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マグデリアン学園-9



 午後の最後の授業は、剣術の稽古。

中庭で行われるけれど、厳密には中庭に見える教室だ。

芝生があり、木々があり、緑が豊か。それは本物だ。

 白い雲が流れるスカイブルーの空も、本物。その教室を使う時は、壁や天井が透ける。教室に面する廊下まではうっすら見えて、他は見えず空だけがくっきりで日差しもそよ風も感じた。

 女子生徒はスカートを腰に結んで、ズボン姿で剣を持つ。私もだ。

 元騎士の教師の指示で、稽古をした。時間ごとにペアを変えて、剣を合わせる。

三回目のペアの相手は、アレッス。


「アレッス、さっきはどうもありがとう」

「礼には及ばないよ、ジュリア」


 本物の剣を持って向き合っているけれど、昼休みのお礼を言えば爽やかな笑みで返してくれた。

 深い藍色の髪がそよ風でさらさらと揺れる。容姿端麗の長身のアレッスが剣を構えると、とても優しげなかっこいい騎士に見えた。

 学年の一位と二位で互いに切磋琢磨できる好敵手だとは思っているけれど、ガイウスと違って鋭い闘争心は持ち合わせていない。だから剣を構えて微笑み合った。

 でも剣を合わせる合図が聞こえてこなくて、剣を下ろして先生に目を向ける。

 中庭の中心に立っていた先生は睨むような険しい表情をして空を見上げていた。

先生の視線の先を見れば、空ではなく廊下を歩いている生徒達を見ていたと知る。

 早めに授業が終わったらしい。純白のローブを身に纏ったマリアンステラの生徒達だ。

彼らも中庭が見える。足を止めて、私達を見下ろしていた。


「高みの見物か? お坊っちゃまどもめ……」


 先生が鬱陶しそうに漏らす言葉が聞こえる。

 先生だけではなく、他の生徒達も傍観されて不快な気分になっているみたいで顔をしかめていた。

 上の廊下から見下ろされていれば、不快な思いもする。エリートの学園だってことも、不快に思う要因。

嫌悪感を表して睨み付ける生徒までいた。

 一部だけ例外がいる。ナディアと一部の女子だ。

イケメンのエリート生に見初められたくって、髪型を気にして背筋を伸ばして、とびっきりの微笑を浮かべていた。


「おい、ちょっくらエリート達をあっと言わせてやろうぜ。マグデリアン学園だって優れてるってな」


 見下したように見ているマリアンステラ学園に、実力を見せ付けたいと言い出す。それを聞くなり、皆が私とアレッスを振り返って注目した。


「ラヴィー! お前が適任だな!!」


 先生も私を目に入れるなり、ニヤリと笑って声を上げる。

 先生の名前は、トベルガ・ハレルソン。お父様の元教え子でもある。

無精髭と癖のついた明るい茶髪の持ち主。大雑把なところは目立つけれど、お父様の教え子だけあって教え方が似ている。

 入学前からお父様に稽古してもらっていた私を一目置いてくれているから、こういう反応をした。


「ジュリア、頑張って!」

「ジュリアの剣術を見せ付けてやってくれよ!」


 周りの生徒は私に笑顔で声をかけて離れ始める。見せ付けるなんて気が進まないけれど、空気を読んで承諾することにした。


「ついでにアレッスも頑張れ!」

「俺はついでなのかっ!」


 アレッスにも声がかけられて、皆和やかな雰囲気で笑い声を出す。


「あー、もう恥ずかしいなぁ。ジュリアにまた負かされちゃうのか……マリアンステラの前で」

「ごめんなさい、アレッス。……私、剣を持ったら手を抜くなって、お父様に教わったから」


 傍観しているマリアンステラに注目しろと言わんばかりに、中庭の中心に私とアレッスだけが向き合って立つ。

 剣術の稽古でも、私が連勝中。私としても、幼い頃から剣士のお父様に鍛えられたプライドがある。負けられない。


「手を抜かれる方が恥だ。全力で頼むよ、ジュリア」

