マグデリアン学園-7
二話、連続更新!
一話目。
家に帰ると、先に仕事から帰ってきたジオお兄様が出迎えてくれた。
「おかえり、ジュリア」
「お兄様、ただいま!」
嬉しくて抱き付けば、ジオお兄様は優しく抱き締め返してくれる。
心の底から安らぎを感じた。
お母様と一緒に夕食を作れば、ジオお兄様がダイニングのテーブルに並べてくれる。お城から帰ってきたお父様と揃って夕食。
「ジュリア。マリアンステラの生徒が加わった学園生活初日はどうだった?」
ジオお兄様に問われて、パッと浮かんだのはリノ。
「友だちが出来ました。入学試験で会って以来だったのですが、私を覚えていてくれたのです。今日は案内をしたり、ランチを過ごして……それから部活にも誘いました」
今日リノと過ごした時間を思い出すと笑ってしまうから、フォークも置いて口元を拭いた。
「リノって名前で、とても甘えん坊な子なのです。すぐに抱き付いたり、腕を組んだり……でも、とても静かな声で話す穏やかで無邪気な子です」
思い返すと本当に無邪気な子だ。
「あらまぁ、いい友だちが出来たのね。ジュリア」
「初日からもう友だちが出来るとは流石だ」
お父様もお母様も笑い返してくれた。
「それにしても校長もいい決断をなさったな。マリアンステラ学園の生徒を受け入れるとは。いい交流にもなるだろう」
「でも校長は気が弱い方ではなかったかしら?」
「生徒のためを思ったのだろう」
お父様は感心したようで何度も頷く。交流がいい影響を与えてくれると考えている。
でも、それはどうだろう……。
リノが語るマリアンステラ学園が、私達にいい影響を与えてくれるとは思えない。
「そうだ、ジオお兄様。ディタ先輩から聞いたのですが、事件の調査はユリスディ部隊が行うそうですね」
「早耳だね、ディタは」
「ローズ先輩を尊敬していますからね」
ジオお兄様に確認すれば、肯定するようにクスリとディタ先輩を笑う。
「ローズマリンか! 彼女はいい腕前の剣士だ。騎士になってほしかった……」
お父様はディタ先輩みたいに目を輝かせたけど、すぐに嘆くように肩を竦めた。剣士のお父様も絶賛する剣術の持ち主だから、話題になる度にお父様はこの反応をする。
可笑しくて私とお母様はクスクスと笑った。
「……犯人は、誰なのでしょうか」
私は笑うことを止めて、ドキドキしながらもその話題に触れてみる。
「才能ある生徒ばかりでは容疑者が多すぎますよね?」
ジオお兄様達に見つめられて緊張が高まってしまったので、誤魔化すようにスープを飲んだ。
「マリアンステラの生徒が犯人?」
「あらまぁ、ジュリアったら。推理?」
お父様は眉間にシワを寄せて、お母様は楽しそうに笑った。
「確かにあれほどの破壊が出来るのは、高度な攻撃魔法を使う者。レベルの高いマリアンステラ学園の上位の成績の生徒が容疑者になるでしょう。しかし学園関係者は最初の段階で調べられたはずだよ、ジュリア」
顎に手を添えたジオお兄様は少し考えてから、私に笑いかける。
「学園内部に犯人はいないからこそ、マグデリアン学園に受け入れられた。残念だね、ジュリア」
「……あ、あはは」
推理は外れだとジオお兄様が私の頭を撫でるから苦笑を溢す。
ジオお兄様も言うのだし、やはりリノは違うわ。
ホッとするけれど、リノではないなら誰なのだろうか。その疑問が残る。
「ユリスディ部隊が調査をするのだから、テロリストの仕業もあり得るだろう?」
お父様が顎髭を撫でながら犯人を推測した。
ユリスディ部隊は本来テロリストのような危険な犯罪犯を相手する部隊だから。
「私は学園に個人的恨みを持つ者の仕業だと思います。ローズさんは先ず、学園に入学できずに揉めた相手を調べているところでしょう」
