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マグデリアン学園-4 ガイウスとリノ



 翌日はミハエルリノにビクビクしながらも登校した。グラヴィオンがいるから大丈夫と、自分に言い聞かせる。

 マグデリアン学園はいつもと違う。あまりの広さに多くが迷子になっているようで、白いローブの生徒が忙しそうに玄関広場で蠢いている。

 マグデリアン学園の生徒のローブの色は黒だから、広場が大きなオセロみたい。

 ミハエルリノに見付からないようにフードを深く被って、正面玄関から学園内に入ろうと急いだ。

そうしたら、視界が狭いせいで白いローブの生徒とぶつかってしまった。


「あ、すみません……あっ」


 相手から謝ってきたから、顔を上げて確認する。そのマリアンステラの生徒には見覚えがあった。

 長く伸びた白金髪を青いリボンで束ねた彼は、入学試験の時に私を怒鳴ったガイウスだ。

 目を見開いたガイウスは、すぐにギッと鋭い目付きで私を見てきた。

 途端に苦手意識が強くなる。こんなにも早く、会うとは思わなかった。出来れば、会いたくなかった。


「お前……ジュリア・ラヴィー」


 謝ってすぐに立ち去ろうとしたら、ガイウスが私の名前を口にした。記憶よりも遥かに低くなって威圧的な声に、びっくりして震え上がる。

 なんで十年も前に一度会ったきりなのに、私を覚えていてくれているのだろうか。


「お前……学年トップの成績らしいじゃないか……」


 ギロリ、とガイウスが睨んできた。

何故それを知っているのだろうか。


「やっぱり十一年前の試験、手を抜いたんだな。実力を隠してわざと試験を落ちた……そうなんだろ」

「!」

「ジュリア・ラヴィー! 決闘を申し込む!!」

「!?」


 ガイウスがいきなり声を上げてきた。

 け、決闘!? なにゆえ!?


「前代未聞の百点満点をとったお前を、入学試験の受験生は目標にしていたんだぞ! なのに途中でペンすら放すなんて、ふざけるなよ!」


 ガイウスの怒りが、今ぶつけられる。今更責められて、ビクリと震えた。彼の声はまるで突き刺すようだから、痛みを感じてしまう。


「勝ち逃げなんて許さない。今すぐに俺と魔法対決しろ!! リベンジだ!」


 ブワリとガイウスの長い髪が高まる魔力で揺れ動く。

 凄むガイウスの迫力に、気圧される。十一年前からずっと根に持っていたらしい。

 ガイウスが声を上げるから、広場を行き交う生徒達が皆足を止めて注目した。


「あれが例の百点満点をとった……」

「まぐれなんだろ、入学試験本番は落ちたんだから」


 白いローブの生徒達がこそこそと話している声が耳に届く。

 私が知るより、あの試験の満点は知り渡っているようだ。想像したら、なんだか気分が悪くなる……。

 昨日と違い、グラヴィオンは出てこない。私自身で対処できると判断したみたいだ。

 出会いを大切にしてしていきたいと思ってきたけれど、出会う人全てと仲良しの友だちになれるわけじゃない。敵になる人や嫌う人もいる。誰かの敵意も悪意も、怖いもの。

 ガイウスに怒鳴られた十一年前は、なにもできずに座り込んだ。たぶん、怖かった。

でも今はグラヴィオンがついているから、大丈夫。私にできる。

 ギュッと自分の手を握り締め、気を鎮めてから答えた。


「……お断りします」


 私は深々と頭を下げて、丁重に決闘はお断りする。


「……はっ?」


 ガイウスは唖然とした様子。


「根を持たれようとも、私には決闘を受ける義理はありません。なので、お断りします」


 決闘は断れる。この世界では第三者が立ち合って行うが、申し込まれた方が応じなければ必要はない。

 一方的な怒りを受け止める義理は私にないと思う。なにより、私はガイウスと決闘をしたくない。

 ガイウスはやがてピクピクと眉を震わせ、みるみるうちにまた怒った表情に変わる。


「ふ、ざ、け、るなぁー……」


 ゴゴゴォという効果音がぴったりなほど、ガイウスは凄んだ。ユラユラと髪と白いローブが揺れる。

 魔力は相当高いようで、昨日のミハエルリノの時と同じように危機を覚えた。


「ジュっ、リっ、アっ!」

「ひやあっ!」


 固まっていた私の背後から、ミハエルリノがローブごと抱き付いてきたから震え上がる。慌てて悲鳴を上げた口を押さえた。はしたない。

 ミハエルリノだ、ミハエルリノだ、ミハエルリノだーっ! きゃあ!


