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深い森-1


 窓がカタカタと揺れる不気味な館。その天井を長い黒髪を垂らしながら、白いドレスの女の人が、這いずって追い掛けてきた。


「きゃああ!」

「ジュリア!」


 悲鳴を上げて飛び起きると、ベッドのそばにジオお兄様がいた。仄かな月明かりが射し込むここは、私のベッドルーム。悪夢を見たらしい。


「大丈夫かい? 怖い夢を見たのかい?」


 心配して私の髪を撫でて見下ろすジオお兄様に、安心感がきてすぐに落ち着いて枕に頭を沈めた。

 月のような金色の毛先は、炎のような色で染まっている。私と同じ髪色。

 海のような優しい青い瞳。私と同じ瞳の色。


「今日……リノを、デリーの館に案内したのです」

「デリーの館の夢を見たのかい?」

「はい……」


 見つめながら、力なく微笑む。お兄様は、また撫でてくれる。


「おかえりなさい、お兄様……」


 今夜はまだ帰っていなくて、会えなかったことを思い出して、私は帰ってきたお兄様に笑いかけた。


「ただいま、私のお姫様。顔が見たくなって、おやすみのキスをしようと部屋に来たんだ……。デリーの館なんて、時期が早いけれど、リノって子は楽しめたのかい?」

「はい、とても……魔法が好きで興味津々」


 もう片方のお兄様の手を握り締めて、クスクスと笑う。リノは本当に楽しんでくれた。


「悪夢を見るほどの甲斐が、あったんだね」


 お兄様は優しく微笑んでくれる。眠気に襲われる私は、そっと息を吐く。まだお兄様と話していたい。


「デリーの館は、ミミデリー校長が作ったのですよね?」

「……流石、私のお姫様。私は卒業前に漸く突き止めた」


 褒めてジオお兄様は、私の頭を撫でる。


「ジュリアなら、卒業前に自分で突き止めると思っていたよ」

「偶然なんです。館で年齢を変えた校長先生と会って……」


 どうやら、ジオお兄様はわざと真相を話さなかったみたい。私が気付いた経緯を話して、ジオお兄様が気付いた経緯を詳しく聞きたいけれど、今は他に話すことがある。眠気に負けてしまう前に。


「お兄様……話し忘れたのですが、マリアンステラの生徒に、決闘を申し込まれました」

「決闘をしたのかい?」

「いいえ。断りました。ガイウスは覚えていますか?」

「ああ……男爵家の……。勿論だよ、ジュリアを泣かせた男を忘れやしない」


 繋いでいた手に、お兄様が口付けを落とす。私はしかめてしまう。


「な、泣かされてなんかいません」

「……覚えていないのかい?」

「泣かされてませんっ」

「そう……?」


 首を傾げて見下ろしてくるお兄様が、そういう認識をしていたなんて。恥ずかしくて、私は毛布で赤くなる顔を隠した。

 確かにガイウスの言葉がきっかけで落ち込んで、最後には泣いてしまったけれども……。


「そういうことにしておこう」


 クスリ、と優しく笑うとお兄様は、また私の髪を撫でた。


「そのガイウスが、またジュリアを傷付けたのかい?」

「いえ! ただ……ライバル視されているようで……会う度に決闘を申し込まれて……。ちゃんと断っています。でもディタ先輩達が心配してくださり、お兄様の耳に入れた方がいいと。人伝だと大事に捉えてしまうかもしれないと思い、私から話しましたが、本当に大丈夫です」


 ベッドに横になったまま話してはいけないと思い立ち、起き上がろうとしたけれど、お兄様はそのままでいいと止めてくれる。


「ジュリアが大丈夫と言うならば、信じる。昨日話したように、近いうちに学園を訪ねた時に、まだ決闘を申し込んでいるようなら、私からも断ろう。出来るなら、明日にでも学園に顔を出したいのだが……仕事で少し問題が起きてしまってね」


 ジオお兄様が申し訳なさそうな表情をしたから、両手でギュッと手を握り締めた。夜遅くまで仕事をして忙しいジオお兄様が無理することない。だから、あまり話したくなかった。


「大変そうですね……お仕事が落ち着いたらでいいです。ジオお兄様が来てくれるのは嬉しいですが、無理をしてほしくは……」

「無理などしないよ、ジュリア」


 ジオお兄様の優しい声を聞いて、安心する。


「私は大丈夫ですので、お仕事に集中してください。ジオお兄様」

「信じているよ、私のお姫様」


 にこり、と笑いかけてジオお兄様は、私の頬を撫でた。よかった。ほっとしたら、眠気で瞼が重くなってきてしまう。


「私も休む。ジュリア、おやすみ。次はいい夢が見れますように」


 そっと、額におやすみのキス。穏やかな夢が見れそう。


「お兄様もよい夢を。おやすみなさい」


 ジオお兄様が部屋を出る前に、私はまた眠りに落ちた。



 翌朝は、ゆっくり朝食をとらず、私にいってきますのキスをして、ジオお兄様は先にお仕事に向かった。早くお兄様とゆっくり話したいな……と、私は寂しさに肩を竦める。でも昨夜はお話ができたのだから、それで寂しさをまぎらわせて登校した。

