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一日目:困窮



「本当に、“地底の女王”が眠ってる地下なんですか?」

『うむ。地下帝国だ』

「……どこら辺が地下帝国なんですか」

『今となっては、語るだけ無駄なことだ』

 ストーンワイズたちは、みんな重々しく頷いた。

 い、いや、あの、それは一体どういう……?

『しかし“墜落者”よ。貴殿はいかような方法でここに来た?』

『“水底の扉”は、シャロウテイルが鎮守しているというのに』

「あー、すみません、ちょっと整理させてください」

 なんだか話したくてうずうずしているらしいストーンワイズたちだったけど、ぼくはとりあえず聞いた話と、自分のなけなしの知識とをすり合わせることにした。

“地底の女王”。

 人間を見守っている“運命の女神”と異なる三つの神秘、その一つ。

“運命の女神”から地底に行くよう命じられて、未だに地底で眠っているとされる女性。

 彼女が打ち震えているのが、まわりまわって地上での地震に繋がっているということらしいんだけど……、まあ、それはどうでもいい。

 重要なのは、ここがその、“地底の女王”が眠っている場所ってことだ。

「……本当に、地獄じゃん」

 そう、確か覚え違いでなければ。

“地底の女王”が眠っている場所は、魔族たちがあがめる“破壊神”の居座る場所の一歩手前とのことなのだ。

 つまり、それは「生きて到達できる地獄」ということに他ならない。

 通りで、リビングデッドみたいなのとかが居るわけだと思った。

 ……どうしてぼく、こんなところに居るんだろ。

 ん? そうなるとストーンワイズって何だろう。全然心当たりがないぞ?

「えっと……、みなさんは、そういえばどうしてここに?」

『我々は、この地を安定させるために遣わされたものだ』

「安定……?」

『“忘れ去られし者”共が、邪竜を呼び起こさないために』

「はあ……」

 全然、意味が分からなかった。

 困惑するぼくをよそに、ストーンワイズたちは色々と話し合っている。

 ぼくには分からない言葉、というか言語だった。

 どうやら、エスメラ語ではないらしい。

 やがて会話が一段落したのか、ぼくに向き直った。

『罪がない。心がここにない。となれば、貴殿に質問をするのも無意味だろう』

「は、はぁ……」

『ならば、我等は貴殿に多少なりとも知恵をかそう。一日でも長く、貴殿が生きていられるように。それが安定に努める、我等の使命だ』

 どうやら、何か協力してくれるらしい。

「あ、ありがとうございます……? って、それって既に死ぬのは確定しているんじゃ……」

『無論、長くは生きられないだろう』

 ストーンワイズはあっさりと言った。

『この環境は、貴殿のような生物が生きるに適した場所ではない。朝もなく、夜もなく。肉も水も、わずかのみだ』

 まるで何かを回想でもするかのように、ストーンワイズは感慨深そうな声を出した。

 そんな彼らに思うところはあったんだけど、ぼくはそれ以上に、聞き逃してはならない情報を耳にしたような気がする。

「……え? 食べ物とか水とかも、あるんですか!?」

『一応は、な』

 ストーンワイズの言葉は、混乱していたぼくを立ち上がらせるだけの威力を持った情報だった。

 水があるってことは、水筒にも補給が出来るってことじゃないか。

 食料があるってことは、携帯食の代わりがあるってことじゃないか!

