マグデリアン学園-8
二話、連続更新!
二話目。
今日はお昼寝するように言えばリノはしぶったけれど、グラヴィオンが守ってくれると言えば渋々といった様子でどこかに行ってしまった。
ナディア達がまたイケメン探しをしているから、グラヴィオンと二人きりになった私は図書室に向かう。次の授業の予習をしようと思ったけれど、図書室Ⅰの中は生徒がいっぱいで賑わっていた。
黒のローブの生徒が談笑したり、ランチを取ったりと、楽し気。とてもじゃないけれど、勉強が出来る環境じゃない。
私は肩を竦めて、図書室Ⅱに行こうと歩き出す。広いマグデリアン学園の中には図書室が四つあるから、勉強する場所は困らない。
図書室Ⅰは真逆の場所に東の階段側にある。だから勉強道具を抱えて廊下を一人歩いた。
そう言えば、リノはどこでお昼寝をしているのだろうか。私は首を傾げた。
保健室? それとも別の場所?
「……ジュリア・ラヴィー」
前方からガイウスが歩いてきて、私の名前を呼ぶ。目を見開いた途端、キッと睨んできた。
ビクッとしてしまう。思わずリノを心の中で呼んでしまった。
「うわっ、美少女じゃん」
「この子が例の天才?」
「ガイウスの永遠のライバル、ジュリア嬢」
ガイウスは数人の友人と一緒にいた。彼らは私に注目する。一方的に私を知っている彼らは、私に自己紹介しようとしない。
居心地悪い……。
小さく私はガイウス達に挨拶をする。
「それでどっちがぶっちゃけ上なんだ? 早く勝負して白黒つけろよ」
一人の男子生徒がガイウスの肩に腕を乗せて急かす。
ガイウスは私と同じく学年トップの成績。私をライバル視するガイウスとその友人達が勝敗を知りたがる。
「……俺と決闘を」
「しませんっ」
ガイウスがまた決闘を申し込もうとする前に、私は思わず声を上げて断った。
瞬時にピキッという効果音が聞こえそうなほど、ガイウスの顔が引きつる。
怖い、と思った。
ガイウスの友人は黙り込み、彼を見る。魔力の高まりを示すように、ふわりとガイウスの金髪が浮いたその時。
「なにしてるの?」
明るい声を後ろからかけてきたのは、爽やかな笑みを浮かべたアレッス。
私ではなく、ガイウスに目を向けていた。
「話があるのだけど……いいかい? ガイウス」
「? ……どっかで……」
ガイウスは顔をしかめてアレッスを見る。アレッスはただ、にこりと微笑んで私の背中を軽く押した。
「あっ……!」
ガイウスが目を見開いて言葉を失う。友人達はただ首を傾げている。
アレッスが注目を集めているうちに私はその場から去ることにした。助けてくれたアレッスにあとでお礼を言わなくちゃ。
廊下を曲がろうとしたその先に、ジャスミンという名のマリアンステラの女子生徒が立っていたから驚いた。彼女は見下すように私を見据えている。敵意のようなものを感じてしまい、私はぎゅっと勉強道具を抱き締めた。
ガッ、という音が足元からして、反射的に目を向けた。
「えっ」
私のブーツがバケツの中に入ってしまっている。
「えっ!?」
見事に嵌まってしまったようで、歩くとバケツまでついてきてしまい、私はバランスを崩した。
階段がある前方へ倒れる。ゾクリと恐怖が駆け巡ったその時、一本の腕が伸びてきて私の転落を阻止してくれた。
「危ないだろ、バケツなんて履くものじゃないぞ」
顔を上げれば、ディタ先輩が私をからかうように笑っている。私を受け止めた逞しい腕で私を軽々と持ち上げると、ディタ先輩はバケツを外してくれた。
下ろされた私は放心状態だったけれど、なんとかディタ先輩にお礼を言う。
「時々トロいからな、ジュリアは。うかうか目を離してられないぜ」
ニッと笑いかけるとディタ先輩は、宥めるように肩を撫でてきた。苦笑を溢してしまう。
唐突にバケツが現れたように思えるけど、言い逃れにしかならないわね。
「ところで、"綻び"見てないか?」
ディタ先輩の探し物を聞いて、私は苦味を感じたように顔をしかめる。
「……まだ、春ですよ」
「夏まで待ってたら卒業しちまう」
確かに夏になる前に卒業式が来る。でも何故また"綻び"を探していたのかと首を傾げた。
