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マグデリアン学園-3 再会



「ジュリア……久しぶり。とっても会いたかったよ」


 首を横に傾けた彼の顔が見えるようになった。

ペリドットの髪が包む顔には見覚えがある。見つめてくるその大きな猫目にも。

 白いローブは、マリアンステラ学園の制服だ。

マリアンステラ学園の入学試験で、彼は会った男の子だった。だけど、名前までは思い出せない。


「マリアンステラを壊せば、君に会えると思ってた……。でも偶然会えるなんて、嬉しいなぁ……」


 にっこりと笑いかける彼は、妙なことを言う。まるで彼がマリアンステラ学園を壊したと仄めかす発言。

 そこでハッとする。辺りが暗い原因がわかった。

周りの壁や屋根や地面を蠢くものがいる。黒い人の形をした影だ。ゆらゆらと揺らめいて、私を囲うように壁に張り付いていた。

 闇の化身だ。黒い魔法。心の闇を具現化して手足のように操るもの。

影の多さからして、術者の闇の大きさがわかる。

 ……心を病んでいる魔法使いだ。


「……ジュリア?」


 逆に首を傾げた彼が、私を不思議そうに呼ぶ。


「……ねぇ……もしかして……ボクを覚えてないの?」


 猫目を見開いた彼は、更に怖い雰囲気を纏った。ローブのフードが、風に揺らされるように捲れる。

魔力が高まりによる現象だ。怒っている証拠みたい。

 まずい。術者の感情が暴走したら、闇の化身も暴走しかねない。

どの魔術も、精神を落ち着かせることが重要。中でも黒い魔法は、暴走が危険な類いなんだ。


「ボクはずっと……ずっと覚えてたのに……ずっと恋しかったのに……ボクのこと忘れちゃったの?」


 風に吹かれるように、闇の化身が激しく揺れながら私に迫り始めた。それは間違いなく、怒りを表しているに違いない。

 こ、こ、怖いっ!

真っ黒い幽霊に迫られるホラー映画みたいで、恐怖で凍り付いた。闇そのもの黒い影は恐ろしすぎる。

複数の揺らめく手が、私に伸ばされた。囲まれて逃げ道がない。


 ブオンッ!


 影の指先が私に触れるその前に、強風を撒き散らしてグラヴィオンが大きな姿を現す。

 私の身体に尻尾を巻き付けながら肩に足を置いて、金の瞳で闇の化身を睨む。

 危険が迫ったと判断して、攻撃体制に入った。蝙蝠ような大きな翼の先端は鋭利だし、牙も持つし火だって吹くドラゴン。闇の化身相手なら、グラヴィオンは簡単に吹き飛ばせる。心強くて、少し安心した。


「ねぇ、ボク……ジュリアと話してるんだよ……。邪魔しないでよっ!!」


 グラヴィオンの登場が気に障った彼は、排除しようと魔法で攻撃しようと両手を上げた。白いローブを激しくはためかせながら、黒い煙が彼のその手に集まる。

 受けて立つと言わんばかりにグラヴィオンが牙を剥き出しにして身構えた。


「待って! 待って! 覚えてる、ちゃんと君を覚えているわ」


 慌てて声を上げて止める。

言いながら記憶を掘り返して彼の名前を思い出す。

 学園を破壊したかもしれない魔術の使い手では、グラヴィオンが傷付いてしまう。

彼の怒りを鎮めて、止めなくちゃ。


「ミハエルリノ。ミハエルリノでしょ、お久しぶり」


 そうだ、ミハエルリノだ。

無事に名前を思い出してほっとする。これで彼も気持ちを鎮めてくれるはず。

 私が名前を忘れたことがいけない。怒るのも無理はないけれど、どうか黒い魔法を使って暴走しないでほしい。落ち着いて。


「……ジュリア」


 にっこりとミハエルリノは、嬉しそうに笑った。

それを見て、よかったと安堵する。

 荒い鼻息を私の髪に吹き掛けてくるグラヴィオンの尻尾を撫でて宥めた。

 もう大丈夫と私は伝える。

わかった、とグラヴィオンは頬を擦り寄せてきた。けれどまだミハエルリノを警戒したように見据えている。


「ジュリア、ボクはね。嘘は嫌いだけど――――君の嘘は許してあげる」


 ミハエルリノはご機嫌な笑みで、そう私に告げた。

ゾクリと背筋を恐怖が駆け巡り、私はまた固まってしまう。

 忘れていたことを、見破られた。でも、どうやら思い出したから許してくれたようだ。

 こ、怖い、この子、怖い!

 な、なんて怖い子に育ってしまったのだろう。記憶の中の彼は、とても落ち着いていた子だった。十年のうちに一体何があったと言うの。

 今の人生には無縁のはずの単語を思い出す。

ミハエルリノは――ヤンデレだ!!


