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一日目:試食


 頭が痛い。

 走り終わった後のぼくを、強い頭痛が襲う。

 息が切れてるせいなのか水が足りないせいなのかは知らないけど、とにかく頭が痛かった。割れんばかりに痛い。というか、本当どうしたらいいんだろ。

 そして同時に、ぼくの足は力尽きた。

 全身を動かす力が抜けて倒れる。変な感触のする地面に手と足を投げ出し、そのままぼくは、息が整うのを待った。

 心臓がばくばくいってる。

 その鼓動の一つ一つが、ぼくの額に向けて脈打ち、頭痛に連動する。一定のテンポで走る痛みに、ぼくは失笑せざるを得なかった。

「体力ないのかな、ぼく」

 少なくとも記憶を失う前は、肉体労働者ではなかったんだろう。

 たぷたぷしている二の腕とかを見てそう思った。それでも太っていないだけ、まだマシなのかな? でもガリガリでもないのに筋肉があんまりないっていうのは、ひょっとしてぼく、お金持ちとか貴族とか、そういう優遇された立場の人だったり?

「……ないな」

 自分で言ってて、自分で思わずそう答えた。

 覚えている知識を探してみても、そういうのに繋がる類の情報はない。貴族の階級とか全然駄目だし、何の商品をどう売るかとか、そういうの全く検討もつかない。

 良くて学者か、悪くて何か投獄でもされていた犯罪者か。

 段々と呼吸のリズムが戻っていく。

 でも、頭痛は一向におさまらない。

 あれ、これ結構やばいんじゃない?

 とりあえず水を一口。

 少しだけ気分は良くなったけど、まあ押して知るべしだ。

 無気力な状態のまま、ぼくは周囲を見渡した。赤黒い地面の果ては見えず、空も不気味な暗黒色。わずかに真っ黒な木々が見えるばかりで、リビングデッドも、ディーゼルボアも居ない。

 少なくとも今の状態のぼくは、動くこともままならないくらいなので、これは助かったと思うべきなのだろう。ほっとしたり、高揚したりするべきなのかもしれない。

 だけれど、全然そんな気分になれない。

 ぼくの体を倦怠感が襲う。

 空腹感が全身に浸透し、それでもどうしようもないという事実が、ぼくに色々最悪な結末を予想させてくれる。


 不安定な感覚。

 明滅する意識。


 突然力が抜けて自我が失われる感覚は、このまま寝入ってしまいそうなほどの心地よさと、同時に恐怖を覚える。

 この感覚に意識を手放してしまっても、目覚めれば空腹の地獄が待っているからだ。

 空腹を紛らわすために水を飲みずつ付ければ、おのずと導き出される結末は見えている。

 水筒を弄りながら、ぼんやりとそんなことを考えていると――ぼくの手に、短刀がぶち当たる。

「……ひょっとして?」

 短刀を取り出し、それを掲げてみる。

 多少地の汚れは落ちているけど、どこかぬっとりとした油分を感じないこともない。それが人間の脂なのか動物の脂なのか植物の油なのか、ぼくには正直分からない。

 だけれど、その刃の先端からは、ある種の誘惑が漂っていた。


「……このまま、胸を一つき」


 そうすれば、おそらくこの後僕が蒙るだろう地獄を回避することが出来るだろう。

 その代わり、ぼくは永遠に近い睡眠に身をやつし、肉体の安全を放棄することになる。

 そんなことを考えた瞬間、頭痛が走る。

 頭の中からまるで何かが外に出たがっているような、そんな痛さがした。頭蓋を割るようなその痛みに、ぼくは叫ぶ。

 叫んだ声は響くものの、答えるものは何もない。

 襲われないだけ幸いとみるべきだろう。でも、ぼくはそんな気分になれない。

 ぼくがおそらく短刀を最初に持っていたというのは、このためにだろう。

 いざというとき、自ら命を断てるように。

 本当ならもっと極限状態になって初めて気付かされるものなのだろうけど、生憎とぼくは先に気付いてしまった。そうだ、これは最初から、ぼくに「死ね」という餞別だったのだ。理由はない。でも、そんな確信がぼくにはあった。

 誰がこんなものを持たせたのか、それは知らない。

 でも、その瞬間のぼくは、思わずその誰かに感謝していた。

 刃は、文字通りぼくを解放してくれる道具であった。


 ――――――“お兄ちゃん!”