「おはよう。あのね、ジュリア」


 異性が、というかミハエルリノが抱き付いている!

 お腹に強く巻き付く腕で締め付けながら、ミハエルリノは肩に顎を乗せてゆったりと囁くように静かな声を出す。


「食堂って、どこなのか、教えて?」

「う、うん……おはよう、ミハエルリノ。あ、リノ」

「うん。おはよう。ジュリア」


 リノと呼ばなくてはまた怒られかねない。慌てて呼び直すと、間近でにっこりと微笑まれた。

 今日のミハエルリノは朝から上機嫌だ。


「な、な、なにやってるんだ! リノ! レディーに抱き付くなんて!!」

「ガイウス。おはよう」

「あっ、おはよう。……じゃなくて離れろ!!」


 怒鳴るガイウスに対しても、ミハエルリノはその静かな口調を保つ。

対照的な二人だけれど、仲が良いみたいだ。


「ガイウス。ジュリアに決闘を受ける義理はないし……再会した途端にレディーに決闘申し込むのは、どうかと思うよ」

「!!」


 私に抱きついたままミハエルリノは、穏やかな口調で言う。揚げ足をとられてガイウスは顔をひきつらせる。


「……んぅ、ジュリア……いい匂いするぅ」


 スルッとミハエルリノが肩に顎をすり寄せて、耳に静かな声を吹き掛けてきた。

 ちょっとゾワッときてしまうけれど、悲鳴はぐっと堪える。そんな私なんかよりゾワッときたみたいに、ガイウスは顔を真っ赤にして震え上がった。


「ふ、ふしだらっ!!!」


 ふしだら!?