「リノって呼んで。ジュリア。また明日、学園で会おうね」


 無邪気な笑顔で挨拶されたけれど、私はやっぱり恐怖を感じてしまう。

ミハエルリノがフードをかぶり直して、周りの闇の化身が消えるまで、震えながらも手を振り見送った。


「グラ……明日、休みたい」


 私よりも大きく感じるグラヴィオンを力一杯抱き締める。

 フシュー、とグラヴィオンは深く息を吐いた。それからポンポンと前足で私の頭を叩く。

 はい、ちゃんと明日も学園に行きます……。


 物凄い疲れを感じながらも、家に帰宅した。

珍しくグラヴィオンは人間の姿になって、窓辺に座って私をじっと見つめる。

 ブラックゴールドの髪は、お兄様とよく似た髪型。顔立ちもお兄様に少しだけ似ているけれど決して微笑まず、ずっと無表情でいる。

ゴールドの瞳は鋭い目付きだから、私はお兄様に似ているとは思っていない。でもお母様達は、私の双子の弟みたいだとよく言う。

 黒いコートを身に纏っていて、手はドラゴンのまま。黒いけれどゴールドに艶めく。

私に合わせた年齢の少年の姿をする時は、私に何かを言いたい時だ。

 私は天蓋付きのベッドに腰を下ろして、息を深く吐いてからグラヴィオンに話すよう促す。


「ジオに話さないのか」


 予想した通りだった。

ジオお兄様に、ミハエルリノのことを報告するべきだと責める。


「……名前を忘れられたら、怒ってしまうのも無理ないわ。闇の化身を作り出す使い手は、感情が暴走してしまったら制御が効きにくいもの。怒らせた私が悪いわ」

「そうではない」


 ミハエルリノは悪くないと私が言うけれど、その話ではないとグラヴィオンは言う。


「……仄めかしただけだし、証拠はないわ」


 ミハエルリノがマリアンステラ学園の壊した容疑者。

仄めかしただけで、犯人だという証拠はない。


「あの魔力の持ち主なら……学園を壊せる」

「そうね……」


 学園を壊すほどの力はあると、グラヴィオンも見抜いている。証拠はなくとも、彼には可能。


「でも犯人ならすぐに捕まったはずよ。見落とすわけないわ」


 犯人として捕まっていないなら、きっとミハエルリノは違う。身近な容疑者を見落とすわけがない。

 グラヴィオンは口を閉じて、じっと私を見てきた。彼が何を言いたいのか、わかる。


「きっと違うわっ!」


 私は顔を押さえてベッドに倒れ込む。

 ミハエルリノが万が一犯人だったら、動機は私と会うためということになる。

そうであってほしくないと願うけれど、ミハエルリノの力があり動機がある。犯人だという気がしてしまっている。

 私の心がわかっているグラヴィオンも同じく犯人だと思っているから、行動することを待っているんだ。ジオお兄様に報告。

 それを私は躊躇している。


「何故、庇う」


 グラヴィオンが私の隣に横たわり、私を見つめた。見つめ返しながら、返答に困る。


「わからない……でも……」


 ミハエルリノが容疑者かもしれないなんて、ジオお兄様に報告できない。

それが庇っているということならば、私にはミハエルリノを庇いたい理由がある。でもそれはわからなかった。


「……そうか」


 グラヴィオンは私の決断に委ねる。いつもそう。

 化身は心を映し、糧にして成長する。でも決して鏡で映した自分ではない。

もう一人の自分であって、もう一人の自分ではない。それが化身だ。

 グラヴィオンは私の選択を尊重して従う。目を閉じて、もうなにも言わなくなった。


「……ねぇ、グラ」

「嫌だ」

「まだなにも言ってない……」


 頼み事をしようとしたら、グラヴィオンに即答されてしまいショックを受ける。


「ミハエルリノが怖いから、人間の姿でそばにいろと言いたいのだろ……嫌だ」


 人間の姿を好まないグラヴィオンは、その頼みを聞いてくれない。

 目を開くとゴールドの瞳に私を映しながら、顔を近付けてきた。額をコツリと重ねる。


「ジュリアのそばにいる。それは変わらない」


 どんな姿でも、いつだって私のそばにいる。

だからグラヴィオンは人間の姿を保つ必要はないと常に言う。


「奴に傷付けさせたりしない」

「……わかったわ」


 片時も離れないグラヴィオンは、私を守ってくれる。昔からそうだ。

これからも、ずっと私のそばにいて守ってくれる。

 人間の姿を嫌がるグラヴィオンの頬を撫でると、その掌にキスをしてドラゴンの姿に戻った。深く息を吐いて、眠り始める。

 そんなグラヴィオンを見つめて、私も目を閉じてそのまま眠ることにした。




20140808

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