 誰かを思って叫ぶ、少女のような声。

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。勿論誰も居ない。幻聴か何かだろう。


 ――――――“どうだ? これがお前の、――”


 誰かを見下して嘲笑う、青年のような声。

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。勿論誰も居ない。幻聴か何かだろう。


 ――――――“……残念でした”


 ただただ、誰かに何かを伝える平坦な声。

 声が頭の中に響くたび、ぼくの感覚は鈍くなっていく。

 思考の速度がだんだん遅くなっていく。


 気が付くと、ぼくは胸元に剣を向けていた。


「いやいや、何さらっと自殺しようとしてるんだ、ぼく」

 辛うじて、正気を取り戻したぼくは、思わず自分にそういって起き上がった。

 危なかった……。何をやってるんだろ、ぼく。

 今、本当に普通に死のうとしていた。

「飢えって恐い……。普通の考え方とか出来なくなるとか恐いって」

 右手に握る物体を見ながら、ぼくは思わずぜーはーぜーはー肩で息をした。

 本当、普通にさらっと死を選んでいた自分の思考が恐かった。

 一体何をしてんだ、ぼくは。

 だってほら、ぼく、死にたくないよ? 痛いの嫌だし。飢えるのもいやだけど。

「……とにかく、何か考えないと。食事とか、食事とか……」

 とりあえず短刀を仕舞おう。

 そう思って、再びバッグを開けたとき。

 バッグから落ちた移殖ごてが、地面に突き刺さる。

「……ん?」

 その突き刺さり方に、ぼくは違和感を覚えた。

 とりあえず座り、移植ごてを動かしてみる。

 ざっくり、というよりぐにゃりという、なんだか覚えのある(?)感触だった。

「……肉?」

 そう、この感覚は肉の感触だった。

 狩猟したときとかに、動物を解体するときのあの感触。

 それと同じ感覚が、この地面からした。

「……え? ちょっと待って?」

 立ち上がり、ぼくは周囲一帯と手元のその掘り起こした地面を見る。

 見渡す限り一面、赤黒いぶよぶよした地面。

 そして、手元のこの物体。ほんのりと鉄みたいな臭いが漂うこれは――。

「……何の肉だよ」

 えーっと……、つまり何だろう? これって、地面が全部肉で出来てるってこと? 一体どういうことだ……。流石は地獄一歩手前ということか。

 そう思いながらも、ぼくは肉をぐにぐに触っていた。普通ならこんな、得体の知れない物体を食べようなんて思いはしないだろう。

「何か火を起こせる道具とかないのかな……?」

 とりあえず、さっきリビングデッドたちから収集したものを手当たり次第に見てみる。用途がわからない金色の物体。掌に収まる大きさの四角の物体に、何か継ぎ目みたいなものがあった。

「……おお」

 ふたが開くと、何かこう「回せ!」とでもいわんばかりの歯車みたいな何かと、水でも発射しそうな穴があった。見た目の構造上、これはそのままもった状態で下に回転させるのが正解だろう。そう思ってやってみると――。

「……え? え?」

 火が。

 火が出た。

 魔力も何も感じないのに、たったそれだけの操作で火がついた。

「……どういうこと? いや、まあとりあえず」


 そうして、ぼくは移植ごてですくった地面の肉に、火を通して食べたのだった。

 味は何もしなかったけど、満腹感はちゃんとあった。

 食べて大丈夫なのか心配だったけど……、まあ、どっちにしたって遅かれ早かれ、死ぬことに変わりはないだろうし。もう、深く考えなくていいや。


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