ガイウスに怒鳴られ、私はショックを受ける。

 ふ、ふしだらなんて……ふしだらなんて……。真っ当に生きてきたのに、ふしだらって言われるなんて……。


「何事ですか?」


 そこに白いローブを身に纏う女子生徒が声をかけて、私とガイウスの間に立つ。

 長身で大人びた雰囲気からして上級生だと思う。紫の髪は、ストレートに腰まで伸びていた。凛とした美しい顔立ちと立ち姿からして、恐らく貴族のご令嬢だ。


「初日から風紀を乱すことをなさらないでください。ガイウス様、ミハエルリノ様」

「す、すみません……。ジャスミン先輩」

「先輩、と呼ばなくともいいのですよ。ガイウス様」


 どうやらマリアンステラ学園の風紀委員らしい。ジャスミンという名の上級生は花のような微笑みを、反省の色を見せるガイウスに向ける。

 ミハエルリノは私から放れようとしない。上級生には無反応を示した。


「ジュリア、行こー」


 マイペースにもミハエルリノは、私の背中を押してその場から離れ始めた。ガイウスは追い掛けてこない。

 代わりに最後に目が合った上級生に、ギロリと鋭い眼差しを向けられた。

 女子生徒にまで睨まれてショックを受けながらも、集まってしまった生徒達を避けて五つ並んだ大きな扉の真ん中を進む。

ここを真っ直ぐ進めば食堂だ。案内は必要ないけれど、フラフラと一緒に進んでしまう。


「気にしないで、ジュリア。ガイウスは君をライバル視してるだけだよ」


 ミハエルリノに言われ、私はハッと我に返る。

いつの間にか、腕組みをされて並んで歩いていた。

 白と黒のローブの組み合わせがくっついて歩いているから、すれ違う生徒達に注目される。

ミハエルリノから離れようとしたけれど、腕を放してくれなかった。


「ジュリア。授業で使う教室も、あとで教えて?」

「えっ」

「ランチも一緒にいい?」


 ゆったりした口調で他の教室の案内とランチを頼まれる。少し困って悩むけれど、ミハエルリノは昨日と違って怖さを感じない。

 穏やかに微笑んで見つめてくるミハエルリノは、純粋に私を好いて甘えているようにも思えた。

ますます犯人とは思えなくなる。


「!」


 そこで行く手を塞ぐように男の人が立つから、私もミハエルリノも立ち止まる。見覚えがないから、マリアンステラ学園の教師だろう。


「お久し振りですね、ジュリアお嬢様。俺のこと、覚えていますか? シュナイズ・スパイダーです」


 ひょろっとした細く長身の男性は、頭を傾けてにこりと笑いかけてきた。癖の強い茶髪で隈が目立っていて、不気味さを感じる。

覚えていない、と私は首を横に振った。


「それは残念です。マリアンステラ学園の入学試験はどうです? 覚えていませんか?」

「いいえ……」

「それはまた残念です。貴女は唯一あのテストで満点をとった生徒なのですが……。どうですか? もう一度、テストを受けてみませんか?」


 入学試験を、もう一度。

マリアンステラ学園は何度か私にもう一度入学試験を受けないかと、家を訪ねてきたと聞いたことある。

でも入学を望まなかった私のために、お父様もお兄様も断ってくれた。

 ただならぬ嫌な予感を抱いていたら、息を潜んで黙り込んでいたミハエルリノが私の前に立つ。

それはまるで、スパイダー先生から私を守るようだった。


「ジュリアは受けない。近付かないでよ……」


 私の手をキュッと握り締めて、ミハエルリノが静かな声で、でも怒ったような口調で断る。

 微かに手が震えていた。ミハエルリノは、彼に怯えているように感じる。


「おや……類を呼ぶのですかね」


 目を細めて、スパイダー先生は私達をゆっくりと交互に見た。嫌な視線に私は、思わずミハエルリノの手を握り返す。


「魔力試験は、魔力の城壁に入るか否かで決まる。中に入れば合格。十一年前の魔力試験、ジュリア嬢は魔力は想定以上の量でした。ミハエルリノはジュリア嬢を更に越える魔力の持ち主で騒然としてしまいましたよ。更にはジュリア嬢の筆記試験の満点。なかなか愉快な入学試験でした」


 クスクスと笑うスパイダー先生の声は、低くてまた不気味だった。


「聞くところによれば、ジュリアお嬢様は学年トップの成績ということですね。マリアンステラ学園に入学したのなら、その才能をもっと高められたでしょう。ミハエルリノは存分に高めましたよ」


 スパイダー先生まで私の成績を把握している。私も通うべきだったと仄かに批難するようだった。


「彼はね、魔法にこよなく愛されているのです。全ての魔法に愛されたミハエルリノに、使えない魔法はない。素晴らしい才能の持ち主なのです」


 魔法に愛されている。

ミハエルリノを見ようとしたけれど、彼の後ろにいるから表情は確認できない。でも私の手を強く握る様子からして、喜んでいないみたいだ。


「お二人は、お似合いですね。仲が良いのもわかる。……ああ、どうです? 今からでもマリアンステラ学園に転入して、俺達の元で学びませんか? ミハエルリノと学ぶなら、きっと才能を飛躍的に伸ばせますよ」


 スパイダー先生は私をマリアンステラ学園に、どうしても入れたいみたい。

 名前のせいか、糸を張り巡らせる蜘蛛みたいに思えた。狙った獲物が絡み付くまで、薄い笑みを浮かべて辛抱強く待つ。

 私の前に立つミハエルリノは、その糸に絡まってしまったかのように動かない。

 スパイダー先生が、禍々しい蜘蛛に思えてならなかった。さっきまで穏やかだったミハエルリノを、怯えさせている。

 素敵な先生とたくさん出会ってきた。スパイダー先生がミハエルリノを見る目は、どうしても生徒を思いやるいい先生のものではない。


「! ジュリア……?」


 だからミハエルリノの手を引っ張り、今度は私が前に立つ。


「すみません。受ける気はありませんので、これで失礼します」


 きっぱりと断り、私は告げた。


「私はマグデリアン学園の生徒です」


 ミハエルリノの手を引いて、スパイダー先生から離れる。そのまま食堂に向かって歩いた。

 ミハエルリノのことは、きっと守るべきだと思う。事情は知らない。でも私はその直感に従うことにしてミハエルリノの手を握り締めた。




20140809

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