 古城を二つくっ付けたようなマグデリアン学園の敷地内は、またマグデリアン学園の黒いローブとマリアンステラ学園の白いローブで、オセロ状態だ。

 立って話をしている生徒達を避けて、五つの扉に向かおうと歩いていたら、前方にガイウスとミハエルリノを見付けた。

話し込んでいたけれど、リノは私に気付くなり、迷わず抱き付く。また躊躇ない。


「おはよぉー、ジュリアー」


 どこまでも広がる森のような緑色のグラデーションの髪を揺らしたリノは、穏やかな声を伸ばして笑いかける。


「おはよう、リノ。あのね」


 抱き付かないでほしいと言おうとしたけれど、乱暴な足取りで近付くガイウスに気を取られる。さっきまで柔らかい表情でリノと話していたのに、ギロッとした鋭い目付き。


「リノ! レディーに抱き付くな!」

「どぉして?」

「ど、どうしてって……!」


 きょとんとしてリノは、私に抱きついたまま首を傾げる。

 甘えん坊のリノにとって、異性に抱き付いてはいけない理由がわからないみたい。普通は交際相手ではないなら、こういうスキンシップはしないのだけれど。


「あのねぇ、あのねぇ、昨日のジュリアの剣術について話してたんだぁ。ねー? ガイウス」


 ガイウスが言葉に詰まると、リノは話題を変えた。すると、ガイウスはまた鋭い目付きになって私を見る。び、く、り。


「……」

「……」


 ギロリ、と睨まれ、私は間にいるリノに隠れるように顔を背けた。


「ジュリア・ラヴィー……決闘を」

「し、しませんっ」

「っ……」


 予想通りまた決闘を申し込まれ、私は即答する。


「でも、昨日はアレッスと決闘をしてたよね?」

「あれは授業の手合わせ」


 リノに答えると、固まっていたガイウスが跳ねるように顔を上げた。

 妥協して手合わせしろと言い出すのかと身構える。結局のところ、ガイウスは私と戦って勝ちたいのだから、手合わせも断りたい。怖いんですもの。

 私はリノにしがみついて、目を合わせないようにした。目をそらした先に、紫のストレートヘアーのジャスミンという名の女子生徒。また敵意を込めた鋭い眼差しを私に向けている。

 早く退散したくなり、そそくさと扉に向かう。けれど、ガツンッと固いものに躓いて危うく転びかけた。

でもついてきたリノが、腕を回して支えてくれる。


「あ、ありがとう、リノ」


 リノを振り返ると、彼は足元を見ていた。私も見たけれど、躓いたものがない。ただの煉瓦の道。結構大きなものにブーツの先をぶつけたと思ったのに……。

 リノはただじっと見ていたけれど、私に腕を巻き付いたまま歩き出す。


「どこで授業なの? ジュリア」

「え、四階」

「あ、同じだぁ。一緒に行こう」


 首を傾げつつも、リノに押されるがまま扉を潜った。



 世界中の生き物について学ぶ生物の授業。魔法が溢れる世界であって、様々な生き物いる。

 今日から東の森に生息する生き物について学ぶと告げられた。

 通称、深い森。人間はあまり踏み入れない危険な森には、種族があまりにも多すぎて覚えるのが大変。

 だから次のテストが怖いと、他の生徒達が漏らす。私は逆で、大変だけど学ぶことは楽しいから、次のテストにワクワクしてしまった。

 深い森。いつか、行ってみたいわ。


「ジュリア! 聞いて聞いて、王子様を見付けたのよ!」

「アレッサンドロ殿下のこと?」

「違うわ!」


 授業を終えると、ナディアが興奮した様子で話し掛けてきた。アレッサンドロ殿下も、ナディアの玉の輿候補に入っていたから、ついに知り合ったのかと思ったけど。


「あ、でも、アレッサンドロ殿下……マリアンステラに在籍してないらしいわ」

「え? そうなの?」

「ええ、逆にマリアンステラの女子生徒に、殿下が在籍していないか訊かれちゃった!」


 アレッサンドロ殿下が、マリアンステラ学園にいないなんて……。

殿下は確かに、入学試験に合格していたはず。


「ジュリアは殿下とダンスする仲でしょ? 何か聞いていない?」

「仮装パーティーで少しお話していただけで……聞いてないわ」


 毎年仮装パーティーに参加すると、気を遣ってくださるのか、アレッサンドロ殿下は毎回ダンスを申し込んでくれた。学園生活は楽しい、と言う合うくらいの他愛のない会話ばかり。てっきり、マリアンステラ学園の話をしているとばかり思い込んでいた。

 アレッサンドロ殿下は、どこだろう……。


「アレッサンドロ殿下より、あたしの王子様の話を聞いて!」


 アレッサンドロ殿下の通う学園が不明なのは、かなり重大なニュースなのに、ナディアは私の腕にせっつく。はいはい。


「すっごいイケメンなの! もう燃えるような赤い髪の持ち主の上級生! マリアンステラ学園のトップで、そして公爵家の長男なんだって!」

「まぁ……」


 ナディアがはしゃぐのもわかる。まさに理想のエリート生だ。


「ジュリアも見てみて! ジオ先輩にも劣らないんだから!」

「あらまぁ」


 ジオお兄様の名前を出されては、ぜひとも一度お目にかかりたい。

 ナディアに引っ張られるように、噂のイケメンエリート生を見に行ったのだけれど、同じく拝みたい女子生徒達に阻まれてしまい、残念ながらお目にかかれなかった。






20150129

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