「午前中に二回、リノを見かけた。一人でフラフラしてたぜ。いい奴なのに、マリアンステラ学園には馴染んでいないみたいだったからな。せめて楽しませてやろうと思ってな、今日も来るだろ」
"綻び"を探している理由が、リノを楽しませるため。昨日会ったばかりのリノのためだなんて、ディタ先輩は優しい。口元が緩む。
「あー、そう言えば、ジュリアは怖いんだっけ? デリーの館」
ニヤリと口角を上げたディタ先輩が顔を近付けて、からかってきた。
学園のどこかにある"綻び"。その中にあるものがデリーの館。マグデリアン学園の中にある館だから、デリーの館。
昔に生徒が学園内に空間を作り、館を作ったらしい。
空間を作るなんて、並外れた才能の持ち主なのに、名前すら誰も知らない。
ジオお兄様ではないのは確か。ジオお兄様が入学するよりもっと前から存在しているらしい。
何の目的で作ったのかもわからないそれは、学園中の壁を移動している。
"綻び"は言い換えれば、亀裂。
魔力を込めて亀裂を抉じ開けるように広げれば中に入れる。
夏に近付けば、"綻び"探しが始まる。デリーの館は、いわゆるお化け屋敷。空間は夜のように暗く、デリーの館は不気味に佇んでいる。
マグデリアン学園の肝だめし。生徒の夏の楽しみだ。
「私も探します」
はぐらかして、手伝いをすることにした。
「おう、助かる」とディタ先輩は、私の荷物を持ってくれると歩き出す。
「転びそうならオレの腕を掴んでていいぞ」
「もう。やめてください」
またディタ先輩がからかって腕を出してきたので、苦笑しながらも断る。
「ディタ先輩は、とても優しいですね。リノのために、どうもありがとうございます」
リノのために、楽しませることを考えてくれた。
「ジュリアの方が優しいさ」
ディタ先輩はそう返してくれる。
私よりも、ディタ先輩達、お母様やお父様、そしてジオお兄様の方が優しい。
だから肯定はできず、ただ笑い返す。
「リノに居場所がないって思ったから部活に誘ったんだろ? 子どもが行ける場所なんて限られてるし、居場所作るのはそう簡単じゃないからな」
子どもが行ける居場所。家、学校、友だち。
リノにはきっと、他の子どもよりも行ける場所が少ない。
居心地いい場所を、心安らぐ場所を、見付けるのはあまり簡単じゃない。
きっと今お昼寝している場所は、リノが行ける数少ない場所。
優しくていい人達と知り合ってほしいから、私はリノを部活に誘った。
ディタ先輩も気遣ってくれていることに感謝している。本当に誘ってよかった。
「放課後、ちゃんとリノを連れてこいよ」
「……はい」
ポンポン、とディタ先輩は気さくに笑いかけて私の頭を軽く叩く。
「そう言えば、ジオ先輩は決闘の件、なんだって?」
「……あっ」
「……"あ"?」
「……あぁ……」
「……"あぁ"?」
ガイウスに決闘を申し込まれた件を、ジオお兄様に話し忘れた。ディタ先輩があんなに真剣に言ったのに、忘れてしまったことに罪悪感が込み上がる。
口元を掌で押さえていれば、ディタ先輩は悟って呆れた。
「おい……話せって言っただろ。全く、オレが先輩に話す」
「えっ。いえ、私が話します。昨日は家族団らんで楽しい話ばかりしていたので、すっかり忘れてしまったのです。ディタ先輩から聞いたら、大事に捉えてしまうかもしれません」
私から聞かずに人伝で聞いたらジオお兄様は、わざわざ学園に訪ねて来てしまうかもしれない。
「まぁ、ジュリアから話した方がいくらかはましだろうな……」
「……?」
「お、見付けた!」
意味深に呟いたあと、ディタ先輩は柱と柱の間の壁にある亀裂を見付けた。
一メートルほどの長く斜め上に伸びているそれは、あまり気にならないけれど、そういう魔法がかけられている。意識して探してみれば目に留まるけれど、意識しなければ決して見付からない。
"視界の隅っこ"って言う可愛い名の魔法だ。
「よし、放課後まで大して動かないだろう。手伝ってくれてありがとう、ジュリア。教室まで送る」
大して手伝えなかったけれど、私は笑い返してディタ先輩の気遣いに甘えて教室まで話をしながら送ってもらった。
20140823