第十話
周りには水の結界を張られ、先生たちが入って来れないようになる。
ダッダッダッダッ!
長谷川が走ってくる。
(くそ、考えてる暇なんかねぇ!)
水でできた槍を亮介にむかって投げてくる。がなんとか亮介はそれをかわす。
ザッ!
だが背後からは予想外の音が聞こえできた。
せいぜいその槍は人を突き飛ばす程度に思っていたが、振り返るとそれは壁に刺さっていた。目的を失った水の槍は崩れてただの水となる。
躱されたことに少し驚いていたが、すぐにもう一本投げて追撃してくる。
距離が縮んだことにより少し反応が遅れ、槍が頬をかすめる。が俺にはそんな少しの痛みを気に留めている暇はない。次の攻撃に備えて少し下がる。
しかし亮介の予想とは違い、長谷川は右手で殴りかかってくる。距離があるため簡単に躱せた、
(こいつ…もしかして出せる量は槍二本分だけか?)
そう仮説を立て、反撃しようと殴りかかった。がその仮説が裏目に出て、長谷川が左手に持っていた水のナイフが亮介の腹部に刺さる。
「うぐっ…」
「残念だったなぁ及川、気づかなかったろ」
力が入らずその場に亮介はうつ伏せに倒れこむ。今まで感じたことのない激痛が腹に走る。
勝利を確信したのか、長谷川は俺の顔の前にしゃがみ込む。
「なんだよ、PSI使えねぇのかよ。拍子抜けだぜ」
完全に油断しきっている長谷川に一矢報いるには今しかない。亮介はばれないように、携帯しているライターに手を伸ばす。長谷川からは死角になっている右の腰あたりで火をつけ、手の中に隠す。そして注意をそらすように
「ふん、こんな…の全然きかね…えよ……」
「ははははっ! 笑えるぜ! もうすぐにでも殺せるのによぉ!」
「お返しし…てやる…よ」
一瞬キョトンとした表情を浮かべ、
「あっ、やってみ……っ! ぐぁぁぁぁ!」
長谷川の右目に手の中にあったライターの火をねじ込んだ。右目を焼かれていることで冷静さを失う。
「クソォォォォ! 殺す!」
そう言って水のナイフで切りかかってくる。
が、その刃が亮介に届くことはなく、直前で消えた。
「あら亮介、随分なやられようねぇ」
「すいません、寺井さん」
目の前には助けに来た寺井さんが立っていた。
「でもがんばったんじゃない? まぁ後は任せて寝てるといいわ」
そして長谷川に振り返って
「火が水に負けるって言うあんたの固定観念を覆してあげる」
寺井さんは長谷川にそう言い、身構える。
「うるせぇなクソババァ!」
ピクッ。
なんとなくだが、寺井さんの眉毛が動いた気がした。
「はぁ?誰がクソババァですって? あたしはまだお姉さんだこのクソガキィィィ!」
あっ、やばいな、寺井さんブチ切れちゃってる。どんまい、長谷川。自業自得だ。
とさっきまで自分の命を狙っていた相手兼クラスメイトに心の中で、静かに黙とうを捧げる。
火の訓練は主に寺井さん、寺井由香里さん、が担当してくれている。訓練中も何度か寺井さんのPSIを見たが、全て加減してわかりやすくしてくれている。そのため本気はまだ見たことない。長谷川が興奮したおかけで見れそうだ。というか二人とも子供だなぁ、あんな挑発に乗るなんて。
「お姉さんの恐怖ってやつを教えてあげるわクソガキ」
寺井さんは左手を前に出す。
「チィ、うるせぇなババア」
挑発されてムキになった長谷川は両手を広げて、一気に手を合わせた。まるで合掌でもするかのように。
手を合わせた瞬間、水の結界が一気に寺井さんに押し寄せて行く。
「しねクソババァァァ!」
しかしその水、いや、水流は寺井さんに届くことはなく、一滴残らず全て消えた。いや、蒸発した。
「ババァ呼ばわりしたお礼に『中火』でいってあげる」
ゴォォォォォォ!
みるみるうちに寺井さんの左の手のひらに炎が集まって行く。
いやいやいや、これ中火かよ? 完全に強火通り越してるだろ?『爆炎』とかの方が正しいと思うけど。長谷川もかなり驚いていて、微動だにしない。
(もし『強火』になったらマグマでも出るんじゃないか)
そう亮介が案じているとき、寺井さんの手のひらから『中火』?がすごい速さで放たれて長谷川に向かっていく。長谷川も反応して水を出すが意味もなく、一瞬で蒸発し、直撃した。とてつもない爆音とともに爆風が起きる。
煙が晴れると、そこには腹部が真っ黒になった長谷川が倒れていた。例えるなら炭火で焦げた肉のようだ。いや、マジで…
「ちょっと張り切りすぎちゃった、でも大丈夫、多分生きてるから」
と舌をだして亮介に言う。
ホッとしたと同時に、自分の置かれている状況に気がついた。
(あっ、やべ、失血しすぎた。力がはいんねぇや)
亮介にはそこに寝っ転がっていることしかできない。だが長谷川も逮捕され、とりあえずひと段落はついた。
5分くらいしてさらに3人四元士が来て、2人は長谷川を連行していった。そして1人は亮介の治療に当たっている。応急処置だけだが。
「大丈夫か亮介」
「はい、なんとか無事です。助かりました、寺井さん」
治療されながら亮介は答える。
「まぁまだまだ未熟なこったな!もっと訓練し…」そう言いかけたときだった。
「寺井さん、後ろ!」
ピチャッ。
顔に血が飛んできた。
「寺井さん!!」
なぜ入ってこれたか、なぜ誰も気づかなかったかはわからないが、確かに寺井さんは背後からナイフで、誰かに胸部を刺されている。
「ゔっ、りょ…う…すけ…にげ…」
「うるせぇな」
そう言って背後の男はナイフをひねる。
「うがぁっっ…」
寺井さんはさらに苦しそうな顔をしながら、少し突き出たナイフを握る。
「寺井さん、寺井さん!」
「はや…く、りょうす…け…をつれ…て…にげて…」
俺を治療している渡部さんにそう言って、刺している男を睨みつける。
「おぉおぉ、怖いねぇ寺井さん?」
「あっ、あんた…は……吉澤?」
寺井さんはかなり驚いている。それもそのはずで、吉澤は1年前に行方不明になった四元教会の幹部と聞いたことがある。見た目は30台後半くらいで、髪が肩甲骨くらいまで伸びている。目は冷え切っていて、俺や寺井さんをまるで死にかけの動物のように見ている。
死亡や黒い月に入ったということが噂されていたがどうやら後者だ。
「新人かい? 君は」
そう言って吉澤は笑う。
「あんたに…かんけ…ない」
「そう冷たくしないでくれよ。おおっと、ナイフを熱していたか、危ない危ない。昔から寺井さんは考えることが怖いねぇ。っとまぁそれは置いといて、あの使えない長谷川の行動や俺が来た理由はお前だ、及川亮介」
「長谷川から聞いた」
「あぁそうか。だがこれでは説明不足だ。
どうだ?黒い月に入らないか?」
「は?」