「ええ、全力でお願い。アレッス」


 微笑み合ってから、審判をするトベルガ先生に目を向ける。

頷いたのを見て、私とアレッスはお辞儀をしてから、剣を構えた。


「始めッ!!」


 トベルガ先生の合図と同時に、右足を踏み出して剣を振る。アレッスも同じ動きで剣を振ったから、ぶつかりあってキインッと弾く。

 もう一度踏み込んで剣を振れば、今度は私が押し負かされた。

 力は男性であるアレッスの方が強い。けれども、何事も強さだけではない。

 後ろの足で踏み留まり、アレッスにもう一度向かう。右から振り上げた。

アレッスの剣に触れる前に寸土めしたあと、その場で素早くスピンして左から剣を振り上げる。私の最強の武器、スピードだ。

 アレッスは反応して剣で受け止めた。一撃目をいつも受け止めるのは、同級生でアレッスぐらいだけだ。

 盾にした剣にもう一度剣を叩き付ければ、アレッスはよろけた。それでも踏みとどまると、アレッスは反撃をする。

 後ろに飛んで避けて間もなく、アレッスの懐に入り剣を振り上げた。

アレッスはそれを避けるために後ろに移動し始めるけれど、私も前に移動して距離を縮めながら斬撃を繰り出す。

 防ぐので精一杯だったアレッスが、力一杯に剣を振るった。けれど、私はそれをいなす。

 ここで決める。

両手で握り締めた剣を、力なの限り振り上げて、アレッスの剣を弾き飛ばす。

ザン、と飛んでいった剣が地面に突き刺さった。


「言ったはずよ、アレッス」


 アレッスの首元に剣を近付けて、私は笑いかける。


「やみくもに剣を振るってはだめ。隙だらけになって剣を簡単に奪われるわ」

「……参りました」


 苦笑を溢しながらも、アレッスは負けを認める。

 斬撃を受け続けると焦り、勢い任せの反撃してしまう。それを受け流されたら大きな隙を生む原因になる。


「勝者、ラヴィー!!」


 トベルガ先生が声を張り上げれば、皆が拍手を響かせてくれた。


「流石、我らのジュリア!」

「エリートが唖然としてるぜ!!」

「ジュリアちゃん、かっこいいー!」

「アレッス、かっこわるー」

「それはジュリアに勝ってから言えよな!」


 皆が声をかけてくれて、ちょっと照れくさくなり頬を押さえて俯く。

 ふと妙な視線に気付いて、上を見上げてみればポカンと口を開けて呆然しているマリアンステラの生徒達の中で――――ガイウスが透けた壁に貼り付いていた。

 壁だから彼の声は聞こえない。でも、ガイウスが私に向かってなにかを叫んでいることはわかった。

内容は恐らく……。


「……ラヴィー。あの金髪の生徒、まさかお前に決闘を……」

「ま、まさかっ。あはは」


 顔をしかめるトベルガ先生に、私は慌てて誤魔化す。

ガイウスが叫ぶ内容は決闘としか頭に浮かばないけど、確証はない。違うと思いたかった。

 ガイウスの隣には、純白のフードを被ったリノもいる。私に向かって笑顔で、ブンブンと両腕を振り回していた。

私も笑みで手を振り返す。

 そこで授業が終わるチャイムが鳴り響いた。


「……ラヴィー。教師までお前に手を振ってるぞ」

「え? あぁ……」


 リノ達と離れた廊下にスパイダー先生がいたから、トベルガ先生に言われるまで気付かなかった。

 ニコリと笑って、ヒラヒラと私に手を振っている。手を振り返す義理はないし、私は顔を俯かせてすぐに目を逸らした。


「剣を片付けて整列しろー。……どうした、ラヴィー。あの教師となんかあったのか?」

「え? いえ……」


 生徒達に声をかけてから、トベルガ先生は目を細めて伺うように私を見てくる。

 勧誘されて少し嫌な印象を抱いているなんて、言うことないと思い、首を振ってから皆と一緒に剣を片付けた。

 整列して一礼して稽古はおしまい。

するとトベルガ先生が早足で部屋を出て行ってしまった。なにか急ぎの用事でもあるのかと疑問に思いつつも、スカートを戻す。