「お願いします、教えてください! それって、どこにあるんですか!」

 だが、次に彼らの語った言葉は、その上がったテンションを落すのに充分なものだった。

 ストーンワイズたちは、一度後ろを振り返ってまた何か話した。

『水については、あるときは何処にでもある』

「どういう意味ですか?」

『ある時はある。ないときはない』

『すまぬ。しかし、他に説明することが出来ない』

 彼らの口ぶりは、ぼくが水を入手することの困難さを教えてくれるものだった。

 そして、それ以上に――。

『肉に関しても、なぁ……』

『貴殿は、狩りの経験はあるか?』

「え? えっと……」

 当たり前だけど、ぼくにそういった記憶はない。

 ただし「狩り」と聞いた瞬間、頭の中にいくつかの道具と、何体かのモンスターの姿が出てきた。

「全くないってわけじゃ、ないみたいです」

『ふむ。ならば、アレを殺すことは出来るか?』

「……あれ?」

 ストーンワイズたちが、一斉にぼくの後方左を見る。赤い目がぐりぐりと音を立てて動いたのにつられて、ぼくもそっちを向いた。

 そこには、イノシシみたいなモンスターが居た。

 イノシシみたいなモンスターが、リビングデッドたちを追いかけていた。

「……何、あれ?」

『ディーゼルボアだ』

 ディーゼルボアというらしいそのモンスターは、リビングデッドたちに突進して、激突した箇所を木っ端微塵に蹴散らしていた。周囲に肉片だの骨だのがはじけ飛ぶその様は、恐ろしいとしか言いようがなかった。

 赤い系の橙色の肌は、わずかな光であっても金属のように照り返している。牙とも刀ともつかないような独特のそれは、リビングデッドたちを突き刺してどうどうと上空に掲げたりしていた。何より、その人間の身の丈の数倍はあるんじゃないかっていう、全体の長さが恐ろしいったらありゃしなかった。

「……何、あれ?」

 思わず、二度同じことを言ったぼくだった。

『ディーゼルボアだ』

「わかってますよ。ええ、それは。……でも、アレは何なんですか!?」

 思わず叫んでしまったのも、仕方ないだろう。

 だってさ、リビングデッドの死体……、死体が死ぬってなんだか言葉としておかしいけど、でもそのリビングデッドの破片だの何だのを持って、ぐしゃぐしゃと肉を引きちぎったりして召し上がってるんだよ、そのディーゼルボアッ!

 むしろぼくの反応の方は、まだ冷静だと思ってしまうくらいに。

 当然のごとくかなり真っ赤な光景が展開されているみたいだけど、距離はそれなりに離れているから、焦点がずれていて死体がぼやけているのが救いだった。

 目の前であんなもの見せられたら、吐くか気絶するかしてしまう自信がある。

 我ながら情けないとは思うけど、たぶん事実だ。

 とりつくろったりはしない。

 というか、ぶっちゃけ今腰を抜かしていた。

 あっちがこっちに気付いたりしたら、間違いなく喰われちゃうだろう。

『地上にはトレインボアというモンスターが居ると聞く。それとは違うのか?』

 ストーンワイズは冷静に聞いてくる。

 えっと、トレインボア……? ダンジョンモンスターにそういうの、居たっけ。何匹か同時に連なって突進してくる奴。猪突猛進なのが可愛いし、食べても結構おいしいはず。

 って、何でこんな知識があるんだろうか。

 まあもう、今更かそういうの。

「……ん? ディーゼルボアとトレインボア? え、何、同じ種類なの!?」

 頭の中にあるトレインボアのイメージと、ディーゼルボアの姿とを見比べる。

 それにしては、あまりにも大きさとか、光沢とかが違い過ぎた。

 いや、トレインボアって確か草食だったよね……?

 間違いなく、あんな荒々しい食生活してなかったと思うんだけど。

 というか、トレインの方に可愛いイメージのあるぼくとしては、あっちのディーゼルの重量感だとか、色々とやばい。恐い。生命の危機を感じる。

『あれが無理となれば、我等が貴殿にかせる知恵はほぼない』

「う、うそぉ……」

『うむ』『すまぬな』『我等とて、あれの前では木っ端微塵となる』

 トレインボアの比じゃないくらい、やばい相手だってのは理解できた。

 呆然としていると、またストーンワイズたちは話し出した。

 相変わらずわからない言葉だったけど、『うぅむ』とか『ん~』とか、何かを思い悩むような声を言ってたのは分かった。

 そして彼らは、

『すまぬ、時間だ』

 それだけ言って、猛烈な早さで大移動をはじめた。……て、え?

「い、いや、え、いきなりすぎないですか!?」

『済まぬな、我等も色々と制限のある身ゆえ』

「いや、あの、だったらせめてぼくも連れて行ってもらえるとありがたいと言うか――」

『こっちの方が危険だ、墜落者よ』

 いや、危険って……。まだあるのか、リビングデッドとかディーゼルボア以上にまだ何かあるっていうのか?

 そんなことを考えてると、いつの間にか彼らの姿は見えなくなった。

「……木から落ちなくても、餓死なのか」

 とりあえず、本当どうしたらいいんだろう。



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