「誰であれ、早く捕まってほしいわね……」
「すぐに捕まるさ、ローズマリンが指揮する部隊なんだ」
不安がるお母様にお父様は安心させるために手を握って笑いかけた。
それを見ると綻んでしまう。
「部活に連れていったと言うことは、見学をさせたんだね。今日は何を?」
「変身クッキーです。とても喜んでくれました」
ジオお兄様が話を戻したので、私はリノが喜んだ様子を思い浮かべながら答える。
「ふふ、ジュリアまで喜ぶほどだったのかい」
私の頬を撫でると、ジオお兄様は嬉しそうに微笑んだ。照れてしまって私は自分の頬を押さえる。
「今度紹介してくれるかい?」
「はい。……あ、でも……」
気掛かりなことがあり、私は俯いてしまう。
「……リノは少し……大人を嫌っているみたいなのです。ディタ先輩達とは話したのですが、レッド先生には少し怯えた様子で私の後ろに隠れたのです。……マリアンステラのスパイダー先生をご存知ですか? ジオお兄様」
「ああ……覚えているよ。ジュリアをマリアンステラ学園の入学試験を再度受けるように薦めた教師だ」
「そのスパイダー先生がリノの担任教師で……怯えていました」
多分、教師に苦手意識を持ってしまったのだと思う。あとでレッド先生は、スパイダー先生とは全然違うことを教えてあげたい。
「スパイダー先生にマリアンステラ学園の勧誘されたのですが、リノは守ってくれました。才能ある生徒の束縛が強いそうです……」
「才能を重宝する傾向が強いのだろう……。また勧誘をするようだったら、レッド先生か校長に相談するんだよ? 私からも今度会って話そう。ジュリアの才能を束縛させないよ」
今度は私の頭を撫でて言ってくれた。私がマグデリアン学園を選んだから、ジオお兄様も守ってくれる。
嬉しくて安心した。
「学園の方針はそれぞれ違うものだ。高みを目指しすぎているのかもしれないが、優秀な人材を育てていることは事実」
「お父様は厳しくとも、恨みは持たれることはありませんね」
「はは、わからないぞ。怠ける奴は逆恨みもする」
騎士を育てているお父様は、マリアンステラ学園と違う厳しさの持ち主。
ジオお兄様と冗談を言って笑い合った。確かに厳しいけれど、お父様は間違っていないと私は思う。
お父様は理不尽じゃない。ついていけない人はただ怠けているだけ。
「そのリノって子が、レッド先生はいい先生だって知ってくれたらいいわね」
「はいっ」
お母様が優しく笑いかけてきたから、私は元気よく頷く。
リノにはマグデリアン学園の先生は、いい先生だって教えてあげたい。怖がらないでいい。
「ジュリアは優しいね」
ジオお兄様が私の前髪を撫でて言う。
私よりも優しい人はたくさんいるから、私は少し否定したくなった。
お父様もお母様も、ジオお兄様も。優しい家族。私は幸せを感じた。
翌朝はまたジオお兄様はお仕事でお父様と一緒に城へ出掛けるため、玄関まで送る。
朝日に照らされたジオお兄様は美しい眩しさを纏っていた。肩にかけられた純白のケープを肩にかけたジオお兄様には恍惚の溜め息を漏らしてしまう。
「ジオお兄様、いってらっしゃい」
「ジュリアも、いってらっしゃい。私のお姫様」
ぎゅっと抱き締めれば、ジオお兄様は私の額にキスをしてくれた。
隣ではお母様がいってらっしゃいのキスをお父様にする。
二人を一緒に手を振り見送った少しあと、お母様に「いってきます」を告げて、私もマグデリアン学園へ登校。
「ジュリアー。おはよーう」
黒と白のローブを来た生徒が歩く玄関広場に足を踏み入れた途端、前からリノが駆け寄って私に抱き付いてきた。
「お、おはよう、リノ」
朝から躊躇ない抱き付きに、苦笑が漏れてしまう。リノはにっこりと無邪気な笑みを向けるから、つられてにっこりと笑い返す。