「ちょっと、ジュリア。トラブルじゃない?」


 ナディアが目を向けているのは、まだ透けて見えている上の廊下。マリアンステラの生徒はいなくなったけれど、まだスパイダー先生がいて、トベルガ先生と向き合っていた。

 マリアンステラに対抗心を燃やしていたトベルガ先生がスパイダー先生と向き合っているから、トラブルを心配して部屋に残っている生徒達が注目する。

トベルガ先生もスパイダー先生も、私を一瞥した。


「ジュリアの話をしてるわね」


 ナディアが確信する。


「まさか……ガイウスと試合しろ、なんて話じゃないよね」


 アレッスの予想に、私は苦い顔をしてしまう。

 対抗心を燃やすトベルガ先生なら引き受けそうだし、スパイダー先生も私の実力を確かめたがっていた。

 そんな話になっていたら嫌だ。ガイウスとは極力顔を合わせたくない。……怖いんですもの。


「ジュリアー」

「わっ!」


 呼ばれて振り返ると、リノが飛び付いてきたから驚いて声を溢す。

前からギュッと私を抱き締めてくる。


「かっこよかったよぉ。ビュッて、スピンして、スパって。……ジュリア、やっぱり天才だねぇ……」


 穏やかな声で、さっきの感想を言う。

 私は天才ではない。前世の記憶を思い出したから、幼い頃から理解力が他の子よりもあった。なによりジオお兄様とお父様がとてもいい先生だったおかげ。

 私自身、努力したおかげだとも自負している。

周りは天才と称するけれど、心の中では違うといつも否定したかった。

 スパイダー先生達は、少し私を過大評価していると思う。

 上の廊下を見上げたら、先生達はもういなくなっていた。あら、どこにいったのかしら。


「……リノ。あのね、抱き付かないでほしいのだけれど」

「えー? だめぇ?」


 抱きつきをやめてもらおうと言うと、ニコニコと微笑むリノは甘えた声を伸ばす。脇の下に腕を通して背中に回してキュッと締めつけてきた。

 甘えた子どもみたいにしか見えなくて、私は強く断れない。


「リノ。女性に飛び付くのはよくないよ」


 隣に立つアレッスが代わりに言ってくれる。

リノは顔を向けてアレッスと目を合わせるなり、笑顔で言い放った。


「アレッスはカッコ悪かったね」


 思ったことを告げる無邪気なリノ。アレッスの笑みが引きつり、さっと俯いた。

ナディアが口元を押さえてクスクスと笑う。


「そうだ。今日はデリーの館に行くのでしょう? 私はイケメン捜してくるわ!」

「だめよ。ナディア」


 放課後までイケメン捜しをしようとするナディアを止める。ちゃんと部室に顔を出さなきゃいけない。


「デリーの館って?」


 リノがやっと私から離れて首を傾げた。


「マグデリアン学園の名物よ」


 ナディアの腕を抱き締めて捕まえてから、私はリノに微笑んで答える。

 詳細はまだ話さず、そのまま四人揃って部室へ向かう。

途中でディタ先輩と会った。一緒に部活に入ろうとしたのだけれど、扉を開けたディタ先輩はパタンと閉じる。


「……まずい。ラベンダーだ」

「?」


 リノはわかっていないけれど、私達はそのキーワードだけでわかった。


「ラピア先輩がラベンダーを焚いてるの。体調が悪すぎて、機嫌も最悪な時に焚いて眠るの。ラベンダーの香りは心地いい眠りに誘ってくれるし、気持ちも安らぐわ」


 私は声を抑えてリノに教える。


「しょうがない。鞄をこっそり置いて行こうぜ。サリーにはあとから伝えとく」


 ディタ先輩が皆の鞄を置くために手を伸ばす。

 ラピア先輩は気にしないでと言っていつも防音の魔術を使って眠る。でも極力眠りの邪魔をすることは避けたい。

だから今日は部室に入らずに、デリーの館に直行しよう。


「あれ、皆、どうしたの? 入らないの?」


