁ。いやぁあいつの兄貴は強かったよ。不意打ちでなければ殺せなかった。まぁあのときの妹の絶望に満ちた表情と言ったらったらなかったけどな」
寺井さんを殺した? 秋仁さんを殺した?
裕貴を殺す?
そんなことが、そんなことがあってたまるか。
「ふざけるな」
「聞き飽きた」
「お前だけは許さない」
「それは勝つ奴の言うセリフだ。お前には似合わん」
こいつだけは許せない。そもそも生きて捕まえるってのが無理な話だ。こいつら犯罪者に生きる資格なんかない。逮捕なんて考えが甘かったんだ。ここで、殺す。
そう決意したときにはもう亮介は立ち上がっていた。渡部さんの制止を振り切って。
そして驚いたことに腹にあった傷が塞がっているのだ。既に痛みもなにも無かった。ただあるのは怒りと憎しみだけ。
何故だか両手が熱くなってくる。すると両方の手の甲にあの四元士のマークが刻まれて光っていた。
ーマークは右手にしか出てこないー
高月さんはそういっていたが、確かに左にもあるのだ。だがそんな疑問を持っている余地はなく、すぐに準備に入る。
「おっ? とうとう本気かい?火の四元士さんよぉ」
奴は俺の左手に集まってくる炎を見て言う。どうやら俺が気の四元士であることはバレていない。
「でもそれじゃあ火力不足だな。そんなんじゃあ俺どころか長谷川も倒せねぇよ」
「そんなこと知るか。ここでお前を殺す」