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二日目:目標


「ごちそうさま……?」

 地面に向けて、とりあえず感謝の言葉を述べるぼくだった。

 移植ごてにより抉られたその場所は、通常の地面のようになだらかで色あせたような感じじゃない。何と言うか、こう、本当に肉の断面だ。赤と白が入り交じってる。血が滴っているわけじゃないけど、ちょっとグロテスクな気がする。おまけに空気が乾燥してるからか、お肉自体もちょっと固めだった。

「おまけに無味無臭だし……」

 本当にこれ、食べて大丈夫なものだったのかな?

 今更な疑問が過ぎるけど、食べようが食べまいが死んでしまうのは確定してるのだし、ここは身をもって挑戦する他なかった。

 唯一の救いは、味がしないだけまだ食べられたというところかな。

 いや、それこそ木の皮かじってるような錯覚を覚えたりはしたのだけれど、それでも飲み込む際に拒否されるレベルではなかったから、まだ大丈夫だろう。そう信じることにする。

 さて、とりあえず水の問題はあるのだけれど、何日かはこれで生活が出来るだろう。寝床としてはまた木を探さないといけないだろうけど、それでもリビングデッドとかに襲われるよりはマシだ。ディーゼルボアがあの木を押し倒したりするかもしれないってのについては、正直考えないようにする。いや、考えてはいるんだけど、他に有効な手段がないんだから、模索しつついくしかないだろう。

 我ながら、色々と余裕のない話だった。

「まあ、地獄で余裕があるってのもおかしな話だけれど……」

 笑い事じゃないのだけれど、ぼくの口はわずかに微笑みの形をとっていた。

 人間おいつめられると、感情のふり幅が一周してしまって逆に笑うということだろう。

 あと食べた直後で考えた話――この地面の肉が一体何のお肉なのかっていう部分についても、もう考えるだけ恐いので考えないでおくことにしよう。左ほほが更に引きつった。

 まあとりあえず、お腹いっぱいになったら頭痛も多少引いたので、これからのことをちょっと考えよう。

「……とりあえず、記憶、取り戻せないかな?」

 何か理由があるわけでもないのだけれど、ぼくはそう呟いた。

 短剣を手に取る。これを握ってると何故か落ち着くので、そのまま握りながら考える。

「生き延びるためには、知識と経験だ」

 いくら記憶の中で知識だけゴロゴロ転がっていても、それを生かせるだけの経験がないと、長く生き残るのは難しいだろう。

 別にそんな、必死こいて生きるべきかという謎も自分としてはあるのだけれど、だってほら、リビングデッドに襲われたり、ディーゼルボアに死体になった後食い荒らされたりしたくないじゃん。想像するだけで、お肉が戻ってきそうになる。

 そんな頭を左右に振って、もう一回呟く。

「……経験と知識が必要だ」

 そう、この二つが必要だ。

 だけれど、それを手に入れるためにこの地下帝国で四苦八苦するのは、あんまり得策とはいえないだろう。だって、一度の失敗で命を落としかねない場所だよ? ここ。そりゃさっきのお肉みたいに、どうしてもって時はあるだろうけど、それだって極力避けなければならないと思う。命は無駄に投げ捨てるもんじゃない。

 それこそ、簡単に取り返せるものじゃないからだ。

「……よいしょ」

 流石にいつまでも居たら、リビングデッドあたりの餌食になってしまいそうな気がしたので、ぼくは立ち上がった。

「……そういえば、これ何だろ」

 さっき火をつけた、金色の物体を手に取る。

 蓋を外すと、いかにも「回転させてくれっ!」といわんばかりな歯車みたいなのがあって、その後ろに円筒状のものが……、って? え? え? これ、金属じゃない?

「いや、一体どうやってこんなの作るんだよ?」

 どれだけ腕の良い亜人 (エルフやドワーフのこと)の鍛冶師であっても、ここまで小さく精密な物体をはたして洗練できるか? 細工品でないことだけは、一目でわかる。それなりに分厚く、頑丈で、なおかつ機能性を優先した形状をしているからだ。

 おまけに魔法陣が描かれていないというのが、恐い。

 魔法具じゃないっていうのに、どうしてこんな面妖なことが出来るのだろう……。

「……とりあえず使わせてもらおう」

 呼び名がないとちょっと、考えるときに大変だから何か考えてみようか。ゴールド……、ボックス? いや、違うな、何だろ、牌? いや――。

 そんなことを考えながら歩いていると、マグマの滝が落ちている場所に出た。

 状態としては、滝の下に池みたいな感じでマグマが溜まっているようなものだ。

 肌に痛い熱気がもんもんこちらに向かってくる。たまらず数歩引いて、ぼくは水を口に含んだ。

 口を拭って、もう一度その情景を見る。マグマの滝は水の滝なんかと違って荘厳さのかけらもなく、ただただ、生命の危機を煽るばかりだ。

「……すごい光景だなぁ」

 感慨深いわけでもないのだけれど、しみじみとした感想が口からもれた。

 よく見れば山 (?)の上部には、例の真っ黒な鉄みたいな木が立ち並んでいる。一種の森が繁っているわけだ。普通木は水を吸い上げているものだと思うんだけど、どうにもここはぼくの常識が通用する場所ではないみたいだ。まあ今更か。

「……って、常識って言いつつ記憶ないんだけれどな」

 いや、逆に考えてみれば記憶がないのに知識だけ多く残っているっていう現状が不思議なのだろうか。いや、それ以上に覚えている知識の幅が、案外手広いってことを意外に思うべきか。意外もなにも、比較する対象があるわけでもないのだけれど。

「本当、記憶があったころのぼくって何だったんだろう」

 果てしなく謎だったけれど、とりあえずぼくは他に木々がないかを探すことにし――。


 火の玉が、ぼくの目の前を横切った。


「……ん~?」

 えーっと、うん、やっぱりふわふわ火の玉が浮いているよね。

 見て見ぬふりをしたいところだ。けれど、そこから何かする前に、背後から「GRURURU」みたいな唸り声が聞こえてきた。

 この流れ、どこかで……。

『GRURURURURURUR……』

「ってリビングデッドじゃね!? やーッ!」

 背後を振り返らなくても、一瞬で分かる唸り声。

 それから逃れるために、脱兎のごとく駆けるぼくであった。


 その後しばらくして、運よくマグマの川の流れがかわったお陰で、リビングデッドたちと分断された。一歩間違えればぼくの両足が黒コゲだったことを考えるとあんまり喜べないけど、それでも助かったには助かった。

 逃げ終わったと、ぼくの中にやってきた感情は。

「……記憶よりも何よりも、とりあえずまず、一日でも長く生きよう」

 なんとも言えない徒労感だけだった。



食事中に、丁度一日経過。

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