 ディタ先輩に鞄を手渡していたら、ダノン先輩が首を傾げながら歩いて来た。

「ラベンダーです」とアレッスが伝える。


「このままデリーの館に行くぞ」

「あー……いえ、オレはパスするよ。鞄はオレが置くので、皆行ってきて」


 頬を掻いて少し考える素振りをすると、ダノン先輩はディタ先輩から鞄を取って抱えた。


「ラピアちゃんの看病する」

「……起こしたらまた毒舌吐かれるぞ」

「大丈夫、ラピちゃんの毒舌は大歓迎。目が覚めた時、一人でいるよりオレがいた方がいいでしょ」

「いや、一人の方がましじゃないか」

「酷い!」


 ディタ先輩とダノン先輩は笑ってやり取りをしながら、扉をそっと開ける。ダノン先輩は私達の鞄を抱えて中へ入っていった。


「……ねぇ、どうしてラピアさんはお家に帰らないの?」


 歩き出せばリノが疑問を私に言う。


「ラピア先輩、今祖父母の家にいるの。食堂のお店でね、今は賑わう時間帯だから帰っても休めないみたい。防音の魔術を使ってもカタカタ揺れて寝付けないし、祖父母が働いているのに自分だけ休んでいられないって思っちゃうみたい。そういう人だから」

「ラピアには、安らげる場所は部室しかないんだよ。アイツの低血圧は家庭の問題からくるストレスが原因だ。家出をして学費を稼ぎながら祖父母の食堂で働いてる今の方が、大分調子はいいらしい。学費を自分で払って、学年トップを維持してるアイツに帰れなんて言わないさ」


 私に続いて、先頭を歩くディタ先輩が振り返らないまま教える。


「家庭の問題って……?」

「それは詳しく知らないの。ただ家出をしたってことぐらいしか、ラピア先輩から聞いてないわ」


 ラピア先輩は家族について全く話さない。

 でも私はジオお兄様が教えてくれた。ディタ先輩達も知っているけれど、口にしようとはしない。

 ラピア先輩は、貴族の妾の子らしい。母親が亡くなり、貴族の父親が迎え入れたのだけれど、妻子はラピア先輩を家族と認めなかった。そんな環境が彼女の身体にも心にも悪かった。

強引に縁を切るように家出をして、母親の祖父母へ。

 そんな話を私達からリノには言えない。リノは察して、ただ私の腕に腕を絡ませて俯いた。


「そう言えば、ラピアに部室で休んでいいって最初に許可したのはジオ先輩だったな。それ以来気兼ねなく休んでくれてオレ達も嬉しい。最初、体調不良だって言わないくらい距離取ってたからな」


 ラピア先輩が部活に入った理由は、体調を整える薬を学ぶため。

でも心地いい居場所になった。ラピア先輩が甘えられる場所になった。

 ディタ先輩も、きっとお兄様も嬉しかったのかもしれない。

だからディタ先輩はお昼休みに居場所の話をしたのかな。リノにもそんな居場所になることを思ってくれている。


「……ダノンさんはどうして毒舌言われてもそばにいくの?」

「それは……ラピア先輩が、優しいからだと思う」


 リノが朝も平手打ちをされたのにラピア先輩のそばにいくダノン先輩について問うから、私は思ったことを答えた。


「優しい、って基本いい人のことを差すけど……私は指摘することも優しさだと思う。ラピア先輩はいつもダノン先輩の欠点を教えるの、昨日みたいね。ダノン先輩はきっとそんなラピア先輩が好きなんだと思うわ」


 いい人間を目指してきた私は、本当に優しい人はラピア先輩みたいな優しさを持っている人もだと認識している。

 間違いや欠点を教えるのも優しさ。

私はあまり人の欠点を指摘できない。リノの抱きつきを止めさせられないのがいい例だ。


「好きって意味が違うけどな……」


 ディタ先輩がなにかを呟く。


「え?」

「いや、なんでもないぜ」


 ニカッ、とディタ先輩は歯を見せるように笑った顔で振り返った。




20140829

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