「昨日はごめんなさい……寝ちゃって」
「いいの、先輩方も気にしていないわ。帰る時も寝惚けてたけど、ちゃんと帰れた?」
「うんっ! 弟も妹も喜んでくれたよ。……ありがとう、ジュリア」
私の背中に手を回して抱き締めるリノも喜んでくれた様子だから嬉しくなる。でもちょっと、抱きつくのはやめてほしいな……。
「今日も行ってもいいかな? お礼が言いたいなぁ」
「ぜひ。一緒に行きましょう」
リノは今日も部活見学をしたいと言ってくれたので、放課後の約束をした。
1限目の授業は三階の教室にあるらしいので、私は案内する。
五つ並んだ扉の右から三番目の扉を潜れば、階段を上がらずに三階に到着。
「ねぇ、ジュリア……香水は手作り?」
「え? ああ、香水じゃないわ。へアースプレーよ」
私の腕に抱き付くリノは、スゥと息を吸い込んでいる。
香水は売られているブランドものより、自分で作る香水を使うことが一般的。
私も自分で作った香水があるけれど、通学する日はつけない。パーティー用。
普段は髪を整える時に調合した美容液兼香水をつけている。その匂いだと思う。
「花と蜂蜜が主な原料よ」
「そっか……。お日様の匂いもする」
リノは気持ち良さそうに目を細めた。
お日様の匂いは原料に入れてないのだけれど……?
首を傾げたら、赤を見た気がして前を見る。少し先の廊下にラピア先輩らしき生徒が見付けた。
「あ、ラピア先輩だわ」
黒いローブのフードを被っていても、長い赤毛がはみ出ていた。フラフラした足取りで壁際を歩いているラピア先輩に声をかけようとすれば、間にダノン先輩がいて彼が先に駆け寄る。
「ラピちゃん、おっはよー! うわっ!」
するとダノン先輩が躓いてしまい、危うくラピア先輩にぶつかりそうになった。でも壁に手をついてそれは免れる。
ダノン先輩の両腕の中に挟まれたラピア先輩が顔を上げて目を丸めた。
いわゆる、壁ドンのシチュエーション。前世の世界では女の子の憧れ。
朝からちょっとときめくハプニングを目撃してしまった。
けれど次の瞬間、パンっとラピア先輩がダノン先輩の頬を叩く。
それはもう強烈な破裂音で、廊下にいた生徒達が驚愕して注目した。
「あ、ごめんなさい……体調が悪すぎて……。気に障って……つい手が出ました、ごめんなさい……」
「いえ……ありがとうございます」
「? 頭……大丈夫ですか、先輩」
低血圧による症状が酷いらしいラピア先輩は、壁ドンが不快だったらしく手が出てしまったみたい。
ぼんやりした表情のラピア先輩に叩かれた頬を押さえて俯くダノン先輩は震えている。
低血圧で体調を崩しがちのラピア先輩は授業を休めないと登校するけれど、イライラも低血圧の症状で不機嫌が多い。八つ当たりをしまいがちだからフードを深く被って人を避けてよく一人になる。
でもダノン先輩は八つ当たりを受けようともお構いなしに接近。
「ふらついてるから、教室まで送るよ」
「……はぁ…………どうも」
ラピア先輩は口を開くのも怠そうで、聞き取りにくいか細い声を出す。気にした様子もなくダノン先輩は、ラピア先輩の手をそっと引いていく。
「オレが無事に届けるよ、可愛いお嬢さん」
「…………」
「あはは、重症だね、ラピちゃん」
「…………」
ラピア先輩はもう話すことを諦めて黙りこむけれど、ダノン先輩は明るく笑って廊下を歩いた。
私とリノは顔を合わせる。
「……今のは見なかったことにしましょう」
「……うん」
女性に平手打ちをされるということは、男性にとって不名誉なこと。ダノン先輩は気にした様子もないけれど、私とリノは他言しないことを誓い合った。
ラヴィー家は、まるでダブル夫婦みたいですね(笑)
20140823